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「101日物語」において、ロブスター岩礁は特別な場所である。この地は、「語り」がお こなわれる島の中で、唯一の想像上の島であり、「101 日物語」の物語構成のうえでも、重 要な位置づけとなる場所である。第4章では、『ロブスター岩礁の夏・来客』、『ロブスター 岩礁の灯台』および『ロブスター岩礁のクリスマス・別れ』を中心に考察を進め、ロブスタ ー岩礁という場所が「101日物語」においてどのような役割を担っているのか明らかにして いく。

第1節 ロブスター岩礁における想像的な世界観

ロブスター岩礁は、クリュスによって作られた想像上の地である。その名の通りロブスタ ーが多く住み着く岩礁で、赤と白の背の高い灯台210、船着き場と小さな洞穴があるだけの 空間である。これらの特徴はヘルゴラント島を連想させることから、ここは同島をモティー フとして想像された場所であることは明白である。本節では、ロブスター岩礁に描かれた世 界観を明らかにしていくことを試みる。

1.幻想的な世界としてのロブスター岩礁

ヘルゴラント島から船でおよそ 10 時間沖合にある211 ロブスター岩礁には、ヨハンある いは彼の後を継いだ甥のハウケ・ジーヴァースが、灯台守としてその職務に就きながら暮ら している。地理的にも遠方に存在し、多くの人間が立ち寄ることもないロブスター岩礁は、

現実の世界とは遮断された、独特の世界観を有している。

ヘルゴラント島において、ボーイの祖父母の犬ウラクスやユーリエの犬ラスプーチンが、

家族の一員として生活をしていたように、「101 日物語」には多くの動物が登場する。ロブ スター岩礁では、近郊の砂洲から飛来してくる4匹のカモメ212 や、灯台に住むネズミのフ

210 クリュスにとって灯台はヘルゴラント島の海岸で日常的に目にする光景であり、彼の 生活の中に定着していた場所であるといえよう。クリュスは灯台というモティーフを作品 の中に幾度となく描いており、ヘルゴラント島にあるクリュス博物館やミュンヘンにある 児童文学図書館内に設置されたクリュス塔など灯台のモティーフは彼のシンボルになって いる。

211 Gäste, S.133.

212 『ロブスター岩礁の灯台』において4羽のカモメの名前が明かされている。それぞれ

「アレクサンドラ」(Alexandra) 、「グミの嘴のエンマ」(Gummischnabel-Emma) 、「砂 洲のエンマ」(Sandbank-Emma)、「鷹の目のエンマ」( Adleraugen-Emma) という名であ る。

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ィリーネ(Philine)213 などが活躍する。特にカモメは、出航した船と並走して飛ぶ姿や窓辺 に佇む姿など、北海を舞台とする作品では頻繁に描かれる動物である。『ロブスター岩礁の 灯台』では、ヨハンの友人としてアレクサンドラという名のカモメが登場するように、人間 と近しい動物の代表といえるだろう。これらの動物に加え、ロブスター岩礁には幻想的な生 き物である水の精マルクス・マレや、「網の中のハンス」(Hans im Netz) という名のポルタ ーガイスト、さらには「詩的な雲」(poetischen Wolke) などの自然も登場する。特にマルク ス・マレは、ロブスター岩礁シリーズの全編に登場する重要なキャラクターである。彼は、

「1 つ目は性格が悪いこと、2 つ目はロブスターが大好きでいくらでも食べたがること、3 つ目はお話を聴いて語ることが大好きなこと214」という性格で、長年ロブスター岩礁で暮 している生き物である。次の引用は、『ロブスター岩礁の夏』におけるヨハンとダッピーの 会話である。

私がキッチンに足を踏み入れた時、ヨハンがちょうど次のようには話していた。「私は M.M.を閉じ込めないといけないな。子供が灯台にいる時に、彼のいたずらは危険すぎ る。」「M.M.って誰なの?」(…)「彼は悪い男ではないんだよ、ボーイ。」ヨハンは続け た。「もちろん違う。ただ、彼は悪さが好きなやつで、調子に乗りすぎてしまうんだ。

もう何度も私を怒らせたようにね。だから君がここにいる間、私は彼を岩山の地下に閉 じ込めておくことにするよ。」215

引用では、ボーイが滞在している間マルクス・マレをどのように対処すべきか、ヨハンとダ ッピーが相談する様子が描かれる。マルクス・マレは、ヘルゴラント島から避難してきたユ ーリエを転覆させようと目論み、それを阻んだカモメに対し嵐を起こすなど、悪戯をせずに はいられない性格である。ボーイの安全を確保するため、2人は水の精を閉じ込め、ボーイ と接触しないよう注意を払う。ここで注目すべき点は、ヨハンやダッピーがマルクス・マレ

213 『ロブスター岩礁の灯台』および『ロブスター岩礁のクリスマス・別れ』には、フィ リーネという名のネズミが登場しているが、それぞれ別のネズミである。また『ロブスタ ー岩礁の夏』でもネズミが登場しているが、名前は明らかにされていない。

214 Leuchtturm, S.38.

215 Als ich in die Küche einstieg, sagte Johann gerade: „M.M. habe ich einsperren müssen. Seine Streiche sind mir zu gefährlich, wenn ein Kind auf dem Turm ist.“ „Wer ist denn M.M. ?“ (…) „Er ist kein übler Kerl, Boy“, fuhr Johann fort. „Bestimmt nicht.

Er ist nur übermütig, ein Streichemacher, der mir schon viel Ärger gemacht hat.

Deshalb hab ich ihn im Felsenkeller eingesperrt, solange du da bist.“ Sommer, S.53.

