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岩佐光啓、壁谷英幸、中谷郁也 帯広畜産大学畜産生命科学研究部門

昆虫学研究室

はじめに

2011年3月11日に発生した東日本大震災によって起きた福島第一原子力発電所の事故により福島 県を中心に大量の放射性物質が環境中に放出された。とくに放出量の大部分を占めるセシウムによる 野生生物への汚染に関しては、イノシシ(小寺・竹田, 2013)、二ホンジカ (堀野, 2013)、ミミズ(Hasegawa et al. 2013)の体内や筋肉中への蓄積についての報告がある。また、節足動物では、セシウムによると みられるシジミチョウ (Hiyama et al. 2012; Nohara et al., 2014) やアブラムシ (Akimoto, 2014)の奇形発 現、また河川の水生昆虫 (Yoshimura and Akama, 2013)、イナゴ(三橋ら、2013)、クモ類 (Ayabe et al.

2014)の汚染に関して報告されてきた。

畜産領域における研究では、家畜の血液、内臓、筋肉のセシウム汚染に関する報告がある(荻野ら, 2012;Yamada et al., 2012; Yamaguchi et al., 2012; Fukuda et al., 2013; Okada et al., 2013; 荻野ら, 2012)。

しかし、畜産現場の周辺環境における放射能汚染の実態や家畜の排せつ物を利用する昆虫類への移 行や蓄積についてはまだ知られていない。そこで本研究では、福島第一原子力発電所 14 ㎞地点の牧 場と周辺環境におけるセシウムの動態と糞食性昆虫への移行・蓄積および影響について明らかにする ことを目的とした。

材料と方法 1.調査地と調査期間

調査は、福島第一原発から14km地点の場所に位置する浪江町の「希望の牧場・ふくしま」で、2013 年3月~9月の期間に以下の日程において、各月ごとに3日間、計12日間行った。2013年6月22日 -24日; 7月27日-29日; 8月17-19日; 9月13日-15日.

2. 土壌、牧草、餌および牛糞の採取

対象昆虫周辺の環境において、空間線量率、牧草地、サイレージ、土壌、牛糞の放射線量を計測す るために以下の要領でサンプルを採取した。

土壌は、牧草地内において空間線量を計測した場所近辺で3ヵ所から表面5㎝あたりの物を500ml になるように採取した。

牧草は、ノシバとシロクローバーを1対1で混合したサンプルを毎月採取した。ノシバとシロクロ ーバーによる線量率の違いを調査するため、7月よりシロクローバー500 ml、ノシバ500 mlを別々に 採取した。土壌や別の物質が入り込まないように、群生しているところから根は取らず茎までを採取 した。

餌として牛に与えられているサイレージは、蔵王市、二本松、茨城県から放射性セシウムが蓄積さ れている疑いがあるために放棄されたサイレージで、それぞれ1サンプルが 500 ml以上になるよう に、毎月3サンプルずつ採取した(9月のみ4サンプル)採取した。

牛糞は、排泄後1-2日経過したハエや他の昆虫が発生していない牛糞を採取した。これらのサンプ

ルはすべてポリ袋に入れ持ち帰った。

3. 牛糞を利用する糞食性昆虫の採集と線量計測のための試料作成

糞食性昆虫のマグソコガネ、カドマルエンマコガネ、ノイエバエを対象に見つけ採り法により採集 した。マグソコガネとカドマルエンマコガネは、牛糞内から採集し、ノイエバエは、補虫網を使って 牛に寄生している個体を採集した。対照昆虫として、マグソコガネを帯広畜産大学フィールド科学セ ンターにて6月~11月の間に見つけ取り法により採集した。採集した昆虫は、小型粉砕機で粉砕した 後、90 mlにして線量計測の試料とした。

4.放射性セシウム濃度がキタミドリイエバエ幼虫の発育に及ぼす影響

調査地で採取した汚染牛糞は、供試する前にサンプルごとに放射性セシウム濃度を計測し、飼育に 利用した。供試したキタミドリイエバの卵は、北海道帯広市の八千代牧場で、放射性物質による汚染 のないホルスタイン牛から排泄された 1-2 日目の牛糞からを採集した。採集した卵は、プラカップ (8×4㎝)内の調査地(浪江)と対照区 (帯広)の牛糞を60g入れ、牛糞上に卵30個ずつ接種した。その 後インキュベーター内 (25℃ 16L8D)で飼育し、羽化率を調べた。

5. 空間線量および採集サンプルの放射性セシウムの測定

空間線量は、6月~9月の間、環境放射線モニタ (HORIBA PA-1000 Radi)によって、牧草地内の3か 所で1回1分間の測定を5回行った。

牧草、サイレージおよび牛糞は、NaI シンチレーションカウンター(Becquerel-Monitor LB 200,

BERTHOLD)によって測定した。土壌は、NaIシンチレーションカウンター(EMF211型γ 線スペクト

ロメータ, EMFジャパン)を用いて測定した。昆虫 (マグソコガネ、カドマルエンマコガネ、ノイエバ エおよびキタミドリイエバエ)は、ゲルマニウム半導体検出器(GEM 20-70, Ortec)を用いて測定した。

