1218号(「〔ウェゲリン〕イギリスの織っている債務が返済されなければ
なりませんでした。不幸にも,1847年には,その大部分が破産によって
はたされました。しかし,その債務が破産によって決済されなかった部分
については,それは地金の輸出によって果たされました。」)が引用されて
いる(MEGA,11/4.2,s546;拙稿「「貨幣資本と現実資本」の草稿につ
いて」『経済志林」第64巻第4号,1997年,208ページ)。このウェゲリ
ン証言は,「混乱」に引用されているハバードの第2566号の証言と内容的
にきわめて近いことが注目される。すなわちそこでは,ハパードは,「184
7年に,わが国の状況を最終的に回復させたのは,アメリカが以前にわが
国から借りていた何百万かを,またロシアがわが国から借りていた何百万
かをわが国が〔商社の破産によって〕帳消しにしたことでした」,と言っ
「信用制度下の流通手段」および「通貨原理と銀行立法」
69 ているのである(MEGA,11/4.2,s567;本稿,101ページ)。
Ⅲ)のなかでは,もう一度,本文として書かれた部分のなかに,銀行法 委員会報告が引用されている。それは,エンゲルス版第31章部分のうち
の草稿346ページであって,すでに2で引用し,「注目すべき記述」と書 いておいた。そこではマルクスは,証言第501-503号でのウェゲリンの
「浮動資本」論議について,「総じて,貨幣市場のこのようなちんぷんかん ぷんな信用談義で,経済学のあらゆる範晴が別の形態をとっているさまは,
このうえないものである」,と言い,さらに,「そこでは「浮動資本」は
「流動資本」を表わす表現であり(もちろんこれはまったく別のものであ る),貨幣が「資本」であり,「地金」が「資本」であり,銀行券が「通貨
〔Circulation〕」であり,資本が「一つの商品」であり,もろもろの「債 務」が商品であり,「固定資本」が,換金しにくい証券に投下されている 貨幣である,等々」,と書いていた(MEGA,11/4.2,s548;拙稿「「貨幣 資本と現実資本」の草稿について」『経済志林』第64巻第4号,1997年,
217-218ページ)。
一方では,すでに2で見たようにマルクスは第5章のなかの多くの箇所 で経済学者や実務家たちに見られる「混乱」に言及していたのだから,
「混乱」という見出しだけに注目すれば,第5章のどこでこの抜粋作業に 着手したとしてもおかしくないということになるし,また他方では,さき に述べたようにマルクスが二つの銀行法委員会報告での「ごった煮」は
「もっとあとの本」で批判するつもりでいたことを考慮に入れれば,「混甜 を手許にもっていても,それを本文用のテキストのどこでも使わなかった としてもおかしくないということになるが,しかし,以上のような,銀行 法委員会報告,1857年,の使われ方に注目すると,352ページ以前(つま
りエンゲルス版第31章部分以前)のところでは,あとから書き加えられ
た可能性のある注での利用とノーマンおよびオウヴァストンの部分を除く
と,いま挙げた,Ⅲ)で本文として書かれた二つの引用が目に付くのであ
る。いまのところ筆者には,この二つの箇所こそが,マルクスが「混乱」
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で銀行法委員会報告の抜粋作業にとりかかった時期を示唆しているように 思われてならないのである'6)。
4.「混乱」および「[混乱。続き]」でのマルクスの関心
「混乱」および「[混乱。続き]」で,マルクスはときどき長短のコメン トを挿入してはいるが,どちらも基本的には二つの委員会報告からの抜粋 からなっているものである。そのような抜粋を行なうときに,マルクスは,
どのような問題意識ないし問題関心をもって,抜粋箇所を選んだのであろ うか。
マルクス自身は,さきに見た手紙のなかでエンゲルスに,「ごった煮」
を批判したいと考えていることを伝えていた。あるいは,「混乱」を衝く と言ってもよいであろう。エンゲルスも,「[混乱。続き]」について,「こ の篇のなかで触れているありとあらゆる対象に関する,議会報告書からとっ た一団の新しい抜き書きに著者の長短の評言を混ぜたもの」と書いている。
しかし,「この篇のなかで触れているありとあらゆる対象」に関わる問題 関心をもって抜粋したとすれば,彼が実際に行なったものよりもはるかに 膨大なものになっていたであろう。それぞれの箇所の抜粋の理由にはさま ざまなものがあったにしても,抜粋作業のさいに,マルクスが関心をもち,
抜粋しようと考えていた問題または問題群があったはずである。ここでは,
「混乱」および「[混乱。続き]」での実際の記述から,マルクスの問題関 心を大づかみに探ってみよう。
