Ⅴ
が,幸いにも死傷者は出なかった.
シナリオ
1965年4月に,A原子力発電所の5号タービン発電機を運転開始
定格3000 rpm,高圧タービンは4.2 MPa,360℃,低圧は1.1 MPa,346℃
低圧タービンの焼きばめディスクは酸性平炉で鋳造した3 Cr‑0.5 Mo鋼 熱処理の炉冷中に焼き戻し脆化を生じ,残留圧縮応力が低下
NaOHを給水中の鉄分除去用のイオン交換樹脂の再生処理に使用 蒸気中のNaOHによってキー溝から深さ1.6 mmの応力腐食割れ発生 運転開始後33360時間稼動,1969年9月19日に3200 rpmの過速度試験 数分後にキー溝から脆性破壊で亀裂伸展,焼きばめディスク3枚飛散 現場には7名の運転員がいたが死傷者なし,イギリスで最初の原発事故 説明:この事故は,古典的で超有名な事故である.脆性破壊,応力腐食割れ,応力集 中のように各種の要因が重なったので,麻雀でたとえれば 満貫 の事故になった.
しかし,脆性破壊(ガラスのように材料が伸びずに割れること)で瞬時に破断・飛散 して大事故になったので,本著では脆性破壊の失敗シナリオに分類した.前著の事象 1.4 「長崎でタービンロータの破裂(1970)」と比べると,焼き戻し脆性,過速度試験,
脆性破壊の文脈は同じである.ただし,長崎では起点がロータ中心部の鋳造巣(鋳造 時に空気を巻き込んで構造内に残された空気孔)であったのに対して,本事例は起点 がキー溝のクラックであった.応力腐食割れは引張応力,敏感材料,環境因子の三つ が揃って生じるが,それぞれ焼き戻し脆性,3Cr‑0.5Mo鋼,NaOHがそれらに当たる.
キー溝は応力集中が起きやすいので,長崎のロータはディスクと分けずに,一体化し た大径鋳塊として設計された.一般の機械では,応力集中を避けるためにスプライン
(軸の外径を歯車のような形状に加工し,同じく内径を歯車のような形状に加工した 図1.1 ヒンクレイポイントのタービンバースト
1 脆性破壊 65
66 Ⅴ 技術的で要求機能未達の失敗
穴にはめる.キーが円周上に多数付いているのと同じ)を用いることが多い.また,
ディスクは焼きばめ(ディスクを加熱して室温のロータシャフトに挿入し,冷却され て熱収縮したディスクがロータシャフトときつくはめ合う方法)されているが,当然,
外側のディスクには円周方向に引張応力が生じる.これも亀裂を伸展させる要因に なったのかもしれない.ディスクの破壊に伴って,ロータシャフトも5箇所で破壊し,
タービンもディスクごと30 mは吹っ飛んだ.
1.2 強化ガラスの脆性破壊(1999) 事象1.6
日本,奈良県,商品名はコレール食器,図1.2,文献[9],[10]
小学校の給食で使われていた強化ガラス製食器が床に落ちて割れ,飛散した破片で児童が 目に大怪我を負った.強化ガラスは割れにくい分,割れた際は勢いよく飛散する危険性が ある.裁判ではその危険性の表示がなかった点が製造者責任法上の欠陥とされ,メーカー の責任が認められた.
シナリオ
1999年2月,小学3年生が給食後に強化ガラス製ボールを落とす 強化ガラス製ボールがタイル床に落ちて破損し,飛散
小学生の眼の水晶体がガラス破片によって損傷,外傷性の白内障を負う 2003年10月,製造者責任法の裁判が結審
設計上の欠陥は否定,しかし,表示上の欠陥(危険性表示せず)を認定 治療費や慰謝料の損害賠償をメーカーに命令
説明:強化ガラスは表面に残留圧縮応力が,また,内部に残留引張応力が生じている ガラスである.加熱してから表面に空気を吹きかけて急冷させると,周りが固まって,
その後で内部が固まって収縮するので,表面に圧縮応力,内部に引張応力が生じる.
