1.はじめに
2.第 2 のインバージョンの波
⑴ 2004 年のインバージョン対策税制 ⑵ 第 2 のインバージョンの波の背景 3.新たなインバージョン対策
⑴ インバージョン取引についての規則 ⑵ インバージョン後の租税回避の防止措置 4.国際課税制度の改革
⑴ 国際課税制度の改正案 ⑵ 資本参加免税の提案 ⑶ オバマ大統領の提案 5.考察
⑴ 新たなインバージョン対策について ⑵ 我が国への示唆等
6.おわりに
1.はじめに
1990
年代後半から2000
年代に、米国企業が税負担の軽減を目的として海外 へ移転したのに続いて、近年、著名な米国企業が外国企業との合併等によっ て外国企業の子会社となるクロスボーダーの組織再編が活発に行われている。これに対して、本年
9
月22
日、財務省は、規則(Regulations)の制定により、このようなコーポレート・インバージョンを抑制する方針を示した1)。 米国の国際課税制度の改革については、現在、上院財政委員会及び下院歳入 委員会からの提案、そして、オバマ大統領による改正案が提案されている。特 に、2015年予算教書2)ではインバージョン対策に関する具体的な提案が行われ ているため、どのようなインバージョン対策が講じられるかが注目されてきた
ところである。
今回公表されたインバージョン対策は、
・ 内国歳入法
7874
条⒝の規定するインバージョン取引の80%テストの適用の
厳格化・ インバージョン後の海外子会社(CFC)の留保所得に係る租税回避防止規定 のループホールの除去
という2点にフォーカスして財務省規則で定めることとされ、今後の更なる対 応の可能性も示唆されている。
2014
年だけでも、インバージョンの計画や実施が話題となったのは、Pfizer、Medtronoic、Walgreen、AbbVie、Burger King
といった著名な企業である3)。 これらの企業が、外国企業との合併等によって、外国企業の子会社となるコー ポレート・インバージョンが、メディアを賑わしてきたところであり、1990 年代後半から2000
年代に活発に行われた米国企業のインバージョンに続いて、「第2のインバージョンの波」と呼ばれている4)。
この活発なインバージョンの背景としては、米国法人税率が
35%と世界的
にも突出して高いことに加えて、今やOECD
加盟国の中でも数少ない全世界 所得課税の採用国であり、企業の国際競争力の観点からは不利な状況にあると1) 米 国 財 務 省:Treasury Announces First Steps to Reduce Tax Benefits of Corporate Inversions(http://www.treasury.gov/press-center/press-releases/Pages/jl2647.aspx)、Fact Sheet: Treasury Actions to Rein in Corporate Tax Inversions(9/22/2014)(http://www.
treasury.gov/press-center/press-releases/Pages/jl2645.aspx)、Notice 2014-52: Rules Regarding Inversions and Related Transactions. 2014⊖42 IRB 712. IRS ウェブサイト参照.
2) Fiscal Year 2015 Budget of the U. S. Government. General Explanations of the Administration’s Fiscal Year 2015 Revenue Proposals, Department of the Treasury.
3) 近年の著名な米国企業のインバージョンの動向については、吉村政穂「海外論文紹介:
合併する米国企業は税軽減のために欧州の本社を選択する」租税研究2014年8月、Mindy Herzfeld, Trends in 2014 Inversion Activity, 2014 TNT 149⊖2に詳しい。
4) Donald Marples, Jane Gravelle, Corporate Expatriation, Inversions, and Mergers: Tax Issues, Congressional Research Service, R43568(Sep. 3, 2014).
のビジネス界の不満や5)、国際課税を中心とした抜本的な法人税改革が、議会 のねじれ現象により停滞していること等が理由として指摘されている6)。
このような状況を踏まえて、議会、政府、そして租税法学者7)からも、米国 の課税ベースの浸食防止という観点から、早急にインバージョン対策を講じる べきとのメッセージが発せられてきた。
本年
7
月15
日には、Lew財務長官は、議会の関係者に対して書簡を送り、最近のコーポレート・ インバージョンには著名な米国企業の多くが関係し、
多様な業種に渡っていること等から、米国の課税ベースに深刻な影響を与えて いるという懸念を表明している。そして、米国には「新たな経済的愛国心(a
new sense of economic patriotism)」が求められているとして、議会での迅速
な対応を求めている8)。また、7月
22
日に、上院財政委員会は税制改革に関する公聴会を開催し9)、5) 現在の米国の国際課税制度の下では、海外子会社の所得は課税繰延べとなっており、
実際には全世界所得課税ではなく、準領土主義課税(quasi⊖territorial)となっていること を指摘して、米国企業の国際競争力を妨げる要因とはなっていないとの見解もある。
Edward D. Kleinbard, Stateless Income, 11 Fla. Tax Rev. 699(2011); The Lessons of Stateless Income, 65 Tax Law Rev. 99(2011), J. Clifton Fleming Jr., Robert J. Peroni & Stephen E. Shay, Worse Than Exemption, 59 Emory L. J. 79(2009).
6) フェルドシュタイン ハーバード大学教授「米法人税の改革が必要」日本経済新聞、
平成26年9月8日.
7) Stephen Shay, Mr. Secretary, Take the Tax Juice Out of Corporate Expatriations, 144 Tax Notes 473(July 28, 2014)、 Edward D. Kleinbard,“Competitiveness”has nothing to do with it, 144 Tax Notes 1055(Sep.1, 2014)、 Kimberly Clausing, CORPORATE INVERSIONS, Urban⊖
Brooking Tax Policy Center, Aug. 20, 2014.
