第 4 章 実験・評価
4.2 呼吸音の周波数解析
結果の一例として,頸部気道上で計測した呼吸音信号(図4.2)に対し ,吸気音信号と呼 気音信号の位置を色付けして示したものを図4.8に示す.赤で示している部分が呼気音信号 (exhaled breath),青で示している部分が吸気音信号(indrawn breath)である.また,吸気 音信号・呼気音信号をそれぞれ分離したものを同様に以下に示す.図4.9が呼気音信号,図 4.10が吸気音信号のみの呼吸音信号を示している.
-0.4 -0.2 0 0.2 0.4
0
amplitude [a.u.]
time [sec]
exhaled breath
indrawn breath indrawn breath
1 2 3 4 5
図4.8: 呼吸音信号における吸気音信号と呼気音信号の部位
-0.4 -0.2 0 0.2 0.4
0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2
amplitude [a.u.]
time [sec]
図4.9: 呼気音信号(exhaled breath)
-0.4 -0.2 0 0.2 0.4
0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2
amplitude [a.u.]
time [sec]
図4.10: 吸気音信号(indrawn breath)
吸気
呼吸音信号の吸気部分だけを抽出し ,周波数特性を求めた.以下,計測した呼吸音信号の 吸気部分を図4.11,4.13,4.15に,それぞれの周波数特性を図4.12,4.14,4.16に示す.図 は,上から順に,気管頸部上,胸郭上,胸壁上で計測したものを示している.
-0.4 -0.2 0 0.2 0.4
0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2
amplitude [V]
time [sec]
図4.11: 頸部気道上で計測した吸気音信号
0 100 200 300 400 500 600
0 200 400 600 800 1000
amplitude spectrum [a.u.]
frequency [Hz]
図 4.12: 頸部軌道上で計測した吸気音信号の
周波数特性
-0.4 -0.2 0 0.2 0.4
0 0.2 0.4 0.6 0.8 1 1.2
amplitude [V]
time [sec]
図4.13: 胸郭上で計測した吸気音信号
0 100 200 300 400 500 600
0 200 400 600 800 1000
amplitude spectrum [a.u.]
frequency [Hz]
図 4.14: 胸郭上で計測した吸気音信号の周波
数特性
-0.4 -0.2 0 0.2 0.4
0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2
amplitude [V]
time [sec]
図4.15: 胸壁上で計測した吸気音信号
0 100 200 300 400 500 600
0 200 400 600 800 1000
amplitude spectrum [a.u.]
frequency [Hz]
図 4.16: 胸壁上で計測した吸気音信号の周波
数特性
ここで,吸気音は頸部気道内で発生し,胸郭・胸壁へと伝播したものと考えられる.した がって,頸部気道内で発生した吸気音信号を入力とし,胸郭内・胸壁内を伝播した吸気音信 号をそれぞれ出力として伝達関数を求めた結果を以下の図4.17,4.18にそれぞれ示す.
0.001 0.01 0.1 1 10
100 1000
frequency [Hz]
gain [dB]
図 4.17: 胸郭上で計測した吸気音信号に対す
る伝達関数
0.001 0.01 0.1 1 10
100 1000
frequency [Hz]
gain [dB]
図 4.18: 胸壁上で計測した吸気音信号に対す
る伝達関数
図4.17,4.18より,伝達関数は周波数の約-3 乗に比例していると考えられる.
また,伝達関数と同様に,二つの出力に対する位相特性を求めた結果を以下の図4.19,4.20 にそれぞれ示す.
0 90 180
100 1000
frequency [Hz]
phase [degree]
図 4.19: 胸郭上で計測した吸気音信号の位相
特性
0 90 180
100 1000
frequency [Hz]
phase [degree]
図 4.20: 胸壁上で計測した吸気音信号の位相
特性
図4.19,4.20より,二つの出力信号はそれぞれ入力信号に対し ,約90度の位相差がある ことが分かる.
頸部気道上で計測した呼吸音信号にはピーク値が二つ(130Hz周辺と450Hz周辺)検出で きたのに対し,胸郭上・胸壁上で計測した呼吸音信号にはピーク値が一つ(130Hz周辺)しか 検出できなかった.ここで,頸部気道上で計測した呼吸音信号に対し,130Hz,455Hz周辺 での振幅スペクトルの最大値を,胸郭上・胸壁上で計測した呼吸音に対し,130Hz周辺での 振幅スペクトルの最大値をそれぞれ抽出し ,比較したものを以下図4.21に示す.図4.21の 横軸は,頸部気管上の計測点を原点と置き,その点からの計測距離を表している.縦軸は,
振幅スペクトルの最大値を表している.
