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(『心』)

愛知県幡豆郡平坂町 0. 30 平坂町 浅岡源悦 柘植和平

育苗 愛知県幡豆郡一色町 0.10 一色町大塚 天野兼松

土地対品種,多収法 愛知県碧海郡六美村 0.20 六美村正名 近藤定一

貯蔵 静岡県浜名郡白須賀町 白須賀町境宿 田村勉作

品種特性 静岡県榛原郡金谷町 0.30 金谷町菊川 山本福吉(真生会代表)

特殊栽培研究,多収法 長野県下伊那郡下條村 1.00 下條村 牧島忠夫(「小松原報徳社」社長)

生理的研究,品種,多収法 岐阜県恵那郡付知町 1.50 付知町 代表:小南栄次,三尾□平,今井歳房

合 計 6.40 39名以上か

〔典拠〕『河井綴り』②,掛川市所蔵,より作成。

述の表15参照)。また,丸山は,京大グループの人と,頻繁に書簡のやりとり等もした(『日 記』)。

東京方面では,小野武夫博士が丸山に協力した(『われ』P.57。後述の表15参照)。

「鹿児島農事試験場」の丸山政彦は,丸山の研究に共鳴して,「甘藷の根の進む経路の研究 が出来たら恐らく甘藷栽培の革命であろう」(『われ』P.57)と述べた。

「丸山式」甘藷栽培法を批判する時,その理論が使用された(後述)ところの「東京高等 農林学校」教授の伊東秀夫(前,「興津園芸試験場」。後,東北大学教授)も,丸山宅に来訪 し,「生理学的ノ研究ニ大ナル共鳴」をした(『日記』S17.4.23,後述の表14参照)。丸山は,

静岡県内職員時代も新城町の自宅に戻ってからも,しばしば「興津園芸試験場」に立ち寄っ た。こうしたことから,間接的にも伊東も丸山の研究に影響を与えたと考えられる。

丸山は,昭和17年7月31日〜同年8月14日(『日記』S17.7.31,S17.8.1)に,台湾視察 に行った。その際に,「台湾農事試験場」の嘉義場長平間荘三郎(甘藷の品種研究で日本の第 1人者と言われた人物)は,研究発表全部を丸山に贈った(『われ』P.57)。

その他,『日記』に登場する農事試験場の場長・技師等は数多い。

②方法

丸山は,『日記』,著書等によると,以下の方法で研究活動をした。

〔A.情報収集の方法〕

ア.直接観察 イ.聞き取り

ウ.書簡等による調査

エ.図書,「大日本農会」「帝国農会」「日本園芸会」「興津園芸試験場」等の機関誌等の取り 寄せ

オ.図書館,資料のある場所への通い

〔B.研究の方法⑴〕

ア.観察(掘り出し・写真撮影・描写)

イ.実験(顕微鏡,化学薬品,等使用もあり)

※丸山は,甘藷を傷つけずに掘り出し,正確に美しく描写し,また土に戻して元通りに育て る技術をもっており,これら技術も尊敬されていた。

〔C.研究の方法⑵〕

ア.事例研究 イ.統計研究 ウ.比較研究

a.品種間の比較

b.同一品種での内的・外的条件による比較

③場所

〔A.丸山方作の自宅〕

丸山は,新城町の自宅を,柿園,甘藷の「研究圃」,等とした。ここが,後に,国会議員,

歴代の農林省農政局長,県知事,大学の研究者等を始め,多くの人々が視察することになる 所であった。

〔B.丸山方作の自宅以外〕

丸山は,同志者の土地,「丸山会」会員・「明朗会」会員の土地,「大社」本社・支社の人々 の土地,委託者の試験地,農事試験場の土地等,自宅以外の土地での「丸山式」甘藷栽培の データを参考にして研究活動を行った。

丸山の著書に表われている土地としては,例えば以下のものがある。

①静岡県志太郡徳山村

②小沢豊の愛知県豊橋市飯村町

③「中川研究会」のある静岡県引佐郡中川村

④磯部幸一郎居住の愛知県豊橋市飯村町

⑤小沢豊を通して知る,山形,秋田,岩手,青森,新潟

⑥「小松原報徳社」(社長牧島忠夫)のある長野県下伊那郡下條村

⑦小野吉次居住の新潟県岩船郡山辺里村

丸山は,場所が遠くても,良い種藷または種藷からとれる「良苗」を,自宅以外に送付ま たは持参して「丸山式」甘藷栽培法で栽培してもらっても研究ができるという特色を生かし たと思われ,日本全国中にそれらを送付または持参し,書簡等で栽培結果の報告を求めた(『日 記』)。したがって,丸山が栽培結果の報告を求めた場所は,全てが研究活動の場所と言える。

⑵「丸山式」甘藷栽培法とそれによる反当たりの収穫量

①「丸山式」甘藷栽培法

では,甘藷研究活動を通して,出来あがっていった「丸山式」甘藷栽培法とはどのような ものであったのだろうか。資料1は,「丸山式」甘藷栽培法を簡単にまとめたものである。

これによると,「丸山式」甘藷栽培法は,「良苗」を育て,高い大畦を作り,「良苗」を水平 植で植え,反当たりの苗の植え付け本数を少なくし,植え付け前後に細心の注意を払い,苗 の各節に藷を着けるようにして増収を目指す方法であった。①「良苗」使用,②高畝使用,

③水平植,④粗植,⑤塊根になりやすい条件に注意を払う,⑥塊根形成後も悪変化を導く条 件を避ける,等を特色とした。

「丸山式」甘藷栽培法に使用する「良苗」とは,資料1,表12中のようなものであった。

丸山によれば,1尺2寸〜1尺5寸(約36.4㎝〜約45.5㎝−引用者注)の「良苗」は,「植傷

資料1.「丸山式」甘藷栽培法(明治24年4月までの丸山方作著書より)

〔全体の特色〕

「良苗」を育て,高い大畦を作り,「良苗」を水平植で植え,反当たりの苗の植え付け本数を少なくし,植え付け前 後に細心の注意を払い,苗の各節に藷を着けるようにして増収を目指す。

1.気候,土質

⑴気候(『これから』PP.60〜61。P.128)

東北,北陸,山岳地域,でも恵まれた条件がある。

①夏の日照時間が長い。②昼夜の温度差がある。→甘藷の発育を促進。

※3年間,北海道,信州,丸山農場で,同様の苗を同一の方法により植え付け,9月下旬に生育収量などを比べた。

→北海道が最上,丸山農場が最もおとった。これまでの北海道,高冷地で成績不良の原因は,①風土関係の利用 を知らなかった,②品種の選び方を誤った,③不良苗を早植し,藷の性質に対し無理解な管理を行った。

⑵土質(『これから』PP.62〜63)

①膨軟で作土深く排水のよい土地は,甘藷の収量多く品質もよい。埴質の土壌,砂礫質の乾きやすい土地,腐植質土 壌も,工夫で望みがある。

②河原及び砂地の利用も可。

③瘠せた河原でも可。

※岐阜県恵那郡付知町を貫流する付知川(木曽川支流)の河原5反歩(1500坪)において,1反(300坪)当最初 は300貫〜400貫(1125㎏〜1500㎏)が,700貫〜800貫(2625㎏〜3000㎏)になった。同地は「報徳研究地」と称 され,全町改良の1資料となった。

2.品種と特性(略)

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