そのほかにも表面に圧縮応力を発生させる方法として,表面に原子半径の大きなカリ
図1.2 強化ガラスの脆性破壊
ウムイオンを拡散させて 押しくらまんじゅう 状態にする方法や,表面に熱膨張率 が小さいガラスを貼り合わせる方法が用いられる.
表面の残留圧縮応力は,クラックが発生しても,それを押しつぶす方向に働く.こ のメカニズムは,鋼を焼入れすると疲労や摩耗に強くなるメカニズムと同じである.
つまり,鋼のオーステナイトがマルテンサイトに変態して体積膨張すると,表面に残 留圧縮応力が生じ,クラックを押しつぶす.同様にクラックが押しつぶされて伸展で きないので,強化ガラスは割れにくくなる.しかし,上記の事例では子供のひじの高 さの70 cmから落とすと,割れるものもあった.使用品は細かい傷が皿の端に付いて おり,端から落ちるように落下させると,そのクラックが伸展したのである.割れに くいといっても,さすがに残留圧縮応力より大きい引張応力を与えれば,クラックは 伸展する.強化ガラスは割れにくい分だけ,割れたときは普通のガラスより高い位置 から落としたことになるので,勢いよく飛散する.
この事故は,製造者責任(PL)法の判決例として有名である.PL法の欠陥は3種類,
つまり,製造上の欠陥,設計上の欠陥,表示・警告上の欠陥に分類される.今回は,
エンジニアも「割れると飛散するだろう」と認識していたが,そう思いながらも決し て安く作るために手を抜いて設計・製作していたわけではない.そのため前者二つは 否定された.しかし,割れることを警告していなかったので,表示上の欠陥は肯定さ れた.もちろん「ショックに強い」,「欠けにくい」,「クレンザーやスチールたわしを 使用しないで下さい」とは記述されていたが,「割れるときは普通の陶磁器よりも危 険性が高くなります」という意味の特段の記載がなかった.
疲労破壊 失敗シナリオ2
2
2.1 テネシー峡谷開発会社の蒸気タービンロータのバースト
(1974) 事象2.6
アメリカ,テネシー州ギャラティン(Gallatin),テネシー峡谷開発会社(TVA),図2.1,文献[2]
テネシー峡谷開発会社は,ダムや各種発電所の運営を行う米国政府機関である.所有する 火力発電所の1基で,疲労によりタービンロータに亀裂が発生,破裂した.
シナリオ
1954年,ロータ用にCr‑Mo‑V鋼を大気溶解鋳造,955℃で焼きならし ロータ中心孔に硫化マンガン(MnS)の偏析あり(後の破断時に発覚)
焼きならし1100℃では探傷検査義務があり,しかし,955℃は義務なし 1957年5月,TVAの火力発電所ギャラティン2号ユニットを運転開始
2 疲労破壊 67
68 Ⅴ 技術的で要求機能未達の失敗
中・低圧蒸気タービンの稼動:13.8 MPa,566℃,3600 rpm,225 MW MnSを起点に高温時の一定力のクリープ+くり返し力の疲労で亀裂伸展 長期の高温時運転でロータに焼き戻し脆性発生,残留圧縮応力低下 1974年6月19日,蒸気低圧タービンロータが起動中に脆性破壊 運転開始から10万6000時間稼動,当時の回転数は3400 rpm ロータは数十個の破片となって飛散,幸いに死傷者はなし
説明:この事故も前述した1.1項の事例「ヒンクレイポイントのタービンバースト」
と同じように,古典的で超有名な事故である.ヒンクレイポイントが応力腐食割れを 起こしたのに対して,本事例では疲労が起きた.それも,回転の遠心力相当分の引張 応力が起動・停止のくり返しで働いたという,大学で習うような典型的な疲労に加え て,クリープ(金属を高温時に一定の力で引っ張ると飴のように伸びること)が重畳 して,亀裂伸展速度は予測よりも大きくなった.
