本章冒頭において,物流サービスにとって,P(Punctuality,時間に正 確であること),V(Visibility,荷物の現状が明瞭であること),C(Cost,
価格が正当であること),S(Safety,荷物が破損しないこと)の 4 つが不 可欠の構成要素であることを指摘した。この 4 要素を実現することは当然 の前提として,それ以外に中国の各輸送モードが抱える課題を表 7 に整理
した。これらは詰まるところ,高度化する物流需要にいかに対応するかと いう課題である。それぞれに重要であるが,本節では個々の課題を論じる ことはせず,物流業界の今後を左右すると思われる「物流市場の未成熟」,
「統一的物流行政の不在」という二つの問題に絞って分析し,最後に物流 業界再編の展望を試みてみたい。
1.物流市場の未成熟
中国の物流市場は,二つの大きな問題を抱えている。第一の問題は,市 場自体の未成熟である。各種推計の一致するところ,中国社会全体の物流 コスト(29)は GDP の 20%前後(2003 年は 21.4%)である。これは,欧米 や日本など先進国の 10%前後(2003 年のアメリカは 8.6%)という水準を 10 ポイント以上上回っている。一方で,交通運輸・倉庫・郵政業が同年 の GDP に占める比率は 7.5%(『中国統計年鑑 2006』)で,これを物流サー ビス市場の規模とみると,中国において物流企業の役割がいかに不十分で あるか,ひるがえっては物流市場が如何に未成熟であるかということがわ かる。一番大きな原因は,企業レベルの物流アウトソーシングが不十分な ことであろう。たとえば製造業の物流業務分担の実態をみると,企業自身
表 7 各輸送モードの課題
モード 課 題
鉄 道
定時運行の確保 コンテナ化推進
小口貨物(混載)サービス
鉄道輸送端末での輸送サービス 道 路 広域輸送ネットワーク整備(路線便)
都市内小口輸送対応(宅配便)
水 運 小規模企業(輸送力 1 万トン以下)が多く,リスク負担力弱体 最大幹線の長江が自然条件の制約多い
陸上輸送との連結インフラが不足 空 運 貨物用機材,空港施設とも不足
ハブ空港と地方空港のネットワークが未整備
(出所) 筆者作成。
(調達の場合,相手企業)が分担する率が非常に高い(表 8)。
第二の問題は,この市場で物流サービスを担う企業がまだまだ育ってい ないことだ。表 9 は,2001 年に実施された大規模アンケート調査に基づ く民族系物流企業の平均的姿である。調査対象企業は中国の基準では一定 の規模を備えた企業が多く,実際は本表の示すところ以上に圧倒的多数が 中小零細企業であり,かつ近代的物流に必須の設備を有していないと思わ れる。しかも,先にみたような未熟な市場で零細企業が過当ともいえる競 争を繰り広げていることから,物流サービスの価格が低くなりすぎ,利潤 の低さが企業発展そのものを抑制する,という悪循環が生じているように みえる。
こうした市場の未成熟さについては中国政府も認識しており,改善のた めに施策を打ち出そうとしている。第一の問題に対しては,11・五計画で も「企業内部の物流の社会化(引用者注:アウトソーシング)をはかる」
表 8 製造業の物流分担率
物流分担企業 比率(%)
調達物流
企業自身 30
ベンダー企業 50
3PL 企業 20
製品物流
企業自身 27
一部企業自身 55
3PL 企業 18
(出所) 中国物流与採購連合会編 [2006b]。
表 9 民族系物流企業の平均的サービス能力
(2001 年アンケート調査)
項 目 平 均 値
従業員数 259 人
倉庫保管能力 4.7 万 m2
サービスポイント 5 カ所
保有トラック台数 18.1 台
フォークリフト台数 14 台
クレーン数 3.4 台
(出所) 国家経済貿易委員会経済運行局・南開大学現代物流研究中心 主編[2002]。
という方針が示されている。ただ,それが可能となるためには,まず企業 が納得できる水準(品質,価格)のサービスを提供できる物流企業の存在 が必要である。3PL 物流企業に対する満足度の調査では,製造業企業の 22%,商業企業の 45%が「コストが高すぎる」とし,同 13%,20%が「作 業速度が遅い」との不満を持っている現状がある(30)。これを改善しなけ ればならない。第二の問題は,第一の問題と同根である。政策文書『促進 意見』(第 2 節参照)でも,物流企業育成に向けて企業管理や税制の改善 措置が明示されているが,さらに実効を伴う措置が必要である。
2.統一的物流行政の不在
物流行政で縦割りの弊害が目立つことも問題である。現在,総合的な物 流サービスが求められるにもかかわらず,縦割り行政によって政策実施が
工業 商業 交通運輸業
貨物運輸代理業 倉庫保管業 郵便・電信・情報
