「~など」を表す英語の「etc」は,ラテン語の「et cetera(およびそのような〔他のもの〕)」か らの借用語である。これと似たものがアラビア語にもある。
خلا
と(上に線を引いて)書けば,こ れはﻩرخآ ىلإ
’ilā ’ākhirihiのことで,「…等々」という意味である [1] 。このように,慣用句の省略記法は上に線を引いて示す。
4 書体
印刷物の本文の基本書体はナスフ体であり,見出しにはスルス体が使われる。看板にはディーワ ーン体やクーファ体,ルクア体なども使われる。書体の使い分けについては調査不足。
5 正書法
正書法の詳細は調べきれなかった。正書法のうち,個別の単語をどう綴るかという問題(正綴 法)については,「文字」の節で部分的に述べた。ここでは分かち書きについて述べる。
5.1 分かち書き
アラビア語は,かつてはワードスペース無しに書かれたが,現代では基本的に単語間に空白を入 れる。しかし,定冠詞
لا
’alの後や,一文字からなる前置詞,و
wa(~と),ب
bi(~において)などは,後ろの単語に続けて書く。例:
ﻼﻬ و ً ﺳ ﻼﻫا ً
’ahlan wa sahlan(ようこそいらっしゃい),لينلا
al-nīl(43)(ナイル川)
(43)子音の同化により,実際の発音はannīlとなる。
VII アラビア語 35
VIII ペルシア語
1 言語の概要
1.1 使用地域と人口
ペルシア語(
یسراف
Fârsī)はイラン・イスラーム共和国の唯一の公用語で,人口約7000万人のう ちの約半数がこれを母語とする。識字率は過去半世紀に急速に向上した。1956年には都市部で33.3%,農村部で6%だったが [1] ,現在は全体で80%程度である。
アフガニスタンで話されるペルシア語はダリー語(
یرد
Darī)と呼ばれ,イランのペルシア語と は発音や語彙に違いがあるが,方言程度の差である。ダリー語は,パシュトー語(パシュトゥーン 人の母語)とともにアフガニスタンの公用語であるだけでなく,民族間の共通語的役割をもち,バ イリンガルも多い。ダリー語はペルシア文字で書かれる。アフガニスタンの(とりわけ女子の)識 字率はかなり低いと推定されている。タジキスタンで話されるペルシア語はタージーク語と呼ばれ,イランのものとは発音や語彙に違 いがあるが,これも方言程度の差である。タジキスタンは旧ソ連邦に属していたため,タージーク 語は現在キリル文字で書かれている。
上記以外にもウズベキスタンなど中央アジアなどにペルシア語の話者がいる。
1.2 言語の系統
印欧語族イラン語派に属し,パシュトー語,クルド語などと近い。
7世紀にペルシアの王朝,サーサーン朝がアラブ・イスラーム軍に敗れ(642年,ネハーヴァン ドの戦い),その支配を受けた。これにより中世ペルシア語が多量のアラビア語彙を受容して近世 ペルシア語が成立したとされる(44)。これに伴い,それまでのパフラヴィー文字(アラム文字を改 変したもの)を廃し,アラビア系文字を採用した。
アラビア語とペルシア語の関係は,漢語と日本語の関係に似ている。漢語系語彙抜きに現代日本 語が成り立たないように,近世ペルシア語からアラビア語彙を取り去ることはもはやできない。
近世ペルシア語には千年以上の歴史があるが,現在のものをとくに現代ペルシア語と呼ぶ。本稿 で扱うのは現代ペルシア語である。日本語がこの千年の間に語彙・文法・発音の面で大きく変化し たのに比べ,ペルシア語はさほど変化していない。
1.3 音韻
現代ペルシア語の音素は以下のとおりである [11] 。
