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年以上続けられた調査・研究の証拠という ことであるが,これからは他にも活用されるだろう。

例えば大山産でもいまは滅びた多くの蝶が標本に残さ れている。現在,科学の進展でそれら標本の脚一本か らも DNA を検出することができ,系統解析が可能に なっている。大山のウスイロヒョウモンモドキがどう いう系統に属するのか氷ノ山や三瓶山など他の産地の ものと比較したり,韓国やロシア産とも DNA 解析す ることによって,何万年前に分化したのか,分子時計 から分化年代を調べることも可能になってきている。

博物館が標本を保存していくことの重要性も改めて強 調しておきたい。

 ところで,三島先生は指導者としての評価が非常に 高い先生だった。蝶の世界で一番弟子は誰になるだろ うかと考えてみたら,1970 年代の教え子だった永盛 俊行がそれにあたるだろうと思いついた。彼は北海道 大学卒業後,道立高校教師になり,2015 年に「完本 北海道蝶類図鑑」という 400 ページ余の素晴らしい大 冊を 4 人の仲間とともに北海道大学出版会から世に出 した。北大に入学直後,北海道大学昆虫研究会という サークルに入ったとき,あいさつで「私の師匠は三島 寿雄です」と語ったという逸話も残されている。

 最後になったが,この場を借りて長年のご指導に深 く感謝を申し上げ,謹んでご冥福をお祈りします。

1.

「米子・大山を中心とする蝶類分布」1 ~ 7 報(1954

~ 1960 年,米子市立第一中学校)/

米子一中科学部

のレポートの様式になっているが実質的に三島先生の著作に 含めてよいものと判断される。その研究テーマとかかわった 生徒は表1のとおり。1954年に大山の山地性ゼフィルスの分 布と生活様式,1955年はスジグロチャバネセセリ,キバネセ セリ発見のことなど,1956年には米子市の丘陵地におけるゼ フィルス分布(アカシジミ,ウラナミアカシジミ,ウラジロ ミドリシジミ,ミズイロオナガシジミなど),1957年は日野 町黒坂鵜ノ池のヒロオビミドリシジミについて書かれてい る。ヒロオビミドリシジミは当時記載されたばかりの新種で あり,この蝶を研究できることはそうとうに気持ちも高揚し ておられたのではあるまいか(なお,鵜ノ池の生息地の最初 の発見者は当時鳥取県立日野産業高等学校の教員だった細木 正男)。このころの鵜ノ池にはウスイロヒョウモンモドキが 湖畔の草地に生息し,湿地帯にはミドリシジミが群れていた。

林道ではカラスシジミやウラクロシジミも採集できた素晴ら しいポイントだったが,のち無軌道に開発されていまは見る 影もない。この乱開発される以前の調査結果と標本が残され ていることの重要性はいうまでもない。1958年はゼフィルス 越冬卵の採集と幼虫飼育について報告されている。キマダラ

ルリツバメ幼虫をアカマツから発見したのもこのときだっ た。この幼虫・蛹はすぐ九州大学の白水隆に送られ,当時作 成中だった「原色日本蝶類幼虫大図鑑Ⅱ」(1962, 保育社)の 資料となった。1959年はヒメジャノメの飼育,1960年にはジョ ウザンミドリシジミの飼育が報告されている。なお,このレ ポートの第1報は,1954年11月29日に白水隆博士に贈呈さ れている。白水博士はさっそく編集中だった「日本産蝶類分 布表」(1958,北隆館)に付け加えた。ところが,なぜか以 降2報,3報と引き続いて送付されることはなかった。淀江 は1975年8月にこのレポートのことを三島先生にお尋ねし たところ,ワラ半紙にガリ版のため傷んでしまい,すでに所 持していないとおっしゃった。そこで,白水博士にご無理を 承知でコピー依頼したところ1976年2月15日にそれを受け 取ることができた。すぐさまこのレポートの重要性に気付き,

探索を続けた結果,清末忠人,青木浩,小林一彦ら鳥取市の ナチュラリストの書斎から2報と3報を見出した。そのコピー はすぐ三島先生,白水博士にもお届けし,たいへんに喜んで いただくことができた。淀江の文献収集歴の初期の思い出で ある。

2.

