前章で紹介したとおり、京都国立博物館と京都国立近代美術館はそれぞれ独立行政法人国立文 化財機構と独立行政法人国立美術館に所属し、同じ機構に属している他の国立博物館・国立美術 館とそれぞれ連携して、毎年巡回展を開催している。京都市美術館は公立美術館のネットワーク 組織である「美術館連絡協議会(美連協)」に入会しており、加盟館間での巡回展を行っている。
美術館連絡協議会(美連協)は、全国の公立美術館が互いに協力し合いながら活動を活性化させ ようと、昭和57(1982)年12月、35館が参加して設立されたもので、2009年4月現在の加盟館 数は124館、主な事業には、美術展の共同企画や巡回展の開催、美術館員の海外研修派遣、優れ た企画に贈る「美連協大賞」及び図録に掲載された優秀な論文・解説に対するカタログ論文賞な
どの顕彰事業、美術館の地域活動や学芸員の調査・研究活動に対する助成などがある。
現在の日本では、博物館美術館の事業をより効果的、活性的に発展するため、様々な美術館の 関連機関が設立されており、上述の美術館連絡協議会(美連協)のほかに、全国美術館会議、財 団法人目本博物館協会などがある。
全国美術館会議は、日本各地の美術館がともに考え、ともに行動することをめざして、昭和 27(1952)年に設立された。美術館の使命の実現を支え、その活動を社会的にしっかり根付かせる ため、総会、総会記念フォーラム、講演会、学芸員研修会、研究部会などを毎年開催し、その成 果を会員館や、広く美術関係者、また、一般の人々と共有するこ.とを員指している。財団法人目 本博物館協会は、昭和67(1986)年7月31日に設立された文部科学省所管の公益法人である。
青少年及び成人による生涯学習の進展を図るため、博物館振興のための調査・研究開発並びに指 導・援助を行い、我が国の文化の発展に寄与することを目的として活動している。
美術館に関連する各機関の共存は、美術館の活動・事業に利するだけでなく幾つかの問題点や 欠点をはらむこともあるだろう。美術館と美術館の間、人びとと美術館の間には、なおも様々な 課題や問題点が存在している。
前章では、三つの国公立博物館美術館を通じて現在の日本の美術館で展開する様々な活動・事 業の計画や制度、その特徴やそれにともなう課題・問題点を論じたが、本章ではさらに、いくつ かの展覧会と美術館の社会教育活動を分析し、前三章に紹介した岡倉天心の観点や日本の博物館 美術館に関する制度・法規などを参考に、日本の現在の博物館美術館が抱える具体的な課題・問 題点をまとめて論考したい。
第1節 文化財保存の問題
平成21(2009)年4月25目から7月5日まで、東京都美術館では「日本の美術館名画展」が 開催された。全国の公立美術館約100館が参加し、その膨大なコレクションの頂点をなす、還り すぐりの名品を一堂に公開するものだった。同展は、美術館連絡協議会の創立25周年記念展でも あり、教科書に掲載されている作品から、所蔵美術館から外部に出品されたことがない秘蔵の作 品まで、西洋絵画50点、日本近代洋画70点、日本画50点、版画・彫刻50点の220点が集めら れた。他方、同展に関連して同年10月15目の「読売新聞」文化欄に掲載された記事「所蔵品修 復ままならず/公立美術館」では、日本の公立美術館の美術品保存の現状と問題点について論じた。
この記事の中で、「日本の美術館名画展」のために集められた作品の状態のチェックを担当した絵 画修復家、岩井希久子氏は、公立美術館の作品保存について以下のような事柄を述べている。
・収蔵から何十年もそのまま、と感じさせるものが多かった。
・現状や修復歴を記録し、病院のカルテに当たるr状態調書」 (コンディション・リポート)
を添えた作品も2〜3点のみ。絵画修復家は展覧会の前後に作品を調べ、異変がないかと うか確認するが、その基本データが不十分だった。
・予算も人も削減される中、所蔵品の保守は後手に回っているのが現実だ。
・「名品展」を主催した美術館連絡協議会が加盟124館に行ったアンケート調査(回答99 館)によると、 「保存修復担当の学芸員がいる」との回答は19館あった。
・日本の公立美術館では、予算も協賛金集めも、国内外から作品を集める企画展が優先される。
「欧米は日本と逆で、コレクションをきちんと見せることが柱になっている。」
「日本の美術館名画展」のように、美術館が多数連携する企画展覧会を通じて、それぞれの館 だけでは認識されにくい、または調査しにくい問題が発見されたということができよう。明治以 来、美術館の数は増え続けたといえるが、実際の内情に眼を向けてみると、美術館の運営状況、
とくに所蔵品の保存管理について満足のいく水準にある館は少ないのである。上記の5項目と、
岡倉天心の考えとを比較してみると、美術品保存・修復をめぐる現在の問題が、よりはっきりと 理解されるだろう。
岡倉天心は、「美術品保存二付き意見」の中で、美術品の蒐集や保存修復に必要な十分な予算と
