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愛郷心教育の実践に向けて

ドキュメント内 Nationalism Principle of the national character 2 (ページ 34-43)

本章では、愛郷心教育を地域言語政策の視点から実践することの必要性を、昨今、日本をとりま く情勢から考察する。

日本の言語政策は、具体的に学校教育の中で実施されてきたというのは本文第一章第二節で述べ た。では、愛郷心教育と地域言語政策を統括した教育は、学校教育の中でどのように実践できるのだ ろうか。政府の方針をみると、二つの観点の重なりがよくみえてくる。1995 年(平成 7 年)におこな われた第 20 期国語審議会では、「新しい時代に応じた国語政策」について以下のように触れている。

「『方言の尊重』のための方策としては,例えば,児童生徒が地域に伝わる民話や芸能,あるい は高齢者とのコミュニケーションによって方言に触れること,さらに他の地域の方言について も知識や理解を深めることなどが考えられる。これらは,言語感覚を養い,豊かな心を育てる 上でも有益であろう。

 学校教育においても従来,地域の現実に即して,共通語と方言との共存を図りつつ,適切な 指導が為されているところであるが,今後も学校,家庭,地域社会等がこのような認識の下に 更に方言に親しむための工夫をすることが望ましい。」(文化庁 1995:二(二)方言の尊重)

また、2004 年(平成 16 年)の文化審議会答申の「これからの時代に求める国語力について」でも、

「地域での意思疎通の円滑化と地域文化の特色の維持のためには,方言についても十分に尊重さ れることが望まれる。」(文化審議会 2004:4)

とある。地域振興が地方の直面する行政課題となっている現在、方言の尊重は、地域の意思疎通の 円滑化、充実のために、より一層重要になってきている。

「郷土」・「故郷」は、第二章の第一節で述べたように、離郷の各段階で創られた―時にはそこに、

政治的意味も与えられてきた―概念である。「郷土愛」が生まれる前の純粋な感情は「地域愛」であ ろう。地域と離れていくとき、一人ひとりのアイデンティティの一部に組み込まれることで「郷土 愛」になる。幼い子どもたちにとっては、専ら地域が彼らの住む社会全てであり、思春期で自らの 存在意義を問うときに、あるいは、地域から離れるときに、彼らの帰属社会の一つである「地域」と 自分との関わりを見直すことになるだろう。しかし、彼らが自分自身のアイデンティティを考え始 めてから、愛郷心教育をするのでは遅い。第四章第二節の表 29 でも、愛郷心教育を受けたのは小学 校時が最も多く、中学校時は若干名いるが、高等学校時に受けた者は一人もいなかった。よって、愛 郷心教育は、地域のくらしについて時間的・空間的な広がりをもって考えられるようになったとき に行うのが効果的であろう。地域は生活に密接に結びつくものであり、愛郷心教育を従来の言い方

に変えると、戦後日本に取り入れられてきた「生活教育」が当てはまる。「生活教育」の提唱者は、

近世ヨーロッパを代表する教育学者、ペスタロッチである。彼は晩年に『白鳥の歌』と題して書い た自伝の中で、自分の教育信条を「生活が陶冶する」Das Leben bildet.という言葉で表現した。ペ スタロッチによれば「生活が陶冶する」という教育の基本原則は人間の道徳においても、知的諸能 力の発達においても、すべての子どもに同じくあてはまるものであった(中野 2005:14-15)。現代 では総合教育がその方針に近いだろう。総合教育の基本理念は「生きる力」である。「生きる力」は 2011 年 3 月 11 日の東日本大震災以降、正に直面する問題として再考される時が来ている。東日本大 震災では、地震・津波が猛威をふるったが、最も我々の生活に衝撃を与えたことは原発問題である。

日本の食糧自給率が 40%を切ったあたりから、自産自消の必要性が説かれてきたが、自然エネルギー へ(再生可能エネルギー)の転換が期待される今、「エネルギーの自産自消」が謳われる日もそう遠く はないだろう。「生きる力」の具体的教育としては、愛郷心教育がその役割を担うことになるだろう。

また、「地域力」を支える大きな柱が、地域言語=生活言語であることも忘れてはいけない。

調査報告や前述してきたことからもわかるように、愛郷心教育の理念を「地域に根ざした教育」と して実現していくことに真の目的がある。今後は愛郷心教育の実践に向けて、具体的な実践案を元 に授業をおこなっていくことが期待されよう。