結 果

1.周辺環境および各サンプルの放射性セシウム濃度

調査地の空間線量は、5.52 µSv/h±0.44であった。 牧草地の土壌と牧草のセシウム濃度はそれぞ れ、29,012.57 Bq kg-1 (18,387~51,863)、11,757 Bq kg-1 (5,882~27,096)と高い値を示した。牧草のセシ ウム濃度は、7月から9月にかけて、ノシバとシロクローバーで測定を分けた結果、ノシバで5,237

Bq kg-1、シロクローバーで22,309 Bq kg-1であった。サイレージのセシウム濃度は、13サンプル中、

10サンプルが検出限界以下となったため、値が出た3サンプルの平均は2,665 Bq kg-1 (1,459~3,966) となった。牛糞のセシウム濃度は、20サンプルの平均で2,348 Bq kg-1 (範囲600~5,382 Bq kg-1)であ った。

2. 採集された糞食性昆虫の種類と個体数

採集した糞食性昆虫のマグソコガネとカドマルエンマコガネは、それぞれ6,900 個体と1,018個体 であった。ノイエバエの採集個体数は、合計1,559個体だった。キタミドリイエバエの採集個体数は、

3,807個体で、その内訳は帯広の牛糞で飼育した個体は1,664個体、調査地(浪江)の牛糞で飼育した

個体は2,143個体だった。

3.牛糞を利用する糞食性コガネムシ類2種とノイエバエにおける放射性セシウムの濃度

マグソコガネとカドマルエンマコガネのセシウム濃度は、それぞれ1,700 Bq/kg (134Cs: 500 Bq kg-1

137Cs: 1,200 Bq kg-1)、2,410 Bq kg-1 (134Cs: 710 Bq kg-1137Cs: 1,700 Bq kg-1)であった。一方、帯広で採集 したマグソコガネは134Cs,137Csともに検出限界以下であった。

調査地(浪江)で採集したノイエバエのセシウム濃度は3,520 Bq kg-1 (134Cs: 920 Bq kg-1137Cs: 2,600 Bq kg-1)と高い値となった。

4.放射性セシウムのキタミドリイエバエ幼虫の発育への影響

さまざまな濃度(平均2,348 Bq kg-1;範囲600~5,382 Bq kg-1)の牛糞20サンプルでキタミドリイエ バエ幼虫を飼育した際の羽化率は、50%~89%の範囲となり、平均で68.7%であった。しかし、牛糞 のセシウム濃度の違いと羽化率の間に有意な関係はみられなかった(r 2=0.0024)。

5.キタミドリイエバエ幼虫の汚染糞摂食による成虫への移行・蓄積

調査地の汚染牛糞で帯広産キタミドリイエバエ幼虫を飼育し、羽化させた成虫のセシウム濃度は 219 Bq kg-1 (134Cs: 69 Bq kg-1137Cs: 150 Bq kg-1)であった。

考 察

土壌から作物への放射性セシウムは経根吸収となり作物種、土壌種、粘土鉱物等の様々な要因で蓄 積が異なることが知られている(塚田, 2011)。調査地で採取された牧草の線量濃度は、11,757 Bq kg-1(以 下、134Csと137Csの合計値)となり、ノシバとシロクローバーで分けると、それぞれ5,237 Bq kg-1

22,309 Bq kg-1と大きな差が生じたのは、科の異なる牧草2種の間において根から放射性セシウムを吸

収する量、葉へセシウムが付着する量が異なることによるものと考えられる。サイレージが 10 サン プルにおいて、セシウムが0 Bq kg-1であったことは、8月以降のサンプルは、浪江産ではなく、県内 の二本松、宮城県、茨城県から取り寄せた低濃度の放射性セシウムの影響で廃棄されたサイレージで あるためと思われる。

内田ら (2012)は、汚染飼料を摂取した肉用牛の血液や筋肉中にセシウムが蓄積されていることを報 告した。牧草のセシウム濃度の平均値 (11,757 Bq kg-1)が著しく高く、牛糞の平均値(2,348 Bq kg-1)が牧 草の平均値に比べて低かったことから、本調査地の牛の体内にも放射性セシウムが蓄積されているこ とがうかがえる。

チェルノブイリ事故後の調査において、土壌に降下した放射性セシウムは、表面流去水と共に運搬 され地表付近に蓄積されると報告されている(山口ら, 2012)。また、Hashimoto(2011)によると、土壌の 放射性核種の濃度蓄積が同じ地域でもばらつくという。今回の調査で、土壌のセシウム濃度が18,387

