第2章 「ひきこもり」当事者のニーズと支援
7 実践Ⅰ 山川友里さん(仮名)との関わり –社会と個人との間−
(1)家族の状況
父親、母親、友里さん、弟、父方祖父、父方祖母の 6 人家族。父方祖父が入院され、弟 は施設に入所し、X-1年2月以降、4人。
〈父親〉仕事にでている。〈母親〉パートに通いながら家事全般を行なっている。〈父方祖 母〉家事手伝い。〈弟〉友里さんより2歳年下で、軽度の知的障害と広汎性発達障害がある。
友里さんが中学3年生の時、知的障害児施設に入所し、生活訓練を受け、現在も施設から
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特別支援学校に通い、土日やゴールデンウィーク、盆、正月などの休日に、時々自宅へ帰 省している。
(2)友里さんの状況
中学2 年生の3学期より、弟からの暴力や友人間のトラブルをきっかけに、不登校にな り、集団の中で人と付き合うことが苦手になった①。弟は施設で生活することとなり、そ の後、弟から暴力を受けることはなくなった。また中学3年進級にあたり 2年時にトラブ ルがあった友人とは別のクラスにしてもらった。中学3年時5月の修学旅行を機に週1~2 回は登校するようになった。その後も登校頻度は変わらず、全日制高校を受験し合格した。
中学校を卒業後、「高校からは不登校にならず、毎日登校して友人も作って勉強を頑張ろ う」と決意し高校へ入学した。しかし、高校の授業の早さや量に圧倒される中、また新し い環境で高校には知っている先生や友人といった人間関係も全くないまま、勉強について いけないことや学校に馴染めないこと、毎日登校するしんどさを感じながら、それらを誰 にも言えず、緊張して登校した日々が続いていた。そして入学一週間後に限界がきて登校 できなくなった②。不登校になって、高校の担任が家庭訪問に来てくれたが「高校にはも う行けそうにない」とのことで、友里さんはほとんど自宅で過ごし、自室のカーテンはい つも閉めきっていたとのことだった。その後、高校からの紹介で、公的相談機関へ母親が 相談に行くことになり、そこでサポート校やフリースクールを紹介され③、友里さんも見 学に行った。しかし集団の中で人と付き合うことが苦手であったため、紹介先の場の雰囲 気にも馴染めず、サポート校やフリースクールに行くことを希望しなかった。その後、自 宅では、母親に「学校に行かなければいけないのに行けない」と泣きわめいたり、家事を 行う母親の後をずっとついてまわったりしているとのことだった。
【この時点でのアセスメント】
以上の情報から、友里さんの状況を分析し、この時点での友里さんのパワーレスネスに 陥っている状態について明確化したい。
①弟からの暴力や友人間のトラブルをきっかけに不登校
中学2年生の時点で、弟からの暴力や友人間のトラブルによって、家庭では弟との関係、
学校では友人との関係でパワーレスネスの状態になったことが分かる。そしてその結果と して友里さんは不登校という行動様式を選択せざるを得なくなっている。
②高校に馴染めず、入学一週間後から登校できなくなった
中学2年生の時点で起こった弟からの暴力や友人間のトラブルによる不登校は、弟や友 人が友里さんの近くからいなくなったことで、中学校3年生から週に1〜2日登校し、さら に本人の希望で全日制高校を受験するといった行動がみられ、不登校自体は部分的に改善 していることが分かる。しかしそれは問題となる事態に関わる人が、友里さんの前からい
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なくなっただけで、友里さんのパワーレスネスな状態が完全にエンパワーリングされたわ けではなかった。そのことは、中学3年生卒業の時点まで週に1〜2日しか登校できていな かった状態で、高校に入学した友里さんの状況から明らかになっている。
1)友人間のトラブル以降も集団の中で人と付き合うことが苦手なままであったこと 2)新しい環境の中で、困難に直面した時、誰にも相談できなかったこと
3)上記のような環境の中で、緊張状態が続いていたこと
以上の3点について、友里さんのパワーレスネスな状態が、アドボケイトやサービス調 整などによってエンパワーリングされないまま、友里さんは高校生活をスタートさせてい る。集団の中で人と付き合うことが苦手なまま、新しい環境で、気軽に相談できないとい う高い緊張状態にさらされ過ごすこととなった。そして友里さんは希望に胸を膨らませて 入学した高校であったにも関わらず、1週間後、とうとう行けなくなってしまうという事態 に陥っている。
③公的相談機関からのサポート校やフリースクールの紹介と見学