まず最初に,マルクスが「混乱」でいったん銀行法委員会報告と商業的 窮境委員会報告との両者をこの順序で抜粋したのちに,Ⅲ)を終えてから,
16)筆者は,拙稿「『資本論』第3部第1稿のMEGA版について」のなかで,MEGA編集
者の推定について,「この推定は,この部分での異様なページづけの理由を説明するだけ
でなく,この「5)信用。架空資本」の全体の繋がりを理解するうえでも,注目すべきも
のである」(「経済志林」第62巻第2号,1994年,266ページ)と書いたが,そののち立
ち入った検討を行なった結果,この評価を変更して,以上本稿で書いてきたように見なけ ればならないと考えるようになった。念のために一言しておく。「信用制度下の流通手段」および「通貨原理と銀行立法」
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「[混乱。続き]」でもう一度,同じ順序でこの両委員会報告からの抜粋を 行なったことに注目しよう。この二つの抜粋集録のそれぞれの内容には,
なんらかの違いがあるであろうか。たんに,「混乱」で書き落としたもの を「[混乱。続き]」で拾い集めたということにすぎないのであろうか。
「混乱」での抜粋と「[混乱。続き]」での抜粋を読むと,当然に,いろ いろの共通の問題関心も見られるが,しかし,それにもかかわらず,この 二つの抜粋の内容にはかなり大きな違いがあるように思われる。つまり,
マルクスはまず,一定の問題関心をもって二つの委員会報告からの抜粋を 行なったが,そののちに,それとは異なる問題関心をもって,あるいは異 なる視角から,あらためて両委員会報告からの抜粋を行なったのではない か,と思われるのである。
それぞれの内容を,と言っても,最初は詳しく見始めて,最後は大づか みに章駄天のように駆け抜けよう。
「混乱」での銀行法委員会報告からの抜粋は,ニューマーチの証言から 始まる。ニューマーチの証言は,少し立ち入って見ておこう。
まず,発券部と銀行部とへのイングランド銀行の分割によって,銀行部 の準備の変動が同行の割引率の大幅な引き上げないし引き下げをもたらす ことになったこと,それの引き下げのさいには,それが市場割引率をそれ よりも低いところに引き下げるので,同行の割引業務を増大させることが むずかしいこと,割引率を引き上げれば,貨幣パニックを引き起こす可能
性があることなど,イングランド銀行の割引率をめぐる事実関係について
の証言からの抜粋がある。続いて,銀行業者が銀行券を発行して貸し付ける場合には,その資本は
信用資本であり,それによって得られる銀行利潤は「信用から得られる利 潤」だという証言,また,信用資本は,銀行券の発行による以外に,裏書
きした手形の支払,小切手の発行によってもつくりだされるという証言が 抜粋されている。次に,地金の流出には,輸出入による支払差額,資本輸出,戦費等の一
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方的な対外支払によるものの三つがあるという証言がくる。
次の証言は,一転して,交通・通信手段の発達による流通手段の節約に ついてのものである。
今度は,イングランド,スコットランド,アイルランドでの銀行券流通 高についての証言である。
その次に,マルクス自身が「為替相場」という小見出しをつけた三つの 証言がある。ここでの焦点は,資本が商品の形態で国外に送り出される場 合と地金の形態で送り出される場合とでは為替相場に及ぼす影響が異なる,
ということである。
次には,また一転して,マルクスは,ニューマーチがウッドに,あなた は銀行券の「党換性」が銀行券の過剰発行を抑止すると言うが,あなたの 議論ではどうしてそういうことになるのか説明できないではないか,と問 い詰められているのを椰楡している。
続いて,発行銀行券による信用資本がそのまま「追加」された「国の資 本」だと述べている証言を引用している。
それから,低い割引率は,次第に質の悪い貸出を増加させ,それがのち
に反作用を引き起こすことになる,という証言が抜粋される。
次に今度は,等価を支払わずに手に入れた価値額を軍需品の形態で送り 出しても為替相場に影響しないと言ったはずのニューマーチが,その反対
のことを言ったためにウッドに問い詰められているのを椰楡している。次には,議長のルイスがニューマーチに,国家がだれかに不換紙幣の発
行を認めるとすれば,それは彼に詐欺を行なう力を与えるのと同じではないか,と言うのにたいして,ニューマーチが,不換紙幣を発行していた銀 行制限期にイングランド銀行が蓄積をしたことによって免換再開の準備が
できたのだ,と答えている問答が抜粋されている。最後に,金の価値が国内のいっさいの金量によって規定されるというニュー
マーチの貨幣数量説見解を述べた証言を引用し,それを批判,椰楡してい
る。