第 3 章 潜在反応モデルを利用した交通コンフリクトの評価指標の拡張 65
3.2 回避行動の有無のみに着目した場合の交通コンフリクトの評価指標
バーは様々な回避行動をとることが報告されている. Dingus et al. (2006)で最も多く観測 された追突事故状況においても,ブレーキング,車線変更,加速またはそれらの組み合わせ による回避行動をとっている. 一般に, ドライバーがどのような回避行動をとるかによっ て衝突事故の危険性は異なると考えるのが合理であり,したがって回避行動のタイプに応 じてコンフリクトを評価することは重要である. しかし, 2章で提案したPRICは,ブレー キング,車線変更,加速などといった回避行動のタイプを考慮せずに定式化されている. そ こで,本章では, 複数の回避行動タイプを表すことができる潜在反応変数を用いたうえで PRICを改めて定式化し,その有用性を示す. 回避行動タイプに着目した場合における交通 コンフリクトの評価指標の定式化に先立って,まず, 回避行動の有無のみに着目した場合 における交通コンフリクトの評価指標について振り返るとともに, Guttinger (1984)で述べ られている交通コンフリクトの位置づけとの関連性について確認する.
3.2 回避行動の有無のみに着目した場合の交通コンフリクト の評価指標
まず, 2章で提案したPRICについて振り返るとともにその解釈についての深堀を行う. 2章では, Amundsen and Hyden(1977)の交通コンフリクトの定義に従って, 以下の三つの 確率的評価指標を(2.1)式と(2.2)式と(2.3)式に示した. (2.1)式はpr(Yx1 > y, Yx0 ≤y)̸= 0 を仮定したうえで
pr(x1, Y > y|Yx1 > y, Yx0 ≤y)
3.2. 回避行動の有無のみに着目した場合の交通コンフリクトの評価指標
と表され,標準的なドライバーが実際に回避行動をとり衝突事故を起こさない確率を意味 している. (2.2)式はpr(x1, Yx1 > y, Yx0 ≤y)̸= 0を仮定したうえで
pr(Y > y|x1, Yx1 > y, Yx0 ≤y)
と表され,標準的なドライバーが実際に回避行動をとったときに衝突事故を起こさない確 率を意味している. (2.3)式はpr(Yx1 > y, Yx0 ≤y)̸= 0を仮定したうえで
pr(Y > y|Yx1 > y, Yx0 ≤y)
と表され, 標準的なドライバーが実際に衝突事故を起こさない確率を意味している. ここ で, (2.3)式に関連して,
pr(Y ≤y|Yx1 > y, Yx0 ≤y) = 1−pr(Y > y|Yx1 > y, Yx0 ≤y)
と表現される式は,標準的なドライバーが実際に衝突事故を起こした確率を意味しており, Davis et al. (2011)が“crash-to-conflict ratio for the initial eventsU2”と呼んでいたものに相 当する. また, Davis et al.(2011)では,交通コンフリクトの定義に着目したうえで,以下の二 つのポイントについて言及している.
“First, the situation referred to appears to have three components:
an initial condition, the actions of the road users, and a collision-related outcome. Second, an observed event qualifies as a conflict only if it satisfies a counterfactual test”
(2.1)式, (2.2)式, (2.3)式はそれぞれ,初期状況U2と回避行動Xと衝突事故の結果Y から 構成されており, Davis et al. (2011)が言及した第一のポイントに合致している. また,Yxは 反事実的記述を数学的に表現したものであり, (2.1)式, (2.2)式, (2.3)式は,観察実験により
3.2. 回避行動の有無のみに着目した場合の交通コンフリクトの評価指標
得られる事実と反事実を定量的に反映した因果的な量に基づくため, Davis et al. (2011)が 言及した第二のポイントに合致している.したがってDavis et al. (2011)が言及した二つの ポイントは本論文で提案した上記の三つの指標に反映されていると考えることができる.
ところで, Guttinger (1984)は交通コンフリクトについて以下のように考察している.
“For some, the conflict is an event that precedes an evasive action that can be either successful or not (collision). For others, it is the same as a near-miss situation after an evasive action. In this last view, a conflict can not lead to a collision but is an event parallel with a collision.”
(2.1)式は,実際にとった回避行動を考慮に入れていることから, Guttingerの記述における
第二の考察について評価しているものと考えられる. 一方, (2.2)式も実際にとった回避行 動を考慮に入れているが,
pr(Y > y|x1, Yx1 > y, Yx0 ≤y)
= pr(x1, Y > y, Yx1 > y, Yx0 ≤y)
pr(x1, Yx1 > y, Yx0 ≤y) = pr(x1, Yx1 > y, Yx0 ≤y) pr(x1, Yx1 > y, Yx0 ≤y) = 1
より, (2.2)式はいかなるyに対しても常に1となることから,評価指標として適切でない ことがわかる. (2.3)式については,その式の表現において,実際にとった回避行動を考慮に 入れていないようにみえるため, Guttingerの記述における第一の考察について評価してい るものと考えられるかもしれない. しかしながら,回避行動の有無にのみ着目した場合に
3.2. 回避行動の有無のみに着目した場合の交通コンフリクトの評価指標 おいては,
pr(Y > y|Yx1 > y, Yx0 ≤y)
= pr(x0, Y > y|Yx1 > y, Yx0 ≤y) +pr(x1, Y > y|Yx1 > y, Yx0 ≤y)
= pr(x0, Yx0 > y|Yx1 > y, Yx0 ≤y) +pr(x1, Yx1 > y|Yx1 > y, Yx0 ≤y)
= pr(x1, Yx1 > y|Yx1 > y, Yx0 ≤y) = pr(x1, Y > y|Yx1 > y, Yx0 ≤y)
となることから(2.3)式は(2.1)式と等しく, (2.3)式においても回避行動が反映されている と考えることができる.
ここで, Guttingerの記述における第一の考察に関連する確率的なリスク評価指標として, 潜在反応モデルの枠組みに基づいたpr(z|Yx1 > y, Yx0 ≤y)を考えることができる. ここで, Zは回避行動に影響されない共変量を表すものである. この指標は
pr(z|Yx1 > y, Yx0 ≤y) = pr(Yx1 > y, Yx0 ≤y|z) pr(Yx1 > y, Yx0 ≤y) pr(z)
のように変形できることから,必要十分性の確率であるpr(Yx1 > y, Yx0 ≤ y)(PNS; Pearl, 1999, 2009),とZ が与えられたときの条件付き必要十分性の確率であるpr(Yx1 > y, Yx0 ≤ y|z)(conditional PNS; Kuroki and Cai, 2011)の比率を意味していることがわかる. PNSは 回避行動の有無が衝突事故に対する実際の原因となっている程度を表したものと解釈す ることができる. pr(z|Yx1 > y, Yx0 ≤y)の識別可能性などPNSの詳細については, Kuroki and Cai (2011), Pearl (1999, 2009), Tian and Pearl (2002)を参照されたい.