子音は /p, b, t, d, č, j, k, g, f, v, s, z, š, ž, x, q, m, n, l, r, y, h, ’/ の23個。
母音は,短母音 /a, e, o/,長母音 /â, ī, ū/,二重母音 /ey, ow, ay, ây, uy, oy/ である。
それぞれがどのような音であるかには立ち入らないが,/â/ についてだけ注意する。この音を /ā/
のように書かないのは,これが短母音 /a/ を伸ばした音ではないからである。
ペルシア語の音の表記法はいろいろある。本稿で採用した表記法は,都合によりアラビア語とペ ルシア語でまったく違っている。たとえば,アラビア語の表記に用いたkh(無声軟口蓋摩擦音)
はペルシア語にもあるが,表記はxとしている。
(44)サーサーン朝崩壊後,最初のペルシア語文献が現れるまでに約200年を要しており,この期間を「沈黙の二世紀」と呼ぶ。
2 文字
ペルシア語を表記するためのアラビア系文字をとくにペルシア文字という。基本の文字表を次に 示す。
文字 名称 転写 右接形 両接形 左接形
ا
’alef ’اـ
ب
be bبـ ـبـ ـب
پ
pe pپـ ـپـ ـپ
ت
te tتـ ـتـ ـت
ث
se sثـ ـثـ ـث
ج
jīm jجـ ـجـ ـج
چ
če čچـ ـچـ ـچ
ح
he hottī hحـ ـحـ ـح
خ
xe xخـ ـخـ ـخ
د
dāl dدـ
ذ
zāl zذـ
ر
re rرـ
ز
ze zزـ
ژ
že žژـ
س
sīn sسـ ـسـ ـس
ش
šīn šشـ ـشـ ـش
ص
sād sصـ ـصـ ـص
ض
dād dضـ ـضـ ـض
ط
tā tطـ ـطـ ـط
ظ
zā zظـ ـظـ ـظ
ع
’eyn ’عـ ـعـ ـع
غ
qeyn qغـ ـغـ ـغ
ف
fā fفـ ـفـ ـف
ق
qāf qقـ ـقـ ـق
ک
kāf kكـ ـكـ ـك
ل
lām lلـ ـلـ ـل
م
mīm mمـ ـمـ ـم
ن
nūn nنـ ـنـ ـن
و
vāv vوـ
VIII ペルシア語 37
ﻩ
he havvez hهـ ـهـ ـه
ی
ye yیـ ـيـ ـي
アルファベットは,元祖アラビア文字の28字に,ペルシア語特有の子音/p, č, ž, g/を表すための4 字
پ
,چ
,ژ
,گ
を追加した32字(45)。追加文字の前三者は既存文字の識別点を増やしたもの。گ
は既存文字(
ک
)に短い線を追加したものである。この短い線を母音記号のファトハと混同してはな らない。子音音素がアラビア語よりずっと少ないにも関らず文字数が増えているのは,アラビア語からの 借用語の綴りを温存するためである。そのため以下のように多数の同音の文字がある。
/’/:
ا
,ع
/t/:
ت
,ط
/s/:
س
,ث
,ص
/h/:
ﻩ
,ح
/z/:
ز
,ذ
,ض
,ظ
以上のうち,アラビア語からの借用語でない元来のペルシア語の綴りには,基本的には上のリス トの各行の先頭の文字(
ز ﻩ س ت ا
)が使われる。つまりリストの各行の2番目以降の文字(ط
,ث
など)を含む単語はたいていアラビア語からの借用語である。ただし,わずかに例外もある。
دص
(sad:百)は元来のペルシア語だが
ص
を含む。ﻩ
とح
は発音が同じため,文字名称がどちらもheとなるが,これをそれぞれヘ・ハッヴェズ(he havvez),ヘ・ホッティー(he hottī)と呼んで区別する。なお,
غ
とق
は本来別の子音だが,現代ペルシア語では区別が無くなっている。この音素を /q/のように書く。ただし,地方方言やダリー語などにはこの区別が残っている。