第 5 章 角運動量 53
5.5 時間反転とクラマース縮退
シュレーディンガー方程式 iℏ∂
∂tψ(r, t) = [
−ℏ2
2m∇2+V(r) ]
ψ(r, t) (5.131)
5.5. 時間反転とクラマース縮退 73 において、時間 tを −t で置き換え、両辺の複素共役をとると
iℏ∂
∂tψ∗(r,−t) = [
−ℏ2
2m∇2+V(r) ]
ψ∗(r,−t) (5.132) が得られる。したがって、ψ(r, t)がシュレーディンガー方程式の解ならば ψ∗(r,−t)もまた解であることを意味している。時間反転演算子をΘと書 くと
Θψ(r, t) =ψ∗(r,−t) (5.133) 時間反転演算子は次の性質を満足していることがわかる。
(Θψ,Θϕ) = (ϕ, ψ) = (ψ, ϕ)∗ (5.134) Θ(aψ+bϕ) =a∗Θψ+b∗Θϕ (5.135) これらをユニタリ演算子と比べると内積や係数が複素共役になっている点 が異なっている。このような演算子は反ユニタリ演算子という。一般に、
時間反転演算子は、ユニタリ演算子U と複素共役を取る演算子∗を用い て次のように書ける
Θ =U K, Θ−1=KU−1=KU† (5.136) ここで、Kはそれに続く量の複素共役をとる演算子である。
時間反転演算子の性質を考える。まず、空間座標は変化させない。
Θ−1rΘ =r (5.137)
運動量は符号を変える。
Θ−1pΘ =−p (5.138)
運動量演算子がp=−iℏ∇のように虚数iを含むことに注意すると、(5.137) と(5.138)はΘ =K とおけば満足されることが分かる(U = 1)。
次に、スピン1/2演算子を考える。スピンは時間反転に対して符号を変 えなければならない。
Θ−1σiΘ =−σi (i=x, y, z) (5.139) σyは成分が純虚数なので、やはりΘ =Kとおくことで満足される。しか し、σx, σz は実数なのでKでは符号が反転しない。しかし、Θ =σy とお くことで符号が反転することが分かる。よって
Θ =−iσyK, Θ−1 =−iKσy (5.140)
とすればよいことが分かる(σy−1 =σyであることに注意)。ここで、係数
−iは便宜上つけた。この時、Kσy =−σyに注意すると
Θ2 =−1 (5.141)
であることが分かる(1は2行2列の単位行列)。スピンが1/2の粒子に対 して時間反転を2回すると符号が変わるのは、時間と空間を含めた4次元 時空で考えた時に、時間軸を2回反転させることは空間に関して2π回転 させることと同等だからである(x軸を2回反転させると、2π回転する ことと同じになることを時間軸と空間軸に当てはめてみよ)。
電子がn個ある場合の時間反転演算子は
Θ = (−iσy(1))⊗ · · · ⊗(−iσy(n))K (5.142) と書けるので、Θ2 = (−1)nである。従って、奇数個の電子が存在する系 に対しては時間反転操作を二回行うと波動関数は符号を変える。この事実 の帰結として次の定理が成立する。
Kramersの定理 奇数個の電子からなる時間反転対称な系の固有状態は 少なくとも二重に縮退しており、互いに時間反転した状態は直交する。こ れをクラマース縮退という。
証明: 時間反転対称な系の場合、|ψ⟩が固有状態ならば、Θ|ψ⟩も同じエネ ルギー固有値に属する固有状態である。もし縮退がなければ、Θ|ψ⟩=c|ψ⟩ と書ける。両辺にΘを作用させ、Θc = c∗ であることに注意すると、
Θ2|ψ⟩ = |c|2|ψ⟩ となるが、電子数が奇数個の場合は Θ2 = −1 なので 矛盾する。よって、固有状態は縮退している。そこで、互いに時間反転の 関係にある2つに縮退した固有状態を|ψ⟩,|Θψ⟩ とすると、時間反転演算 子の反ユニタリー性より ⟨Θ2ψ|Θψ⟩ = (⟨Θψ|ψ⟩)∗ = ⟨ψ|Θψ⟩ となるが、
Θ2 =−1なので −⟨ψ|Θψ⟩ =⟨ψ|Θψ⟩= 0 となり、|ψ⟩ と|Θψ⟩ は直交す る。(証明終わり)
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