奴隷に ならないで
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モ ー ニ ン モ ー ニ ン
午前4時半に起きてセミナリーに出席するのです。
わたしはまだ教会員でもありませんでした。
しかし,セミナリーを通して失うものは何もなく,
反対に非常に多くのものを得たのです。
写真/クリスティーナ・スミス
アイザック・コフィ・モリソン
歳のとき,わたしは家を出て,学費 を援助してくれていたおじとおばの もとで暮らすことになりました。ガー ナのセコンディにある二人の家に着 いたとき,わたしはすぐに,この家族の不思議 なところに気がつきました。おじたちは朝晩 ともに祈り,月曜日の夕べには家族の集いを 行っていたのです。その集いを通して,家族 一人一人が自分は愛され,感謝されていると 感じているようでした。わたしはほかの宗教 の活発な会員であったにもかかわらず,おじ たちの宗教について知りたいと思うようにな りました。
おじのサーフォに教会について尋ねると,
教会の教えについてたくさん説明してくれま した。信じた教えもありましたが,理解できな いものもありました。
次におじは,わたしが福音を学 べるように宣教師に依頼し,
わたしは6課すべ ての福音レッ スンを 受 け
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ました。しかし,宣教 師 が バ プテスマ を受けるように勧め たときには,モルモ ン書に対する証あかし
がな かったため,断りまし た 。モル モン 書 は 読 むのも理解するのも 難しい本でした。
わたしはおばのエ ベリンとおじのサー フォを 喜 ば す た め に,聖餐
せいさん
会に出席す ミナリーを
通して,モ ルモン書は ずっと読み やすく,そして理解しや すくなりました。わたし はすぐに,この書物が 真実であるという個人 的な証あかしを得たのです。
セ セ
ル ル グ グ
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/ 22 00 00 33 年年 22 月月 号号
コ コ ー ー
るようになっていました。そこで二人 はわたしに,2週間後に始まる早 朝セミナリーに登録するよう勧
めたのです。
わたしにとって,午前4時 半に目を覚ますことは簡単 なことではありませんでし た。しかし,セミナリー教 師のソロモン・アグボがわ たしに会いに来て,出席する よう励ましてくれました。わ たしのことをすでに気にか けてくれているようでした。
わたしはセミナリーに行 くことに決めました。そし て,決心したからには一 日も休まないと心に誓った のです。コースの課題はモ ルモン書だったので,モル モン書の証が得られるか試 してみたいと思いました。
セミナリーでモルモン書を学び始めると,十二使徒定員会 のパーリー・P・プラット長老(1807−1857年)が初めてモル モン書と出会ったときと同じ気持ちを味わいました。プラッ ト長老は次のように記しています。「わたしは心を弾ませな がら本を開き,タイトルページを読んだ。それからその発見 と翻訳に関する数人の証を読んだ。その後で順に内容を読 んでいった。わたしは一日中読み続けた。食事も煩わしか った。食欲がなかったのだ。夜になると眠ることさえおっく うだった。眠るよりも読み続けたいと思ったからである。」
(Autobiography of ParleP. Pratty〔1985年〕,18)
読み進める中で,主の御霊
み た ま
が,モルモン書は確かにイエ ス・キリストのもう一つの証であることを証してくれました。
セミナリーを通して,モルモン書は大変に読みやすくなりま した。難しくて理解できないときはいつでも教師が助けてく れました。わたしはモルモン書が「この世で最も正確な書物 であり,……人はその教えを守ることにより,ほかのどの書 物にも増して神に近づくことができる」という証を得ました
(ジョセフ・スミス,Teaching of the Prophet Joseph Smith, ジョセフ・フィールデング・スミス選〔1976年〕,194)。
わたしは1995年3月5日にバプテスマを受けました。そして 21歳になるころには自分自身がセミナリーの教師となってい ました。人生を変えたこの書物が神聖であ り,真実であることをほかの人々が知る ことができるように助けていたのです。
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アイザック・コフィ・モリソンはナイジェリア・ウヨ伝道部の専 任宣教師です。
ン
タ
ルメージ長老は22年間にわたっ て使徒として働き,教会のために2 冊の書物,『キリスト・イエス』『信 仰箇条の研究』(The Articles of Faith)を 著しました。これらの書物は今こん
日
にち
において も広く用いられています。タルメージ長老 はさらに,1914年1月初めに福音の原則を 教えてくれる個人的な経験を基にしたたと えや話をシリーズで出版しました。それら の話の中から選りすぐりのものを以下に3 つ紹介します。