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3 受益者出現時の課税

第5節 小 括

信託法と信託課税の考え方は根本的に異なっており,この考え方の乖離 が多くの問題引き起こしている。第2節で挙げた受益者の中に停止条件が 付さられている者がいた場合の課税問題や後継ぎ遺贈型の受益者連続の信 託における課税問題の他にも,例えば裁量信託といった,信託課税上,誰 に,いくら課税するのかを決定することが難しい信託が存在する。

また,改正後の信託課税は,受益者に課税ができないような場合におい て受託者課税を認めている。受益者課税が原則であるはずの信託課税が,

受託者に対して課税することを認めたということは問題視されるべきこと であり,今後,信託法と信託課税との間で整合性が取れるよう検討しなけ ればならないといえる。

以上の通り本稿のこれまでの議論によって,わが国の信託法上の「受益 者」と信託課税上の「受益者」はおおよそ違うものであるとの結論に達し た。信託課税の沿革をみるに,信託課税は,もともとその担税力に着目し て課税していたようであるから,改正後の信託課税上の「受益者」が「受 益者としての権利を現に有する者」と限定する結果に至ったことは理解で きる。しかし,信託課税上の受益者を「権利を現に有する者」と限定して しまうことは,受益者に不公平な課税関係を生じさせる可能性がある。こ れは本稿第3章第2節の事例1「停止条件が付された『受益者』に対する 課税問題」でも検討したところである。

また,改正後の信託課税制度は「受益者としての権利を現に有する者」

について法令では規定しておらず,その解釈の指針を通達で示すに止まっ ていることも問題である。租税法律主義を原則とする税法において,これ を根拠に信託の課税関係を決定してしまうことに加え,多様化・柔軟化が

図られている今日の信託の状況を考えると,信託の課税関係が明確でない ことは,受益者に予期せぬ課税を強いるかもしれないからである。信託課 税の対象となる「受益者としての権利を現に有する者」について,今後さ らなる検討がなされる必要があるといえよう。

次に,名古屋地裁平成23年3月24日判決の原告が信託課税上「受益者」

となるのかについて私見を述べていきたい。結論として,原告は信託課税 上「受益者」であると考える。税法上にその定義がない場合,原則そして その借用概念をもって解釈するべきであるが,本件の場合は旧信託法上に おいてもその言葉の定義付けがされていなかった。このような場合,信託 課税上どのような者が「受益者」たるかの解釈が問題となる。旧信託法は

「受益者」を定義していなかったが,信託契約上「受益者」は必ず存在す ることになる。そうだとすれば,税法においても信託契約上の「受益者」

を信託課税の対象となる「受益者」と考えるべきである。これは,納税者 の予測可能性の観点からしても妥当ではないだろうか。ただし,現実に運 用可能な信託財産の全てが,本件生命保険の一時払保険料とされていたこ とを考えると,本件信託契約は生命保険への投資を内容とする信託であり,

生命保険信託に該当する。よって,改正前相続税法基本通達4‑2110)及 び改正前相続税法3条1項1号111)並びに同法5条1項112)の規定により,

原告は原告の父Aの死亡,もしくは保険契約の満期到来により保険金を受 け取った時において課税されるべきだと考える。

本稿では信託法と信託課税の考え方の乖離に関して議論をしてきたが,

この議論は一つの局面に過ぎない。信託課税における税制改正がなされて 6年が経過した現在においても,本稿で議論した問題の他に様々な問題が 生じており,今後も新たな問題が生じる可能性がある。信託課税において 信託法理論との整合性についてさらなる検討がなされ,今後両者の整合性 が図られていくことを期待して本稿を終了したいと思う。

1) 平成19年改正後の租税法では信託の受益者等と表記されており,受益者等とは受益者と しての権利を現に有する者及びみなし受益者のことを意味するが,本稿においては,前者

の受益者としての権利を現に有する者について論じていく。

2) 武田昌輔『DHCコンメンタール相続税法』(第一法規出版,2008)1085の4頁。

3) 同1085の4頁。

4) 占部裕典『信託課税法〜その課題と展望〜』(清文社,2001)21‑22頁。

5) 同22頁。

6) 松井静郎「改正相続法の解説」(税務協会雑誌第4巻第5号,1947)5頁。

7) 占部・前掲注(4)24頁。

8) 占部・前掲注(4)26頁。

9) 川口幸彦「信託法改正と相続税・贈与税の諸問題」税務大学校論叢57号(2008)317頁。

10) 同318頁。

11) 占部・前掲注(4)30‑31頁。

12) 四宮和夫『信託法〔新版〕(法律学全集 33‑Ⅱ,1989)152頁。

13) 川口・前掲注(9)323頁。

14) 佐藤英明「信託と税制――若干の立法的提言」ジュリ1164号(1999)46頁。

15) 昭和47年当時の複利現価率を用いて算定している。

16) 小林一夫「信託税制の問題点について」信託復刊91号(1972)118頁。なお,相続税法 の条文番号は昭和47年当時のもの。

17) 同118頁。

18) 佐藤英明「遺産承継にかかわる信託税制に関する若干の考察」新井誠編『高齢社会とエ ステイト・プランニング』(日本評論社,2000)155頁。

19) 改正前所得税法13条1項,改正前法人税法12条1項。なお,改正前相続税法においては 収入及び支出について書かれている規定はない。信託が経済的帰属説の立場を取るのは,

