表26 慢性PTEの外科的治療に関する推奨と エビデンスレベル
推奨 クラス
エビデンス レベル 中枢型CTEPHに対し,超低体温循環停
止法下のPEAを行う.
Ⅰ C
末梢型CTEPHに対し,超低体温循環停
止法下のPEAを行う.
Ⅱa C
PEAやBPAの対象とならないCTEPHに
対して肺・心肺移植を行う.
Ⅱb C
CTEPH
の外科的治療は,1960
年代に海外から報告され ており,わが国では1986
年の中島らによる非体外循環下の 側開胸到達によるものが最初である408).一方,現在のCTEPH
に対するPEA
は,1970
年代にカリフォルニア大学 サンディエゴ校(UCSD
)において開発され,体外循環(ECC
) および超低体温循環停止(DHCA
)を用いて両側肺動脈内 血栓・肥厚内膜を同時に摘除するものである366, 409-411).わ が国では1990
年代に入って臨床導入され368, 412, 413),現在に至るまで
CTEPH
に対する唯一の根治的治療法である.日本胸部外科学会の年次報告によると,手術件数は毎年
50
人前後で,2014
年度には61
人に施行され,入院死亡率は9.8
%と報告されている414).慢性肺動脈血栓塞栓症,とく に外科的治療が検討される症例のほとんどが肺高血圧症を伴っており,本項では
CTEPH
に対するPEA
に関する手術 適応,術式,および成績について記載する.3.2.1
PEA
a. PEAの適応 i. 適応基準①
UCSD
による従来のPEA
適応基準366)症状や心エコー検査,胸部造影
CT
検査,肺換気-
血流 シンチグラムなどに加え,肺動脈造影(PAG
)および右心 カテーテル検査を行って決定する.•
平均肺動脈圧(mPAP
)≧30 mmHg
,PVR
≧300 dynes·
秒
·cm
−5• NYHA/WHO
機能分類≧III
度•
肺動脈病変の中枢端が外科的に到達しうる部位にあること•
重篤な合併症(併存疾患)がないこと②
ESC
による最新のPEA
適応基準(2015
年)361)以下の追加基準があり,成績向上とともに
PEA
の適応は 徐々に拡大されている.• NYHA/WHO
機能分類≧III
度に加え,II
度も適応とする•
区域肺動脈レベルの末梢病変であっても,外科的に到達可能であれば適応とする
•
高齢,PVR
高値や右室機能不全は,PEA
の適応除外要 因とはならないii. 肺動脈病変の局在(形態)
CTEPH
は形態学的に,以下の2
つに分類される.•
中枢型:
肺動脈本幹から肺葉・区域動脈に病変を認める (図11A)
•
末梢型:
区域動脈よりも末梢の,小動脈の病変が主体である(図11B)
手術適応検討
BPA(I,C)
肺高血圧残存 肺高血圧残存
肺動脈内膜摘除術(I,C) 血管拡張療法(I,B)
肺移植(IIb,C)
(専門施設への紹介)
適応なし
重症例 適応あり
抗凝固療法(I,C)
酸素療法(IIa,C)
CTEPH の確定診断
図10 CTEPHの治療アルゴリズム(推奨クラス,エビデンスレベル)
図11 手術により摘出されたCTEPH患者の肺動脈内膜 A 中枢型CTEPH患者の肺動脈内膜
B 末梢型CTEPH患者の肺動脈内膜
•
レベル0
:CTEPH
病変を認めない•
レベルI
:左右の主肺動脈から病変が存在する(レベル
IC
:片側主肺動脈完全閉塞を伴う,C
;complete
の略)•
レベルII
:葉動脈(上葉枝分岐の末梢)から病変が存在 する•
レベルIII
:区域動脈から病変が存在する•
レベルIV
:亜区域動脈に病変が存在する iii. 肺高血圧症,右心機能,その他手術死亡の危険因子として,かつては
PVR
≧1,100 dynes·
秒·cm
−5,mPAP
≧50 mmHg