航空運輸
鉄道運輸
港湾
道路運輸
水運
対外貿易
国内
外資系
民族系 信息産業部
海関総署 民航総局
鉄道部
交通部
商務部
国資監督管理委
発展改革委
(注) 1) 「部」は日本の「省」に相当。信息産業部=情報産業省。海関=税関。
2) 信息産業部は 2008 年 3 月全国人民代表大会の決定により,工業と情報産業を管轄す る「工業和信息化部」(工業・情報化省)に再編された。図は 2008 年 3 月以前の体 制を示す。
(出所) 国家経済貿易委員会経済運行局・南開大学現代物流研究中心編[2002]より筆者作成。
図 7 物流行政管理体制
遅れたり,効果が減殺されるといった事態が生じている。縦割りの一つの 原因は,計画経済時代に業種別の行政官庁が形作られたことであるが,も う一つには,物流行政の包含する範囲が広い(従来の産業分類における交 通運輸業,倉庫業に加えて商業や対外貿易業の一部を含む)ことがある。
経済の市場化に対応して繰り返された行政改革を経ても,鉄道輸送(鉄 道部),道路・水運(交通部),空運(民航総局)といった輸送モード別 の系統が残っているほか,対外貿易や国内商業関連の物流は商務部,通 関業務は税関総署といった専門業務と結びついた管轄区分が存在している
(図 7)。行政機構の統一が当面は難しいとなれば,物流行政を総攬する基 本法を制定し,各行政系統の政策協調を図るやり方が考えられる。わが国 の『総合物流政策大綱』(31)のような基本法を制定するのも一法だが,すで に第 2 節でみたように,その見通しは立っていない。行政からの新たなイ ニシアチブが待たれるところである。
3.物流業界再編の展望
WTO 加盟後の規制緩和がほぼ完成しようとしている(第 2 節参照)。
今後は,外資系企業を一方の主役とした買収,合併,提携などさまざまな 形態で業界再編が進むこととなろう。再編の具体的姿はまだ見えてこない が,荷主企業との関係では,ますます広域化し,高度化する彼らの要求に 応えられるか否かが物流企業生き残りの鍵となっていることに注目したい
(第 4 節参照)。「新しい物流需要に応える業界再編」という枠組みで考え ると,一見圧倒的優位を有しているかに見える外資系企業にも弱点はある。
例えば,広域物流ネットワークを有さない企業は淘汰される可能性が強い が,中国市場は地理的に広大である。外資にしてもすべて自前のネットワー クを構築しようとするとコストがかかりすぎることがネックとなる。末端 の物流については民族系企業と提携していかざるをえないはずである。民 族系企業に視点を移せば,こうした提携をテコに実力を蓄え,飛躍する企 業が必ず出てこよう(第 3 節参照)。
また,中国の物流市場はフロンティアも大きい。現在は,新しい物流サー
ビスが提供されればそれに応じた物流需要が顕在化する段階にある。本章 では,企業に奉仕する物流=「生産サービス業」(11・五計画の用語)と しての物流を中心に考察してきたが,「消費サービス業」(同)としての物 流にも大きな発展の余地がある。たとえば宅配便(信書の配送を含む)や 引っ越しなどニッチ市場を想定すればよい。こう考えると,目前の競争激 化は民族系企業にとっても発展のチャンスである。外資系企業の視点から すると,中国市場に食い込もうとする場合,具体的にどのような業態で進 出するのか,民族系企業と提携する場合は相手に何を期待しどの分野で提 携するのか,などについてあくまでも具体的に検討を進めることが必要に なってくる。
留意しておくべき点としては,2006 年以降,外資政策全般の見直しが 進行していることだろう。各種報道を総合すると,①外資優遇税制の見 直しと②買収・合併の規制,がポイントとなりそうだ。①については,
2007 年 3 月の全国人民代表大会で新しい「企業所得税法」(32)が採択され,
2008 年から外資優遇税制(通常 33%の企業所得税を 15 〜 24%に軽減な ど)を廃止し,税率が国内企業と同じ 25%に一本化された。②について は,WTO 加盟時の約束で直接的に規制することはできないため,「独占 禁止法」(2007 年 8 月採択公布)(33)などによって業種別規制が実施される。
外資が優遇される時代は終わり,内外企業は同一の条件下で競争を展開す ることになる。
おわりに
中国において,物流業のグレードアップを主導しているのは,物流需要 の変化であり,供給(物流企業)側は,需要変化に対応するなかでその経 営組織,経営戦略を変えつつあることを確認できた。本章冒頭で記した問 題意識に対応して述べると,製造業や商業など他の産業部門が物流業に求 める機能は,ロジスティックス(戦略的物流),サプライチェーン・マネ ジメントなど広域化し,高度化しており,それに対応して物流企業のサー