7.1 環境修復提案の流れ
本研究の検討結果に基づき尼崎港内の臨海部 における環境修復の提案を行なった。図 7.1に示 すように選定した技術を組合せ、修復目標を達成 するための最適な組合せ・ベストミックスを設定 した。
次に、尼崎港内にそれらの技術を適用した場合 の効果を生態系モデルを用いて予測・評価した。
その結果、浅場の造成が透明度改善効果、貧酸素 化抑制効果ともに大きいこと、負荷量の削減も含 めできる限り多様な技術を適用することにより、
生物間の補間機能が発揮され、水質改善目標に対 し夏場においても透明度でほぼ8割、溶存酸素で ほぼ9割達成される可能性を示すことができた。
この段階で、目標達成のために必要な技術の規 模が明らかになった(表 7.1)。これらの規模の技 術を尼崎港内に適用、造成することによって対象 海域の環境修復目標が達成されるが、実際には港 湾機能、海面の利用に支障を来たさないこと、さ らに、地質や波浪の条件によって実際に干潟等が 造成可能な範囲が限られることになる。
そこで、次に実現可能な規模を設定し、港内で の環境修復事業として3案を立案した。これらの 案を図 7.2〜7.4に示した。
これらの案に基づき「港湾計画」、「尼崎21世紀の森づくり計画」との調整を図り、当面の港 湾利用を前提に実現可能な施設の配置・規模を絞り込んだ。なお、この段階で、現地の地盤条 件、潮汐、波浪条件を勘案し、施設の安定性及び施工性に関する概略的な検討を行った。
さらに、この結果絞り込まれた最終案について生態系モデルを用い効果の予測評価を行った。
表 7.1 修復目標達成のための施設必要規模
施設 規模 単位
浮体式藻場 35 ha
エコシステム護岸 4,600 m
干潟 42 ha
磯 14 ha
適用技術の選定・組合せ ベストミックス ベストミックスの評価 実現可能な規模の設定
港湾計画との調整
尼崎21世紀の森づ くり計画との調整 環境修復提案
効果の予測評価
(シミュレーション)
図 7.1 環境修復提案の流れ
図 7.2 修復事業提案-1
図 7.3 修復事業提案-2
図 7.4 修復事業提案-3
7.2 安定性及び施工性に関する検討
安定性及び施工性の検討に当たっては以下の条件を前提とした。
①水深:設置対象地点の最新の深浅測量図を用いる。
②地盤条件:尼崎港内の地盤はその多くが軟弱地盤で、埋立時の外郭施設となる護岸等の基礎 は、置換砂による大規模な地盤改良が実施されている。よって、港内に環境修復を目的とし た施設(構造物)の設置を検討するに際し、表 7.2に示す項目を既存資料から想定し、地盤 条件を設定した。
③波浪条件:港外における有義波高H1/3,有義周期T1/3について、確率波として統計処理され たデータとしてナウファスの神戸のデータに基づき、常時波浪について昭和52〜56年の5 年間の風資料より推算した結果、波高別出現率は50cm未満86.5%、50cm以上13.5%、1.0m
以上は1.0%となる結果を得た。また、異常波浪について、尼崎西宮芦屋港における異常気
象による波浪は表 7.3に示す値を参考とした。
なお、施工については表 7.4に示した順序を想定した。
表 7.2 想定した地盤条件
目 的 項 目 a.施設の滑り,沈下等の
安定性の検討に必要な データ
・実施海域複数箇所における原位置試験データおよび室内試験 データより求める。
1)土質柱状図 2)N値 3)単位体積重量 4)内部摩擦角(φ) 5)一軸圧縮強度(qu) 6)圧密係数(Cc) 7)粒度分布
b.施設材料の検討に必要 なデータ
・浚渫処理土の土質データ
1)単位体積重量 2)粒度分布 3)一軸圧縮強度またはコーン指数
4)圧密係数
・覆砂材の土質データ
1)単位体積重量 2)粒度分布 3)内部摩擦角
表 7.3 想定した波浪条件
表 7.4 施工方法の想定
対象施設 施設基本構造の概略 施工方法
干 潟
①砂留の築堤 ↓
②覆砂
・干潟中詰材の撒出し(浚渫処理土)
↓
