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安と恐怖を胸に秘め,冒険への賭に出る。こうした問題と課題を克服し,萩原吉太郎の原料炭 素材会社論は,原料炭素材会社としての北炭の社会的使命に全てを賭けるように自分自身を奮 い立たせたのである。かくて,林千明を社長に就任させたのは持論とする原料炭素材会社とし て北炭を復活させようとする経営哲学の命ずるところとなる。

⑼ 夕張新鉱管理機構とガス抜係長問題

だが,萩原吉太郎,林千明そして夕張新鉱の従業員の前に立ち塞ったのはペンケマヤ背斜構 造の中央部に立坑を降ろして採炭しようとする西部区域におけるガス湧出量の多さである。こ うしたペンケマヤ背斜頂部の下に大量のメタン・ガス袋を抱え,さらに北部区域に達するペン ケ7号断層区域に内抱されるガス袋の多さは骨格構造を弱体化させ,坑道掘進を遅らせる原因 となる。ガス山と呼ばれる夕張新鉱でのガス抜き組織が合理的に機能していることは夕張新鉱 の安定供給にとって不可欠な最低限の組織課題である。だが,夕張新鉱のガス抜き組織は保安 課,生産課そして保安監督官の間で職務分担されてガス抜き業務を行っているが,この職務分 担間の連繫不備さが生じると,ガス抜き作業への監督と取締りは手抜きにされ,軽視されるこ とでガス突出災害へ帰結する原因となり,人災への要因ともなる。

すなわち保安監督官は夕張新鉱のガス抜き作業に係わる保安課,生産課と保安監督官の職務 分担間の連繫不備に基因するガス抜き作業の不充分さについて次のように述べる。

「ガス抜き等のチェックについては?。

私の場合,ガス突出警戒区域の巡回では保安計画案に定められている事を守って実施しているが,

活動ガスの状況,局部通気の風管の施設状況,保安設備の完備状態などを点検しており,ガス突出等 のチェックなどわからず実施していなかった。ガス突出予防のために保安計画等に定められて(立法),

それを実行している(行政)のが生産課であり,それを守って実施しているかどうかダブルチェック するのが監督員(司法)と私は考えているので三権分立の形からしてもガス突出予防で実施している 事を定められた通り行っているかどうかチェックするのはよいが,ガス抜き量とかボーリング数が少 ないとか,こうすれ,あゝすれという事は監督員の立場としては越権行為になると思います。」

この保安監督員の証言に見られるように,ガス突出予防の保安計画の立案,実施,チェック の職務間連繫は保安課,生産課と保安監督官の間で職務範囲として相互の取締り,チェックを 定常業務として行なっている。しかし,現場でのガス突出予防の実施,対策,さらにガス抜き の適正作業,ガス抜き量とボーリング数の適否等は実施する生産課のガス抜係長の胸三寸に よって決められ,報告も監督もチェックも保安課と保安監督官の職務範囲外とされている。林 千明社長がガス突出災害の直前に人事移動を行なって,ベテランのガス抜係長を保安監督員に 転出させ,後任に開さく係長を発令する。したがって,ガス山の危険性を認識していれば,こ の人事移動がガス抜きの不備を生じさせる原因の一つとして見なされることになるのは生産課 ガス抜係長のガス抜き作業とガス突出対策への適否をチェックされることのない真空の職場と なっていたことに内在するものとなる。

たことから人々の胸に深く刻まれている事実である。萩原吉太郎が深く悩む所でもあったので あるが,このことは前に述べたところである。ガス山はペンケマヤ背斜中央部(西部区域)と ペンケ7号断層(北部区域)の周辺の複雑な 曲構造の中に蜘蛛の巣の如く張り巡らせている のであり,西部区域の採炭を困難と危険に陥りさせ,撤退を余儀なくさせるのである。夕張新 鉱の−1,000メートルの断層と 曲構造に潜在する炭層メタンガス量は「約 77億立方メート ル」と指定されている(北海道新聞 2016年3月3日付記事)。

⑽ ペンケマヤ背斜中央部の断層と夕張新鉱ガス突出災害

北海道で最も古い歴史を有する幌内炭鉱の地質は典型的な背斜構造を形成し,露頭(地上レ ベル)から漸次深部化し,閉山時に−1,000m に達するのに百年かけて除々にガス抜きしながら 出炭と掘進を繰返すのである。そして,前述したように昭和 50年,つまり 86年目に幌内炭鉱 はガス突出災害に遭遇する。

