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土砂に関するインパクトとレスポンス

ドキュメント内 日野川流域の土砂動態 (ページ 38-41)

6. 現状と課題

6.6 土砂に関するインパクトとレスポンス

日野川流砂系の土砂動態に与えたインパクトとレスポンスの関係を以下に示す。

 鉄穴流しの終焉後、これまで前進傾向であった皆生海岸が侵食傾向になった。

 海岸保全施設の整備やサンドリサイクル等により汀線の維持を図っているが、海岸 侵食の傾向は現在まで続いている。

 鉄穴流しの終焉後、上流からの土砂供給の減少とともに、貯水ダム・砂防施設の建 設、河道の砂利採取等の人為的なインパクトが生じ、海岸侵食とともに河床低下が 顕著に生じた。

 平均河床高は概ね安定しているが、S40年代後半頃から砂州の樹林化と澪筋部の局 所洗掘が生じ、砂州の植生域に細かい土砂が捕捉され、海岸への供給土砂は減少し ている。

 鉄穴流しの時代には平均 70~90万m3/年 5の人為的な土砂供給が行われ、約 60万 m3/年6の土砂が外浜に堆積したと言われているが、現在は鉄穴流し当時のような大 量の土砂供給は期待できない。

5 「鳥取県日野川流域の鉄穴流しによる地形改変、貞方昇・赤木祥彦、たたら研究、1985.12」より、日野 川流域では鉄穴流しにより2.02.7m3の掘削が行われたと推定されており、300年間と仮定すると年 平均7090m3程度となる。

6 「中国地方における鉄穴流しによる地形環境変貌、貞方昇、渓水社、1996.2」より、外浜堆積物の土量 から鉄穴流しの期間に約1.75m3の土砂が海岸に堆積したと推定されており、300年間と仮定すると年 平均60m3程度となる。

表 6.4 日野川流砂系の土砂動態に与えたインパクトとレスポンス

2.0億m3

~2.7億m3

(鉄穴流しによる 総掘崩土量)

190万m3

(H24現在の 貯水ダム 堆積土量)

194万m3

(直轄砂防の 計画堆砂量)

112万m3

(S26-H14 における 砂利採取量)

239万m3

(S34-H23 における 河川堆積土量)

備考

0 200 400 600

S8 S13 S15 S17 S19 S21 S23 S25 S27 S29 S31 S33 S35 S37 S39 S41 S43 S45 S47 S49 S51 S53 S55 S57 S59 S61 S63 H2 H4 H6 H8 H10 H12 H14 H16 H18 H20 H22 H24

砂防施設数 他官庁の砂防堰堤

直轄砂防堰堤

30

0 17世紀前半頃

鉄穴流し

総掘崩土量 :2.0億~2.7億m3(推定)

大正末期

貯水ダム

大宮ダム S15年竣工

砂防堰堤

(大山以外も含む)

砂利採取

(及び河道掘削によ る土砂持ち出し)

64.92km2 86.28km2 48.90km2 26.0km2 13.0km2

約50基 約150基 約220基 約280基 約330基

海浜工事

鉄穴流し

河川

海岸

(皆生海岸の変化量)

平均河床高は安定しているが、

局所洗掘が発生し澪筋が低下

(ただし、工事掘削による河床低下あり)

江戸 明治 大正 昭和 平成

6.2km2

約350基 菅沢ダム

S43年竣工

俣野川ダム S59年竣工

賀祥ダム S63年竣工

下蚊屋ダム H11年竣工

朝鍋ダム H15年竣工

約360基

S22年

S13年 突堤 S34年

コンクリートブロック投入

S46年 離岸堤 S57年

皆生工区:12基

S53年突堤 S59年 両三柳工区:9基

S55年 離岸堤 H6年

日吉津工区:16基

H8年 サンドリサイクル 境港~夜見富益工区

夜見富益・皆生工区

S10年

S62.10 砂州の樹林化(植生域に54万m3堆積:S59-H18)

