3 ハイリスク患者における感染性心内膜
炎の教育と発熱時における対応の教育
4 4
表16 特に重篤な感染性心内膜炎を引き起こす可能性が高い心疾患患者を対象とした泌尿器生殖器,消化管(食道を除く)の手 技・処置に対する予防法
対 象 抗 菌 薬 投 与 方 法
成人:アンピシリン2.0 g とゲンタマイシン1.5 mg/kg
(120 mgを超えない)の筋注または静注を処置前 30 分 以内に併用,その6 時間後にアンピシリン1 g の筋注/
静注またはアモキシシリン1 g 経口投与
小児:アンピシリン50 mg/kg(2.0 gを超えない)とゲ ンタマイシン1.5 mg/kg の筋注または静注を処置前30 分以内に併用,その6 時間後にアンピシリン25 mg/kg の筋注/静注またはアモキシシリン25 mg/kg 経口投与 成人:バンコマイシン1.0 g の静注(1〜2 時間かけて)
とゲンタマイシン 1.5 mg/kg(120 mg を超えない)の 筋注/静注を併用.処置前 30 分以内に投与を終了させ ること
小児:バンコマイシン 20 mg/kg の静注(1〜2 時間か けて)とゲンタマイシン 1.5 mg/kg(120 mg を超えな い)の筋注/静注を併用.処置前 30 分以内に投与を終 了させること
通 常
アンピシリン/アモキ シ シ リ ン に ア レ ル ギ ーを示す患者
アンピシリン+ゲンタマイシン
バンコマイシン+ゲンタマイシン
防法が普及していないことと,口腔内を清潔に保つこと の重要性に対する看過も,わが国では関係していると思 われる.そこで,本ガイドラインでは,単に抗菌薬によ る予防法を強調するのみでなく,口腔内清潔の重要性と 患者自身の病気に対する知識を持つ重要性も強調した.
また,感染性心内膜炎発症前に明らかな心疾患を有し ない例も少なからずいることにも注意を払い,発熱が持 続する患者が自ら感染性心内膜炎を疑って受診するよう な教育もなされるべきである.心内膜炎は適切な抗菌薬 を予防投与しても発症することがあるということを,患 者に認識させ,ハイリスク患者に歯科その他の外科処置 を実施したのちに,発熱,夜間の悪寒,脱力感,倦怠感 などが出現した場合には,感染性心内膜炎の可能性を自 ら疑い,血液培養を含めた適切な対応を自ら求めること も重要である.基本的に感染性心内膜炎は稀であるが,
身近で起こりうる病気であることを多くの医師が認識す ることが,予防の基本になると思われる.
診断の遅れのために不可逆的な合併症を起こしてしま う事例が多いという事実を勘案し,ハイリスク患者に持 たせるガイドメモを提案した(表18).歯科治療をはじ め危険が高い手技を受ける時の注意,感染性心内膜炎を 疑うべき症状とその対応について述べてある.これを患 者が携行することにより,疾患の早期発見が得られると 考えられる.
小児期感染性心内膜炎は予防法,抗菌薬療法の発達に も関わらず,依然として一定の頻度に認められ,その罹 病率,死亡率ともに高い.最近は,先天性心疾患,特に,
複雑先天性心疾患に,また,小児期先天性心疾患よりも 患者数の劇的な増加を伴う成人期先天性心疾患に多く認 めるようになっている.一方,新生児,乳児例も増加し
ている202,203).小児期感染性心内膜炎が減少しない理由
は,原因菌の時代による変化,医師,歯科医師,患者の 感染性心内膜炎の認識不足,不十分な予防,診断遅延,
人工材料を使用した複雑心奇形の修復及び姑息術例の増 加,免疫抑制療法例(移植後など)の増加,静脈カテー テル長期留置などが考えられている203).小児期感染性心 内膜炎の診断基準が無いことと先天性心疾患の病態,血 行動態が多岐にわたることから,危険因子解析は行われ ておらず,統一した予防,治療法は今のところ見られて いない.
病理学的確定診断例を中心とした小児感染性心内膜炎 の特徴は以下のごとくである.成人と異なり小児感染性 心内膜炎の基礎疾患の多くは,先天性心疾患である.ま た,感染経路が不明であることが少なくないが,多くは,
歯科処置,心臓外科手術に起因する.成人と比べ,左心 系よりも右心系感染性心内膜炎の頻度が高いため,非特 異的症状が少なくなく,心不全,塞栓症状の頻度も低い.
低年齢の小児では,採血が困難な場合があり,血液培養 回数が少なく,原因菌が明らかでないことも多い.また,
真菌感染性心内膜炎は成人と比べ少ない.小児では左心 系心内膜炎,弁輪部感染が少ないこと,経胸壁心エコー 図の見やすさなどから,経食道心エコー図の使用が少な い.抗菌薬治療は成人に準じて行うことが多いが,副作 用も少なく概ね良好な結果を得ている.左心系心内膜炎 が少なく,人工弁感染が少ないため,急性期に心臓外科 適応となることは少ない.しかし,右室流出路形成術,
大動脈肺動脈吻合術,欠損孔閉鎖術などに用いる人工材 料感染は急性期手術の適応である.小児は両親に依存す るため予防は比較的確実に行われるが,思春期以降は予 防が十分ではないとされている.
表18 ハイリスク患者のためのカード
あなたは,感染性心内膜炎(心臓の中の弁や,内膜に細 菌などがつき,高熱や心不全,脳梗塞,脳出血などを起 こす病気)をおこしやすい心臓病があります.
そこで
1.歯を抜いたり,歯槽膿漏の切開などをしたりする場合 には適切な予防が必要となります.必ず,主治医の歯 科医にそのことを伝えて,適切な予防処置を受けてく ださい.
