第 1章 立体映像におけるズーム表現
1 問題提起
1.1 立体映像撮影の問題
立体映像の鑑賞時、両眼はディスプレイを注視しているが、映像の奥行き感に よって両眼の視差が変化することで、目の疲れなどの問題点が発生する可能性が ある。専門家による立体映像の撮影は、両眼視差の問題に配慮した細密な調整が 行われている。しかし専門知識のない一般ユーザーはそれを無視した撮影をして いるため、問題が発生する恐れがあるのではないかと考えられる。
1.2 専門家の立体映像撮影
ジェームズ・キャメロン監督の「アバター」のように興行収入で大きな成功を 収めた最近のハリウッド3D映画は、長時間視聴の疲労を軽減し見やすくするため に、画面幅に対して、奥行き方向、飛び出し方向とも概ね2%程度以下で作られて いる19。このように専門家が撮影を行う時には、全体的な流れを考えて事前に奥 行き感を正確に決めてから撮影に入る。
193D Consortium「3DC Safety Guidelines for Popularization of Human-friendly 3D」3D Consortium, 2010.
図15はハリウッド映画「Coraline 3D」、「Meet The Robinsons 3D」、「Bolt 3D」
などに参加した 3D専門家Brian Gardner が制作したデプススクリプト(Depth Script)である。図15のグラフの下段部分に濃い黒色に表示された線があるが、こ の線がスクリーン面を示している。濃い黒色線を基準とした上の部分はスクリー ンから飛び出して出る部分、つまり負の視差領域(negative parallax)を示し、下 の部分はスクリーンの奥に入って引っ込んで見える部分、正の視差領域(positive parallax)を示す。このような水平線以外にも点で構成された垂直線は映画の各シ ーケンスを構成するカットを意味する。表の基本になるこのような線以外にも色 で表示された線が4種類あるが、それぞれの線は以下に記したオブジェクトに関す るデータである20。X軸は時間を示し、Y軸は解像度2Kシネマの場合の、左右の映 像のズレのピクセル数の差である。
図 15 Depth Script の例(Brian Gardner)
赤い線
P.O.A(Point Of Attention)、フレームの中で最も重要なオブジェクト、または、
見る側の目と耳を最も集中させるオブジェクトである。
20Brain Grdner 「Creative COW Magazine -Steroscopic 3D-」Creative COW pp.9~10, 2009.
オレンジ色の線
観客に最も近いオブジェクト。人はもちろん物体もこれに該当する。
青い線
観客から最も遠く見えるオブジェクト。シーンごとによって異なるが、概ね山、
木、壁(室内の場合)などがこれに属する。
空色の線
空を表示する。もちろん撮影するシーンが室内にある場合、この線は消えること もある。
一方、3D放送の分野では、2010年7月8日に、世界初となる日本のプロ野球公式 戦の3Dライブ中継が実施された。パナソニック、NTTぷらら、阪神タイガース、毎 日放送の4社は、NTTぷららが提供する映像配信サービス「ひかりTV」のテレビ視 聴サービスである「ひかりTV STYLE1 ハイビジョン」において、試合開始の午後6 時から試合終了までの3D完全ライブ中継を行なった(図16)。
立体映像技術の統括プロデュースはもちろん、3D放送技術、2D-3D変換技術、サ イドバイサイドエンコード技術、3Dテロッパ技術、3D中継技術など様々な技術者 が協力して制作されたものである。撮影に際しては、細かくカットを割らないこ とや、カメラを速く動かさない、急なズームを行なわないといった点で、立体映 像の特性に配慮したものである。
図16 プロ野球公式戦の3Dライブ中継の様子21
21AV watch
http://av.watch.impress.co.jp (2013.11.18確認)
このように、3D映画や3D放送では数多くの専門家たちが協力して、視聴の際の 疲労軽減と見やすさを目指した制作活動を行っている。特に、立体映像の特性に 配慮して、急なズームを行なわないように尽力している。
1.3 一般ユーザーの立体映像撮影
現在、3DTVの普及と民生用の一体型二眼式3Dカメラの普及により、一般ユーザ ーも立体映像コンテンツを制作できるようになった。特に一体型二眼式3Dカメラ は一つの本体で2つのレンズ両方の面倒な調節ができるなど、一般ユーザーも簡単 に撮影することができるようになった。奥行き感の調節、つまりコンバージェン スポイント調節装置も簡単に操作できるように設計されている。しかし、このコ ンバージェンスポイントはズームを使うときには調節できない。図17のように一 般的なハンディカムのビデオカメラはカメラグリップに手を挟んで片手で撮影し やすくなっている。普通、親指で録画とストップを調節しながら、人差し指と中 指でズームボタンを押して調節する。この指3本だけでも簡単に録画できるように なっていたということで、一般ユーザーが撮影した動画を見ると過度なズームを 使った事例をよく見られる。
違和感がない立体映像を撮るためには、ズームと同時にカメラのコンバージェ ンスポイントも併せて調整しなければならない。
図17 ハンディカムのズームボタン