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患者に「触れる」行為をめぐる在宅医療に関わる 薬局薬剤師の役割と実践

第1節 調査概要:質問紙調査21

なぜ薬剤師は患者に触れてはいけないと考えているのか。それは、従前の薬学教育にお いては、患者に「触れる」ことは医療行為であるため、薬剤師は患者に触れることはでき ないと学生は教授されてきたからである。しかし、患者に触れることが医療行為であるた めに薬剤師は行ってはならない、という記述を薬剤師法で確認することはできない22。に もかかわらず、筆者もそのように教授されたことを記憶している。しかし、2006 年度より 始まった臨床薬剤師の育成を目的とした 6 年制カリキュラムの中では、薬剤師が患者の体 温や血圧を測定して、患者の状態を正確に把握し、薬の副作用を早期に発見するなど、薬 物治療がより適正に行われることを目的としたフィジカルアセスメントの必要性が唱えら れている。そして現在では、多くの学生が、学部教育の中でフィジカルアセスメントの実 習に取り組んでいる [徳永, ほか 2008] [内海, ほか 2010] [林, ほか 2012] [辻, 吉 田 , 河野 2013] [廣原, ほか 2014] 。また、日本病院薬剤師会は、厚生労働省医政局長 通知(医政発 0430 第 1 号)「医療スタッフの協働・連携によるチーム医療の推進につい て」に記載された薬剤師が取り組むべき業務例の解釈を提示する中で、薬物治療を受けて いる患者(在宅の患者を含む)に対し、面談やカルテの確認、カンファレンスへの参加等 とともに、フィジカルアセスメントを行うことを通じて、患者の状態を把握し、患者が服 用している薬剤の薬学的管理指導(患者の副作用の状況の把握、服薬指導等)を行うと記 している [日本病院薬剤師会 2014]。このように、患者に「触れる」という行為は、薬物 治療の適正化という明確な目的においては、現在では肯定的にとらえられてきているとい える。

一方、患者の療養場所が病院から患者宅や施設に広がる中、介護職員の行う行為が、医業 は医師の独占行為」とする医師法第 17 条に抵触するのではないかという指摘から、2005(平 成 17)年 7 月 26 日、患者宅や施設における介護職員の行為の範囲を規定する目的で、「医 師法第 17 条、歯科医師法第 17 条及び保健師助産師看護師法第 31 条の解釈について」とい う厚生労働省医政局長通知(医政発第 0726005 号)が出された。この通知では、条件付きな がらも、これまで医行為とされてきた行為の一部、たとえば体温測定や血圧測定、坐薬の挿 入、湿布の貼付、軟膏の塗布といった行為が原則医行為ではないと規定された。この通知は、

主に介護職員を対象としたものではあるが、薬剤師が患者に「触れる」行為の可否を考える 際には参考となるものといえる。

21 本章における調査の記述は、 [菊地 2015]および [菊地 2016]をまとめ、加筆したものである。

22 医師の立場から狭間研至 [狭間 2012]も、『薬剤師はヒトの体に触れてはならない』という概念は驚く ほど広く浸透している。しかし、その根拠はどこにあるのかについては、あまり言及されていない」

と述べている。

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従前の薬学教育を受けてきた薬剤師は、患者に触れることはできないという認識をもつ 者が多い。しかし、上記背景を踏まえると、その認識には変化が生じている可能性も考えら れる。第 2 節において調査内容として、「触れる」行為の範囲についての詳細を記述するが、

やや薬剤師の業務から逸脱しているともとらえられる生活場面により介入するような行為 についても「触れる」行為として加えた。これは、「医師法第 17 条、歯科医師法第 17 条及 び保健師助産師看護師法第 31 条の解釈について」という厚生労働省医政局長通知(医政発 第 0726005 号)を基に質問項目を設定したためでもある。

以上のような経緯より、患者に「触れる」行為が、我が国の法律と照らし合わせたときに、

行為の妥当性をどのように認識しているのか(以下、法的妥当性の認識)、そしてどのよう な行為に対して抵抗感を抱くのか(以下、抵抗感)、患者に「触れる」行為をどの程度必要 だと認識しているのか(以下、必要性の認識)および、当該行為をどの程度行っているのか

(以下、行為頻度)について明らかにすることを目的として、現在在宅医療に関わる薬剤師 を対象にアンケート調査を行った。在宅医療に関わる薬剤師の性別・年齢、薬剤師としての 経験、また在宅医療に関わる経験年数、研修などを通しての自己研鑽といった調査協力して くれた薬剤師の背景と、患者に「触れる」行為の法的妥当性の認識、抵抗感、必要性の認識、