8) 書簡では、Lew財務長官は、議会でのインバージョン対策立法措置を2014年5月に遡っ て適用することを求めている。なお、この時期は、Pfizer社が英国のAstraZeneca社との 合併計画を公表した時期と重なっている。
9) U. S. Senate Finance Committee’s Hearing“The U. S. Tax Code: Love It, Leave It or Reform It!”(http://www.finance.senate.gov/hearings/hearing/?id=5a23092e-5056-a032-5264-b5147118d6be).
Wyden
委員長(D⊖Ore.)は、インバージョン対策を早急に講じることの必要 性を強調している。公聴会で意見陳述を行った財務省のStack
次官補(DeputyAssistant Secretary)は、過去 10
年間に47
の米国企業がインバージョンによ り海外移転しており、以前に比較して大幅に増加しているという議会調査局(CRS)のデータを引用して、早急なインバージョン対策の必要性を強調して いる。
1990
年代後半から2000年代の最初のインバージョンの波に対しては、米国
では
2004年にインバージョン対策税制
10)を成立させて、その後、財務省規則でも順次、強化が図られてきたところである。
本稿では、その後約
10
年を経て、第2
のインバージョンの波が押し寄せて いる背景を探るとともに、今回のインバージョン対策の内容と米国の国際課税 改革の議論について考察し、我が国への示唆等についても検討することとした い。2.第 2 のインバージョンの波
⑴ 2004 年のインバージョン対策税制
インバージョン対策税制の中心である内国歳入法
7874
条は2
種類のルール を設けている。1
つは、インバージョン後の企業は、以下に該当する場合には「米国法人」と見なされるものである(80%テスト)11)。
・ 米国企業が、新たな外国親法人の子会社となること又はその資産等の大部分 をその外国親法人に移転すること
・ 米国企業の旧株主が、インバージョン後の新たな外国親法人の株式(議決権 又は価額)の
80%以上を保有すること
10) American Jobs Creation Act of 2004(JOBS ACT, P. L. 108-357).内 国 歳 入 法7874条、
4985条、6083A条等が追加されている。
11) 内国歳入法7874条⒝.
・ 新たな外国親法人及び拡大関連グループ(Expanded Affiliated Group)が、
その設立国において、その全世界の事業活動に比して、「実質的な事業活動
(substantial business activity)」を行っていないこと
また、上の要件で、米国企業の旧株主が、インバージョン後の新たな外国親 法人の株式の
60%以上 80%未満を保有する場合には、外国法人への資産の譲
渡益課税については、外国税額控除や純営業損失の利用を制限しており、いわ ゆる「出国税」が課されることとされている(60%テスト)12)。この規定の結果、近年の第
2
のインバージョンの波では、2004年以前のイン バージョンの形態と内容において大きく異なるものとなっている。2004
年以前のインバージョンでは、インバージョンによる移転先について は、バミューダやケイマンといったカリブ海のタックス・ヘイブンであったが、新たな外国親法人の設立国における「実質的な事業活動」要件のため、こうし たタックス・ヘイブンを選ぶことは困難となっている。
移転先としては、「実質的な事業活動」が行われている国で、法人税率が低く、
領土主義課税(Territorial)を採用しているアイルランド、スイス等の欧州地 域や加が代表例である。さらに、近年は、英国が、法人税率を引き下げ(現在
23%、さらに 2015
年には20%へ引き下げ予定)、外国子会社配当免税制度への移行(2009年)に加えて、パテント・ボックス制度の導入(2013年)等により、
主要な移転先の
1
つとなっている。「実質的な事業活動」要件については、内国歳入法
7874
条では、その内容が 定義されていないため、2006年の暫定規則13)で、すべての事実と状況を考慮 するという一般原則に加えて、設立国における従業員、資産、売上が、企業グループの
10%というセーフ・ハーバーを定めた
14)。12)内国歳入法7874条⒜
13) T. D. 9265, June 6, 2006.
14)セーフ・ハーバーは、その後の2009年の暫定規則により廃止されている。T. D. 9453, July 28, 2009.
その後、2012年の暫定規則15)では、「実質的な企業活動」の内容について、
設立国におけるグループ従業員、グループ資産、グループ所得が
25%という
内容としている。この規則の制定理由については「実質的な企業活動」の判定 基準の明確性とされているが、インバージョン抑止効果が期待されているもの と思われる。また、この「実質的な企業活動」要件によって、相手国にペーパー・カンパニー を設立して移転する方式(「naked inversion」又は「self⊖inversion」と呼ばれる。)
は不可能となり、インバージョンとして実現可能な手法としては、外国企業と の合併が唯一の手段となっている。
なお、企業グループ全体の支配権を維持するために、実際のインバージョン 取引においては、米国企業に比較して、小規模な外国企業が合併法人に選ばれ ている。内国歳入法7874条の下では、合併相手となる外国企業は米国企業の
4
分の1
まで小さい規模となることが可能である。このような状況を、南カリ フォルニア大学のKleinbard
教授は、「海外の小魚が米国のクジラを飲み込む(foreign minnow swallows the domestic whale.)」と呼んでいる16)。
ここで、注目されるのは、現在問題となっている第
2
のインバージョンの波 では、60%テストが適用される保有割合のものであり、インバージョン対策と しては、有効な歯止めとなっていない点である17)。また、実際のインバージョ ン取引で多く採用されている方法である、米国企業に比して事業規模が小さな 外国企業が合併法人となる場合には、米国株主は株式の譲渡益課税の繰延べの 適用を受けることはできない18)。したがって、現在のインバージョン対策としては、80%テストが唯一の有効
15) T. D. 9592, July, 2012.
16) 前掲注7)Kleinbard, 1055.
17) 前掲注1)米国財務省Fact Sheet.
18) 財務省規則1. 367⒜ ⊖3⒞. 前掲注7)Kleinbard参照.