対アジアと対米進出決定との間で,(期待為替レートも含めた)立地要 因が果たす役割の違いに留意したい.
対米地域進出では,期待為替レートは何の役割も果たさず,関税障壁,
非関税障壁が主因となって輸出を抑えざるを得ないという意味で受け身 的に進出が決定される.他方,アジア地域中心の海外進出では,期待為替 レートから進出抑制的影響を受けるものの,むしろ投資環境の好転の方 がより強いインセンティブとなって積極的な(輸出を補完するような)進 出を行っている可能性が示唆される.アジア地域への海外進出についての 推論は小島(1997)の実証報告と整合性している点に留意したい.
5 結 び
本稿では,国内のみで生産販売を行っている日本企業が海外進出として 輸出を始める誘因は何か(ケース1),又,海外進出する際に(輸出取引に 依らず)海外で直接生産販売しようとするのは何故か(ケース2),更には,
輸出企業が海外子会社を設立して海外進出を深化させる誘因は何か(ケー ス3),を海外進出意志決定問題としてミクロ経済理論的に考察した.ど の進出方法を採るべきかの海外進出意志決定基準は,期待効用(確実性等 価)最大値間の大小比較の形をとっており,特にケース2, 3については,
(2段階意志決定過程を採用して)「内部化費用便益比較」となることが明 かにされた.
海外進出意志決定理論の地域差を探るために,対米地域進出と対欧ア ジア地域進出を区別した上で,以下のような結果が得られた.
ケース1では国内のみで生産販売を行っている日本企業を対象とした:
•対米地域輸出の意志決定:期待為替レートがより自国通貨安のとき (危険嫌悪度,為替変動に拘わりなく),輸出選択の可能性が大となる.又,
期待為替レートを所与として,限界貿易費用の変動因となっている企業の 生産効率性(情報的経営資源の優位性)が増すと,輸出選択の可能性が大 となる.
•対欧アジア地域輸出の意志決定:(円建て)輸出価格が国内価格より大 きい程,輸出選択の可能性が高くなる.ここでは,最適解を求める際の線 形従属を避けるためのテクニカルティのために,2次貿易費用を採用する 必要があったことから,意志決定基準に貿易費用が関わってこず,企業の 情報的経営資源の優位性も陽表的ではなかった.これは,貿易決済通貨が 日本円であることに因る意志決定の特徴となっている.
ケース2では,貿易活動は選択肢にない(従って決済通貨の選択が無視 できる)企業の多国籍化を扱うので,対米地域,対欧アジア地域いずれの 進出についても以下は当てはまる.:
•経営資源の海外移転費用が内部化費用で,内部化便益が海外子会社売 上となっている「内部化費用便益比較」の形をとる海外子会社設立の意志 決定基準が導き出された.
•期待為替レートが自国通貨安[高]である程,(i)「多国籍化」 [ (i ii)
「国内に留まる」]意志決定の可能性が高まる.
•つまり,国内のみで生産販売を行っている日本企業を想定したここで は,その対アジア進出(労働集約的企業,資本・技術集約的な日本企業を 考察)と対米地域進出(資本・技術集約的な企業のみ考察)の意志決定にお いて,円安でも多国籍化の促進要因となっているのである.
しかし,現実には1980年代後半からの円高期において海外子会社設立 が(特に対北米に向けて)活発であったことから,同期については円高が 進出の促進要因となっているようにも見える.これは上のケース2の理論 とは非整合とも思われる.果たしてこの非整合性は,ケース2が国内のみ で生産販売を行っている企業を想定していたからであろうか.
そこで,1980年代後半からの円高期についてはむしろ輸出企業による 多国籍化問題が適切であろうとの判断で,ケース3では輸出企業を分析 対象とした:
•海外生産子会社設立の意志決定基準はやはり「内部化の費用便益比 較」の形をとる.
•対米地域進出の意志決定:意志決定基準に立地要因(特に期待為替 レート)はまったく関わらない.むしろ,(期待為替レート以外の)立地要 因—輸出品に貿易相手国で課される関税,自国政府による(輸出自主規制 の実施などの)非関税障壁など—が(自国通貨建て)限界貿易費用に反映さ れ,それが(自国通貨円建て)内部化便益を大きくする効果をもつ.従っ て,関税障壁,非関税障壁が主因となって輸出を抑えざるを得ないとい う意味で受け身的に,輸出の代替として子会社設立が決定されることが,
対米地域進出の特徴であった.
•対欧アジア地域進出の意志決定:意志決定基準はケース2に同一で あった.但し,(期待為替レート以外の)立地要因—アジアでの投資環境 の好転(特に,海外での外資に対する自由化・規制緩和)—が重要であり,
それが例えば「外国(現地)経営資源の活用」といった束縛からの解放で ある場合,資本・技術集約的日本企業を対象としたとき,投資環境の好 転が主因となった積極的な(輸出を補完するような)欧アジア地域での子 会社設立となっている可能性が示唆された.これは,小島(1997)で期間
1974:Q3–1994:Q3について実証報告された輸出と海外直接投資間の補完
関係が,対欧アジア地域進出でのそれであることを理論的に示唆している.
以上の結果を踏まえて今後の研究課題として,(i)輸出と海外直接投資 間の代替[補完]関係が,実際に対米[欧アジア]地域進出でのそれである ことの実証,(ii) (準統合としての)国際提携を,「所有,立地,内部化の 優位性」仮説の文脈でモデル化する可能性を探ること,等が挙げられ,更 には本稿では触れなかったが,(i ii)海外からの撤退,縮小の意志決定問題 の理論構築も(先行実証研究としては洞口1992がある),将来の研究課題 として残されている.
参考文献
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関口末夫・田中宏/日本輸出入銀行海外投資研究所編著『海外直接投資と日 本経済』東洋経済新報社,61–79 (1996).
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[3] 小島平夫,1994b,『為替レート変動の時系列分析』(牧野書店).
[4] 小島平夫,1995,先物為替取引下の多国籍企業による生産と貿易—ミクロ経 済学的解析—,『西南学院大学商学論集』第42巻第1・2合併,85−109. [5] 小島平夫,1997,日本の海外直接投資,輸出の変動因-産業規模・経営資源 を基軸とした標準型・構造型VAR分析,『西南学院大学商学論集』第44巻 第1・2合併号,95−157.
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