この状況をなんとか改善したいと思い、次の所属先を探そうと母親は公的相談機関に相 談に行き、友里さんも見学に行っている。このように公的相談機関からサポート校やフリ ースクールの紹介が行われているにも関わらず、友里さんに対して、その紹介がうまく機 能しなかったのはなぜだろうか。それは上記に挙げた 3 点のパワーレスネスな状態が改善 されないままであったからであると推測している。そもそも紹介した公的相談機関の相談 員は、友里さんがパワーレスネスな状態にあることに気づいていない可能性が高い。もし 気づいていれば、複数の人が集うサポート校やフリースクールを紹介することはなかった であろう。また紹介したとしても、エンパワーリングの手だてとともに紹介されたであろ う。このように、当事者のパワーレスネスな状態が支援者に気づかれることなく、状況改 変のため支援先や方法論を紹介されたり実行されたりすることは、その支援や方法が不履 行になる可能性を高く秘めている。なぜならアセスメントが不十分なため、当事者の特性 やニーズに合ったサービス調整になる可能性が低いからである。そして、結果として、支 援機関や支援者から紹介されたり実施されたりした支援がうまく機能しないということが 起こるのである。しかし残念なことに、当事者のパワーレスネスな状態に気づかないとい う支援者のアセスメントの不十分さと当事者に合っていないサービス調整は、支援者側の 反省としてフィードバックされる以上に、当事者や家族の挫折体験として、自信喪失 23や 支援に対する不信感24といったさらなるパワーレスネスな状態を引き起こしている。
アセスメントによる状況分析、ニーズ明確化、アドボカシー、エンパワーリング、サー ビス調整といったパワー交互作用モデルによるソーシャルワークの欠如が、結果として、
母親に対して「学校に行かなければいけないのに行けない」と友里さんを泣きわめかせた
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り、家事を行う母親の後をずっとついてまわらせるといった、一見すると個人や家族関係 に内在する問題の様相を呈するかのような行動に追い詰めているのである。
「ひきこもりを中心とした困難を有する子ども・若者及びその家族」に対する長谷川の 調査 25では、「ひきこもり」当事者の心理特性として「自信を失っている」「将来に対して 大きな不安を抱えている」「どうすれば良いのかわからないでいる」としている。当事者た ちは、社会規範に沿うように試みる 26も度重なる「挫折体験」や「つらい体験」を経験し
27、それを打開するための自分に合った方法が分からずにいる。そのような状況に置かれた ら、人は誰でも自信を失い、将来に対して大きな不安を抱え、どうすれば良いのか分から なくなるだろう。つまり、長谷川のいう“当事者の心理特性”とは、当事者が必要とする 時に、当事者のニーズに合う適切な支援が行われなかった結果として、そのような心理特 性になったと考えることもできる。
また同様のことが、他の調査研究からも明らかにされている。東京都青少年・治安対策 本部による調査研究 28では、「ひきこもり」当事者は、「人間関係などに困難を感じている 者が多く、孤立しがちであるため、孤独感を感じ、ストレスに弱い者が多い」という結果 が出ている。これは、「ひきこもり」当事者が現状において、孤立していることを意味して いる。孤立とは、人に内在する特性を表す言葉ではなく、他者や社会との関係性があって 初めて起こる状況をさす言葉 29である。つまり「ひきこもり」当事者が孤立しがちである ということは、「ひきこもり」当事者と社会との間に問題があることを意味している。そし て「ストレスに弱い者が多い」とあるが、そもそも人は孤立すれば、誰もがストレスを感 じ、逆に人との関わりやソーシャルサポートが多く受けられればストレスは軽減されるも のである30。上記の研究はどれも、「ひきこもり」当事者と社会との間に問題があるにも関 わらず、当事者が孤立しないで済むような他者や社会からの充分な関わりが得られず、そ れによってストレス下に置かれている「ひきこもり」当事者の状態を示した調査結果とい えよう。ここにパワー交互作用モデルによるソーシャルワークの必要性が伺える。
(3)自宅から出たいけど出られない時期(相談開始)
【相談内容】 X年5月下旬(高校1年)、筆者の勤めるクリニックで母親と来談した。友 里さんが困っていることは、「このままの状態(学校にもどこにも行けず、自宅で何をして いいかも分からない状態)でいることが辛い。けれどどうしていいか分からない」、また「ず っと自宅にいると気が滅入るが、かといって行ける場所もない」というものだった。母親 はそのような状態の友里さんに対してどのように接していいか分からず困っているとのこ とだった。そこで、相談では、友里さんが望んでいることに対して一つ一つ話し合ってい くことにした。
【自宅での過ごし方をなんとかしたい】
話をしていくうちに「自宅で何かやることがあったらいい」という意見がでた。友里さ