しかし,図表 42の夕張新鉱は,−1,000m の深部地点で背斜構造を形成することから,この−

1,000m の深部に基幹水平坑道を作るため第一立坑をこの背斜構造の中央部に降すこととな る。しかも,北炭はこの第一立坑周辺の地上ボーリングによるガス調査と断層・ガス抜き検査 を充分に念を入れて行なうことを求められていたが,標準レベルの地上ボーリングの数に終っ ていると言われている。夕張新鉱は第一立坑と第二立坑を地下−950m の深部に据えつける工 事に炭鉱史上初の試みであるが5年をかけ,しかも予算3倍の 278億円をかけて開発される。

この深部での開坑はその後夕張新鉱のガス突出の遠因とされ,あたかも断層とガス風船の真中 に入り込むこととなる。しかも夕張新鉱の鉱員は夕張炭鉱,平和炭鉱,清水沢炭鉱の閉山によっ て集められる混合集団であり,気質も経験・熟練を全く異にする坑夫集団でもある。

−1,000m の地下深部作業はこれら鉱員,技術者,管理者にとって初体験であるため一連の災 害と低出炭に帰結させるが,その最大の原因は盤圧による天盤崩れ,落石,高温,ガス圧,断

(「きけ炭鉱の怒りを」64頁より作成)

× 1 50.7.6 北第 30尺ロング上添ガス突出

× 2 55.8.27 南排気斜坑自然発火

× 3 56.9.8 北第5上段ロング上添坑道崩落

× 4 56.10.16 北第5盤下立入 No.1ガス突出 図表 42 地質断面図

層等による軟炭等に遭遇するからである。とりわけ図表 43のように西部地区は断層の多さと盤 圧による骨格構造の脆弱さのため出炭不振を生じさせる。この出炭不振を解消するため社長林 千明は西部から未開発の北部へ急速掘進を強行するため,請負夫を配置する。このため先行す る掘進坑道とガス抜き作業が追い付かず,ガス抜き検査も表面的にならざるをえなくなる。こ のため,56年 10月 16日夕張新鉱はペンケマヤ背斜中央部−700メートルの北第五盤下立入で ガス抜き作業からガス突出爆発を図表 43のように生じさせる。

썶 林千明と夕張新鉱災害

図表 44のように北炭は幌内炭鉱のガス爆発災害に 126億円,さらに新鉱開発に 278億円と計 404億円の負債を背負い,さらに夕張新鉱の出炭不振により 53年下期当期損益▲9億円,54年 度▲8億円,55年▲ 105億円,56年度▲ 118億円を計上(合計 240億円の損失)して総計▲ 644 億円となる。この結果,北炭は図表 45に示されるように累計▲ 1,175億円の年度末借入残高と なり,債務超過から経営破綻を余儀なくされる。北炭が債務不履行(デフォルト)を免かれて いたのは⑴石炭政策の融資・補助金・補給金と⑵三井企業集団による融資・貸付金等によって いるのである。この意味で昭和 56年 10月 16日ガス突出災害と 93名の殉職は夕張新鉱と北炭 の崩壊を余儀なくさせ,と同時に,北海道経済と石炭政策をも破綻させることになる。

このガス突出災害は政府調査団によって「人災」によるものと結論づけられている。この「人 災」の一つには請負組夫によるガス抜き作業の手抜きとその点検の杜撰さ及びガス抜係長の取 締りの不充分さ等に原因し,ガス抜係長の職務が問われることとなる。

社長林千明は生産課吉田昭一ガス抜係長を保安監督員に転出させ,後任に橘内孝一開さく係 図表 43 夕張新炭鉱炭層深度図

線現場係長の最ベテランであり,勤務態度も厳正であり,技術幹部の一致した推せんにより私 が決定したものである。」と述べる。

もし生産課吉田昭一ガス抜係長が保安監督員として転出されていなかったら,ガス抜作業管 理は厳格に行われ,図表 46のように下請業者の監督を徹底的に行なっていたであろう。橘内孝 一ガス抜係長になってからガス抜下請業者への監督も杜撰となり,ガス抜作業記録の改ざん,