・干潟表面の覆砂(良質材)
↓
③整形 ↓
④生物生息機能のための微地形造成 (自然力)
磯
※干潟の砂留堤体を磯場として利用
①捨石材投入 ↓
②捨石均し(潜水作業)
↓
③被覆石投入 ↓
④被覆石整形(潜水作業)
筏 式 浮 体 式 藻 場
①筏組み立て
(単体を陸上ヤードにて)
↓
②海面へ釣り込み・連結 ↓
③曳航 ↓
④投錨・固定 ↓
⑤種苗ロープの設置
ブ イ 式 浮 体 式 藻 場
①ブイの連結(陸上or船上)
↓
②アンカー取り付け ↓
④現場投入 ↓
⑤ワカメロープ設置 ↓
⑥灯浮標設置
エ コ シ ス テ ム 護 岸
①鋼製枠の製作(工場製作)
↓
②ポラコン板の製作(工場製作)
↓
③H鋼の取付(一部潜水作業)
↓
④鋼製枠の設置(潜水作業)
↓
⑤ポラコン板の設置 ↓
⑥捨石材投入 ↓
⑦捨石材保護工設置
置換雑石
H.W.L H.W.L L.W.L L.W.L
土木シート 中詰材
覆砂材
砂留堤 砂留堤
以上の検討結果に基づき、修復提案を図 7.5の案に絞り込んだ。
図 7.5 尼崎港内における環境修復提案
7.3 概算事業費の算出
図 7.5 の案についてその概算事業費を算出した。算出にあたって、最も大きなウエイトを占 める干潟については図 7.6、7.7 のような構造・断面を想定した。なお、費用を算出するに当っ ては、多くの仮定が含まれることを付記する。
図 7.6 干潟平面図
エコシステム護岸 浮体式藻場
干潟 干潟
断面位置
図 7.7 干潟断面図
表 7.5 概算事業費の算出結果
区分 諸元・規模 概算事業費 備考
干潟及び磯 砂留め潜堤:約 2800m 干潟:約 22ha
2,800 百万円 7,400 百万円 計 10,200 百万円
浮体式藻場 約 8 ha 50 百万円 エコシステム護岸 延長約 1,200m 1,500 百万円
合計 11,750 百万円
屑 石 OP+5.0
OP+1.0
OP-2.5
50,000
100,000
OP-3.5
L.W.L OP+0.5 H.W.L OP+2.1 OP-1.5 OP+1.5
OP+5.0 OP+1.0 370,000
OP-5.0 L.W.LOP+0.5
H.W.LOP+2.1
OP-7.0 OP-3.0
干 潟 干 潟 A
干 潟 B
OP-5.0 屑 石
土木ネット
10,000 40,000
干 潟
OP+0.5 OP+0.5
屑 石 土木ネ ット
OP+0.5 OP+0.5
16,500 550 15,000
7.3 モデルによる効果の定量化 (1) 定量化の概要
5 節では、個々の技術の環境修復効果、並びにそれらの組合せによる相互影響、補間関係も含 めた効果評価を行うことを目的として、尼崎港内全域で環境修復技術を適用した場合を想定し、
技術適用の有無、組合せの違い等の比較計算を行った。その結果、浅場の造成が透明度改善効果、
貧酸素化抑制効果ともに大きいこと、負荷量の削減も含めできる限り多様な技術を適用すること により、生物間の補間機能が発揮され、水質改善目標に対し夏場においても透明度でほぼ 8 割、
溶存酸素でほぼ 9 割達成される可能性を示すことができた。しかし、実際には航路や泊地の確保 等の制約を受け、理想状態に比べて小さい規模でしか技術を適用することができないため、環境 改善効果もかなり小さくなることが予想される。ここでは、図 7.5で示した制約条件を考慮した 場合の環境修復提案の条件で夏場(9 月)の水質予測を行い、技術適用範囲が縮小した場合の水 質改善効果の評価を行った。
(2) 計算方法
ここで使用する生態系モデルは5節で述べたものと同じで、各環境修復技術の適用範囲を縮小 することによって制約条件を考慮した場合の水質予測を行った。計算には、前述ベストミックス の評価に示した浅場を造成する場合のボックス配置を使用した。図 7.5に示した提案では西側凹 部にも航路や泊地など水深が深い部分が存在するが、本モデルでは複雑な形状を模擬した流動計 算を行うことができないため、水深が一律に浅くなる本ボックス配置で計算することとした。
