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月 4 日に「大会メッセージ」(The Message of the Assembly)が採択されて閉 会した。最後に代議員たちは西教会(Wester kerk)で礼拝をささげ,二週間に及んだ大

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3 章

最終日の 9 月 4 日に「大会メッセージ」(The Message of the Assembly)が採択されて閉 会した。最後に代議員たちは西教会(Wester kerk)で礼拝をささげ,二週間に及んだ大

会は閉幕した。

バルトは大会に積極的に参加した。何より大会

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日目の午後の本会議(8 月

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日),彼 は二人のメイン・スピーカーの一人として(他は

C・H・ドッド)最初に開会講演を行っ

たし,準備段階からメンバーとして加わっていた第一分科会(「神の救済計画における普 遍的教会」)の協議に参加し,教会一致のための報告の作成に至るまで深く関与した。そ のほか午後にはフィセルト・ホーフト夫人ヘンリエッテの参加した「教会における女性の 生活と働き」委員会に加わった

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。大会期間中に開かれた(9 月

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日)改革派の特別集会に も参加し短い話しをしている。大会が終わって

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月バーゼルのマルティン教会でのスピー チで自らを「《エキュメニカー》なる新改宗者」

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と紹介したように,バルトが大会に深い

73 Vgl., J. Moltmann, Henriette Visser’t Hooft und Karl Barth, in : L.Schottroff und J. Thiele (hg.), Fest-schrift für Dorothee Sölle, 1989.

74 「私が世界教会の会議に──こうした企てを遠くから批判的に眺めることをせず──協力し,終 わってからも喜んでそれを振り返って見るなどということは,以前なら夢にも考えられないことだっ たでしょう。……つまり私はここで《エキュメニカー》という新改宗者として話しているのです」。K.

Barth, Eindrücke von Amsterdam, in : Amsterdamer Fragen und Antworten, TEH, NF 15, 1949, S.20.

感銘を受けたことは間違いない

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以下われわれは,はじめにバルトの開会講演を検討し,その上でこの大会でセンセーショ ナルなほどに人々の注目を引くことになった第

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分科会でのダレスとフロマートカの対論 を取り上げ,それとの関連でバルトの立場をさらに明確にしたい。大会期間中の改革派の 集会でのスピーチは,次項「アムステルダムの余韻」でヴィプキンゲン講演『スイス改革 派教会におけるエキュメニカルな課題』(1949 年

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月)を取り上げるさい言及されるであ ろう。

a. 開会講演「世界の混乱と神の救いの計画」

バルトはこの講演における自らの「課題」を,主題を巡って何か特別な神学的構想を展 開することではなく,バルト自身も称賛した巧妙な組織による準備作業を振り返り,準備 資料に目を通したさいに心に浮かんだ「全体に対するいくらかの意見」を述べて協議の導 入とするところにあるとした

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講演全体は三つに区分されるであろう。三つの問題領域が扱われる。第一に「世界の無 秩序と神の救済計画」という表題の順序を巡る問題提起,第二に,神の救済計画と教会の 使命の関係,そして第三に,四つの分科会それぞれについてバルトの考えるこれから始ま る協議のポイントである。

はじめにバルトは大胆にも主題の順序を逆にして考察しまた論じてはならないかと問題 を提起する。というのも彼によれば,われわれは聖書から,「まず神の国と神の義とを求 めなさい。そうすれば,これらのものは,すべて添えて与えられる」という言葉を読むか らである。「神の『救済計画』は,上に

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ある。しかし,世界の無秩序も,またこの無秩序 の原因についてのわれわれの考えも,この無秩序を克服するためのわれわれの提案や計画 も,それらすべてのものは,下に

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ある。それらすべてのものが(われわれの教会的存在を も含めてのことであるが)どのような意義を持っているかということは,もしそれが認め られ理解されるとすれば,ただ上からだけであり,ただ神の救済計画に基づいてだけであ る」

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。この上から下へ,これこそが「われわれに命ぜられたリアリズム──キリスト教的

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リアリズム」

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にほかならない

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75「アムステルダム1948年はカール・バルトとエキュメニカル運動との間の諸関係の歴史における 転換点であった」。W.A. Visser’t Hooft, Karl Barth und die Ökumenische Bewegung, ibid., S.19.

76 Barth, Unordnung, S.3. ; Ders., Eindrücke, S.20.

77 Barth, Unordnung S.3.

78 Ibid., S.4.

79 K・ホフマンは,このバルトの主要な主張を,バルトが遂行してきた神学の「パラダイム転換」

の延長線上に理解し,とりわけ開会講演の背景として1933年の講演「神学の公理としての第一戒」

次にバルトは最初の批判的問題提起をさらに推し進め,神の救済計画と教会の使命との 関係について語る。というのも主題には「解釈学的誤解」が含まれているだけでなく「教 会論的誤解」も含まれるからである

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。彼によれば,キリストの体なる教会という聖書的 概念から教会が受肉の継続であるというような聖書的でない誤った言い方が──ローマ・

カトリック教会において──なされてきた。しかしもしそのようなことであれば「父なる 神の右におけるイエス ・ キリストの支配は,またしたがって神の摂理の働きは,いわばキ リスト教界の管理に移行したということになるであろう」

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。してみればバルトが最初に提 起した疑念が教会論の領域でも当てはまるということになる。「神の救済計画」というこ とによって「キリスト教的マーシャル・プラン」のようなものが考えられるということに なりかねないからである。しかしバルトによれば,「キリストのからだは,ただまったく 彼らに対して完全に現臨したもうが同時に完全に彼らの上にいますあの方に基づいてだけ 生き,あの方によってだけ生き,あの方に向かってだけ生きる」

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。それゆえ教会は希望と 信頼のすべてを「ただ彼ご自身に」かけなければならない。かくてバルトは言う,「私が 次のように言う場合に,すなわち,われわれは,この会議のこの最初の日に,教会と世界 のための憂慮がわれわれ自身の憂慮でなければならないかのように考える考え方を背負っ ているとすれば,われわれは,何事も達成しないであろうし,教会と世界における無秩序 を,いよいよ増大するより他はないであろうと言う場合に,われわれがこの大会に集合す るに当たって懐いている真剣さと善意と期待を,決して弱めようとするのではなくて,む しろそれをその正しい基礎の上に置こうとするのである」

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と。

かくてわれわれはここに共に一つの群れ(Gemeinde)として集まって,「あなたの道を 主にゆだねよ。主に信頼せよ,主はそれをなしとげたもう」(詩篇

37・5)という御言葉

に従うとき与えられる「自由の証明」,「霊的自由の態度」とはいかなるものとなるのであ ろうか── 「霊的自由の態度」とはバルト自身の説明によれば「神にだけ寄り頼んで,人 間に寄り頼まず,まして自分自身に寄り頼んだり,何らかのキリスト教的企てに寄り頼ん だりしないという態度である」

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。これらのことを最後にバルトは,大会の四つの部門(分 科会)ごとに語ることになる。

を挙げている。Klaus Hoffmann, Ibid., S.109.

80 T. Herwig, Karl Barth und die Ökumenische Bewegung, S.157f.

81 Barth, Unordnung, S.3-4.

82 Ibid., S.5.

83 Ibid., S.6.

84 Ibid., S.8.

第一部門(「神の救済計画における普遍的教会」)が問うているのは,要するに教会の一

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