第4章 相続税法における営業権評価の問題点
第1節 営業権概念と超過収益力
1、概要
営業権の源泉は、「企業が有する長年にわたる伝統と社会的信用、名声、立地条件、営業 上の秘訣、特殊の技術、特別の取引関係の存在等」で、それらの源泉が総合され(=有機 的に結合されて)、その結果として、「将来にわたり他の企業を上回る企業収益を稼得」す ることが生ずるわけである。そして「企業が有する長年にわたる伝統と社会的信用、名声、
立地条件、営業上の秘訣、特殊の技術、特別の取引関係の存在等」34 は、「将来にわたり 他の企業を上回る企業収益を稼得する」35 ことをもたらすがゆえに「無形の財産価値を有 する」ことになる。これが、第1章で述べた営業権の概念である。
ところで、「事業の安定的な優位的地位」と「超過収益力」との論理的な因果関係や計 数的関係性を示す規定は、相続税法になく、単に、財産評価基本通達165~166にお いて、下記の評価方法(計算構造と計算要素)を示すのみである。
算式1:平均利益金額×0.5 -標準企業者報酬額 - 総資産額×0.05=単年度超過利 益金額
算式2:単年度超過利益金額×営業権の持続年数(原則として 10 年)に応じる基準年 利率による複利年利率=営業権
算式1のうち、「平均利益金額×0.5 -標準企業者報酬額」は、実際収益力を算出する ものであり、「総資産額×0.05」は、標準収益力を示している。
この計算構造からは、「事業の安定的な優位的地位」と「超過収益力」との論理的な因 果関係や計数的関係性を読み取ることは出来ず、むしろ「超過収益力」の源泉を一切無視 し、「超過収益力」そのものを営業権と見なすという計算構造になっている。評価が妥当か どうかは、その評価の方法、評価における計算要素及び評価の結果が評価対象たる財産 の 概念に照らして、合理性があるかどうかにより判断されるべきである。財産評価基本通達
34 第1章では、「事業の安定的な優位的地位」と表現した。
35 第1章では、「超過収益力」と表現した。
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の計算構造から見ると超過収益力のすべては、「事業の安定的な優位的地位」を源泉として いるという前提に立っているが、その前提が妥当かという問題がある。
「事業の安定的な優位的地位」が存在するのであれば、そこから「超過収益力」が生み出 されるが、現に発生した「超過収益力」のすべてが「事業の安定的な優位的地位」を源泉 としていると決めつけることに問題がないかの検討が必要であろう。そこで、ここでは、
簡単な数値モデルにより、営業権の概念と超過収益力の関係について考察することとする。
以下のモデルでは、評価の安全性調整(50%)と標準化調整(支払利子等や企業者報 酬)を無視し、現在価値割引率rも零とした簡易なモデルとしている。
2、本来の営業権(モデル1)
賃貸用マンション(土地・建物)1000のみを資産として所有し、マンション賃貸業 を経営している甲社の得ている利益は80とする。賃貸用マンション(土地・建物)自体 から生み出される標準的な利益は、50(近隣の同じような賃貸用マンション《土地・建 物》の時価総資産利益率は5%が標準)で、残り30は、その地域で永年培った信用力と 情報システムにより賃貸用マンションの空室率を下げる甲社のノウハウという「事業の安 定的な優位的地位」から生み出されたとする。その結果、営業権は、300と計算される。
[前提条件]
時価総資産額TA 1000 土地・建物の相続税評価額の合計額 実際利益(実際収益力)AR 80
現在価値への割引率r 零と仮定36
[計算プロセス]
単年度の超過収益力OR 30 (=80-1000×5%)
営業権 300 (=30×10年)
単年度の超過収益力が30で、現在価値への割引を無視すると、単年度超過収益力の 10年分が営業権となる。したがって営業権は、300となる。
営業権=30/(1+r)+ 30/(1+r)2+・・・+30/(1+r)10 となるが、r=ゼロという前提なので、(1+r)、(1+r)2及び(1+r)10 もすべ
36 現在価値割引率が零ということは、現時点の30と1年後の30、10年後の30が同じ価 値を持つということである。
29 て1になる。
したがって、営業権=30+30+・・・+30=300となる。
この場合、相続税の課税財産は、土地500及び建物500と営業権300の合計 1300になる。
[相続税における財産]
土地 500 建物 500
営業権 300(「事業の安定的な優位的地位」を源泉とする超過収益力の 10年分)
この営業権が、「事業の安定的な優位的地位」を源泉とする超過収益力で、概念と評価に 整合性があると言える。
3、既計上資産の実質的評価替え機能(モデル2)
事例は、モデル1と同じであるが、賃貸用マンション(土地・建物)の近隣における賃 貸用マンション(土地・建物)の時価総資産利益率が8%である点だけが異なる乙社につ いて考えてみる。
この場合も、財産評価基本通達165の計算構造により計算すると、モデル1と同じ営 業権の金額になる。近隣の賃貸用マンション(土地・建物)の時価総資産利益率が8%な ので、乙社でなくても、近隣の同じ賃貸用マンション(土地・建物)と同様、賃貸から得 られる利益80は、獲得可能である。モデル1の甲社のような信用力とノウハウがあれば、
稼働率を現在より上げて10%、11%の利益を生み出すことも可能であるが、残念なが ら、乙社には信用力及びノウハウがないので、近隣と同じ利益80しか獲得出来ない(現 に、近隣の甲社だけが、その信用力及びノウハウのため11%の利益を上げている)。した がって、賃貸用マンション(土地・建物)を所有する乙社の「事業の安定的な優位的地位」
から生み出された超過収益力はゼロである。しかし、財産評価基本通達165~166の 計算式に当てはめると、実際の超過収益力がないにもかかわらず、営業権は、認識されて しまう結果になる。
相続税法における営業権の本質は、「事業の安定的な優位的地位」を源泉として生み出さ れる超過収益力である。しかし、モデル2の単年度の超過収益力30(財産評価基本通達
30
165のように標準的な時価総資産利益率を一律に5%とするならば、30は超過収益力 であるが、近隣の賃貸用マンション《土地・建物》の利益率8%を前提とするならば超過 収益力は零)は、「事業の安定的な優位的地位」という特別のことがなくても稼得出来るも のなので、「事業の安定的な優位的地位」から生じた超過収益力とは言えない。
この「事業の安定的な優位的地位」以外から生み出された超過収益力をどのように考え れば良いのか。また、この「事業の安定的な優位的地位」以外から生み出された超過収益 力を営業権として、相続税の課税財産として認識し、評価して良いかという問題がある。