0 100 200 300 400 500
0 50 100 150 200 250 300
amplitude spectrum [a.u.]
length [mm]
455Hz 130Hz
図4.21: 吸気音信号の振幅スペクトル値の比較
次に,図4.11,4.13,4.15より計測位置ごとの呼吸音信号に対する分散sf2を以下の式よ り求める[14].このとき,Nはデータ数,fは全データの平均値を表している.本研究にお いて,N=262144,f = 0である.
sf2 = 1 N
N
i=1
(fi−f)2 = 1 262144
262144
i=1
fi2 (4.1)
式(4.1)より求めた結果を,以下表4.1にまとめて示す.
表4.1: 吸気音信号の分散 計測部位 分散 頸部気道上 0.002877
胸郭上 0.000348 胸壁上 0.000083
分散を求めた結果より,頸部気道上で計測した呼吸音信号の出力電圧値において,最も分 散が大きいことが分かった.つまり,頸部気道上で計測した呼吸音信号が,胸郭上・胸壁上 で計測した呼吸音信号に比べて,音として最も大きいことを表している.
呼気
呼吸音信号の呼気部分だけを抽出し ,周波数特性を求めた.以下,計測した呼吸音信号の 呼気部分を図4.22,4.24,4.26に,それぞれの周波数特性を図4.23,4.25,4.27に示す.図 は,上から順に,気管頸部上,胸郭上,胸壁上で計測したものを示している.
-0.4 -0.2 0 0.2 0.4
0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2
amplitude [V]
time [sec]
図4.22: 頸部気道上で計測した呼気音信号
0 100 200 300 400 500 600
0 200 400 600 800 1000
amplitude spectrum [a.u.]
frequency [Hz]
図 4.23: 頸部軌道上で計測した呼気音信号の
周波数特性
-0.4 -0.2 0 0.2 0.4
0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2
amplitude [V]
time [sec]
図4.24: 胸郭上で計測した呼気音信号
0 100 200 300 400 500 600
0 200 400 600 800 1000
amplitude spectrum [a.u.]
frequency [Hz]
図 4.25: 胸郭上で計測した呼気音信号の周波
数特性
-0.4 -0.2 0 0.2 0.4
0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2
amplitude [V]
time [sec]
0 100 200 300 400 500 600
0 200 400 600 800 1000
amplitude spectrum [a.u.]
frequency [Hz]
ここで,吸気の場合とは逆に,呼気音は胸郭・胸壁内から頸部気道内へと伝播していくと 考えられる.したがって,胸郭上・胸壁上で計測した呼気音信号をそれぞれ入力とし ,頸部 気道上で計測した呼気音信号を出力として伝達関数を求めた結果を以下の図4.28,4.29に それぞれ示す.
0.1 1 10 100 1000
100 1000
gain [dB]
frequency [Hz]
図 4.28: 胸郭から伝播した呼気音信号に対す
る伝達関数
0.1 1 10 100 1000
100 1000
frequency [Hz]
gain [dB]
図 4.29: 胸壁から伝播した呼気音信号に対す
る伝達関数
図4.28,4.29より,伝達関数は周波数の約3 乗に比例していると考えられる.
また,伝達関数と同様に,二つの入力に対する位相特性を求めた結果を以下の図4.30,4.31 にそれぞれ示す.
0 90 180
100 1000
frequency [Hz]
phase [degree]
図 4.30: 胸郭から伝播した呼気音信号の位相
特性
0 90 180
100 1000
frequency [Hz]
phase [degree]
図 4.31: 胸壁から伝播した呼気音信号の位相
特性
図4.30,4.31より,出力信号はそれぞれの入力信号に対し ,約90度の位相差があること が分かる.
吸気の場合と同様に,頸部気道上で計測した呼吸音信号にはピーク値が二つ(130Hz 周辺
と450Hz周辺)検出できたのに対し,胸郭上・胸壁上で計測した呼吸音信号にはピーク値が
一つ(130Hz周辺)しか検出できなかった.ここで,頸部気道上で計測した呼吸音信号に対
し ,130Hz,455Hz周辺での振幅スペクトルの最大値を,胸郭上・胸壁上で計測した呼吸音
に対し,130Hz周辺での振幅スペクトルの最大値をそれぞれ抽出し,比較したものを以下図
4.32に示す.図4.32の横軸は,頸部気管上の計測点を原点と置き,その点からの計測距離 を表している.縦軸は,振幅スペクトル値を表している.