おわりに

本文では、愛郷心教育の実践について、日本の地域言語政策の視点から考察した。「はじめに」で 述べたように、方言は、それぞれの地域に住む者、出身者にとってかけがえのないものであり、地 方が直面する行政課題を解決するためにも、重要な手掛かりとなってきている(本文第五章)。原は、

少数言語として自覚される場合と、そうでない場合について、「さまざまな面で類似性を指摘できる のだが、相違点として大きいのは自治意識と言語文化の関係だろう。」と述べている(原 2000:266)。 つまり、「自治意識=愛郷心なくして言語文化なし」ということができる。地域とその言語を復興及 び振興するには、愛郷心教育と地域言語政策は表裏一体を成し施していかなければならない。愛郷 心を育む教育の必要性は、そうした時代の中から発生したものであるともいえる。日本には、欧州 における「欧州地域語少数言語憲章」やフランス語方言地域における「地域文化教育」たるものは ない。しかし、戦前から子どもと地域、あるいは「御国」を結び付けるために発展されてきた「郷 土教育」や、戦後「御国」と結び付けられた教育制度を否定し、「絶対主義の権力体制からの民衆の 解放12)」を目指して発展されてきた「生活教育」がある。これらは草の根で当時から現在に至るま で続けられてきているが、「生きる力」の根幹を問いただされた現在、新時代のスタートを切る新た な教育を提示し、「草の根活動」を「本格的な実践活動」にしなければならない。本文の調査では、

方言教育を受けた人は 20%弱(本文第四章第二節)と少なかったが、第 20 期国語審議会で、「方言の 尊重」が謳われたことにより、今後益々、方言教育を受ける人が増加するだろう。また、愛郷心教 育についても然りである。伝統的方言が衰退し、新方言が次々に生み出され、方言のアクセサリー 化が進む時代だが、住んでいる地域や故郷について真剣に考えたとき、『方言の機能』で述べられる 若者世代の「『親しさ』志向・『楽しさ』志向・『緩さ』志向」の流布(真田肇 2007:42-46)は必ずし

も多いが、それらが少数言語となるのも時間の問題である。自分の住んでいる地域言語ではなく、日 本の地域言語の多様性に気づいたとき、いかに私たちが多様な言語環境で生きているかということ がわかるだろう。欧州連合で通念となってきている「言語権」の概念は、日本社会には、まだまだ 浸透しにくい現状がある。だが、愛郷心教育の実践に地域言語政策を組み込んでいくことで、将来 的に、地域言語の尊重と保全が法律の中で定められ、多言語主義教育という名の元、地域言語の教 育が実施されるようになってくるだろう。

 本稿は 2011 年度に立命館大学文学部に提出した同題の卒業論文を修正また加筆したものである。

1)東条操 16 の方言区画

音韻と文法の二つの要素を中心に区画している。この図では、日本語の方言は、本土方言と琉球方言に分 類され、本土方言はさらに東部・西部・九州に分けられるといったような階層構造がある。注意すべきは、

各地の特徴が必ずしもその地域限定のものではないという点、また当該地域の中でも地域差が有り得る点 である。

2)『まんが日本昔ばなし』(まんがにっぽんむかしばなし)は愛企画センター、グループ・タック制作、毎 日放送(MBSテレビ)制作枠にてTBS系列で放送された日本のアニメ作品及びテレビアニメである。

3)東条によれば、日本の方言研究に「三つの山」がある(東条 1962)。第一の山は明治 35 年以降の国語 調査委員会によって方言の全国的調査が行われた時代、第二の山は昭和 3 年以降東京方言学会を中心とし、

方言研究のための学会発足と雑誌創刊が行われた時代、第三の山は昭和 23 年に設立された国立国語研究 所を中心とする地域言語研究の時代である。これらの山はそれぞれ関東大震災と第二次世界大戦によって 分断されている。

4)欧州連合では、1981 年に、ヨーロッパ議会the European Parliamentで「アルフェ報告決議案」を採 択した。これは地域言語文化と少数民族の権利を保護するための決議である。また、1993 年に発効した欧 州連合条約Treaty of European Unionの条項の中でも、教育との関連で、加盟諸国の文化的多様性と言 語的多様性を肯定する記述が存在している。EUが少数民族の言語権を尊重していると判断できる重要な

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