2.歯槽膿漏や,歯の根まで進んでしまった虫歯などを放 置しておくと感染性心内膜炎を引き起こしやすくなり ます.定期的に歯科医を受診して口腔内を診察しても らいましょう.
3.口腔内を清潔に保つために,歯ブラシや歯ぐきのケア を怠らないようにし,正しく歯科医の指導を受けてく ださい.
4.感染性心内膜炎を引き起こす可能性が示唆されている 手技や手術があります.手技や手術を受ける前に,実 施医に感染性心内膜炎になりやすいことを伝え,術前 に十分な抗菌薬による予防を実施してもらうようにし てください.
5.高熱が出た場合,その熱の原因が特定できない場合や,
すみやかに解熱しない場合には,安易に抗菌薬を内服 してはいけません.その場合には,循環器科の主治医 に相談してください.
小児領域における特殊性
Ⅷ
1 総 論
1
全国の日本小児循環器学会会員を対象に,1)会員診 療施設に1997年から2001年までに入院した感染性心内 膜炎患者数,2)感染性心内膜炎の予防,治療,に関す るアンケート調査を行った.その結果,228施設,408 件の感染性心内膜炎症例のご報告を頂いた.これは,同 時期の先天性心疾患入院患者数の0.58%(408/70821)
を占め,施設別頻度は3.5±3.3人/施設であった.
予防,治療に関しては216人から回答を得た.92% の医師は先天性心疾患全員に予防を行っていた.未修復 心房中隔欠損症には,72% の医師は予防を行っていな かった.歯科処置,外科処置,心臓カテーテル検査の際 はそれぞれ95%,86%,67% の医師が抗菌薬を予防投 与していた.経口抗菌薬は,73% がペニシリン系,つ いで,セフェム系で,多くはアモキシシリン(30〜50mg
/kg/回)で1〜3回の投与であった.経食道心エコー図
は49% で施行されており,成人に比べ明らかに少ない.
感染性心内膜炎の診断基準はDuke 診断基準に準拠する
医師が38% だが,決めていない医師も多かった(49%).
40% の医師は血液培養施行回数は 1回のみであった.
この事実及び血液培養以前の抗菌薬投与が,原因菌不明 例の多い一因と考えられる.原因菌不明時の感染性心内 膜炎治療は,第一選択はペニシリン系が 84% と多く,
ついでセフェム系であった.併用薬はアミノグリコシド 系が多かった.投与期間は 1〜8週と様々だが,4 週
(36%)ついで6週(39%)が多かった.抗菌薬投与量
は大きなばらつきがあった.心臓外科周術期の予防的抗 菌薬はセフェム系が93% を占め,ついでペニシリン系 であり,1週間以内投与が 84% であった.これらの結 果から,医師により感染性心内膜炎の予防,治療に大き なばらつきがあり,一定のガイドラインが無いことの影 響を推測させる.
小児心疾患,成人期先天性心疾患に伴う感染性心内膜 炎のまとまった後方視的,前方視的研究が少なく,基礎 疾患別リスクを作成するための十分なデータが集積され ていない205).
現在まで,小児感染性心内膜炎の診断基準の報告がな
い.Duke 診断基準は小児の診断基準ではないが,小児 例でも従来の診断基準に比べ,感度が有意に高く,広く 用いられつつある206,207).
小児は右心系の感染性心内膜炎が多い208).右心系感染 性心内膜炎も左心系感染性心内膜炎同様塞栓症を生じる が,三尖弁に付着する大きい疣腫を除くと,塞栓症状が 明らかでないことが少なくない.発熱を認めない場合も あるが,多くは中等度発熱で,午後に認められることが 多い.非特異的症状(食思不振,元気がない,胃腸症状,
関節痛,筋肉痛など)を認めることも少なくない.胸痛 は年長児に多く,時に肺塞栓に起因する場合がある.脾 腫は,亜急性例では認める頻度が高い.心不全は弁閉鎖 不全合併あるいは悪化例で多い.心雑音の変化あるいは
出現は25% 程度と低いが,小児は先天性心疾患を基礎
疾患とすることが多く,既存の心雑音にマスクされるた めと考えられる.雑音の変化が少ないために感染性心内 膜炎の診断が遅れる場合もある.神経学的合併症は 20
% 程度に認められ,脳膿瘍,髄膜炎と誤診される場合 も あ る . 古 典 的 皮 膚 病 変 (Osler 結 節 ,Roth 斑 ,
Janeway 発疹)は稀である.しかし,点状出血は少なく
なく,口腔粘膜,結膜,四肢に認めることが多い.新生 児乳児感染性心内膜炎は,呼吸機能悪化,凝固機能異常,
血小板減少,軽度心雑音が主症状で小児期と比べ非特異 的症状を呈する頻度が高く,より急性で敗血症に類似す る209,210).特に,新生児例は発熱を認めず,剖検で初め て診断がつくことが少なくない202,209).多くは静脈カテ ーテル留置,心臓外科手術に起因する.前者の場合は,
三尖弁感染が多く,症状に乏しい.
基礎心疾患別リスク
1)3 3
4 診 断
4
1 症 状
表19 小児感染性心内膜炎で認められる主要症状と頻度
発熱 56〜100 点状出血 10〜50
食思不振,体重減少 8〜83 塞栓症状 14〜50
倦怠感 40〜79 雑音の変化 9〜44
関節痛 16〜38 ばち状指 2〜42
神経症状 12〜21 Osler 結節 7〜8
胃腸症状 9〜36 Roth 斑 0〜6
胸痛 5〜20 Janeway 発疹 0〜10
心不全 9〜47 爪下線状出血 0〜10
脾腫 36〜67
症状 頻度(%) 症状 頻度(%)
(文献202を改変)