0 100 200 300 400 500
0 50 100 150 200 250 300
length [mm]
amplitude spectrum [a.u.]
455Hz 130Hz
図4.32: 呼気音信号の振幅スペクトル値の比較
次に,図4.22,4.24,4.26より計測位置ごとの呼吸音信号に対し ,分散を式(4.1)より求 める.
その結果を,表4.2にまとめて示す.
表4.2: 呼気音信号の分散 計測部位 分散 頸部気道上 0.003129
胸郭上 0.000693 胸壁上 0.000295
分散を求めた結果より,吸気の場合と同様に,頸部気道上で計測した呼吸音信号の出力電 圧値において,最も分散が大きいことが分かった.つまり,頸部気道上で計測した呼吸音信 号が,胸郭上・胸壁上で計測した呼吸音信号に比べて,音として最も大きいことを表して いる.
最後に,同じ 被験者において安静状態で四回呼吸音を計測し ,計測ごとの呼気音信号の
130Hz,455Hz周辺における振幅スペクトルの最大値を比較した図を以下 4.33に示す.図
中,緑色で示している点が第1回目の計測結果,赤色で示している点が第2回目の計測結 果,黒色で示している点が第3回目の計測結果,青色で示している点が第4回目の計測結果 である.
100 200 300 400 500 600 700
0 5 10 15 20 25
length [mm]
first second third forth
455Hz
130Hz amplitude spectrum [a.u.]
図 4.33: 振幅スペクトル値の比較
図4.33より,計測ごとに,特定の周波数周辺の振幅スペクトルの最大値が,計測位置に よって異なることが判明した.呼吸音の計測において,胸郭上,胸壁上で計測した呼吸音の,
ある特定の周波数周辺での振幅スペクトルの最大値は,頸部軌道上で計測した呼吸音のその 周波数周辺での振幅スペクトルの最大値が大きければ大きくなっており,また逆に小さけれ ば小さくなってる.しかし,周波数成分の強さは,計測ごとにばらつきがあり,再現性がな いことが図4.33より分かる.したがって,呼吸音は,その周波数成分を解析する際,他の 位置で同時に計測した呼吸音信号の周波数成分をも得ることが必要であると考えられる.し たがって,呼吸音の解析には,多点同時計測した呼吸音信号が必要である.
第 5 章 まとめ
聴診器は呼吸音の計測には欠かせない医療器具であり,その精度は非常に高い.聴診器を 用いて呼吸音を計測し,計算機を応用して分析を組織的に行えば,本来人間の聴覚では聴取 困難な生体音を正確に解析できると考えられる.しかし,呼吸音の発生・伝播のメカニズム は非常に複雑であり,未だ解明されていない要素を多く含んでいる.本研究では,複数個の 聴診器を用いて呼吸音を多点同時計測し,解析することで,音による呼吸器系の解析を目標 とした.まず,頸部気道上,胸郭上,胸壁上の三点で同時計測を行うことで,計測位置毎の 吸気音信号と呼気音信号の分離・比較が簡易にでき,それぞれの計測位置での吸気,呼気音 信号の周波数成分の抽出ができた.実際に計測した呼吸音信号には,聴診部位によってその 成分に差があることが判明した.肺胞付近で聴取した呼吸音信号には低い周波数(130Hz付 近)でのピークしか検出できなかったのに対し ,頸部気道上で採取した呼吸音信号には,生 体信号の中では比較的高い周波数(450Hz付近)でのピークが検出できた.呼吸音は一般に,
頸部気道内で発生し ,胸郭・胸壁へと伝播していくと考えられている.頸部気道上で計測し た吸気音信号を入力とし ,胸郭・胸壁上で計測した吸気音信号をそれぞれ出力とした場合の 振幅特性・位相特性を求めた結果,その伝達関数は周波数の-3乗に比例し,位相特性はどの 周波数の場合もその差が約90度であることが分かった.また,呼気音信号の場合において は吸気音信号とは逆に,胸郭・胸壁内で計測した呼気音信号をそれぞれ入力とし ,頸部気道 上で計測した呼気音信号を出力とした場合の振幅特性・位相特性を求めた結果,位相特性に 関しては吸気音信号の場合と同様に,どの周波数においてもその差が約90度であることが 分かった.一方で,伝達関数においては周波数の3乗に比例していることが分かった.最後 に,同一被験者において,安静状態で呼吸音を複数回計測し,計測ごとの周波数成分を比較 した結果,同じ計測位置でも計測ごとに含まれる周波数成分は異り,再現性の無いことが分 かった.