第 2 章 統計的因果推論に関する基礎的背景 12
2.3 構造的因果モデルと潜在反応モデルの関係
2.3.2 因果効果
ここで,2.2.2節で説明した因果効果について,Pearl流の潜在反応モデルの観点からも
う一度議論する.
2.3. 構造的因果モデルと潜在反応モデルの関係
前節で述べたように,一般に,対象者iがX = x1あるいはX =x0のいずれか一方の 治療を受けた時点で,その治療を受ける前の(まっさらな)対象者iは存在しない.すなわ ち,特別な仮定をおかない限り対象者レベルの因果効果Yx1(i)−Yx0(i)を推定することは できない.しかし,たとえば,母集団レベルでの因果効果を評価対象として,対象者が 無作為抽出されているような状況を考えた場合,Yx1(i)とYx0(i)はそれぞれ確率変数Yx1
とYx0がとりうる値を表した確率変数とみなすことができる. そこで,本章では,Yxk =yj
である潜在反応変数の確率をpr(Yxk = yj) = pr(yj,xk)とおく(j, k = 0,1).Lewis (1973) にならってこの確率が反事実確率と呼ばれることがあるが(Greenland et al., 1999; Dawid,
2000),pr(yj,xk)そのものは現実に観測された状態については関心がない,あるいは実際
に治療をうけた場合にはこれらの変数の値が観測される(まったく観測されないものとの 誤解を生む)といった理由から,少なくとも“反事実”という言葉は適切ではないという指 摘がなされている(Rubin, 2005; Pearl, 2009a).ここで,pr(yj,xk)は,(i)Xの値を観測して いるわけではないため,直接的に推定することはできないこと,そして,(ii)前節の議論か らわかるように,pr(yj,xk)はXの構造方程式に基づく情報を使うことなくY(x, ϵ1, .., ϵp) におけるxに値を定数xkとしたときの確率であるから,pr{yj|set(Xk =xk)}と同義であ ることに注意が必要である. 本章では,二つの治療(X = x0, x1)の因果効果を比較した pr(y1,x1)−pr(y1,x0)を因果リスク差と呼ぶことにする.この因果リスク差は変数X の値 を外的操作によって強制的にx0からx1に変化させたときのY の平均的変化と解釈され ることが多い. このような解釈が行われるのは,pr(yj,xk)はpr{yj|set(Xk =xk)}と同義で あり,後者は“外的操作”という実質科学的に解釈可能でかつ物理的な意味を有している ことが理由にあると推察される.なお,Pearl流の統計的因果推論では,因果効果を考え る際,変数Xに対して実際に外的操作が可能であるかどうかは問わないことに注意する (Pearl, 2009a, 2010b).すなわち,Rubin流の統計的因果推論では,“No Causation without
Manipulation” (Holland, 1986)とあるように,操作可能性(実際に外的操作を行うことが可
能であるかどうか)が変数間の因果関係を議論する意味があるかどうかを判断する重要な
2.3. 構造的因果モデルと潜在反応モデルの関係
要素となるが,Pearl流の統計的因果推論では外的操作は因果関係を議論する科学的方法 の一つであって,それによって因果推論に関する議論が制限されるものであってはならな いという立場がとられている(Pearl, 2009a, 2010b).実際,潜在反応変数の国語表現とし て用いられる(上述のとおり,潜在反応変数の国語表現としては厳密には適切な解釈とは 言えないが)反事実的表現“事象Aが起きれば事象Bは起きたであろう”は事実とは反対の 仮定,想像あるいは実現不可能な願望を表現したものであることから,操作可能性を超え た意味を持っていることは明らかである.
ここで,Xに対する無作為化割りつけが適切に行われ,対象者がその割りつけにしたが う状況を考える.このとき,Xはそれ自身に直接付随する錯乱項ϵxやそれに先立つ変数に 依存せず,しかも,(Yx1, Yx0)はϵx以外のすべての錯乱項の関数として表現できることから,
(Yx1, Yx0)とXは独立となり,さらに一致性より,因果リスク差はpr(y1,x1|x1)−pr(y1,x0|x0) = pr(y1|x1)−pr(y1|x0)により推定できることがわかる. 一方,観察研究においても,治療 の割りつけがSITA条件を満たす場合には因果効果は識別可能となる. すなわち,治療X について,Xと(Yx1, Yx0)を条件付き独立にするような変数集合T が存在するとき,T を 与えたときに治療の割りつけは強い意味で無視可能である(Rosenbaum and Rubin, 1983), あるいはT は(X, Y)についてSITA(Strongly Ignorable Treatment Assignment)条件を満た すという(Pearl, 1994; Edwards, 2000).このとき,SITA条件を満たすT を観測できれば因 果リスク差は識別可能であり
Et{pr(y1|x1,t)−pr(y1|x0,t)}=∑
t
{pr(y1|x1,t)−pr(y1|x0,t)}pr(t)
で与えられる. なお,2.2.2節ではグラフィカルモデルの観点から因果効果の識別可能条件 を簡単に紹介したが,これらの識別可能条件は潜在反応モデルにおいても適用可能であ ることに注意する.逆に,潜在反応モデルに基づく因果効果の識別可能条件のうち,グラ フィカルモデルでは表現できないものが存在する.これは,構造的因果モデルに理論基盤