「新しい昆虫採集案内Ⅱ」(1971, 内田老鶴圃新社)

この採集地案内本に,「大山」「黒坂鵜ノ池・鎌倉山」「道 後山・多里」「吾妻山・猿政山」の4カ所を執筆。いずれの ポイントも長い時間をかけて調べ上げたものである。好ポイ ントの公開は普通にはためらうこともあると思われるが,淀 江がお聞きしたときには次の二つの理由で引き受けられたと いうことだった。一つは虫友・藤岡知夫の強い推薦,二つ目 はご自身が「新しい昆虫採集」(1958,内田老鶴圃)で育っ たという虫屋としての体験だった。この本を下敷きにして信 州や北海道へ採集旅行をされたときの楽しい話は当時小学生 だった淀江でさえ今もよく覚えている(長野県大田切河原の クロツバメシジミ幼虫など)。

3.

「大山の蝶」(1979, 米子今井書店,松岡嘉之と共著)

三島先生の蝶歴の集大成ともいえる傑作。解説文は100%

オリジナルで引用がまったくない。ご自身の観察されたこと,

体験されたことのみで執筆されている。それもわずかな観察 例を示したものではなく30年以上の調査研究から紡ぎ出さ れたものだ。巻末の分布の書き方は一見ぶっきらぼうだが,

「大山」という地域を徹底的に因数分解しており学術資料価 値を高めている。種の解説にはその蝶とゆかりのあった少年 たちとの思い出話が心地よいエピソードとともに盛り込んで あり,昆虫採集の楽しみを誰しも感じ取ることができるだろ う。また,それぞれの解説に関連した俳句が添えられている のも,三島先生の深い教養をうかがわせるものとなっている。

写真は松岡嘉之(大山桝水高原の松岡旅館)の担当だが当時 としては見事なゼフィルスの生態写真などで構成されてい る。松岡はのち単著で「新・大山の蝶」(2009,自刊)を発 行している。

4.

「米子市の昆虫類」:「米子市史」: 384–428.(2007,

米子市史編纂委員会編)/

この当時の市町村史としては

異例のオールカラー44ページの大作。三島先生の60年以上 にわたる米子市における昆虫研究の集大成というべきもの。

過去の記録のまとめだけではなく,ウスバシロチョウ,ギフ チョウ,オオヒカゲなどには最新の調査結果を盛り込んでい る。

5.

「国立公園指定 80 周年記念国立公園大山」: 194–

196.(2016, 大山の頂上を保護する会編)/

三島先生

没後1年を経て,上記の本に「志賀直哉の暗夜行路に見る大 山の自然」が発表された。絶筆である。なおこの豪華本の編 集委員長は松岡嘉之である。

著作目録(1954-2016)

三島寿雄編(1954)米子・大山を中心とする蝶類分布,特に大 山を中心とするミドリシジミ族について.米子市立第一中 学校生物部.4 pp+1 map+11 pp. [米子市立第一中学校の 生物部によるレポートだが,指導者だった三島寿雄の全面 的な手入れがあってできたものであり,実質的に本人の著 作に含めてよいと判断(以下同様)。この生物部では季刊「東 山昆虫ニュース」,年報「米子・大山を中心とする蝶類」

の2つの雑誌を刊行していた(いずれも淀江は未見)].

三島寿雄(1955)鳥取県西部昆虫展から.ヒサマツ, 5: 9-11. [鳥 取県科学教育研究会主催の第5回昆虫展に出品された標本 から。ヒサマツミドリシジミ(1♂, 1955.8.16, 市川博彬 採集,大山2例目),キバネセセリ(1♀, 1955.8.2, 篠田邦 夫採集,大山3例目),オナガシジミ(日南町多里),キマ ダラルリツバメ(1♀, 1955.6.23, 本田収採集,旧淀江町日 吉神社)を紹介。いずれも中学生の採集品].

三島寿雄編(1955)米子・大山を中心とする蝶類(第2報),特 に大山のセセリ蝶の分布について.米子市立第一中学校生 物部.6 pp+1 map.

