-人間作業モデルの視点から-
吉田尚樹
船橋二和病院 リハビリテーション科
【はじめに】
多発神経炎により基本動作を中心に全介助レベルとなり、作業適応障害がみられた症例 に対し、人間作業モデルの視点から介入し自宅退院に至った経過をまとめ、報告する。
尚、本人と家族には今回の発表に関する同意を得ている。
【事例紹介】
多発神経炎にて対麻痺を呈した60歳代前半の女性。夫と息子との3人暮らしであり、本 人の希望は家に帰りたい。トイレが一人でしたいであった。作業療法評価では体幹と下肢 の中等度の筋力低下、軽度の感覚鈍麻と痺れがあった。FIM66 点であり食事と整容動作以 外は介助を要し、臥床傾向による易疲労性や意欲低下が認められた。
【経過・結果】
病前は屋内・外杖歩行自立レベルだったが、X-4ヶ月頃より下肢の痺れと筋力低下がみら れていた。また X ヶ月に右股関節の人工骨頭置換術施行。しかし筋力などの改善が認めら れず、多発神経炎と診断となり、X+1ヶ月にリハビリ目的で当院へ入院となった。
入院当初は対麻痺が著明であり、プッシュアップを用いた起居・移乗、ADL動作練習を 中心に実施した。しかし易疲労性や意欲低下から作業適応障害がみられ、協力動作は得ら れにくかった。そこでX+3ヶ月に作業質問紙法を実施。その結果、家事が役割であり価値 が高いことが分かった。意思を高める目的で家事を入れたリハビリを実施するが変化は認 められなかった。話を行っていくと家事には歩行が必要であると考えていたことが分かり、
平行棒内歩行練習を実施すると、徐々に意欲的になり病棟生活での主体性もみられ始めた。
退院時には身体機能面に著名な変化は認められなかったが起居・移乗、トイレ動作が自 立となりFIMは90点に改善、住宅改修とサービス調整を行った後X+6ヶ月に車椅子自立 レベルにて自宅退院となった。
【考察】
本人にとって意味のある作業は家事であったが、その作業の要素である歩行が重要な作 業であった。その経験がなかったことで個人的原因帰属が低下し、作業適応障害に陥って いたと考えられる。歩行練習を行ったことで個人的原因帰属が向上し、意思が主体的に変 化し作業適応が行えるようになったと考えられる。つまり直接、意味のある作業から介入 するだけでなく、作業を遂行するための必要な要素があるという視点も重要と考えられる。
作業的喪失を経験したクライエントが マフラー作りと手紙を綴る 作業に結び付くまで
大下琢也1)2),田中美穂1),山根伸吾3)
1)西広島リハビリテーション病院,2)広島大学医歯薬保健学研究科博士課程前期 3)広島大学大学院医歯薬保健学研究院
【はじめに】脳卒中の再発を契機に,選択する作業を失った状態,作業的喪失に陥ったク ライエントを担当した.著明な意欲・自発性の低下がみられたが,OTRはクライエントの 作業場面での意志に着目し,作業と結び付くサポートを実施した.結果,クライエントの 意志の表出が変化し,意欲・自発性の向上を認め,作業の展開を図ることができたため報 告する.
【事例紹介】70代女性.夫と死別後,サービス付高齢者住宅に居住し,公共交通機関にて 日常的に外出していた.趣味は買い物とおしゃべりであった.脳梗塞で当院入院中に再梗 塞のため転院となり,再入院時には,意欲・自発性低下,重度運動麻痺,嚥下障害がみら れた.ADLは全介助であり、左半側空間無視により常に右側を向き,他者と目線を合わせ ることが困難であった.コミュニケーションでは,声かけへの反応はあるが「分からん」
と画一的な返答が多く,他者と考えや感情を共有するという点で意志疎通が困難であった.
【介入】「興味や関心を持って取り組める作業を模索する」ことをOTの方針の1つとして 挙げた.作業場面の観察(Volitional Questionnaire)により,「歌唱」は他の作業と比較し て,躊躇的だが探索レベルの自発性がみられる段階と解釈された.「歌唱」から別の作業へ の展開を検討し,歌詞プリントの「書写」の作業をOTで導入した.
【結果】書写場面で自発的に「ファイルの次のページをめくる」などの変化がみられ,セ ッティングがあれば書写が自己にて遂行可能となった.興味・関心を持って取り組める作 業の可能化が図れ,約3週間後にはリハビリ時間以外に病棟で取り組める作業へと移行し た.更に,書写時の病棟スタッフとの関わりの中で,本人からOTRへ「青いマフラーをあ んで下さい」とメッセージを書いたことにより「マフラー作り」へと展開され,またOTR からの働きかけで転院先の施設スタッフに「手紙を綴る」作業へと結び付きが図れた.
【考察】当初作業的喪失に陥っていたクライエントに対し,「書写」の作業機会を提供する ことで,新たな作業の可能性,作業の潜在力(occupational potential)を引き出す一助になっ た.心身機能・身体構造としては重度の障害が残存したが,今回みられた作業との結び付 きが,意欲・自発性の改善につながり,当初懸念された作業的喪失の状態から脱すること を可能にしたと考えられる.