本事例の亀裂の起点は,硫化マンガンの脇である.不純物の周りの空間から亀裂が 発生した.製鉄において,人類が使い始めた2000年前から,硫黄は厄介な不純物で あった.これが多いと粒界に偏析して鍛造時に鉄板が割れてしまう.一般に,酸化鉄 を還元するときに石炭や木材の炭素を使うが,石炭や木材のままで入れると,鉄の中 に硫黄やリンまで入ってしまう.このため,人類はこれらを前もって蒸し焼きして硫 黄やリンを飛ばし,コークスや木炭に変えてから用いた.それでも硫黄やリンは完全 除去できないので,銑鉄(溶けている鋳鉄,炭素が3%くらい混ざった鉄の合金で,
サラサラ流れる)に酸化カルシウム(生石灰)を入れて,炭酸カルシウムと一緒に硫 黄やリンを除去し,さらに,わざわざマンガンを混ぜた.硫黄は鉄よりもマンガンと 反応しやすいが,硫化鉄よりは硫化マンガンのほうが分散しやすいので,圧延時に割
図2.1 テネシー峡谷開発会社の蒸気タービンロータのバースト
れを作らない.さらにもっとマンガンを増やすと,切削時に硫化マンガンからせん断 破壊されて,サクサクと気持ちよく削れる快削鋼ができ上がる.であるが,本事例で は 豆餅の豆 のように含まれた硫化マンガンが悪さをして,その脇からクラックが 伸び始めてしまった.
また,高校のときに モル凝固点降下 を習うが,不純物が多いと凝固温度が低く なる.その結果,鋳型の中で最後に固まるところで,もっとも不純物濃度が高くなる.
ロータ用の円柱状の鋳塊では芯のところが最後に固まるので,そこに不純物,ここで は硫化マンガンが蓄積される.設計者はそうとわかっているので,このロータを芯抜 きして不純物部分を捨てていた.しかし,まだ捨てた芯が細すぎて,不幸にも硫化マ ンガンが残ってしまった.また,焼きならし(焼準ともよぶが,炉から出して空冷す る.炉の中で徐冷するのは焼きなまし(焼鈍))温度を高くすると,硫化マンガンが 析出して大きくなるので,中心孔に超音波センサを差し込んで探傷検査することが課 されていた.しかし,本事例では,焼きならし温度がちょっと低かったのでその検査 が課されず,偏析を発見できなかった.
回転時に遠心力が働いた場合,円柱の中心において,もっとも大きな引張応力が働 く.しかも,中心孔があると,それがない場合の2倍の円周方向の引張応力が,中心 付近に発生する.材料力学の教科書を見れば,中空回転円筒と中実回転円筒の応力の 数式が載っているので,代入すればすぐにわかる.直観でも,中心孔の内壁より内側 が空気になるので,引っ張られやすくなることは理解できよう.もちろん,設計者も 発生応力が2倍になることがわかっていたが,それ以上に不純物からの亀裂を恐れて,
中心孔をあけたのであろう.
2010年8月に,(株)日本製鋼所の室蘭製鉄所を見学した.600トンの鋳塊を14000 トンのプレスで鍛造できる世界一の工場であり,最近の原子力ブームで大忙しであっ た.真空精錬・真空鋳造で鋼の中の欠陥をなくしたうえで,加工後に超音波で直接0.1 mm以上のキャビティーがないことを保証している.日本のもの作りの極致である.
2.2 北海の海洋油田プラットホーム「アレキサンダーキーラン
ド」号の転覆(1980) 事象2.7
ノルウェー沖エコフィスク油田,図2.2,文献[2]
吹き荒れる暴風雨の中,海洋油田の掘削施設が突如傾き,30分後に転覆した.救命艇で 脱出する猶予もなく,多数の乗組員たちが犠牲となった.原因は,たった1本のパイプの 溶接不良であった.
2 疲労破壊 69