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という存在に対し、違和感を抱くことなく、話題に挙げているという点である。ロブスター 岩礁を訪れる人々は、水の精が存在していることを当然の事実として受け入れる。マルク ス・マレの存在から、ロブスター岩礁が、幻想的な生き物が生息する、現実世界から外れた 想像的な世界であると理解出来る。

ヘルゴラント島で暮していた動物たちと、ロブスター岩礁におけるカモメのアレクサン ドラや水の精マルクス・マレとの相違点は、人間と会話が出来るという点にある。すなわち、

ロブスター岩礁は、動物や幻想的な生き物と会話をすることが可能な世界であるという特 徴がある。ネズミのフィリーネはボーイに話かけ、カモメは「語り」に耳を傾ける。水の精 という存在に興味を抱いたボーイは、彼に接触し、会話を交わしながら、共通の趣味である

「語り」を通して、親睦を深めていく。初めてロブスター岩礁に来訪したボーイですら、動 物と会話が出来るという状況に対し、驚きの感情や疑問を抱くことはない。ロブスター岩礁 は、人間、動物、幻想的な生き物が、種族を超えて会話をし、共に助け合いながら生活する 世界として描かれているのである。

しかしながら、動物と会話をするには、ある制限が示されている。次の引用は、『ロブス ター岩礁の夏』において1匹のネズミが、ボーイに関して次のようにつぶやく場面である。

もしこの男の子が 5 歳よりも年下だったら、そして学校に行っていなかったら、私は 彼と話をすることが出来たのになぁ。あるいは彼が50歳以上だったら、同じように彼 と話が出来たのになぁ。残念だけど、彼はその間の年齢だ。残念だな。216

ここで、年齢による制限を知ることが出来る。ネズミのこの言葉はボーイに届くことはなく、

ただの鳴き声として聞こえている。すなわち、動物と会話が出来る条件として当てはめられ る人物像は、5歳以下あるいは50歳以上であると指摘出来、ロブスター岩礁を舞台とする 場合において、この条件が適用されていると考えられる。このことから、『ロブスター岩礁 の夏・来客』でボーイが動物と会話が出来ないのは8歳という年齢の為であり、『ロブスタ ー岩礁のクリスマス・別れ』では50歳を超えていることから、会話が可能となる年齢に達 していると考えられるのである217。この年齢による境界は、クリュスの考える想像的な人

216 „Wäre dieser Knabe weniger als fünf Jahre alt und noch nicht in der Schule, dann könnte ich mit ihm reden; wäre er über fünfzig Jahre alt, könnte ich ebenfalls mit ihm reden. Aber er ist ja leider im Alter dazwischen. Schade, schade.“ Sommer, S. 137f.

217 なお年齢による制限は、水の精マルクス・マレには該当しない。彼は『ロブスター岩

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物の適正基準であり、子供は、文字の獲得や知識を未獲得であるからこそ、生み出すことが 可能な想像性を身に着けていると考えている。また50歳以上の人物は、経験豊富で、知識 や技術の習得と共に自らの人生を振り返る年齢に達したことで、客観的視点から「語り」を 生み出すことが出来る想像性を有していると考えられる。両者は、外界からの影響、人工的 な産物による弊害を超えて、真の自由な想像性を身に着けることが出来る年齢である218。 このように、ロブスター岩礁は、水の精の登場や動物らと会話をすることの出来る空想的 な世界観を有した異世界として機能していると考えられる。ロブスター岩礁は、現実世界か ら外れた、ファンタジーの世界として成立しているといえるだろう。

2.ロブスター岩礁における憧れの生活

ロブスター岩礁において、灯台守としてヨハンとハウケ・ジーヴァースの 2 人が登場す る。彼らの仕事は、灯台に常駐し、夜間に船を導くため、灯台の管理と点灯をすることであ る。灯台守は、食料などの生活用品を運んでくる定期船が週に二度訪れる以外、基本的に外 界と接触することのない、孤独な暮らしを強いられている。一見すると静かで孤独な場所で あるロブスター岩礁であるが、この地で暮らす灯台守の生活はあこがれの対象となり、訪問 者も後を絶たない。ここでは、『ロブスター岩礁の夏・来客』および『ロブウスター岩礁の 灯台』を中心に、ボーイが憧れるヨハンの灯台での暮らしを確認していく。次の引用は、ボ ーイが初めてロブスター岩礁を訪れた際に滞在した灯台の描写である。

私が偶然にも船内から水面を見た時、その中に白い塔が移っているのを見た。海の中深 く、その鏡像が突出していた。そして私は頭をあげると、本物の塔は雲の上まで伸びて

礁の夏・来客』においてもボーイと会話をしている。

218 「101日物語」には属していないが、クリュスは『パウリーネと風の中の王子』で同 様の指摘をおこなっている。同作品は、想像力溢れる物語を語ることが好きな少女パウリ ーネとクリュスという名の作家の交流を描いている。読書に目覚めたパウリーネは、空想 的な物語を想像することを止めてしまう。その理由をクリュスは、「彼女(=パウリーネ) は 今ではかなり本格的に読書をしています。物語を語ることに対して、もう興味はないよう に思われます。おそらく、彼女は農夫のヘルトルさんのようになるのでしょう。彼は子供 の頃には物語を語ることがうまく、そして年を取ってからもまた見事に物語を語ります。

しかしその間、物語ることは決してなく、経験を積みました。だから私は、パウリーネが 50歳や60歳になるまで待つつもりです。人生はまだまだ長いのだから218。」と述べてい る。同作品内でも、クリュスは、読書が出来ない年代の子供と50歳を過ぎた大人が、最 も想像力を活用し得る年齢であると指摘している。

Vgl. : James Krüss: Pauline und der Prinz im Wind. Köln: Boje Verlag, 2007, S.126.

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