6.1 ペット可賃貸住宅市場の効率化を図るための方策 6.1.1 ペット可賃貸住宅市場の効率化を図るための方策
第4章及び第5章の結果から、ペット可賃貸住宅とペット不可賃貸住宅には家賃差が存在し、その
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うち縮小可能な家賃差を改善することにより、ペット可賃貸住宅市場の死重損失を低減し、市場の効 率化を図ることができるはずである。
市場の調整過程で生じる家賃差については、いずれ市場均衡に近づいて縮小するものであるが、そ の間は死重損失が発生することになるため、市場均衡への早期移行を図ることが望ましい。そのため、
ペット可賃貸住宅に関連する情報を集約し、賃貸人に周知することが考えられる。
転換費用の低減については、既に居住している住人に対して退去を求めたり、賃貸借契約の変更を 求めたりすることは困難なので、新しい賃借人との賃貸借契約において、定期賃貸借契約を活用する ことや、他の住戸でのペット飼育を容認する旨を契約上明確化しておくことが考えられる。なお、ペ ット飼育用設備の規格化等による低廉化も、転換費用の低減に資する。
契約締結時の費用については、ペット飼育に係る標準的な住宅の賃貸借契約書を提供することが考 えられる。
トラブル処理費用等により生じる費用や契約内容の確実な履行に係る不確実性については、裁判事 例やトラブル事例をとりまとめて提供することにより予測可能性を向上することや、トラブルの発生 を防止するための注意事項をマニュアル化することが考えられる。
将来のペット選好が変化するリスクについては、その変化に迅速に対応できるよう、新しい賃借人 との賃貸借契約では定期賃貸借契約を活用することが考えられる。
共用部分の管理費用の増大については、特に政府が介入することで解決するべき問題ではないもの と思われるが、ペット飼育による管理費用の増大分については、ペット飼育者に負担させることが望 ましい。
さらに、ペットの飼育を希望する者とペットの飼育に否定的な者が同じ集合住宅に混在していると、
ペット飼育を禁止しても許可しても、いずれにせよ居住者の厚生水準は低下してしまうため、できる 限りそれぞれが分離して集合住宅に居住することが望ましく、その促進のためには、その集合住宅が 現在及び将来においてどのタイプの集合住宅になるのかを明確にするとともに、定期賃貸借契約を活 用することが考えられる。
以上のことから、次の4つの具体的な方策を提案する。
■ ペット可賃貸住宅に関する情報の集約・周知
■ ペット可賃貸住宅に関する賃貸人向けのマニュアルの提供 ■ ペット可賃貸住宅に係る標準契約書の提供
■ 居住用建物の賃貸借契約について更新時の定期借家契約化を可能に
なお、市場の効率化を図る方策としては、以上の4つのほか、次のようなものも考えられるが、本 稿では、社会的費用や実現性も勘案の上、上記の4つの方策を提案することとした。
① トラブルが起きた場合の処理方法の強化・充実
行政の相談窓口、紛争処理機関等の強化・充実を図る。
② コースの定理を用いた権利の明確化と初期権利の配分
例えば、すべての居住者には、集合住宅の他の居住者にペットを飼育させない権利があること を法律上明確化し、ペットを飼育したい居住者は、ペットを飼育させたくない居住者からその権 利を買い取ることにより、その集合住宅でペットを飼育することができることとする。また、権 利の買い取りの交渉が容易にできるようにするため、交渉の手続き等を具体的に定めることも必
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要となる。なお、すべての居住者にペットを飼育する権利を与えることによっても、同様の効果 をもたらすことができるが、ペットの飼育による負の外部性の影響を受ける側が多数であると考 えられることから、初期権利はペットを飼育させたくない者に与えるべきであろう。
③ そのほかの政府介入策
ペット飼育者が及ぼす外部不経済に応じたピグー税の課税、政府によるペット飼育権の付与、
集合住宅の供給者に一定割合のペット可住宅の付置義務を課すこと、フランスのようにペット飼 育を禁止する特約を無効とすることなどは、市場の失敗によってもたらされる死重損失よりも大 きな死重損失をもたらす可能性が高いため、避けるべきである。
6.1.2 ペット可賃貸住宅に係る情報の集約と周知
取引費用の低減や市場均衡への早期移行等を図るため、ペット可賃貸住宅に係る情報の集約と周知 を行う。
集約と周知を行うべき情報としては、次のようなものが考えられる。
■ ペット飼育や賃貸住宅に関する裁判事例やトラブル事例
■ ペット飼育や賃貸住宅に関する相談窓口や紛争処理機関等の連絡先等 ■ ペット飼育や賃貸住宅に関する市場調査等の調査研究
