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:『幸福な死』の構想の変遷 1 .さまざまなテクスト

1937 年 9 月 22 日,カミュは『カルネ』の 2 冊目のノートを記し始める。その冒頭の一行に『幸 福な死』という題名が記されているという事実は極めて重要であろう。まず,カミュはこの時点で 作品の題名を着想したのであり,題名の決定というのは一般に,それまで漠然としたアイデアに過 ぎなかったものに実体的な枠組みをはめることで,作品の制作へ向けた重要な一歩となる。さら に,この第 2 ノートがそれから当分のあいだ『幸福な死』の創作ノートとしての機能を果たすこと になるということを予告しているのである。

第 2 ノートの第 1 断章には,題名の明記に続いて,小説の主人公とおぼしき人物とクレールとい う女性との間で交わされる長大な対話が記されている。この時点でカミュがこの対話を作品のどの 部分で利用しようとしていたのかはわからない。しかし最終的に,作品の構想が大きく変更になっ たあと,カミュはこのテクストを,『幸福な死』第 1 部第 4 章におけるメルソーと資産家ザグルー との間での会話に利用することになる。会話の相手が女性のクレールから年上の男性ザグルーに置

き換わったために48,文面は同じようなものであっても,会話の持つニュアンスはかなり変更を受 けることとなった(そのため,原文では同一であっても引用訳における日本語の表現はかなり変え てある部分がある)

断章2‒001(PLII, pp.834‒35) 『幸福な死』第1部第4章(PLI, pp.1128‒29)

9月22日

『幸福な死』「─だってね,クレール,そのわけを話 すのは難しいんだよ。問題となるのは一つだけだ:

自らが何に値するかを知ること,だよ。[...]生き る日々とその秘密の色合いを目にすると,自分の中 に涙の震えのようなものが起こるんだ。僕という存 在は,キスをしたあの何人もの女の唇であるし,「世 界に向かう家」で過ごしたあの幾夜もの晩であるし,

貧しく育った子供でもあり,そして時として熱狂へ と導いてしまう,生きることと切望することへの 狂ったような思いなんだよ。知り合いの多くは,

時々,僕が何者なのかわからなくなってしまう。僕 のほうは,どこにいようが,世界のあの人間を超え たイメージに自分が似ていると感じているんだけれ どね。そのイメージが,僕が生きる日々そのものな んだよ。」

「わかるわ。同時に二つの舞台で演じているわけね」

[...]

「あなたに愛情を抱く人たちには,ずいぶんと辛い ことが待ちかまえているわね。」

 パトリスは立ち上がった。なにか希望を失ったよ うな光がその目に宿る。そして口を開いた。

「愛情を抱かれたって,何の義務もありはしない よ。」

 クレールは答えた「確かにそうね。でも,わたし にはわかるのよ。(あなたはいつか,たった一人に なってしまうわ」

「済みません,ザグルー。ですがもう長いこと,あ る種の事柄については語らないようにしてきたので す。ですからもうわからないし,あるいはよくわか らないのです。生きる日々とその秘密の色合いを目 にすると,自分の中に涙の震えのようなものが起こ ります。この雨空のように。同時に雨でもあり日差 しでもあり,同時に昼間でもあり真夜中でもあるん です。ええ,ザグルー! 考えるのは,キスをした あの何人もの女の唇だったり,貧しい子供だったか つての自分だったり,時として熱狂へと導いてしま う,生きることと切望することへの狂ったような思 いについてなんです。僕は同時に,その全てのもの なのですよ。僕が何者なのか,時々おわかりになら なくなると思いますよ.確実にね。不幸せにおいて 果てまで行き,幸せにおいて度が過ぎる,そう言え ばいいのかどうか。」

「では,同時に二つの舞台で演じているというわけ かね?」[...]

