①右心バイパス手術とは
左右両心室をそれぞれ体循環または肺循環に分担させ られないと判断される心血管構築異常は機能的単心室と 総称され,具体的には内臓心房錯位症候群に合併する単 心室,三尖弁閉鎖,肺動脈閉鎖兼正常心室中隔,左右い ずれかの心室が著しく低形成な房室中隔欠損,左心低形 成症候群等がある.機能的単心室の治療戦略は,体循環 の成立を一義的として機能的単心室を体心室として利用 する.肺循環の駆動ポンプである(機能的)右心室を介 さずに,大静脈血を肺動脈に還流させるため右心バイパ ス手術と称される.上大静脈のみが肺動脈と端側吻合さ れる両方向性 Glenn 手術と,さらに下大静脈血も機能 的右室を介することなく肺動脈に還流させる Fontan 型 手術があり,後者は本疾患群の機能的根治術と称される.
② Fontan 型手術の変遷(図42)
1971 年に Fontan212)がはじめて右心バイパス手術を 発表して以来,1980 年後半までは上下大静脈血を右房 / 右心耳を介して肺動脈に還流させる心房肺動脈吻合法
(atriopulmonaryconnection:APC 法)が主であったが,
手術成績はおもわしくなかった213),214).1988 年に total cavopulmonaryconnection(TCPC)法215)が発表され,
前述の両方向性 Glenn 手術に加え,下大静脈血を心房内 トンネル(心膜 / 人工物のパッチ)経由で肺動脈に還流 させる心房側壁トンネル法(TCPC-lateraltunnel 法)と,
下大静脈血を人工血管で心臓を迂回させ肺動脈に還流さ せる人工導管法(TCPC − extracardiacconduit 法)216)
へと発展した.APC 法に比較し,ともに手術成績は著 しく向上し,後者は肺循環の駆動力となる大静脈血流の エネルギー損失が最も少ないとされ,現在では Fontan 型手術の標準術式となっている210),214).
③ Fontan 循環の特徴
Fontan
型手術後の循環は“Fontan
循環”と総称される.生理的循環では,肺循環と体循環はそれぞれ右室または 左室が動力源となり両循環は並列関係といえる.ところ が,機能的右心室を有さない右心バイパス手術後の
“
Fontan
循環”は肺循環と体循環は直列で,総肺血管抵抗の低値(通常,3
Wodd
単位未満)は必須条件である.仮に,正常循環で左房から左室に1の血液量が流入する と,左室から体循環に1だけ駆出され,全身から体静脈 に1の血液量が右房に還流し,右室を介して肺循環に1 駆出され,再び左房に1だけ還流する.このとき,正常 循環の心臓内には4(心房2+心室2)の血液量が存在 することになる.一方,典型的な“
Fontan
循環”では,機能的単心房から機能的単心室に1流入した血液は,体 循環に1駆出され,体静脈血は直接肺循環に還流して1 だけ機能的単心房に戻るため,心臓内には2(心房1+ 心室1)の血液量ですむことになる.実際,房室弁逆流 がなく心室機能が良好な典型的な“
Fontan
循環”患者で は,心臓は正常心よりもコンパクトで,胸部X
線写真上 のCTR
が40%未満の症例もある.“
Fontan
循環”の肺循環は右心室の拍動がないために非拍動流といわれるが,生理的肺循環とは異なった肺動 脈圧の変動が観察される.この肺循環系の駆動力として は,⑴心臓の拡張期に生じる吸引力(心臓全体のコンプ ライアンス),⑵横隔膜による胸腔内と頭部
/
腹腔の内圧 の差,および⑶中心静脈圧が関与すると考えられる.実 際,“Fontan
循環”の維持には良好な心臓の収縮能/
拡 張能,良好な横隔膜機能,および胸水・腹水を生じない 範囲に高い中心静脈圧(8~15mmHg)が必要である.中心静脈圧の異常上昇は浮腫・胸水・腹水となり,逆に 中心静脈圧が低下する脱水・失血状態では肺循環の駆動 力低下を来たし,心臓前負荷の低下から“
Fontan
循環”破綻につながる.
術後遠隔期の留意点として,血行動態異常(心室機能 障害,房室弁・半月弁機能障害,肺血管抵抗上昇等によ
図 42 Fontan 型手術の歴史 / 種類 APC:心房肺動脈吻合
1970年~1980年代後半
心耳−肺動脈吻合:右心房血を肺循環へ
Total cavopulmonary connection ラテラル・トンネル法(TCPC-LT)
1988年~
SVC-肺動脈吻合+IVC−心房側壁を介し て肺循環へ
Total cavopulmonary connection 心外導管法(TCPC-EC)1990年~
SVC-肺動脈吻合+IVC−人工血管を介し て肺循環へ
る中心静脈圧の異常上昇,肺内または心房内短絡による 動脈血酸素飽和度の低下),潜在的(先天性)または心 臓負荷(異常な壁伸展刺激)によって獲得される不整脈 基質に起因する異常(洞機能異常,房室伝導障害,主に 上室性頻拍症),体静脈うっ血・肝うっ血・非拍動性の 肺循環等に由来すると考えられる凝固線溶系異常,心耳・
肺動脈弁スタンプ(手術により主肺動脈幹が切断・縫縮 されたバルサルバ洞)内の血液滞留による深部静脈血栓
/肺血栓塞栓症,およびタンパク漏出性胃腸症等がある.