信託財産の所有者と経済的利益の享受者が乖離する信託において,法的帰属説の立場を適 用すると所有者である受託者と信託財産の給付を受ける受益者とに二重課税が生じるため である(佐藤・前掲注(14)43頁)

20) 佐藤・前掲注(14)43頁。

21) 同44頁。

22) 『平成19年度税制改正の解説』(第一法規,2007)147頁。

23) 佐藤英明「19年改正の概観と受益者等課税信託について」租税研究731号(2010)

148‑149頁。

24) 改正後所得税法13条1項,改正後法人税法12条1項。なお改正後相続税法においては9 条の2第6項で「贈与または遺贈により取得したものとみなされる信託に関する権利又は 利益を取得したものは,当該信託の信託財産に属する資産及び負債を取得し,又は承継し たものとみな」して課税するとしている。また,佐藤英明教授は,受益者か委託者のどち らかに所得が帰属しているとみなし,課税の繰延べを排除するという点で,当該規定は課 税のタイミングについても定めているといえると述べている(佐藤・前掲注(14)43頁) 25) 佐藤・前掲注(23)149頁。

26) 寺本昌広『逐条解説新しい信託法〔補訂版〕(商事法務,2008)447頁。

27) 信託法258条ないし261条。「受益者の定めのない信託」は,英米法において「目的信託」

(purpose trust)と呼ばれている。

28) 佐藤・前掲注(23)149‑150頁。

29) 同150頁。

30) 佐藤英明「信託の『受益者』と所得計算について――名古屋地裁平成23年3月24日判決 を題材として――」記念論文集刊行委員会編『租税の複合法的構成 村井正先生喜寿記念 論文集』(清文社,2012)124頁。

31) 同123‑124頁。

32) 福田政之=池袋真実=大矢一郎=月岡崇『詳解 新信託法』(清文社,2007)22頁。

33) 旧信託法16条1項のことであり,「信託財産ニ付信託前ノ原因ニ因リテ生シタル権利又 ハ信託事務ノ処理ニ付生シタル権利ニ基ク場合ヲ除クノ外信託財産ニ対シ強制執行,仮差 押若ハ仮処分ヲ為シ又ハ之ヲ競売スルコトヲ得ス」と規定されていた。

34) 「信託法改正要綱試案 補足説明」125‑126頁。

35) 同126頁。

36) 同126頁。

37) 旧法7条「信託行為ニ依リ受益者トシテ指定セラレタル者ハ当然信託ノ利益ヲ享受ス 但シ信託行為ニ別段ノ定アルトキハ其ノ定ニ従フ」

38) 寺本・前掲注(26)251‑252頁。

39) 同252頁。

40) 前掲注(34)111頁。

41) 金子宏『租税法』(弘文堂,第17版,2012)113頁。

42) 四宮・前掲注(12)307頁。

43) 星田寛「日本版パーソナル・トラストを実現させるための課題と提案」新井誠編『高齢 社会とエステイト・プランニング』(日本評論社,2000)122頁。

44) 同124頁。

45) 下野博文「相続税法第4条に関する一考察」税務大学校昭和52年度研究論文集第3分冊

(資産税編)(1977)36頁。

46) 佐々木浩「信託税制について〜信託税制の基本的考え方等について〜」信託239(2009)

109頁。

47) 改正後所得税法13条2項・改正後法人税法12条2項には「信託の変更をする権限(軽微 な変更をする権限として政令で定めるものを除く。)を現に有し,かつ,当該信託の信託 財産の給付を受けることとされている者(受益者を除く。)は,前項に規定する受益者と みなして,同項の規定を適用する。」との規定がある。これと同じ内容で相続税法では

「特定委託者」という文言が使われている。なお,所得税法施行令52条1項は軽微な変更 をする権限を「信託の目的に反しないことが明らかである場合に限り信託の変更をするこ とができる権限」と規定している。

48) 残余財産は信託行為において残余財産の給付を内容とする受益債権に係る受益者(「残 余財産受益者」という。)となるべき者として指定された者に帰属する旨の規定。残余財 産受益者は,受益債権の内容が残余財産の給付であることを除けば,通常の受益者とは異 なるところはなく,信託の終了前から受益者としての権利を有するものである(寺本・前

ドキュメント内 信託課税における「受益者」の意義 (ページ 34-41)

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