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以上,わが国の刑事手続におけるNemo tenetur原則の歴史的展開を概 観した。

ボアソナードは,拷問廃止の根拠の一つとして「被告人が人格の最も不 可侵にして最も神聖な特権である沈黙の自由を有する点」を指摘した。こ の問題提起を受け,改定律例第318条は,「口供結案」から「依証断罪」へ と改正された。この際,「自己負罪は人情ゆえになしえない」と主張され,

欧米諸国の自己負罪拒否特権についても言及された。

治罪法制定過程において,Nemo tenetur原則に関する議論はなされな かった。治罪法は,自由心証主義や恐嚇・詐言の禁止を明文化した。しか し,予審判事による取調べは糺問的であり,被告人は十分な防禦を行うこ とができなかった。被告人の自白は,最も重要な証拠であった。

明治刑事訴訟法期に至ると,弾劾主義に基づく刑事手続の帰結として,

被告人訊問の目的を「被告人の弁解」にあると解する見解が,主張された。

特に富田山壽は,Nemo tenetur原則を援用した。学説上,被告人は供述 義務を課されず,物件提出義務も課されないと解されるようになった。し かし,実際の刑事手続において,被告人は,糺問的な予審手続にさらされ

た。被告人の自白獲得を目指すあまり,ときに拷問や強制を伴う訊問が行 われ,被告人が供述拒否や黙秘を行うことは困難な状況であった。

明治刑事訴訟法制定後,ドイツの刑事手続の改正論議の影響を受け,わ が国の刑事手続においても改革論議がなされた。明治32年改正において,

密室監禁制度が廃止された。明治34年案と大正5年案は,法律とはならな かったが,大正刑事訴訟法制定やその後の刑事手続理論に大きな影響を及 ぼした。明治34年案第88条は,ドイツ帝国刑事訴訟法第136条と同趣旨で あった。大正5年案第131条も,弾劾主義に依拠し被告人の訴訟主体性を 尊重し,被告人訊問の意義を「被告人に弁解の機会を与えることにある」

と解した。

大正刑事訴訟法は,明治34年案および大正5年案の影響を受け,被告人 および被疑者の訊問の目的を,当事者かつ主体的地位にある被告人および 被疑者に対する弁解の機会の付与とした(第134条および第135条)。刑事 手続におけるNemo tenetur原則は,理論上,弾劾主義の帰結として理解 されたといえるが,実効的に保障されていたとはいいがたい。被告人およ び被疑者に対する供述強制や法律上の供述義務は否定されたが,実際には,

被告人および被疑者の供述(自白)が最重要であると解され,事実上の供 述義務を課されているかのような状況であった。

戦時刑事手続において,治安維持法や行政執行法のもと,被告人および 被疑者に対する激しい人権蹂躙が行われた。このような状況において,被 告人および被疑者は,Nemo tenetur原則の保障を受けることは困難で あった。しかし,Nemo tenetur原則の存在自体は否定されておらず,か つ,学説の多くは,被告人および被疑者に対する真実供述義務に対して消 極的な姿勢を示していた。

戦後,戦時刑事手続の反省から,日本国憲法が制定され,刑事訴訟法が 改正された。憲法第38条第1項は,日本国憲法制定過程において,総司令 部から日本政府に突然提示されたマッカーサー草案をきっかけに制定され た。刑事訴訟法における Nemo tenetur原則に関する諸規定(第198条第

1項,第291条,第311条)は,この日本国憲法制定過程の動きと,プロブ レム・シートをもとにした総司令部側との交渉によって作られた。Nemo

tenetur原則が憲法および刑事訴訟法において採用されたことは,わが国

の刑事手続において最も大きな達成の一つであるといえる。

1953年の供述拒否権告知の改正の動きは,捜査実務側の要求によるもの であった。刑事訴訟法の制定時にはほとんどなされなかった供述拒否権お よびその告知の意義や憲法と刑事訴訟法との関係等が,このとき激しく議 論された。これによって,供述拒否権およびその告知の重要性を主張する 見解と捜査実務側による供述拒否権の制限を要求する見解との相違点が,

明確になった。最終的に,若干の文言の変化はあったものの,供述拒否権 の内容は保持されたといえる。しかし,捜査実務側の見解が変化したわけ ではなく,現在もこの見解は根強く残っていると考える。

以上のように,わが国の刑事手続におけるNemo tenetur原則は,必ず しも直線的に発展したわけではない。わが国の刑事手続における Nemo

tenetur原則の歴史的発展は,改定律例第318条の改正によって,拷問と

結びついていた「口供結案」を廃し「依証断罪」を採用したこと,および,

拷問を完全に廃止したことに端を発すると考える。このとき以来,被告人 および被疑者の供述を中心に据えた刑事手続からの脱却をめざす人権保障 的な方向性と,拷問に代わる真実探究方法を模索し被疑者取調べを重要視 する方向性とが,常に緊張関係にあったと考える。また,Nemo tenetur 原則の適用範囲は,公判段階から捜査段階や捜査前段階へ拡大してきた。

わが国の刑事手続におけるNemo tenetur原則は,日本国憲法および現 行刑事訴訟法によって明文化されるに至った。憲法第38条第1項が「何人 も,自己に不利益な供述を強要されない。」と規定し,現行刑事訴訟法も,

被告人および被疑者に対する包括的黙秘権とその供述拒否権の告知を保障 した。これは,非常に大きな到達点であった。その後現在まで,わが国の 刑事手続におけるNemo tenetur原則は,憲法第38条第1項および現行刑 事訴訟法のもと,当事者主義およびデュープロセスを手がかりにして学説

および判例において発展してきた。

しかし,わが国の刑事訴訟実務は,現在も,被告人および被疑者の供述 獲得に傾注しており,1953年刑事訴訟法改正時に捜査実務側から主張され た,刑事手続におけるNemo tenetur原則に対する批判や制限論は,根強 く残っている。

近年,わが国の刑事訴訟法は,大きく変革しつつある。裁判員裁判によ

り市民のNemo tenetur原則に対する理解の重要性が増し,刑事免責や合

意手続制度の採用の検討,秘密捜査の拡大や科学的捜査方法の発展に伴う 被嫌疑者の負罪状況の拡大が,問題となっている。このような Nemo

tenetur原則の具体的適用に関する新たな問題が生じる中,被告人および

被疑者に対するNemo tenetur原則の保障と被疑者取調べをはじめとする 真実探究との関係は,より緊張を増しており,これまでの歴史的展開や学 説の議論の状況を踏まえた上で,さらに議論を深化させていく必要がある と考える。そのため,以下第2編において,わが国の刑事手続における

Nemo tenetur原則の現状と理論的根拠について,これまでの議論状況を

確認することとする。

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