三島寿雄編(1956)米子・大山を中心とする蝶類(第3報),特 に低山地のゼフィルス類について.米子市立第一中学校生 物部.4 pp+1 map.

三島寿雄編(1957)米子・大山を中心とする蝶類(第4報),ヒ ロオビミドリシジミに就いて.米子市立第一中学校生物部.

5 pp.

三島寿雄編(1958)米子・大山を中心とする蝶類の研究(第4報),

ヒロオビミドリシジミについて.科研会報, 10: 28-30. [新 種ヒロオビミドリシジミの産地,近似種との識別点,生態 など。1957年に発表されたレポートが1年遅れで活版印 刷されたもの].(鳥取県科学教育研究会).

三島寿雄編(1958)米子・伯耆大山を中心とする蝶類の研究(第 5報),ゼフィルスなど蝶の飼育.米子市立第一中学校生 物部.44 pp.

三島寿雄編(1959)米子・大山を中心とする蝶類の研究(第5報),

蝶の飼育について.米子市立第一中学校生物部.科研会報,

11: 43-48. [1958年発表のレポートが1年遅れで活版印刷

されたもの].(鳥取県科学教育研究会).

三島寿雄(1959)鳥取県西部数カ所及び広島県道後山で採集さ

れたミズイロオナガシジミについて.科研会報, 11: 86-87. 

[採集地の環境と斑紋変異について].(鳥取県科学教育研 究会).

三島寿雄編(1959)米子・大山を中心とする蝶類の研究(第6報),

ヒメジャノメの飼育について.米子市立第一中学校生物部: 4 pp.

三島寿雄編(1960)郷土の蝶類(米子・大山を中心とする蝶類 の研究改題)(第6報),ヒメジャノメの飼育について.米 子市立第一中学校生物部.科研会報, (12): 65-66. [1959 年発表のレポートが1年遅れで活版印刷されたもの].(鳥 取県科学教育研究会).

三島寿雄編(1960)米子・大山を中心とする蝶類の研究(第7報),

ジョウザンミドリシジミの飼育について.米子市立第一中 学校生物部: 4 pp.

.三島寿雄(1970)伯耆大山のキマダラルリツバメ.昆虫と自然, 5(3): 7. [米子一中の一年生,菊池泉がクリの樹から蛹を 採集したことを紹介。本文中には産地が伏せてあるが「米 子市尾高」のことである。また当時の採集ノートを残され ていた中井博喜によれば,1970年6月7日に菊池泉が蛹 を2個発見採集。翌年1971年5月28日に菊池泉と矢田直 之の2人で18個の蛹・幼虫を採集。翌5月29日には菊池・

矢田とともに中井博喜も加わって計12個を採集,この12 個のうち6個を中井が持ち帰り,6月12日に1♀,13日 1個,14日1個,16日1個,17日に2個が羽化したという。

中井はいま現在1971年6月12日に羽化した1♀を所蔵。

この尾高周辺はアカシジミ,ウラゴマダラシジミが採れる ということで当時の米子市の中学生に人気の採集地だった という].

三島寿雄(1970)島根県東部のヒロオビミドリシジミ.昆虫と

自然, 5(12): 7-8. [伊藤純至が旧伯太町・旧木次町で採集].

三島寿雄(1970)ヤマトシジミの異常型.昆虫と自然, 5(12):

21. [平松利雄が広島市宇品で採集]

三島寿雄(1970)ウスイロヒョウモンモドキの異常型.昆虫と

自然, 5(12): 21. [菊池泉が江府町鏡ヶ成で採集]

三島寿雄(1971)比婆山頂のアイノミドリシジミ.昆虫と自然, 6(3): 5. [広島県比婆山でアイノミドリ,フジミドリ,ジョ ウザンミドリ,エゾミドリなどを採集].

三島寿雄(1971)伯耆大山[の昆虫採集案内].「新しい昆虫採

集案内(II)」: 156-159. 内田老鶴圃新社. [京浜昆虫同好

会編「新しい昆虫採集(1958)」で育った世代として,こ の改定版執筆にあたっては格別に力をこめたことがわかる 読み物。藤岡知夫の推薦があったという].