が挙げられたが417, 418), 最近ではmPAP
,PVR
ともにPEA
の適応基準の上限値と して定められた値はない361).また,右室は拡大かつ肥大し 壁運動も低下しているが,PEA
により肺高血圧症が改善す れば縮小し,壁運動も改善する419).その結果,三尖弁の接 合が回復して三尖弁閉鎖不全も改善する420, 421).また,右室 機能障害はPEA
の適応除外の要因にはならない361).高齢者 では心肺機能が低下し,呼吸機能の低下,ほかの併存疾患 なども加わることから,高齢はPEA
の早期死亡の危険因子 の1
つとなりうる369, 422).しかしながら,最近の高齢者に対 するPEA
の成績に極端な悪化はみられず,欧州心臓病学会(
ESC
)/
欧州呼吸器学会(ERS
)の肺高血圧症診断・治療ガ イドライン2015
でも,高齢者に対するPEA
が容認されてい る361).再手術例423),小児例424),ほかの心疾患に対する併 施手術例425)などにおけるPEA
の成績も比較的良好である b. PEAの手術手技i. 術前処置
•
抗凝固療法:
数日前にワルファリンからヘパリンの持続 点滴へ変更する.• IVC
フィルター:
以前はルーチンとされていたが,重症 のDVT
の合併がなければ,最近は使用しない.•
術前薬物治療:
重症肺高血圧症例に対しては,プロスタ サイクリン(PGI
2)の持続点滴426)や薬物治療427)により 肺高血圧症の緩和を図る.ii. 麻酔
重症例では麻酔導入時の低血圧に注意する.
•
肺出血に対応するため,ダブルルーメン・気管チューブ を用いて気道を確保する.•
中心静脈ラインとSwan-Ganz
カテーテルを挿入する.iii. PEA手術手技 366, 411)
•
到達:
胸骨正中切開下に到達する.• ECC
確立・全身冷却:
ヘパリン投与後,上行大動脈送血,上大静脈(
SVC
)・IVC
脱血でECC
を確立する.左房も しくは左室ベントおよび肺動脈ベントを挿入後,鼻咽頭・鼓膜温
18˚C
へ全身冷却する.頭部を局所冷却する.さらに,
UCSD
は以下のとおり,PEA
標本に基づく詳細 な分類を提唱している415).• I
型 :主肺動脈や葉間動脈に新鮮血栓を認めるもの• II
型:器質化血栓の有無に関わらず,区域動脈の中枢側に内膜肥厚,線維化組織を認めるもの
• III
型:器質化血栓の有無に関わらず,遠位側区域動脈 に限局して内膜肥厚や線維化組織を認めるもの• IV
型:肉眼的な血栓塞栓病変のない,より末梢の細動脈の病変を認めるもの
I
・II
型が中枢型に該当し,PEA
のよい適応となるが,III
・IV
型は末梢型で,その限りではない361, 369, 404, 411, 415).UCSD
の症例の8
割以上が中枢型である(I
型37.4
%,II
型49.0
%,III
型12.0
%,IV
型1.6
%)404)のと対照的に,わが 国のCTEPH
はPTE
の既往がはっきりせず,中枢病変が少 なく末梢病変が多いため,PEA
が困難な傾向にある369). この末梢病変に対するPEA
に関しては,最近になってUCSD
でも検討されており,1999
〜2001
年にPEA
を施行 した1,500
人のうち最初の1,000
人中,III
型は13.1
%であっ たのに対し,それ以降の500
人では21.4
%まで増加したに も関わらず成績の悪化を認めなかったことから,末梢型へ のPEA
を勧告している404).さらに最近,新たな手術分類(レベル分類)が発表され た416).これは新鮮血栓の有無にかかわらず,主病変の局 在によって,
PEA
の困難度の観点から分類したものである.•
右房切開:
心房中隔欠損や卵円孔開存があれば閉鎖する.三尖弁の性状も確認する.