行為頻度との関係性を明らかにし、患者に「触れる」という行為に注目することで、浮ケ谷 [浮ケ谷 2013a, 403]が「領域をまたぐ23」と表現した「制度上求められている専門家とし ての役割を超える」ことにより、実践と医療システムとの間の矛盾の直面し、その「界面」

で逡巡することにより苦悩している薬剤師の実像を、量的データをもとに探索し、患者に

「触れる」行為をめぐる在宅医療に関わる薬剤師の役割と実践について検討する。

第2節 方法

第1項 対象および調査方法

2012 年 11 月時点における、都道府県薬剤師会のホームページで公開されていた在宅訪問 薬剤管理指導実施可能薬局リストより、「対応経験がある」「無菌調剤室を備えている」とい った記載を参考として、すでに在宅医療に参画していることが推察された全薬局、および一 般社団法人・全国薬剤師・在宅療養支援連絡会の訪問薬局ナビに掲載されていた全薬局より 計 445 店を抽出した。その後、一都道府県にアンケート送付が集中しないよう配慮して 400 店の薬局を抽出した。アンケートには、在宅医療に関わっている薬剤師 1 名に回答を依頼す る旨を記載した文書を添付した。2013 年 1 月 15 日に送付し、1 月末日を回収期日として約 2 週間の回答期間を設けた。

23 『領域をまたぐ』とは、「専門家が自身の領域に閉じこもることではなく、制度上求められている専門 家としての役割を越えざるを得ない、もしくはふと越えてしまい、その状況に立ち続けることを意味して いる。いいかえれば、医療専門家は実践とシステム(制度や構造、理念)との矛盾に直面したり、自らの 専門領域を超えて患者の生活領域に引き込まれたりする場面に遭遇し、その「界面」で逡巡することによ って苦悩しているのである」と浮ケ谷は述べている [浮ケ谷 2013a, 403]。詳細については第 2 章第 1 節第 3 項を参照

38 第2項 調査内容

回答者の背景として、属性(性別・年齢)、キャリア(在宅医療への関わりの延べ経験年 数)、学習状況(在宅医療に関する研修会・学会・勉強会への参加有無と 3 年間の延べ参加 回数)について調査した。なお、雇用状況(経営者、正社員、契約社員、パート・アルバイ ト)、薬局の形態(個人経営、チェーン薬局、調剤併設ドラッグ)、1 週間の総勤務時間(10 時間未満、10 時間以上 20 時間未満、20 時間以上 40 時間未満、40 時間以上)といった回答 者の勤務状況に関する調査も行ったが、得られた属性の回答に偏りが生じたため、本論文で は勤務状況との関係性についての検討は行わない。

アンケートでは、患者に対する「触れる」行為を「直接接触行為」と表現した。以下、本 論文において、「患者に『触れる』行為」と「直接接触行為」という二つの表現は同義とし て扱う。質問項目としては、患者に対する直接接触行為 18 項目、1.体温測定、2.血圧測定、

3. SpO2(percutaneous oxygen saturation:経皮的動脈血酸素飽和濃度)測定、4.軽微な傷 の処置、5.軟膏塗布、6.褥瘡の状況判断、7.褥瘡への軟膏塗布、8.湿布貼付、9.医療用麻薬 製剤の貼付、10.点眼、11.一包化薬の内服補助、12.非一包化薬の内服補助、13.坐薬挿入、

14.点鼻、15.市販浣腸の挿入、16.医療用浣腸の挿入、17.爪切り、18.口腔ケア、に対する 法的妥当性の認識について(1.問題がある 2.問題があるかもしれない 3.まあ問題はな い 4.問題はない)、抵抗感について(1.非常にある 2.多少ある 3.あまりない 4.全然 ない)、必要性の認識について(1.必要ではない 2.あまり必要ではない 3.まあ必要である 4.

必要である)、および行為頻度について(1.行っていない 2.たまに行っている 3.時々行って いる 4.頻繁に行っている)4 件法で回答を求めた。質問項目 1、2、3、4、5、8、10、11、13、14、15、

17、18 については、厚生労働省医政局長通知(医政発第 0726005 号)に基づいて内容を設定 した。質問項目 6、7、9、12、16 については、在宅医療において薬剤師が関わる可能性を考慮し て内容を設定した。(図 1)

また、「患者さんへの直接接触行為に対して抵抗感を抱くとしたら、その理由はどのよう なことでしょうか?その理由をお書きください」(直接接触行為に対して抵抗感を抱く理 由)、および「患者さんへの直接接触行為に対する抵抗感を減らしていくためには、どのよ うな方法があると思いますか?これまでの経験に基づいてお答えください」(直接接触行為 に対する抵抗感を減らすための方法)、「直接接触行為について学ぶ必要性があるとしたら どのような講習会の開催が必要だと思いますか」、という3つの質問に対する回答を自由記 述で求めた。

