4.3.1 実験概要
本研究では,事例研究として A 氏を対象とした実験を行い,本システムの有効性 を検証する.とまり木に本システムを導入し,その後アンケート調査を行い,本シス テムの食事介護における効果を評価する.
本システムを用いて料理を計測する被験者はとまり木の職員3名の方々である.ま た,その計測の対象とする認知症高齢者は,同じくとまり木を利用されている A 氏 である.A氏の食事に関する記録の蓄積を行い,本システムが食事支援に有効かどう かを検証する.図4-2にとまり木での食事風景を示す.
以上のような環境下で1週間の運用実験を行った.実験方法は,本システムをとま り木で利用していただき,その後アンケート調査を行った.実験にあたっては,初日 に本システムの説明を行い,マニュアルを添える.その後は,特に指示することなく,
自由に利用していただいた.
4.3.2 実験参加者の情報
4.3.2.1 対象者の情報
表4-2にA氏の基本情報を示す.表中の要介護度とは,介護保険を受けるために市 町村などから,その人が必要な介護量に応じて「要支援」「要介護度1~5」の認定を 受ける.その中でも最も重い要介護度5は生活全般にわたって介護が必要で,意思の 伝達が困難である場合があり,A氏はこの認定を受けておられる.
A氏はアルツハイマー型認知症であり,認知症がかなり進行した状態である.麻痺 や嚥下障害など,食事における身体的な障害はない.
A氏は農家のご出身で,お米を非常に貴重なものだとお考えである.A氏がまだ認 知症の症状が軽かった頃,職員の方々に「お米一粒に7人の神様が住んでおられるか ら,絶対に残したらあかん」と教えておられた.お米を大切にされていた A 氏がお 米を残すようになり,それから食に対する意欲が減り,食事を残すようになった.
前述した通り,A氏は最近,食事自体が困難になってきている.それは認知症が進 行し,「昨日食べた料理を忘れた」というもの忘れや,食事をとった後すぐに「まだ 食べていない」というエピソード記憶の障害だけではなく,食べ物自体認識できない ことや食事そのものを忘れるという状態であることに起因する.その結果,A氏は食 事を提供されても,何をすればよいのか分からず悩んでしまい,料理を食べてくれな いということがある.A氏が悩むことは様々である.介護者は,その悩みに気付き介 護を提供しなければならない.
A氏はよくご自分の名前にこだわる方である.食べてくれないとき,自分の名前に こだわっているため,食事に集中できない場合がある.A氏の湯のみにはご自身の名 前が書いてある.書いていないと,「(自分のものなのに)なんで名前が書いてない んや」「名前が無かったら私のとちゃう」と言われて飲んでくれないときがある.場 合によっては,ごはんの一粒一粒にまで名前が書いていないとこだわり,食事に集中 できず食べてくれない.また,皿の裏に名前が書いてあるか確認するときがあるため, 皿の上の料理をひっくり返してしまうこともある.
他にも,A氏は提供された料理を材料ごとに選り分ける場合がある.オムレツの具 のみじん切りにした野菜やひき肉を一粒ずつ皿に選り分ける.介護者は,A氏がその
ような行動をとるのはおそらく認知症の影響である,これが何なのかわからない,次 に何をすればいいのかわからないという状態に起因すると推測するが,A氏の真意に ついては不明である.
また,「口に含む」「噛む」「飲み込む」という摂食の一連の動作も分からなくなっ たため,同じ食べ物をずっと噛み続け,その結果疲れてしまい食欲がなくなったこと もある.また,飲み込むということができず,料理を噛み砕いたあと,それを吐き出 すということもある.
このように A氏は認知症が非常に進行している.そのため,介護者は A 氏がどう して食べてくれないのか,ということに気付き,その A 氏の悩みと向き合って介護 を提供している.しかしながら,いまだに具体的な解決策が無く,介護者も A 氏が 悩まずに料理を食べてくれるように,試行錯誤で介護方法を導こうとしている.
氏名 A氏
性別 女性
年齢 90 要介護度 5
現病 アルツハイマー型認知症 入所歴 7
認知症の状態 なし
麻痺 なし
筋力低下 なし 嚥下障害 なし 咀嚼機能 なし
表4-2 対象者のプロフィール
4.3.2.2 被験者の情報
本実験で本システムを使用していただく被験者はとまり木の職員の方々でX氏,Y 氏,Z氏の3名である.表4-3に被験者のプロフィールを示す.
被験者の3名の方々は,とまり木の中でも勤務時間が長く,一日のうち多くの時間 を担当されている.また,中には居住をともにされている方もおられ,24 時間介護 を担当される場合もある.さらに,三人ともとまり木の開所当時から勤務されておら れる.したがって,とまり木に入居されている認知症高齢者のことをよくご存知であ る.
また,事前インタビューにおいて,コンピュータ操作に慣れていない方も含まれて いることが分かっている.
氏名 X氏 Y氏 Z氏 性別 男性 女性 女性 年齢(歳) 60 52 46 介護士の
キャリア(年) 7 10 7 表4-3 被験者のプロフィール