S34年 S47年 H14年

河床低下 河床低下

河口から約4km地点では 約4m低下

河口から2.6km地点では 約30万m3/km減少

大正末期 S20年代

汀線約2m/年前進

皆生温泉付近汀線約300m後退

S51年 H15年

年平均10.5万m3の海岸浸食

T12年 S10年 S13年 S16年S20年 S30年 S54年 H1年 H4年

40年代 50年代 60年代

30年代 20年代

10年代

大規模洪水

(車尾ピーク流量)

大規模土砂災害

M19.9 明治最大

M26.10 S9.9

室戸台風

S40.7 1,865m3/s

S47.7

1,801m3/s H9.7

1,494m3/s H10.10 1,587m3/s S54.10

1,693m3/s H16.10

1,551m3/s H18.7 2,333m3/s

H23.9 2,113m3/s (高水流量観測)

10年代 20年代

初期 初期

M26.10 土石流

S39.7 土石流 及び 土石流

S40.7 土石流

S62.10 土砂流

S63.7 土石流 M19.9

土石流

T7.9 道路 堤防 崩壊

S9.9 山林崩壊

S34.9 砂防被害

※記載されている流量は車尾地点の時刻流量

河床上昇 洪水により度々氾濫

17世紀前半頃 大正末期 H23年

0 5 10 15

S26 S28 S30 S32 S34 S36 S38 S40 S42 S44 S46 S48 S50 S52 S54 S56 S58 S60 S62 01 H03 H05 H07 H09 H11 H13 H15 H17 H19 H21 H23

土量(×万m3

土砂持出 砂利採取 砂利採取禁止(S48

不明

砂利採取 河道掘削等による土砂持ち出し

約4万~

5万m3/年 約5万~

10万m3/年 約1万m3/年 約2.5万m3/年 約1万m3/年 約2.2万m3/年 約3万

m3/年

外浜堆積物の土量 : 約1.75億m3(推定)

鉄穴流し

鉄穴流し終了 による汀線後退

上流からの供給土砂の減少、

砂利採取等による河床低下

継続した海岸侵食

砂州の樹林化により、

海岸への供給土砂 砂利採取の禁止(S48)

人工リーフ

37

インパクト

鉄穴流し

レスポンス

※明治時代には汀 線が毎年2m程度 前進していた

河床上昇

海岸侵食

(汀線前進)

インパクト

鉄穴流し の終了

レスポンス

河床低下

海岸侵食

(汀線後退)

※海岸旅館(清風荘)前の海岸侵食

(昭和15年9月)

インパクト

貯水ダムの建設

(S15大宮ダム)

(S43菅沢ダム)

砂防堰堤の建設

(S50年頃約220基)

砂利採取

レスポンス

河床低下

海岸侵食

(汀線後退)

インパクト

貯水ダムの建設

(S59俣野川ダム)

(S63賀祥ダム)

(H11下蚊屋ダム)

(H15朝鍋ダム)

砂防堰堤の建設

(H19年頃約360基)

砂利採取の禁止(S48)

レスポンス

河道安定化

(澪筋の固定化、

局所洗掘)

河積減少

(砂州の樹林化)

海岸侵食

(汀線後退)

①鉄穴流しが行われていた時代

(江戸~大正)

②鉄穴流しの終了

(大正~昭和初期)

③高度経済成長の時代

(昭和30~40年代)

④近年

(昭和50年代以降)

鉄穴流し 約300年間で 2.0億~2.7億m3

(70~90万m3/年)

汀線前進

汀線後退

河床低下

S20年代 約3万m3/年

河口から4km地点で 約4m低下

砂防ダム群

鉄穴流しの終了 大正12年

汀線後退

S30年代前半 約4万~5万m3/年 S30年代後半~S40年代前半 約5万~10万m3/年

砂利採取

年平均10.5万m3 海岸侵食

砂州の樹林化

S48年 砂利採取の終了

砂防ダム群

年平均堆砂量 4.8万m3/年

砂利採取 S34~S47

約14万m3/年 河床低下

砂防ダム群

S59~H23 1.7万m3/年 河道掘削 外浜堆積物の土量

約300年間で1.75億m3

(約60万m3/年)

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