• 検索結果がありません。

巳 "

ドキュメント内 著者 前嶋 匠 (ページ 34-44)

S .  

28 3)

︒これらの言葉に代表されるように︑合法則的条件説支持者の多くは︑自然法則のみが合法則的関連を作り出

しうると考えている︒しかし︑このような自然法則に限定する見解に対して︑ヒルゲンドルフは︑法則命題が経験的に検討

可能であるということのみが重要であると指摘し︑経済的法則性や社会的法則性も因果関係を説明する構成要素として考え

うると主張している

( H i l g e n d o r f , NS tZ  1

99 4,   564 

f .  

同旨︑山中・刑法総論

I

二五三頁二﹁経験則も⁝⁝含めてよい﹂︑林陽-•前掲論文〔注32〕三八頁~「人間がもう一度同じことをやろうとすれば使えるような関係であれば」よく、「物理的な法

則のほかに︑人間の心理にかかわる法則﹂でもよく︑﹁社会のシステムの中で使われている規則的な事柄﹂でもいい︒ただ

し︑﹁人間が外界をコントロールすると彦に使えるような法則性でなければならない﹂︶︒しかし︑このような考え方に対し

て︑自然法則以外にも法則性を認めていけば︑因果関係の認められる範囲が広がってしまい︑自然法則に限定した意味が無くなってしまう、と批判されている(町野・犯罪論の展開H]O二頁、川口•前掲論文〔注33〕ニ―頁)。なお、コンディチオ公式も合法則性を前提としている(ただ、それが機能していないだけ)、と主張する者として、杉本•前掲論文□(注

41 )

︱九 頁以 下︒

( 5 2 )

はっきり当てはめと述べているのは

E n g i s c h , K a u s a l i t a t ,   S .  

26 

S

a m s o n ,   H y p o t h e t i s c h e   K a u s a l v e r l a u f e   i m  S t r a f r e c h t ,  

19 72 , 

S .  

31; SK , Ru d o

l p h i ,  

6.  A u f l . ,   1 99 7,  v ar

§l ,  R n .   42; 

Ar mi n  K au fm an n,   J 

19 71 , 

574; 

O t t o D ,   i e   o b j e k t i v e   Z u r e c h '   nu ng i n   e e s   E r f o l g e s   i m  S t r a f r e c h t ,   J u r a  

19 92

,  94; 

E r b ,   Ju S 

19 94

,  450; 

H i l g e n d o r f ,   D er   ,, g e s e t z m a B i g e   Zu sa mm en ha ng

"

m  i   S i n n e   d e r   mo de rn en   K a u s a l l e h r e ,   J u r a  

19 95

,  515; 山出甲•田臼呆関係一九頁、成瀬•前掲論文(注11)―二七頁、小林•前掲

二︱七頁︒しかしこれに対して町野教授は︑自然法則への当てはめによってなぜ結果を行為に帰属することがで 関法

第五四巻四号

プッペによっても︑結局︑

~

七三

八︶

﹁動機連関﹂が

1‑0Q

全刈苺写や菜

¥J:.‑,l‑0

(旨宗・忌翡器愉唇〇塞匡

H101

¥ml( 

1

ヤく巨肛)°

(為)

Hilgendorf, 

NStZ 1994, 565. 

(苫)

BGHSt 

37, 112. Q~

堂旦寧匡怜心紅刈

,‑J¥J Hirte, 

Anmerkung 

zu 

BGH‑Urt. 

v. 6. 7. 

1990‑2 

StR 549/89, in: JZ 

1992, 257 ; 

Amelung, 

a.a.O. (Anm. 45), S. 66£.; 

Hilgendorf, 

Strafrechtliche 

Produkthaftung 

in der 

,,Risikogesellschaft", 

1993, S. 124; Erb, JuS 1994, 453; 

Jescheck/Weigend, 

a.a.O. (Anm. 11), S. 283; Roxin, 

Strafrecht 

A. T., I, S. 299; Schaal, 

a.a.O. (Anm. 5), S. 63 ff. ~

索怜心郷刈⇒

¥J 

Samson, 

Probleme 

strafrechtlicher 

Produkthaftung, 

StV 1991, 183; Puppe, JR 

1992, 30 f.; dies., 

Nomos 

Kommentar, 

vor§13, 

Rn. 80; 

Hassemer, 

Produktverantwortung 

im 

modernen 

Strafrecht, 

2. Aufl., 

1996, S. 33 ff. ぼ)

Samson, 

StV 1991, 183. 

ぽ)

Knauer, 

a.a.O. (Anm. 6), S. 100 f.; 

Hilgendorf, 

Produkthaftung, 

S. 124. 

(~)

Knauer, 

a.a.O. (Anm. 6), S. 102. 

咽)Frisch, 

TatbestandsmaBiges 

Verhalten 

und 

Zurechnung 

des 

Erfolgs, 

1988, S. 522. 