ザグルーは長いこと黙っていたが,パトリスに目を やり,ただこう言った「君に愛情を抱く人たちには,

ずいぶんと辛いことが待ちかまえているな。」そし て,相手が急に立ち上がったのに驚き,口を閉ざし た。顔が影に入って見えぬまま,メルソーは激しい 口調で口にした「愛情を抱かれたって,何の義務も ありはしません。」

 ザグルーは答えた「確かにそうだね。だが僕には わかるんだ。君はいつか,たった一人になってしま うよ。それだけのことだ[...]」

引き続いて,『カルネ』の第 2 ノートには,その後『幸福な死』のテクストとして利用されるこ とになる断章が間欠的に出現し,カミュがこの時期絶えず具体的に小説について考えていたことを 伺わせる。とはいえ,「第 1 期の構想」のような,作品全体に関するプランの記述は現れない。作 品のテーマが「幸福に生き,幸福に死ぬ」,とりわけカミュ的な意味においての「幸福な死を迎える」

ということに据えられたのはよいとして,そのテーマの元では, 8 月に『カルネ』に記した一連の 作品素材をそのまま扱えないことは明らかである。特に日常生活に取材した素材は「幸福な死」と

48 その結果,この時カミュが構想していたであろう「クレール」という人物は姿を消すことになる。ただ「クレー ル」という名前そのものは,メルソーとともに「世界に向かう家」で牧歌的な共同生活を営む三人娘「クレー ル,ローズ,カトリーヌ」の一人の名前として用いられることになる。

いう一種秘教的なテーマとはつながりにくい。こうしてカミュは, 8 月に列挙した素材のうちどれ を具体的に採用するべきか,そして新たなテーマの元にどのように選んだ素材を組み合わせて構成 するか,という難題に突き当たったのだと思われる。そのため,全体の構想の練り直しは一度棚上 げにして,場面場面のイメージをテクスト化しようとしたのではあるまいか。

断章 2

003においては,アパルトマンでうたた寝をしてしまった男の,わびしげな寝起きの場景 が描かれている。これもこの時点で小説のどのような部分に用いようとしていたかは不明だが,最 終的に,第 2 部第 1 章における,プラハの宿に投宿したメルソーについての描写として利用される ことになった。

断章2‒003(PLII, p.835) 『幸福な死』第2部第1章(PLI, p.1139)

 「男は汗にまみれて目を覚ました。服をはだ け,少しのあいだアパルトマンの中をうろつ く。それから煙草に火をつけ,腰を下ろすと,

何も考えられずに,しわだらけになったズボン の折り目を眺めた。口の中には,眠りがもたら した苦みと煙草の苦みが溢れかえっている。ま わりでは,自らの無気力でたわみきった時間 が,水壺からあふれだしてくるかのようにひた ひたと音を立てていた。」

 メルソーは汗にまみれて目を覚ました。服をはだけ,

少しのあいだホテルの部屋の中をうろつく。それから煙 草に火をつけ,腰を下ろすと,何も考えられずに,しわ だらけになったズボンの折り目を眺めた。口の中には,

眠りがもたらした苦みと煙草の苦みが混じり合ってい る。シャツの上から両脇を掻きながら,男はもう一度部 屋を見渡した。[...]まわりでは,自らの無気力でたわ みきった時間が,水壺からあふれだしてくるかのように ひたひたと音を立てていた。

10 月に入ると「幸福を求め,幸福になる資格はあったのに,それを果たせない」ある男がそぼ 降る雨の中を歩き続けるという描写が書き込まれる。内容から言って明らかに『幸福な死』で利用 することを考えて記されたもののはずであるし,実際に第 1 部第 4 章でメルソーは雨に打たれるの だが,このテクストそのものは小説の原稿に採用されなかった。

断章 2 ‒012 (1937年10月 2 日) (PLII, p.838)

10月 2 日

「こぬか雨に打たれながら,男はぬかるんだ道を歩き続けた。数歩先までしかものが見えない。けれども 男は,あらゆるものから遠ざかったこの小さな町をたった一人で歩き続けるのだ。全てものものから,そ して男自身からも遠ざかった町を。いや,そんなことはできない。犬の前で涙を流し,人々の前で泣くこ となんて。幸福になりたかった。幸福になる資格はあった。だが,それに値しなかったのだ」

この 10 月 2 日というのは,教員の口を見つけたカミュが,赴任地であるシッディ

=

ベル

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アッベ スという農村を訪れた日である49。ところが実際に現地へ行ってみると,とてもこのような鄙びた

49 伝記『アルベール・カミュ』においてロットマンは「土曜日」としか書いていないが(第11 章。(英)p.145,

(仏)pp.159),10 月 4 日の日付のある断章 2‒013 においてカミュはシッディ=ベル=アッベスからとんぼ帰り をしたことについての言い訳を「あの土地で陰鬱で無気力な生活を送るかと思うと二の足を踏んでしまった のだ」などと長々と記しており(PLII, pp.838–39),4日の直近の土曜日は10月2日となる。

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