角度,本数,ガス抜量の不足と不備さが事務手続きとして生じている。そしてガス抜不足の人

下/53 54 55 56

安 定 補 給 金 432 883 515 429 坑 道 補 助 金 424 701 784 436

保 安 補 助 金 412 1,109 853 862 1,268 2,693 2,152 1,727 元 本 補 給 金 463 951 959 967

閉 山 損 益 ▲ 2,851

災 害 損 益 ▲ 4,547 ▲ 6,752

集 中 豪 雨 ▲ 70

資産除却損ほか ▲ 45 ▲ 17 ▲ 45 ▲ 1,561 418 934 ▲ 6,484 ▲ 7,416 退 職 給 与 405 725 3,671 1,161 減 価 償 却 費 1,844 3,950 3,611 3,977 元 本 補 給 金 ▲ 463 ▲ 951 ▲ 959 ▲ 967 追 投 一 時 損 金 78 129 79 112

棚 上 金 利 227 456 455 455 貯 炭 評 価 増 減 ▲ 505 395 1,462 ▲ 110 資 産 除 売 却 ● 628 1,116 3,243 4,007 2,214 5,820 11,562 8,635 支 払 手 形 増 減 3,960 ▲ 579 392 149 売 掛 金 増 減 191 ▲ 445 91 433 営業譲渡代金(北炭) ▲ 2,930

会 社 間 貸 借 ▲ 1,409 ▲ 160 3,025 957 労 働 金 庫 66 ▲ 157 599 91 ▲ 126 ▲ 894 267 2,416 ▲ 248 ▲ 2,625 4,374 4,046

社会保険料 1,270 ベア差額 152

地方税 182

所得税 166

預託解除 901 資材・請負 684 電力所譲渡未収 ▲ 843

その他 96

図表 44 夕張新鉱昭和 53年下期〜56年損益・借入金

(単位 金額 百万円,トン当り 円)

No

備考

下/53期 54年度 55年度 56年度

(日産) (トン)

炭(千トン)

(4,882)

上期 737

(4,929)

1,470

(3,251)

874

(2,264)

688 員(実働)(人) 2,385 2,213 1,839 1,568 能率(〃)(トン/人/月) 51.5 55.4 39.6 36.6 12,842 25,516 18,241 13,773

1,972 4,017 2,883 2,287 (トン当り)

(16,867)

10,870

(16,775)

21,499

(18,352)

15,358

(18,097)

11,486 (トン当り)

(18,663)

12,027

(18,160)

23,274

(22,006)

18,415

(23,265)

14,766

一 般 管 理 費 115 90 106 80

808 1,966 2,201 2,026 営 業 外 損 益 544 647 828 811 (トン当り)

(20,938)

13,494

(20,269)

25,977

(25,751)

21,550

(27,860)

17,683

(トン当り)

(1,967)

1,268

(2,101)

2,693

(2,572)

2,152

(2,720)

1,727 ①

(トン当り)

(▲ 2,104)

▲ 1,356

(▲ 1,393)

▲ 1,785

(▲ 4,827)

▲ 4,040

(▲ 7,044)

▲ 4,470 418 934 ▲ 6,484 ▲ 7,416 ②

当期損益 ▲ 938 ▲ 851▲ 10,524▲ 11,886 損益に含まれる資金不要 2,214 5,820 11,562 8,635 ③ 1,276 4,969 1,038 ▲ 3,251

▲ 1,480 ▲ 2,687 ▲ 3,370 ▲ 2,020 退職金・社内預金 ▲ 936 ▲ 1,337 ▲ 2,475 ▲ 377

▲ 248 ▲ 2,325 4,374 4,046 ④ ▲ 2,664 ▲ 6,349 ▲ 1,471 1,649 ▲ 1,388 ▲ 1,380 ▲ 433 ▲ 1,602 2,075 2,308 2,039 3,379

634 991 1,537 1,541

1,441 1,317 502 1,838

53 ▲ 63 69 236

記事 4/30

清 水 沢 炭 鉱 閉山 8/27 自 然 発 火 災

10/16 ガ ス 突 出 災 害 事 故 93名 殉職 12/15 会 社 更 生 法 申立 1/23 清 水 沢 電 力 所 を 真 谷 地 へ譲渡 譲渡額 1,844

(北炭・夕張新鉱社内資料より作成)

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