ぼ)

Knauer; 

a.a.O. (Anm. 6), S. 105. 炉いJ如'"'+‑令←―四益令器回餌組這応忠匡謳糾釦心鳳氾認叩竺終:.‑,

(呂)

BGHSt 

13, 13. 

(;:c;) Puppe, 

Strafrecht 

Allgemeiner 

Teil im Spiegel der 

Rechtsprechung, 

2002, S. 67. 

(箆)Puppe, 

Strafrecht 

A. T., S. 67. dies., Der 

objektive 

Tatbestand 

der 

Anstiftung, 

GA 1984, 109祖麟°

(器)Puppe, 

Strafrecht 

A. T., S. 7 4 f. 

(~) Puppe, 

Nomos 

Kommentar, 

vor§13, 

Rn. 96. 

ぼ)Puppe, 

Nomos 

Kommentar, 

vor§13, 

Rn. 116. 

($) 

Knauer, 

a.a.O. (Anm. 6), S. 107. 

<咀綜.蔀癌恙忌旦将

±;1'(11

ぐ喧笹恙畏刈妾逗巨晦

(1)

I  I  1111  (判 11

兵)

できるのは特殊なケースにすぎない︒むしろ︑しばしば︑

第五四巻四号

一定の出発条件と結果との統計的関連以上のものは 一定の法則的関連が経験的調査によって十分に解明

︵ 七

0 )

心理的に媒介された因果関係に関して︑自然主義的決定論的性質の因果法則は存在しない︒従って︑﹁

A

のとき結

B

が生じる﹂という一般的命題は存在しない︑ということが証明された︒自然科学が︑

A

という出来事は

B

という

出来事の確実な原因である︑ということを法適用者に一

0

0

%言明することは期待できない︒そのように確実に言明

一定の事実複合体が存在するならば一定数の事例において 結果が発生する︑ということを述べている統計的関連が確定されうるにすぎない︒従って︑原因複合体が存在する場 合︑結果発生に対する蓋然性のみが述べられうる︒このことは︑

されておらず︑それにより︑個々の事例において︑結果が生じるか否かを決定する要因が知られていないときがそう である︒例えば︑医学の分野においては︑化学物質や一定の病原体の人的器官への影響に際して︑病気の突発や一定 の経過につながるような詳細に記述できない要国が複雑に作用しあうことがあり︑決定論的な法則性は公式化できな いこともある︒癌や伝染病の発生は︑突然変異原

( M u t a g e n e n )

なく︑遺伝性素因

( E

r b

a n

l a

e g

n )

① 現 代 物 理 学 と 蓋 然 性

口 蓋 然 的 因 果 概 念

関法

や病原体

( E

r r

e g

e r

n )

といった一定の要因ばかりで

や栄養状態︑免疫システムの低下といった身体の特異性にも左右されるため︑決 定論的な法則性は詳しく公式化されえない︒従って︑ここでは︑

( 6 7 )  

確定できない︒

( 6 8 )  

量子論のような現代物理学においては︑古典的決定論的因果法則に従ってはもはや事象が説明できない︒分子や原

面 ︶ 子といったミクロの世界においては︑法則的な粒子の軌道という概念は存在せず︑粒子の場所や運動は確率的に知る

︱二

企業・組織犯罪における合議決定と帰属関係(‑)

関係の存否を判断しなければならない︒

︱二

ことができるにすぎないため︑ニュートンに代表される古典力学では現代物理学を説明できない︒そのため︑﹁現代 原子物理学は︑原因と効果との法則を破棄し︑または少なくとも一部を無効にする︑従って︑本来の意味での事象の

( 7 0 )  

自然法則的確実性はもはや間題になりえない﹂︒つまり︑ここでは︑﹁自然事象における厳格な合法則性の思考﹂では

( 7 1 )  

なく︑統計的関係︑すなわち蓋然性判断に依拠している︒

このように︑現代物理学がその世界像を決定論的な因果関係の観念から解放されていることから︑クナウアーは︑

法律学も自然法則的な因果観念から解き放たれなければならないと考えている︒原子核の領域においても実際に確率

( 7 2 )  

は 一

0

0

%決められているという事実により︑量子物理学の理解は法律家にとっても無関心というわけではない︒と

いうのは︑裁判官は︑自分が判断しなければならない自然科学的関連はたいていの場合ほぼ一

0

0

%説明されうる︑

ということを認めなければならないからである︒しかし︑この理論によれば︑皮革スプレー事件のように︑事象が確 立された自然法則に従っていないという事実は問題である︒これら刑法上の製造物責任の事件は︑確立した自然法則 によって常に説明可能というわけではないことを示している︒それ故︑原子核領域において統計的法則性が妥当して

( 7 3 )  

いても︑日常生活の世界において法律家は確実に因果的法則性を信頼できる︑という論証を反論として持ち出すこと はできない︒仮定的自然法則では不十分である︒さらに︑裁判官は︑因果関係を判断する際︑自然科学の理解を頼り にしているが︑その時々の経験科学が自然法則ではなく統計的相関関係であるならば︑裁判官はこれに基づいて因果 このことは︑医療訴訟における因果関係の事例でも示されうる︒医師の技術ミスによって患者は死亡したのかとい