■ ペット飼育や賃貸住宅に関する書籍やウェブサイト ■ 6.1.3のマニュアルや6.1.4の標準契約書
また、集約と周知を図る主体としては、業界団体や民間企業等の自主性に委ねておくことも考えら れるが、ペット可賃貸住宅の供給のノウハウを有する者にとっては家賃差は大きい方が望ましいこと や、民間賃貸住宅の所有者は個人が多いことなどから、取り組みが不十分である可能性も否定できな い。したがって、公的に何らかの環境整備を行うことも考えられる。
6.1.3 ペット可賃貸住宅に関する賃貸人向けのマニュアルの提供
ペット可賃貸住宅の契約時に賃貸人が注意するべき事項等についてマニュアル化することも、取引 費用の低減に資する。例えば、次のような内容をマニュアルとしてまとめることが考えられる。
■ ペット可賃貸住宅への転換を行いやすくするため、新しい賃借人との賃貸借契約においては、契 約対象の住戸のみならず、集合住宅の他の住戸についても、定期賃貸借契約の活用を検討するこ とが望ましい。また、賃貸借契約を締結するに当たって、契約の目的物である住宅がペット可賃 貸住宅であるか否かを明示するだけでなく、他の住戸についても、
・継続的にペット可住宅とする旨、
・現在はペット不可住宅(若しくはペット可住宅)のみだが将来的にペット可住宅(若しくはペ ット不可住宅)に転換する可能性がある旨
・継続的にペット不可住宅とする旨
の別を、明らかにしておくことが望ましい。
■ 賃貸人は、ペット不可賃貸住宅をペット可賃貸住宅に転換するに際し、同じ建物内にペット可賃 貸住宅がない場合には、基本的には法的責任を負うものではないが、他の居住者の承諾を得てお くことが望ましい。(ただし、管理規約でペット飼育が禁止されていないことを前提とする。)
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■ 賃貸人は、必要に応じて管理組合や管理会社の協力を得て、ペット飼育希望者と面接を行い、ペ ット飼育についての考え方を確認するとともに、契約内容やそれに違反した場合の措置等につい て十分に説明を行うことが望ましい。
■ 区分所有建物でない集合住宅において、賃貸人は、ペット可賃貸住宅への転換により他の居住者 等から損害賠償請求をされる可能性があるという不確実性を回避するため、また、賃借人は、自 分のペット飼育や他人のペット飼育によるトラブルを回避するため、個別の賃貸借契約に、共用 部分の利用マナーや、賃貸人が他の居住者に遵守させる事項などを明記しておくことが望ましい。
■ 賃貸人は、退去時の賃借人とのトラブルを回避するため、原状回復に必要な範囲内において、非 飼育者よりも多額の敷金や保証金等を預かることが考えられる。
■ 共用部分の清掃等の維持管理費用について、ペット飼育により増大する分については、ペット飼 育者に応分の負担をさせることが望ましい。
6.1.4 ペット飼育を前提とする標準的な賃貸借契約の契約書の作成と提供
標準的な賃貸借契約の内容として定めるべきことを、(1)~(3)に挙げる。ペット飼育を前提と する標準的な契約書を作成する際には、これらのことを踏まえて作成されることが望ましい。
なお、本稿の末尾に、「ペット飼育に係る標準契約細則」(案)を付録として添付する。本付録の作 成に当たっては、独立行政法人都市再生機構が賃貸借契約の際に使用している「ペット飼育規則」や、
集合住宅の管理規約のひな型である国土交通省「中高層共同住宅標準管理規約」、(財)マンション管 理センター「中高層共同住宅使用細則モデル ペット細則例」、東京都「集合住宅における動物飼養モ デル規定」等を参考とした。
(1)ペットを飼育する際に賃借人が遵守するべき居住マナー等に関する事項
ペットの飼育に伴い生じる可能性がある、騒音、悪臭、汚損、毛の飛散、対人被害等を防止するた め、以下のような具体的な遵守事項を定める。
■ ペットとして飼育できる動物の範囲(種類、頭数、大きさ等)
■ 共用部分やバルコニー等をペットの主たる飼育場所としないこと
■ 共用部分やバルコニー等で給餌、ブラシ掛け、ペットの排泄、飼育用具の清掃、トイレ用の砂の 乾燥等の行為を行わないこと
■ 室内からの騒音、悪臭、毛の飛散等の防止のため、必要時以外の玄関ドアや窓の密閉等 ■ 共用部分の通行方法(抱きかかえ、リード装着、ゲージ収納等)
■ 共用部分や周辺地域でペットが排泄した場合の処理方法(回収、消臭等)
■ ペットに講ずるべき避妊・去勢や予防注射などの医療的措置 ■ 非常災害時におけるペットの保護と他の居住者等への加害の防止 ■ ペットの死亡時の適切な処理
(2)遵守事項に違反した場合に賃貸人が行うことができる措置等に関する事項
(1)の遵守事項の違反者に対して賃貸人が行うことができる指示や契約解除等の措置、ペットク ラブへの加入等について、具体的な事項を定める。
■ ペットを新たに飼育する場合の賃貸人への通知方法