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質問項目と厚生労働省医政局長通知により医行為ではないとされた行為との対応

図 1

第3項 分析方法

分析にあたっては、患者に対する直接接触行為の法的妥当性の認識については、「問題が ある」を 4 点、「問題があるかもしれない」を 3 点、「まあ問題はない」を 2 点、「問題はな い」を 1 点として点数化した。抵抗感については、「非常にある」を 4 点、「多少ある」を 3 点、「あまりない」を 2 点、「全然ない」を 1 点として点数化した。必要性の認識について は、「必要である」を 4 点、「まあ必要である」を 3 点、「あまり必要ではない」を 2 点、「必 要ではない」を 1 点として点数化した。行為頻度については、「頻繁に行っている」を 4 点、

「時々行っている」を 3 点、「たまに行っている」を 2 点、「行っていない」を 1 点として点 数化した。

質問に対する回答者の回答傾向をみるために、質問項目 1~18 に対する回答の平均値お よび標準偏差を算出した。記述統計では、未回答を欠損値として扱い、それぞれの設問にお

1 体温測定 水銀体温計・電子体温計により腋下で計測すること、及び耳式電子 体温計により外耳道で体温を測定すること

2 血圧測定 自動血圧測定器により血圧を測定すること

3 SpO2測定 新生児以外の者であって入院治療の必要がないものに対して、動脈

血酸素飽和度を測定するため、パルスオキシメータを装着すること

4 軽微な傷の処置 軽微な切り傷、擦り傷、やけど等について、専門的な判断や技術を

必要としない処置をすること(汚物で汚れたガーゼの交換を含む)

5 軟膏塗布 皮膚への軟膏の塗布(褥瘡の処置を除く)

8 湿布貼付 皮膚への湿布の貼付

10点眼 点眼薬の点眼

11一包化薬の内服補助 一包化された内用薬の内服(舌下錠の使用も含む)

13坐薬挿入 肛門からの坐薬挿入

14点鼻 鼻腔粘膜への薬剤噴霧

15市販浣腸の挿入 市販のディスポーザブルグリセリン浣腸器を用いて浣腸すること

挿入部の長さが5〜6センチメートル程度以内、グリセリン濃 度50%、成人用の場合で40グラム程度以下、6歳から12 歳未満の小児用の場合で20グラム程度以下、1歳から6歳未 満の幼児用の場合で10グラム程度以下の容量のもの

17爪切り 爪切りで切ること及び爪ヤスリでやすりがけすること

爪そのものに異常がなく、爪の周囲の皮膚にも化膿や炎症がな く、かつ、糖尿病等の疾患に伴う専門的な管理が必要でない場

18口腔ケア

日常的な口腔内の刷掃・清拭において、歯ブラシや綿棒又は巻き綿 子などを用いて、歯、口腔粘膜、舌に付着している汚れを取り除 き、清潔にすること

重度の歯周病等がない場合 質問項目に対応する厚生労働省医政局長通知により

医行為ではないとされた行為 左記行為を行う上での注意または条件

質問項目

質問項目6「褥瘡の状況判断」、7「褥瘡への軟膏塗布」、9「医療用麻薬製剤の塗布」、12「非一包化薬の内服補助」、16「医療用浣腸の挿入」は、今後在宅医 療において薬剤師が関わる可能性を考慮して質問を設定したが、厚生労働省医政局長通知により医行為ではないとされた行為には含まれていない。

掲げる行為によって測定された数値を基に投薬の要否など医学 的な判断を行うことは医行為であり、事前に示された数値の範 囲外の異常値が測定された場合には医師、歯科医師又は看護職 員に報告するべきものである。

患者の状態が以下の3条件を満たしていることを医師、歯科医 師又は看護職員が確認し、これらの免許を有しない者による医 薬品の使用の介助ができることを本人又は家族に伝えている場 合に、事前の本人又は家族の具体的な依頼に基づき、医師の処 方を受け、あらかじめ薬袋等により患者ごとに区分し授与され た医薬品について、医師又は歯科医師の処方及び薬剤師の服薬 指導の上、看護職員の保健指導・助言を遵守した医薬品の使用 を介助すること。

①患者が入院・入所の必要がなく容態が安定していること

②副作用の危険性・投薬量の調整等のため、医師又は看護職員 による連続的な容態の経過観察が必要である場合ではないこと

③内用薬については 誤嚥の可能性、坐薬については肛門から の出血など当該医薬品の使用の方法そのものについて専門的な 配慮が必要な場合ではないこと

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