2.5.3「スピーチ」における「敬語表現化」の問題―「直接尊重表現」の多用
本節では5冊の「スピーチ用例集」から収集した「スピーチ」における「敬語表現化」
の問題―「スピーチ」の「敬語表現化」における「直接尊重表現」の多用の問題について 分析・考察を行う。
「スピーチ」は「手紙文」と比べ、「敬語表現化」における傾向として、比較的「直接尊 重表現」の使用が多いことが確認できた。文字数250字から500字(前後)の「手紙文」
と「スピーチ」、各230例を対象とし、「直接尊重表現」の使用数を調べてみた。
【表4】文字数250〜500字の「手紙文」と「スピーチ」の「直接尊重表現」の使用
「手紙文」(用例数:230) 「スピーチ」(用例数:230)
名詞 713100 905
動詞 160 188
「文話」―「手紙文」「スピーチ」の分量が変わると、「オ・ゴ」を用いた「敬語表現」
の数も変わるため、文字数250〜500字程度の「手紙文」と「スピーチ」を「敬語表現化」
における「直接尊重表現」の使用様相を調べる対象とした。「手紙文」からの230例と「ス ピーチ」からの230例を対象にしているが、230例という数字に特別な意味はなく、用例 の数を揃えるためだけのものである。
さらに、「文話」―「手紙文」「スピーチ」の「題材・内容」や「表現主体」の言語的習 慣などによる敬語形式の使用における変化という面は注意しなければならない問題である ため、本節においては、そのような影響を最小化するため、あらゆる種類と内容の「手紙 文」と「スピーチ」を調査の対象とした。
その結果、「手紙文」より「スピーチ」のほうに「敬語表現化」における「直接尊重表 現」の使用が多いということが確認できた(【表 4】を参照)。特に「スピーチ」には名詞 系における「オ・ゴ」を用いた「直接尊重表現」の使用が「手紙文」に比べ、比較的多い
100 カウントのやり方は【表2】【表3】と同様。数字は「表現」の数であって、「用例」の数 ではない。
ということが確認できた。以下は、「スピーチ用例集」からの用例であるが、「敬語表現化」
における「直接尊重表現」の多用が確認できる。
【用例12】「スピーチ」
「表現主体」:日本料理店の店主
「表現主体」の「表現意図」:開店披露宴で來席者に開業のあいさつをする
「理解主体」:開店披露宴に集まった客
「場」:日本料理屋。お祝いの客が多数集まっている。
ご多用のところをご案内申し上げましたので、さぞご迷惑のことと恐縮しております。
開店披露と申しましても、ご覧のとおりの貧弱な店でございます。大げさにお招きする のも、と考えたのではありますが、私にとって長年の夢でありました店を持つことができ、
やはり皆様のご覧いただこうと考えた次第でございます。
若輩の私が、こうして小さいながらも意見の店を構えることができ、やっと開店にこぎ つけることができましたのも、ひとえに皆様のあたたかい励ましとご助力のおかげでござ います。心より感謝申し上げます。とりわけ料亭魚よしの吉田様、奥様には、ことばに尽 くせないご援助をいただき、この場をお借りして心より感謝申し上げます。
私ごとで大変お耳障りかと存じますが、この店を開くまでのいきさつを振り返りますと、
吉田様にはひとかたならぬお世話とお骨折りをいただきました。…(中略)…「料理は心」
の吉田様の一言が、折にふれて胸によみがえってまいります。このおことばを肝に銘じて まいりたいと思います。
店を構えてみたものの、まだまだとうてい一人歩きできる私ではありません。今後も皆 様のお力添えにおあずかりしなければなりません。どうぞ、一日も早く、名実ともに一人 前になれますよう、ご指導 ご鞭撻のほど心よりお願い申し上げます。
わざわざお運び願いましたものの、ご覧のとおりはなはだ粗末な料理で恥ずかしいので すが、お酒のほうは十分に用意してございます。お時間の許す限り、ごゆっくりとおくつ ろぎいただき、できましたら料理の味、盛り付けなどにつきまして、ご助言やおしかりな どいただけましたら、これにまさる喜びはございません。本日はまことにありがとうござ いました。
(「あいさつ」pp254〜255)
【用例13】「スピーチ」
「表現主体」:(晩婚の)新郎
「表現主体」の「表現意図」:結婚披露宴で来客にあいさつをする。
「理解主体」:結婚披露宴に集まった客
「場」:結婚披露宴式場
会場の皆様、ようこそおいでくださいました。大勢の方にご臨席いただき、心からお礼 申し上げます。
私たちは、本日、小林聡様ご夫妻のご晩酌により結婚式をあげました。これもひとえに、
出会いから挙式までお力添えくださいました小林様ご夫妻のおかげと感謝いたしており ます。
私も麗子も、すでに若いといえる年ではありませんが、結婚をあせらなかったために、
最良の伴侶にめぐり会うことができました。おくてのふたりですから、これからも急がず あわてず、手を携えて、コツコツと努力しながら、マイペースの人生を歩いていきたいと 思っております。
