第 4 章 行列の基本変形 30
4.2 基本行列
(i, j)-成分が 1 である他は全ての成分が0 である n 次正方行列をEij(n)∈ Mn(K)と書いて,特殊な形の正方行列を定義する.まず,0でない定数λ∈K
4.2.基本行列 33
と 1≤i≤nに対して
Ei(n)(λ) =In+ (1−λ)Eii(n)
=
1 . .
0
. 1
λ · · · · ·
1 . ..
0
1
(i行目
とおく.対角成分以外は全て0 であり,対角成分は(i, i)-成分がλである以 外は全て1 である n次正方行列である.一方,定数λ∈K と 1≤i, j ≤n (i̸=j)に対して
Eij(n)(λ) =In+λEij
=
1 ·
. .. ...
1 · · · λ · · · · . .. ...
1 · · · · . ..
1
(i (j
とおく.対角成分が全て1で(i, j)-成分がλである以外は全ての成分が0の 行列である.これらの行列Ei(n)(λ)及びEij(n)(λ)をn次基本行列と呼ぶ.
detEi(n)(λ) =λ, detEij(n)(λ) = 1 だから,基本行列は正則行列である.更に
E(n)i (λ)Ei(n)(µ) =Ei(n)(λµ), Eij(n)(λ)Eij(n)(µ) =Eij(n)(λµ) であって,Ei(n)(1) =E(n)ij (0) =In は単位行列だから,
Ei(n)(λ)−1=Ei(n)(λ−1), Eij(n)(λ)−1=Eij(n)(−λ)
である.即ち,基本行列の逆行列も基本行列である.次の定理が示すように,
基本行列と基本変形には密接な関係がある;
定理 4.2.1 (m, n)-行列A∈Mm,n(K)に対して
1) 0でない定数λ∈K に対して
Ei(m)(λ)A=行列Aの第i行をλ倍した行列, AEi(n)(λ) =行列Aの第i列をλ倍した行列 である.
2) 定数λ∈Kに対して
Eij(m)(λ)A=行列Aの第i行に第j 行のλ倍を加えた行列, AE(n)ij (λ) =行列Aの第j 列に第i列のλ倍を加えた行列 となる.即ち,行列 Aに対する基本変形は基本行列を Aの左右から掛ける ことにより実現される.
[証明] 夫々の行列の積を実行してみればすぐに分かる.各自で確かめてほし い.
ここで,行列の階数及び基本行列を用いて,正則行列の次のような特徴づ けが得られる;
定理 4.2.2 n次正方行列A∈Mn(K)に対して次の三命題は同値である;
1) Aは正則行列である,
2) detA̸= 0,
3) rank(A) =nである,
4) Aは幾つかの基本行列の積である.
[証明] 1) ⇔ 2) K は体だから,K の可逆元とは0 でない元のことである.
よって定理3.4.3より,Aが正則行列であることとdetA̸= 0は同値である.
4)⇒1)基本行列は正則行列だから,その積も正則行列である.
1)⇒ 3)Aが正則行列ならば,K は体だから,定理3.4.3よりdetA̸= 0 である.よって定理 4.1.2よりrank(A) =nとなる.
3)⇒4) rank(A) =nとすると,Aに基本変形を繰り返して,単位行列In
に変形出来る.定理4.2.1から,基本変形は基本行列を左右から掛けること により実現されるから,適当な基本行列P1,· · ·, Pr,Q1,· · · , Qs をとって
P1· · ·PrAQ1· · ·Qs=In
となることを意味する.左からP1,· · ·, Prの逆行列を掛け,右からQs,· · ·, Q1
の逆行列を掛ければ
A=Pr−1· · ·P1−1Q−s1· · ·Q−11
4.2.基本行列 35 となるが,基本行列の逆行列は基本行列なのだから,これはAが幾つかの基 本行列の積であることを意味する.
基本行列は行列の基本変形を実現する行列という意味で基本的な行列であ るが,その積によって全ての正則行列を生み出すという意味でも基本的な行 列であると言える.
定理4.1.1,定理4.2.1及び定理4.2.2から,次の系が示される;
系 4.2.3 (m, n)行列A, B∈Mm,n(K)に対して次は同値である;
1) rank(A) = rank(B),
2) Aに基本変形を繰り返し行ってB に変形できる,
3) P AQ=B なるm次正則行列P とn次正則行列Qが存在する.
特に
系 4.2.4 (m, n)-行列A∈ Mm,n(K)に対して,rank(A) =r であるための 必要十分条件は
P AQ= [Ir 0
0 0 ]
なるm次正則行列P とn次正則行列Qが存在することである.
系4.2.3にあるように,(m, n)行列A, B∈Mm.n(K)に対して,rank(A) =
rank(B) ならばB = P AQ なる正則行列 P, Q が存在するが,このような
P, Qを具体的に求めるにはどうすれば良いだろうか.m+n次正方行列の次 の様な計算に注目しよう;
[
P 0
0 In
] [ A 1m In 0
] [
Q 0
0 Im
]
= [
P AQ P
Q 0
]
= [
B P
Q 0 ]
.
ここで [
P 0
0 In ]
と [
Q 0
0 Im ]
はともにm+n次正則行列であるが,これを 左右から掛けることは,基本変形の言葉で表現すれば,m+n次正方行列
[ A Im
In 0 ]
(4.4) の最初のm行と最初のn列のみに基本変形を繰り返し行うことである.こ れをまとめて述べれば,次の命題が得られる;
命題 4.2.5 (m, n)行列A, B∈Mm,n(K)に対して,Aに基本変形を繰り返 し行ってB に変形出来るとき,Aに単位行列を追加して拡大したm+n次
正方行列(4.4)の最初のm行と最初のn列のみに基本変形を繰り返し行って
[
B P
Q 0 ]
なる行列に変形できる.このときP, Q はそれぞれm次,n次の正則行列で B =P AQとなる.