図 7.8に環境修復技術の適用範囲を示す。ここでは計算を行う季節を水質改善効果が顕著に見 られる 9 月としたので、ワカメの生育期ではないことから浮体式藻場は考慮していない。また、
制約条件より浅場の造成面積が約20ha、エコシステム護岸の延長距離が1.1kmに制限されるこ とから、図 7.8に示すように、西側凹部の長さ500mの範囲にのみ干潟および磯の生物が生息す るとし、港口部のボックス表層にのみ総延長1.1kmのエコシステム護岸を配置することとした。
なお、尼崎港全域に技術適用したCase 8-9Aと同様、干潟に生息するアサリは水深1m〜2.5mに 分布するとし、磯の堤体に繁茂するアオサは堤体表面積の1/2に分布するとした。その他バック グラウンド条件、計算ステップ等も 5 節の条件と同じとした。
図 7.8 制約条件を考慮したケースを想定した環境修復技術の配置
磯 磯
エコシステム護岸 エコシステム護岸 干潟
干潟
700m900m1400m 400m
500m
500m 700m900m1400m
400m
500m
500m
底層溶存酸素 単位(mg l-1) 表層透明度 単位(m)
2.16 1.631.531.44 1.03 0.720.680.44
底層溶存酸素 単位(mg l-1) 表層透明度 単位(m)
2.16 1.631.531.44
2.16 1.631.531.44
2.16 1.631.531.44 1.03 0.720.680.44
1.03 0.720.680.44
1.03 0.720.680.44
(3) 計算結果および考察
図 7.9は、表層透明度および底層溶存酸素の各技術適用空間における値をそれぞれ示したもの である。第5章に示した尼崎港全域に技術適用したCase 8-9Aと比べると、透明度の向上、溶存 酸素の増加ともにかなり小さいものの、何も適用していないCase 1-9Aに比べれば特に西側凹部 でかなりの改善効果が現れており、透明度は1.30m から 2.16mに、溶存酸素は 0.03mg l-1から
1.03mg l-1に増加している。また、エコシステム護岸を港口部に配置したため、東側航路部では、
港奥に行くほど水質改善効果は小さくなっている。溶存酸素1.03mg l-1はほとんどの生物が酸素 欠乏に陥るレベルであるが、これは前述のように西側凹部での平均的な値として得られた数値で あり、局所的には十分生物生息が可能なエリアが出現していると考えられる。これらの結果は、
航路や泊地の確保等の制約を受け、理想状態に比べて小さい規模でしか技術を適用することがで きない場合には、尼崎港全体の水質を大幅に改善することは難しいものの、局所的には水質が改 善され、生物生産場所、夏場の貧酸素時の避難場所等が確保されることによって、生物多様性が 増す可能性を示している。
図 7.9 制約条件を考慮したケースの表層透明度および底層溶存酸素の計算値 (4) まとめ
ここでは、実際には航路や泊地の確保等の制約を受け、理想状態に比べて小さい規模でしか技 術を適用することができない場合の環境改善効果を予測するため、制約条件を考慮した場合の環 境修復提案の条件で夏場(9月)の水質予測を行った。その結果、制約条件を受ける場合は、尼 崎港全域に技術適用した場合のように尼崎港全体の水質を大幅に改善することは難しいものの、
局所的には水質が改善され、生物生産場所、夏場の貧酸素時の避難場所等が確保されることによ って、生物多様性が増す可能性を示すことができた。
なお、図 7.5に示した規模の事業を港内にて実施するためにはおよそ120億円近い事業費が必 要となる。富栄養化した閉鎖性海域が貴重な社会基盤であることに加え、そこでの環境修復の必 要性・必然性が社会に認識されることが環境修復事業を進める上での大きな課題である。また、
事業主体、費用負担のあり方などを解決することが、今後の事業化に向けた当面の課題となる。