「権力」、すなわち行政上の制度の充実や強力な運営体制が必要となることを指摘していた。すな わち、運営資金も人材も不足している現在の美術館では、美術品の保存・修復はきわめて困難で あるといえるのではないだろうか。
また、「中国目本美術部の現状と将来」の中では、天心は美術品の日常保存に加えて「登録順目 録」、r所在目録」、r評価目録」の作成を通じて管理する必要があると語っている。これについて
も、現在の美術館では人員が不足しており、それらの美術品の基本データを正確に作成・管理す ることが不十分なままとなっているのである。
美術館の人員構成について、「コレクション保管係」「保管係助手」、「助手」と「修理係」を置 く必要があるというのが、ボストン美術館での実務経験をもつ天心の考えである。こうした考え をしっかりと理解する人材やその十分な人員の配置が、日本ではまだできていない、ということ でもあろう。前章で紹介した京都の三つの博物館美術館は、歴史も影響力も名声もあるが、その 三つの館の申で唯一、京都国立博物館しか美術品の保存・修復部門が整備されていないのが現状
である。
第2節 展示の問題
天心はとくに、収集・保存された美術晶より多くの人々・国民が鑑賞できるように展示する必 要があり、それによって、日本という国の伝統文化の価値を諸外国に示し、名誉を得ることが重 要だ、と考えていた。すなわち、美術館の所蔵コレクションに更に力を入れ、行き届いた保存・
修復のもとで一般公開することが重要だと考えていたのだろう。
周知の通り、日本の博物館美術館では、作品保護のため展示の期間が短く制限され、会期を何 回かに分けて作品を取替えざるをえない。博物館美術館での展示について、常設展の展示替えの 多さが問題点の一つになっているが、常設展に限らず、日本美術の企画展についても同じことが あてはまる。このほか、美術館が所属する機構の違いによって共催展の開催が難しくなること、
美術館をただの展示会場とみなして賃貸する「貸館」制度、入館料の無料制度なども、展示すな わち、人びとの鑑賞や見学の機会とその質に関わってくる重要な問題点に数えられるだろう。
■展示替え
たとえば、平成19(2007)年に京都市美術館で開催されたr特別展 京都と近代日本画」とい う展覧会では、会期を前期と後期に分けていた。展示された美術作品は総計で109件、通期で展 示したのは61件、前期のみの展示は23件、後期のみは25件である。平成18(2006)年に京都 国立近代美術館で開いた「プライスコレクション 若沖と江戸絵画展」では109件の美術品が集 められ、前期展示と後期展示とのあいだで、8件が展示替えされた。京都国立博物館では、今年
(2009)、「京都御所ゆかりの至宝」特別展覧会が開催されたが、期間中の展示替えにくわえて6 曲1双の屏風2件について、対となる屏風1双をそろえた状態ではなく、左隻・右隻を分け、違
う期間で展示したことは、良くも悪くも特筆に価することであった。一方は江戸時代の「立花図 屏風」六曲一双、もう一つは江戸時代寛永19(1642)年、狩野探幽筆の「源氏物語図屏風」」六 曲一双で、それぞれの左隻・右隻が片方ずつ、前期・後期に展示されていたのである。展示期間 の制限の必要性は理解できるが、一対の屏風を分断し、二回に分けて展示するのはなぜなのだろ
うか。
さらに理解に悩むのは、平成21(2009)年7月25目から9月6日まで、東京のサントリー美術 館で開かれた「美しきアジアの玉手箱/シアトル美術館所蔵 日本・東洋美術名品展」である。シ アトル美術館は目吾和8(1933)年にアメリカのシアトル市で設立され、7000件に及ぶ日本・東洋 美術コレクションを保有する美術博物館である。上記の展覧会では、時代もジャンルも多岐にわ たる名品約100件が公開された。シアトル美術館の同コレクションがアメリカ国外でまとまった かたちで公開されるのは世界初のことであり、重要な展覧会として高い関心を集めたが、《度下絵 和歌巻》の展示とその展示換えについては、やや問題があったと思われるのである。
《度下絵和歌巻》は当初一巻の長大な巻物であったが、前半部分が細かく切断された。後半部 分は幸いにも裁断をまぬがれてシアトル美術館に伝存するが、前半部分は美術館や個人コレクシ
ョンに分蔵されている。上述の展覧会では、シアトル美術館所蔵の後半部分と、前半部分の断簡 のうち数点が同時に展示されるといわれていた。しかし、実際の展示の状況、その期間は下の表 のとおりであった。
展示期間
員数 所蔵
7/25−8/3 8/5−8/10 8/12−8/17 8/19−8/24 8/26−8/31 9/2−9/6
一巻 シアトル
?p館
O
○O O ○ O
山種
?p館
O O O O
個人
O O
個人 ○
O
一幅
サントリ
[美術館
○
O
五島
?p館
O O
O O
一巻 MOA
?p館
○
O
O
○一幅
○ ○
個人
O
○O
*展覧会の出品リストに基づく、筆者作成