う疑いが医療専門家に提示されたとき︑彼は特殊なケースにおいてのみ︑﹁絶対にそうだ﹂と答えることができる︒

︵七

四一

第五四巻四号

︵ 七

四 二

︶ しかし︑多くの場合︑専門家は︑自らの意見を蓋然的に表明し︑﹁確実性に境を接する蓋然性で﹂とか﹁かなりの蓋 然性で﹂死の惹起を肯定するであろう︒蓋然的確定といっても︑常にそれが正確に基礎付けられた自然科学の水準に 基づいているため︑全く存在しない自然法則よりは確実である︒因果関係を肯定するためにどの程度の蓋然性で十分 であるのかを確定する際︑ここでは︑法適用者はまだ評価決定をしなければならない︒

以上から明らかなように︑蓋然的関連しか公式化できない事例において︑合法則的条件説は法則性への具体的事例 の当てはめということでは因果関係を証明できない︒そこで︑このような批判を受け︑合法則的条件説の一部の主張

( 7 4 )  

者は︑蓋然的な合法則性も従来の意味における合法則性として用いようとしている︒次に︑この点について言及して

蓋然的因呆概念

製造物責任において因果関係の間題を﹁蓋然的

( p r o l i b a s t i s c h e r

) ﹂因果概念によって解決しているホイヤーは︑こ

( 7 5 )  

こで評価決定を要求している︒彼は︑心理的に媒介された正犯がたとえ合法則的条件説の意味における決定論的因果 関係を要求していないとしても︑このことは正犯の基本形態︑すなわち単独正犯にとっても同様に必要たりえない︑

ということから出発している︒それ故︑ホイヤーは︑非決定論的因果概念が展開されなければならないと確信してい

( 7 6 )  

る︒そしてホイヤーは︑この因果概念を︑ザムソンに依拠して︑結果の蓋然性が増加しなければならないという﹁増

大効果

( I

n t

e n

i s

v i

e r

u n

g s

e f

f e

k t

) ﹂と結果の蓋然性が実際に増加するためにさらなる事象は不要であるという﹁引き受

( 7 7 )  

け効果

( U e b r n a h m e e f f e k t

﹂によって定義付け︑これを製造物責任の事例に適用し︑次のように説明している︒)

まず初めに︑当該製品の消費者は非消費者よりも一定の損害を被る蓋然性が高い︑ということが確認されえなけれ ︑

< 

関法

︱二

企業・組織犯罪における合議決定と帰属関係(‑)

ばならない︒例えば︑

コンテルガン事件において︑調剤が市場に流通していた九ヶ月はそれ以前と比べて胎児性障害 の数が著しく増加したのに対して︑調剤が回収された後の九ヶ月は胎児性障害の数は再び従来の水準に戻ったため︑

この増大効果は︑蓋然性増加の意義が確認されなければならない限りで︑評価決定を含んでいる︒そのために︑現 代の蓋然性理論は︑客観的に追体験可能な基準を既に保持している︒これは︑事象

B

が事象

A

によって惹起されたと いう合法則的条件が存在するのかという問題ではなく︑

Aは

B

の原因である蓋然性は著しいのかという因呆関係に関 する問題に対して︑自然科学が裁判官に示さなければならない解答である︒その場合︑裁判官は︑刑法における惹起 を根拠付けるために蓋然性で十分であるのか否か決定しなければならない︒これは︑原則として︑裁判官の自由心証

( 7 8 )  

の問題であり︑通常︑高い蓋然性で十分である︒

しかし︑製造物の使用後︑相次いで頻繁に被害が発生するというだけでは︑その製造物が損害を惹起したと推論す ることはできない︒蓋然性連関のみでは︑

ウイスキーソーダ︑ブランデーソーダ︑ラムソーダ︑ジンソーダを飲んだ とき常に酪酎状態に陥る飲酒常用者は︑﹁ソーダ水﹂が酪酎の原因である︑と主張することができてしまう︒彼が ソーダ水を飲んだときはいつも酪酎するからである︒従って︑

︱二

ソーダ水と酪酎との間に統計的相関関係が存在するこ とになる︒この結論を回避するため︑増大効果のほかに︑代替原因の排除という引き受け効果が付け加わらなければ ならない︒具体的にいえば︑

ソーダ水には引き受け効果が欠けている︑すなわち︑

体内に残らないということを意味している︒逆にいえば︑ 増大効果が認められる︒

ソーダ水の摂取ではアルコールは ソーダ水を飲まなかった場合︑それにもかかわらず酪酎す る︑ということを意味する︒それにより︑確かにソーダ水と結果発生との間に統計的相関関係は存在するが︑それは

︵ 七 四 一

︱ ‑ ︶

ドキュメント内 著者 前嶋 匠 (ページ 34-44)

関連したドキュメント