三島寿雄(1971)黒坂鵜ノ池と鎌倉山[の昆虫採集案内].「新 しい昆虫採集案内(II)」: 164-165. 内田老鶴圃新社.

三島寿雄(1971)道後山と多里周辺[の昆虫採集案内].「新し い昆虫採集案内(II)」: 166-167. 内田老鶴圃新社.

三島寿雄(1971)吾妻山及び猿政山[の昆虫採集案内].「新し い昆虫採集案内(II)」: 168-169. 内田老鶴圃新社.

三島寿雄(1972)[鳥取県]東大山のチョウ.大山, 7: 2. [キリ シマミドリシジミ,キマダラルリツバメ,オオウラギンヒョ

ウモンについて].

三島寿雄(1972)隠岐島のウスイロコノマチョウの採集記録.

昆虫と自然, 7(3): 29. [森昌武が隠岐・島後,西郷町で採 集].

三島寿雄(1972)伯耆大山でキマダラモドキを採集.月刊むし, 13: 13. [清水浩司が大山町上槙原で採集].

三島寿雄(1972)ゴマシジミ異常型を採る.月刊むし, 15: 18. [花 田武が大山町豪円山で採集].

三島寿雄(1972)[鳥取県日野郡根雨町]鉄穴奥[の昆虫採集地 案内].月刊むし, 18: 20. [生田敬のポイント].

三島寿雄(1972)蝶も住みにくい[鳥取]県民の森.月刊大山,

15: 3.  [鳥取県が開発しようとしていた森林公園の自然破

壊を告発、計画は中止された].

三島寿雄(1972)フジミドリシジミ異常型をとる.月刊むし, 21: 27. [中井博喜が大山で短尾型を採集].

三島寿雄(1972)書評「昆虫群像」・「樹木ガイドブック」.

Longicorn, 2: 13-14.

三 島 寿 雄(1972) 吉 田 君 ら の パ イ オ ニ ア 精 神 を 讃 え る.

Longicorn, 3: 3-5. [吉田浩二らが島根県横田町小八川でベ ニモンカラスシジミ?卵を発見。現在ではカラスシジミの 誤同定と考えられている].

三島寿雄(1972)ミズイロオナガシジミの異常型.昆虫と自然, 7(12): 13. [中井博喜が旧西伯町猪小路で採集].

三島寿雄(1973)島根半島の昆虫Ⅰ・高尾山塊の蝶.Longicorn, 4: 2-3. [地形・地質・植生]

三島寿雄(1973)島根半島の昆虫II・高尾山塊の蝶.Longicorn, 5:

2-5. [ウラナミジャノメ,エゾスジグロシロチョウ,ヘリ グロチャバネセセリなど76種を報告].

三島寿雄(1973)5月の山[5月の大山の蝶].月刊大山, 23:

6-7.

三島寿雄(1973)[鳥取県大山]山麓は蝶の産院.月刊大山, 25:

4.

三島寿雄(1973)紙上シンポジウム大山山ろく.月刊大山, 27:

4-5. (赤木三郎・清水寛厚・船越元四郎と共著).

三島寿雄(1975)山陰の蝶に関するいくつかの課題.すかしば,

5: 9. [1975.8.24, 山陰むしの会第1回総会特別講演要旨].

三島寿雄(1976)大山の蝶(1) キバネセセリはどこへ.月刊大山, 63: 7.

三島寿雄(1976)大山の蝶(2) オオムラサキのふるさと.月刊 大山, 64: 7.

三島寿雄(1976)大山の蝶(3) フジミドリシジミは滅びない.

月刊大山, 65: 7.

三島寿雄(1976)大山の蝶(4) 氷の蝶ウスバアゲハ.月刊大山, 66: 7.

三島寿雄(1977)大山の蝶(5) カラスシジミの今昔.月刊大山, 67: 7.

三島寿雄(1977)大山の蝶(6) ハヤシミドリシジミの変遷.月 刊大山, 68: 7.

三島寿雄(1977)大山の蝶(7) 初蝶コツバメ.月刊大山, 70: 7.

三島寿雄(1977)大山の蝶(8) 旅に死する蝶ウラナミシジミ.

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