Bq kg-1 ~51,863 Bq kg-1まで大きく差が見られたのは、放射性物質は採取場所における様々な条件の

違いによって、濃淡ある状態で蓄積されることによると考えられる。

これまで、福島第一原発事故によって放出された放射性物質の節足動物への影響や蓄積に関しては、

チョウ(Hiyama et al.,2012; Nohara et al., 2014), イナゴ(三橋ら、2013)、水生昆虫(Yoshimura and Akama, 2013), アブラムシ(Akimoto, 2014), クモ類(Ayabe et al., 2014)などにおいて報告されてき た。しかし、放射性物質の糞食性昆虫への影響や蓄積に関する報告は、チェルノブイリ原発事故を含 めてもほとんどない。上記の論文の中で、空間線量が比較的低い地域で採集されたイナゴと水生昆虫 のセシウム濃度は低い値を示したが、クモ類では、空間線量4.41 ± 0.5μSv h-1の地点においては、6,356 Bq kg-1134Cs 2,401 Bq/kg-1 137Cs 3,955 Bq/kg-1)という比較的高い値を示した(Ayabe et al., 2014)。

本調査地の空間線量 5.52 ± 0.44μSv h-1での糞食性コガネムシ類のセシウム濃度(マグソコガネ 1,700

Bq kg-1; カドマルエンマコガネ 2,410 Bq kg-1)は、これに比べると低い値だったが、これは食性の

違いが関係しているかもしれない。Rudge et al.(1993)は、野外調査におけるミミズの放射性セシウ

ムの移行係数(ミミズの濃度/餌の濃度)を0.28-0.92と報告した。本調査地における牛糞の平均濃度

2,348 Bq kg-1(範囲600-5,382 Bq kg-1)をもとに、マグソコガネとカドマルエンマコガネの移行係数を求

めると、それぞれ0.72と1.02となり、セシウムがかなりの比率で糞虫類の体内に移行する可能性が 示唆された。また、この2種の糞食性コガネムシ生活様式の違いとして、カドマルエンマコガネは、

新鮮な糞を好み、糞内の滞在時間は短く、糞下の土壌に潜り込む習性をもつ (Yasuda, 1987)。一方、

マグソコガネは糞の上層や内部に生息し、糞中に留まる習性がある (Miyauchi and Yokoyama, 1983)。

今回計測したカドマルエンマコガネの体長は、マグソコガネより大きいことから、両種の間のセシウ ム蓄積量の違いは、体サイズの違いによるものとみられるが、同じ糞食性でも汚染された糞や土壌の 利用様式の違いなども関係している可能性も考慮する必要があるかもしれない。

これまでに実施されているガンマ線照射実験では、昆虫の生存、発育へ影響を与える放射線量は、

数十から数百Gyの極めて高い線量であることが知られている(Cole et al. 1959;Elbady, 1965; Tilton et

al., 1966)。また、Møller (2002)によると、チェルノブイリの事故により、空間線量が300~500 µR/hの

地域でクワガタムシの奇形が発現したという。しかし、本調査地の汚染牛糞で育てたキタミドリイエ バエの羽化率と牛糞のセシウム濃度との明確な関係が見られなかったことから、放射性セシウムのキ タミドリイエバエへの影響は、本調査地における牛糞のセシウム濃度のレベル(6,000Bq kg-1未満)で は影響は見られない可能性が示唆された。しかし、今後は塁代飼育を行うことで繁殖への影響に関す る調査が必要と思われる。

調査地の汚染牛糞で帯広産キタミドリイエバエ幼虫を飼育し、羽化した成虫からセシウムが219 Bq kg-1検出されたことから、本種が幼虫時に汚染牛糞摂取によって取り込んだセシウムは、変態の過程 で成虫体内に移行・蓄積されることが示された。今回室内飼育されたキタミドリイエバエ成虫は、羽 化後、餌資源を与えられていないため、幼虫時期の蓄積量のみであるのに対し、野外のノイエバエの 成虫は、牛の汗や傷口や、産卵のため新鮮な糞に集まる習性があるため (Shinonaga, 2003;長谷川, 1976;

長谷川ら, 1978)、それらを舐めているとみられる。これまで、本研究と同様に家畜の糞尿から放射性 物質が検出されている(荻野ら、2012;Yamaguchi et al., 2012)。以上のことから、このキタミドリイ エバエ成虫とノイエバエ成虫のセシウム濃度に大きな差がみられたのは、調査地の野生個体群である ノイエバエは、幼虫時の牛糞摂食による内部被曝による汚染に加えて、羽化後の牛の排泄物などに含 まれる放射性物質の摂取と体表への付着によって汚染濃度が高まっているためと思われる。

今後、畜産環境に関わる多くの種において、セシウム汚染の実態を調べると共に各発育段階やそれ らの捕食者についても詳細に調査していく必要がある。

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