「今まで」と「これから」を見つめ直す
齋藤雅史,藤本一博 湘南OT交流会
【はじめに】
今回,病前生活について『今までは何てことない生活だった.今後は楽しい生活を送り たい』と語るA氏に対し,人間作業モデル(MOHO)に基づく評価法を利用して介入を行 った.その結果 A 氏にとっての大切な作業の発見に至り,作業療法を実施するうえで,よ り綿密な協業が可能となったため,以下に報告する.なお、本報告については,A氏に説明 を行い,同意を得ている.
【事例紹介】
A氏は80歳代の女性で,大腿骨骨幹部骨折にて当院回復期病棟へ入院.病前生活を「何 てことない生活」,「大切な作業や趣味は無い」と語り,退院後の生活に関しては,「楽しい 生活を送りたい」とかなり不明瞭な目標を挙げていた.リハビリに対する希望として足を 治して欲しいと身体機能面の向上に重点を置き,スタッフ主導での改善を希望していたた め,現時点での協業は難しい状況にあった.
【経過】
初めに,作業質問紙(OQ)を使用し,病前の生活状況の把握を行うと共に,情報を共有 することで信頼関係の構築を図った.その結果,病前の生活パターンとして 3 種類(買い 物・寺参り・外出しない日)が列挙され,評価結果を簡略化し情報の共有を図った.その 後,作業に関する自己評価(OSA-Ⅱ)を使用し,A 氏の作業に対する視点と優先順位を明 らかにすることとした.その結果,受傷による身体機能面の低下,入院中に交友関係が疎 遠になることを気にしていた.優先順位としては,寺参り(優先順位 1),友人とのコミュ ニケーション(優先順位2),買い物(優先順位3)が挙がり,大事な作業の発見に至った.
【結果】
入院当初より大事な作業の発見に至ったことで,徐々に大切な作業を含めた退院後の生 活を意識することが出来るようになり,身体機能面以外にも視野が広がるようになった.
また,作業療法におけるプログラムは,A氏とスタッフの双方が意見を出し合い決定するこ とで,スタッフ主導での作業療法から協業して行う作業療法へと変化していった.
【考察】
今回,自分らしい作業を捉えきれていなかったA氏に対し,MOHOに基づく評価法を利 用して介入を行ったことにより,早期より信頼関係の構築,A氏らしい大事な作業の発見が でき,綿密な協業が可能となった.これは,病前生活に作業的な意味を見出せたことで,
退院後のA氏にとって必要な作業を双方で検討しあうことができたためだと考える.
20 年以上の引きこもり生活が 脳梗塞をきっかけに大きく広がった事例
長縄知久,八百谷優香
ソフィア訪問看護ステーション小山
【はじめに】
20 年以上の引きこもり生活を送っていたクライエントが脳梗塞を発症し左片麻痺を呈した.
退院後,生活に対して消極的かつ依存的であったが,訪問作業療法にて生活を一緒に整理 し生活技能訓練を行う事で,発症前よりも生活に大きな広がりを持つ事が出来た為,以下 に報告する.なお,今回の報告に関して本人と家族の同意を得ている.
【基本情報・生活歴】
50 代男性.父と二人暮らし.情報処理を学びプログラマーになるが,5 年で退職.その後,
脳梗塞を発症するまでの 20 年以上を自宅で引きこもる.筆者は退院 3 年後に担当.中等度 左片麻痺と軽度注意障害あり.歩行遠位監視.上肢補助手.ADL 全自立.IADL は父が実施.
シャッターが締め切られた不衛生な部屋でテレビ・インターネット鑑賞のみが日課.担当 する直前にシニアカー導入.アスペルガー症候群疑い(精神科医師と保健師の訪問歴あり)
【方法】
生活目標を共有する為に面接を実施.初め「特にありません,大丈夫」のみの返答だった 為,まず活動機能観察リストを参考にクローズドな質問で現生活を聴取.それをもとに目 標設定を行うと買い物や洗濯など計 14 項目が並んだ.そして目標各々の作業の意味を語っ て頂き優先順位をつけ,週 2 回,実動作を中心とした生活技能訓練と運動機能訓練を実施.
【介入経過と結果】
目標設定には「それは気付かなかった」との気付きが得られた.14 項目の語りでは「高齢 の父が倒れて独居になった場合に困らないようにする為」という共通点がある事に気付い た.生活技能訓練は代償モデルを選択.工夫する事とインターネットが好きである事を考 慮して実践.シニアカー外出をする等自発性は向上し,方法を自ら教授する程になった.
目標以外にも 20 数年ぶりのシャッター開放や 20 数年ぶりのベッドシーツ洗濯など,発症 前より生活に大きな広がりを持てた.上肢機能も自身で自主トレを調べて実施し向上した.
【考察】
生活に広がりを持てた要因は 2 つあると考える.まず,具体的な目標の列挙と作業の意味 を語る事でやるべき事と行う意味が明確になった為.次に,実践場面で「興味あるインタ ーネット活用や工夫を凝らせば出来る」感覚が自己有能感を高めて意志を引き出し,この 経験を「セラピストに教える」という役割を持って習慣化した訪問を行えた為だと考える.