•
右側PEA
:剥離面の決定がもっとも重要となる.深いと 外膜損傷につながり,致死的な肺・気道出血の原因とな る.SVC
と上行大動脈のあいだに開創器をかけ,右肺動 脈の前面中央を縦切開する.血栓があれば取り除き,剥 離層を見つける.上行大動脈を遮断し心筋保護液を注入 する.18˚C
でDHCA
として,Jamieson
剥離子を用いて 区域・亜区域動脈に向けPEA
を行う.15
分間のDHCA
と10
分間の全身灌流再開を繰り返す.肺動脈を二重に 縫合閉鎖する.•
左側PEA
:左PA
を肺動脈幹より心膜翻転部まで縦切開 する.右側同様にPEA
を行う.復温を開始し,左肺動 脈を二重に閉鎖する.•
追加手術:
他の心臓手術を要する場合には復温中に施行 する.• ECC
離脱:
肺血流が再開する前に呼気終末陽圧(PEEP
)10 cmH
2O
を開始し,肺の再灌流障害を防ぐ.復温終了 後にECC
から慎重に離脱する.•
その他:
重篤な遺残肺高血圧症や気道出血の場合は経皮 的心肺補助(PCPS
)/
体外膜型人工肺(ECMO
)を装着 する.併せて大動脈内バルーンパンピング(IABP
)を挿 入すれば,拍動流の維持も可能で血行動態が改善する.iv. 術中・術後管理
•
循環管理:
右心機能の低下を認める場合にはドパミン・ドブタミンを併用するが,通常は
0.1
〜0.5
γと多めのノ ルエピネフリンを中心に体血圧≧80 mmHg
を目安に管 理する.心係数2 L/
分/m
2前後のことが多いが,尿量が 確保されていれば十分である.遺残肺高血圧症に対して は,一酸化窒素(NO
)吸入で対応する.•
呼 吸 管 理: ICU
入 室 後,半 日 は 鎮 静 下 にPEEP 10 cmH
2O
の人工呼吸管理とする.この間に強制利尿を図 り,肺の再灌流障害やECC
やDHCA
の影響を取り除く と,徐々に肺高血圧症の改善がみられ,通常は24
時間 以内に抜管が可能となる.•
抗凝固療法:
術後第1
病日より未分画ヘパリンの持続点 滴を開始し,ワルファリンの経口投与へ移行する.•
術後リハビリテーション: ICU
退出後は一般病棟で徐々 に離床を進め,2
週間程度のリハビリテーションを行っ てから退院となる.酸素療法からは緩徐に離脱を図る.c. PEAの成績 i. 早期成績
適応基準の確立や手技・周術期管理の向上,経験の蓄 積などによって,
PEA
の成績は向上している.UCSD
では,直近の
500
人の死亡率は2.2
%ときわめて良好であり404),国際レジストリー研究やほかの施設においても
5
%程度428, 429), 日本胸部外科学会の報告(2014
年度)でも9.8
%であった414). 早期死亡の危険因子として,海外からは,長時間ECC
とPVR
高 値366),術 前のmPAP
>50 mmHg
とPVR
>1,100 dynes·
秒·cm
−5417),高齢,右房圧,
NYHA
,病変を伴う 肺動脈分枝の数,術前の低酸素血症422, 430)などが挙げられ ている.わが国からは,高齢(≧60
歳),2000
年以前の手 術369),PVR
≧1,052 dynes·
秒·cm
−5431)などが早期死亡の 危険因子とされている.また,術後遺残肺高血圧症(
PVR
≧
400 dynes·
秒·cm
−5)が16.0
〜33.7
%369, 422,432)に認めら れ,その危険因子は,高齢,右房圧,女性,再開通されて いない分枝が多い場合,末梢病変などであった.ii. 遠隔成績
遠隔生存率は,
UCSD
の1,410
人では5
年82
%,10
年75
%404),英国Papworth
病院の229
人では3
年94
%,5
年92.5
%,10
年88.3
%432),国内では,国立循環器病研究セン ターの130
人で5
年95.2
%,7
年93.3
%,千葉大学の77
人 で5
年84
%,10
年82
%370)など,良好な成績が得られてい る.遠隔死亡の危険因子は,術後遺残肺高血圧症,および 術後NYHA/WHO
機能分類III/IV
度であった.さらに,2.5
〜
4.6
%の割合でCTEPH
の再発が認められている428, 432). 3.2.2肺移植
もう
1
つの外科的治療として肺・心肺移植がある.ただ,PEA
の遠隔成績と比較すると,肺・心肺移植の遠隔成績は 劣っており,また,免疫抑制剤やドナー不足の問題から,肺移植の適応は限られている361).