第 6 章 考 察
6.2 本研究の問題点と今後の課題
うな互恵主義的協調関係は,人間の行動原理を説明するモデルとなりうる.
また,Frankは,なぜ人間には感情が存在するのか,という問題に解釈を与えた.彼は,
合理的には解決不可能なコミットメント問題において,感情はその問題を「合理的」に解 くことができることを進化論的な観点から示した.つまり,怒りや罪悪感の感情ゆえに自 己利益に反する行動をとってしまう人が,長い時間間隔で見ると,大きな利益をあげる可 能性があることから,感情の合理性を示した.
これら2つの研究は,進化論的な視点を持ち込まない限り,解決できない問題である.つ まり,時間とともに変化するというダイナミクスが,これらの明解な解答を与えたという ことができる.したがって,人間のコミュニケーションの手段である言語についても,なぜ 言語が変化するのかという問題は,通時的な側面から考える必要がある.また,これを検 証する手段として,計算機上のシミュレーションは重要な方法であると考えられる.本研 究は,このような自然言語に対する新しいアプローチを提案するものと見ることができる.
かかる認知的な労力をどう定義するか,などと言った問題である.これらの本質的な問題 を避けたまま,本稿で提案したような単純化したモデルだけで,自然言語のような複雑な 現象のメカニズムを説明することは不可能である.今後は,これらの人工的設定に対して もより根拠のある(認知科学的に説明可能な)モデルに改善していくことと,それが良い モデルであることを主張するために実際の言語データからの統計的検証を常に考えていく 必要がある.
6.2.2
モデルの工学的応用
本稿で提案したモデルは,他分野への直接的な応用を意図したものではない.しかし今 後,工学的応用として,以下のような可能性を持つと考える.
大規模文法ベースの維持
本稿で述べてきたように,自然言語は時間とともに常に変化している.自然言語処理な どにおいて実際の言語を処理する際,その言語の文法ベースを用意しておく必要がある.し かし,この文法ベースは大規模なものとならざるをえず,更新や維持管理には大変な手間 が必要となる.このため,この処理を自動化することは工学的に有益である.この大規模 文法ベースの維持に,本章で提案したモデルは活用可能であると考える.第4章で述べた 実験結果も,コミュニティの共通文法が外乱に対して頑健であることが示されており,こ の有効性を支持するものである.
機械翻訳
自然言語処理において,機械翻訳は重要なテーマであるが,いまなお解決できない問題 も多い.特に,翻訳処理において,適当な訳語を選択することは,文脈や意味が関係して くるため,困難な問題の1つである.本章で提案したモデルは,言語の融合・分化に関す るものであるが,その過程を詳細に分析することにより,機械翻訳に寄与できる点もある と考える.つまり,本章の語彙変化のモデルで用いた類似に基づく手法は,本来,文脈に 適した単語の意味を機械可読辞書から選択するための手法である.したがって,機械翻訳 における訳語選択にも有効であると考える.
ネットワークエージェント
コンピュータのネットワーク間で,プロトコルの異なる場合,その通信にさまざまな問 題が生じる場合がある.これをネットワークエージェントにより,自動的に処理してくれ ることは,ユーザにかかる負荷を減少させるという意味で有益である.本モデルは,この 問題にも応用可能であると考える.
以上の工学的応用は,さらに解決しなければならない問題も多いため,将来的な課題で ある.しかし,本研究の意義を,このような工学的応用として捉えることも重要であろう.