そう申しましても、家庭人としてはふたりとも新米夫婦です。皆さまには、今後とも私 たちのよき師、よき相談相手として、ご指導 ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。
本日は、ありがとうございました。
(「新郎」p78)
【用例14】「スピーチ」
「表現主体」:喪主代理の上司、山内。
「表現主体」の「表現意図」:葬式で喪主代理として弔問客にあいさつをする。故人(石橋)
の意思を継ぐことを表明する。
「理解主体」:石橋の葬式にあつまった弔問客。
「場」:葬式会場
ご遺族、ご親戚に代わりまして、ひとことごあいさつ申し上げます。私は世話役代表の 山内晋作と申します。故、石橋邦夫さんが勤務しておりましたハヤミ株式会社の取締役で ございます。
本日はお忙しいなか、多くの皆さまにご参列、ご焼香を賜りまして、まことにありがと うございました。
石橋さんは、弊社に入社されてちょうど三十年になります。営業部長の要職にあって、
社業の発展に力を尽くされておりました。営業部門を率いるリーダーとして、スタッフの 信望を一身に集め、大いにご活躍でございました。
ところが、まことに残念なことに、ひと月ほど前に急に体調を崩されまして、手当ての かいなく他界されました。享年は五十三歳でした。精力的でお元気な方であっただけに、
ご遺族の方々のお気持ちやいかにと、悲しみに胸を打たれるばかりでございます。
私どもといたしましては、石橋さんの生前の力強い仕事ぶりを受け継ぎ、社業のいっそ うの振興に努めることが、何よりも故人への恩返しになるかものと存じます。
本日は、最後までお見送りくださいまして、厚くお礼を申し上げます。故人が生前に賜 りましたご厚誼、ご厚情に深く感謝申し上げるとともに、これからはご遺族の方々に温か いご支援、ご助力をお寄せくださいますよう、心よりお願い申し上げまして、ごあいさつ とさせていただきます。
(「葬儀」pp82〜83)
【用例15】「スピーチ」
「表現主体」:村浜画廊の代表
「表現主体」の「表現意図」:画廊の開設式で來席者にお礼のあいさつをする
「理解主体」:村浜画廊開設記念式典に集まった客
「場」:記念式場。画廊に関係のある客が多数集まっている。
本日はご多用中のところを当村浜画廊開設記念式典にお集まりいただき、本当にありが とうございました。また陶芸家の岩下先生、画家の藤森先生、現代美術評論家の新藤先生、
その他の方々よりご丁重なご祝辞をたまわりまして、スタッフ一同、誠に身にあまる光栄 でございます。
画廊というのは、同じ芸術でも音楽の演奏会などに比べると、お客様をひきつける力に どうしても劣るのが現状でございます。
しかし我が村浜画廊は、従来の画廊にはなかった数々の画期的なアイディアでお客様の 新しい関心を集めるべく、その準備をすでに進行中でございます。なにとぞご期待くださ
いませ。
最後に、当画廊開設にあたりご尽力くださいました先生方、このような高いところから 恐縮ではございますが、厚くお礼を申し上げます。
(「大事典」p80)
「スピーチ」における「敬語表現化」の方式のひとつとしての「オ・ゴ」を用いた「直 接尊重表現」は、名詞系(動詞の連用形からの表現も含めて)だけでなく動詞に関しても 幅広く使用されている点が【表4】と「スピーチ」の用例から確認できるが、これは「ス ピーチ」という表現形式にその理由があるのではないかと考えられる。
「スピーチ」は「手紙文」と違って、「相手」と直接に、つまり、面と向かって表現す ること(発話すること)をその表現形式としているため、その表現(「敬語表現」を含めて)
を聞いている「相手」、その表現(「敬語表現」を含めて)に関係する「相手」が「表現主 体」の目の前にいる。それで、目の前にいる、その場で聞いている「相手」に対する「敬 語表現化」における配慮、意識が働いて、このような傾向が見られるようになったのでは ないかと考えられる。
また「スピーチ」では「敬語表現化」を行う「題材・内容」が、目の前にいる「相手」
に直接関係する場合が多いという点も「オ・ゴ」を用いた「直接尊重表現」の多用を通じ た「敬語表現化」につながるのではないだろうか。
さらに「スピーチ」における「直接尊重表現」は、【表】で確認できるように、名詞系に
「オ・ゴ」をつけた「直接尊重表現」が「手紙文」に比べ比較的多用されていることが確 認できる。それは、上の「2.5.2.3名詞系の「直接尊重表現」としての「敬語表現化」や「敬 語表現」の使用様相に関する分析・考察」の節で確認したような「敬語表現化」における 意識が「手紙文」と比べ、比較的積極的に現れた結果ではないだろうか101。
101 「手紙文」においてはそのような「敬語表現化意識」が表れないという意味ではない。「ス ピーチ」のほうが「手紙文」に比べて、そのような「敬語表現化意識」比較的積極的に表れて いるのではないかということである。