以上が原因となった“
Fontan
循環”の破綻もしくはそれ が強く予見される場合,APC
法217)とTCPC-lateral tunnel
法の一部にTCPC
−extracardiac conduit
法への転換が可 能な例があるが,一般的には“Fontan
循環”の外科再手 術は極めて困難なため内科的な循環不全治療が適応され る.〈術後遠隔期の主な問題点〉
1)主心室機能,房室弁機能 2)肺血管抵抗の上昇 3)低酸素血症 4)血栓塞栓症 5)不整脈
6)タンパク漏出性胃腸症
1 病態把握および治療選択のための 検査
①聴診
右室流出路狭窄の進行に伴い駆出性収縮期雑音が,大 動脈弁閉鎖不全が進行すると拡張期雑音が聴取される.
②胸部 X 線
典型例の心陰影は小さく,
CTR
40%以下の症例もあ る.一方,50%以上の心拡大を呈する症例では,心室 機能障害や房室弁機能障害等を念頭に心エコー等を追加 する.胸水の有無にも留意する.③心臓カテーテル検査
中心静脈圧,
SaO
2,Fick
法による心拍出量,肺血管 抵抗値の算出,心室駆出率EF
(%),房室弁・半月弁機 能評価,冠循環の評価(上行大動脈造影,選択的冠動脈 造影),肺動脈狭窄病変の有無,肺静脈還流障害の有無,体静脈肺動脈吻合部狭窄の有無,心内(右左)短絡の有 無,肺内(右左)短絡の有無,体静脈・心房短絡(
VV-shunt
) の有無(無名静脈造影,その他の静脈造影),大動脈肺動脈側副血管の有無(逆行性下行大動脈造影)等が症例 ごとに検討される(クラスⅡ
a
).④心エコー
心室機能(
EF
,FS
),房室弁機能(主に閉鎖不全)の 程度,大静脈系(主に下大静脈)拡張の程度や呼吸性の 径変動の程度は循環把握に有用な評価項目となる.また,心臓および大血管内血栓の有無を検討するために必須の 検査である(クラスⅠ).なお,右室性単心室の
EF
は 40~50%に留まることがあるが,機能的には支障がな い.⑤ 心電図・運動負荷心電図・Holter 心電図・電気 生理学的検査(EPS)
先天的にも後天的にも不整脈基質を獲得している
/
す る本疾患群では,洞機能,P
波の形態とその変化,房室 伝導,および不整脈の検討は重要であり,定期的な心電 図検査の必要性は高い(クラスⅡa
).運動負荷心電図 から得られる心拍応答や最大酸素消費量の測定も患者の 日常管理に有用といわれる.また,“Fontan
循環”では 頻拍発作時に容易に低心拍出に陥るため,必要に応じてEPS
により機序解明と,電気焼灼術等の治療適応を評価 する必要がある.⑥経皮酸素飽和度:SpO2
外来でも可能な非侵襲的検査法で,座位または立位で 測定する.臥位で測定値が改善する場合は心内・肺内の 右左短絡を疑う.
⑦血液検査
CBC
により貧血,血小板数異常の有無を検討する.血液生化学検査のうち,総タンパク量
/
アルブミン量の 減少はタンパク漏出性胃腸症診断の契機となる(クラスⅡ
a
).一般的な肝機能障害の指標としてAST/ALT/T.bil
値等があるが,良好な“Fontan
循環”においてもT.bil
値の上昇(<3mg/dL
)は散見される.血漿BNP
値は,総合的な心機能指標として有用と考えられ,
perfect Fontan
例では正常範囲(<20pg/mL)にあり,100pg/mL
を超える例では心室機能,房室弁機能等の異常が想 定される.なお,proBNP
値は我が国では十分なデータ 蓄積がなく,特に腎機能が未成熟な低年齢(3歳未満)や腎機能障害患者における判定には注意を要する.
⑧ 凝固系検査
“
Fontan
循 環 ” の 血 栓 性 素 因 と し て,proteinC
,proteinS
系の異常(低下)が議論されている.凝固亢進 の指標として,d-dimer
上昇,antithrombin
(Ⅲ)低値,第Ⅹ因子上昇,
TAT
(thrombin-antithrombin complex
)上昇,plasmin-
α2-plasmin inhibitor complex
(PIC
)[plasmin-antiplasmin complex
(PAP
) に 同 じ ] 上 昇,thrombo-modulin
低値,proteinC
活性低値等が指摘され,血管内 皮障害が根底にあると考えられる.なお,ビタミンK
依 存性のproteinC
,proteinS
系はワルファリン服用に大き く影響される.抗凝固療法としてワルファリンを服用す る患者には,適切な凝固能調節のため定期的なPT-INR
測定(クラスⅠ)が必要で,血栓塞栓症が疑われる患者 に対してはd-dimer
の測定が推奨される218).⑨ タンパク漏出性胃腸症
便中α
-1-
アンチトリプシンクリアランス試験(クラ ス Ⅱa
), 放 射 性 核 医 学 検 査 に お い て は99mTc-human
serum albumin
(99mTc-HAS
),ま た は99mTchuman serum albumin diethylenetriamine pentaacetic acid
(99mTc-HAS-D
)等のRI
標識アルブミンを静注し,消化管内腔への蛋白漏出を直接証明する.
⑩ その他
検尿(特に蛋白尿)は腎機能のスクリーニング検査と なる.
深部静脈血栓の画像診断には血栓シンチグラフィ,静 脈 造 影, 静 脈 エ コ ー( ク ラ ス Ⅱ
a
), 造 影CT
,MRV
(