第 5 章 結論
2 原子間力顕微鏡(Atomic force microscope: AFM) [4-5]
本研究では、プラズマ重合膜への酵素の吸着状態やプラズマ重合膜表面の状態をビジュアル的 に観察するため、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて検討・評価を行っている。ここではその基礎 事項を示す。
原子間力顕微鏡とは
絶縁体試料表面の観察を可能にするため1986年に開発された走査プローブ顕微鏡が、原子間力 顕微鏡である。プローブと試料の間に働く力を計測し、試料の表面観察を行うものである。プロ ーブと試料の間に働く力とは原子間力であり、試料の表面形状を画像化することができる。主な 観察対象となる試料は、半導体、金属、生体細胞などであり、また測定モードは摩擦力、剛性、
粘弾性などの複数の特性を測定することができる。原子間力顕微鏡の代表的な測定モードを付録 表1に示す。
付録表1 原子間力顕微鏡の各種測定モード 測定モード 検出する力 特徴
タッピングモード 斥力 生体試料など柔らかい試料や粘性の高い試料に 適する
コンタクトモード 斥力 原子間力顕微鏡の原型 非接触モード van der Waals力
に基づく引力
原子分解能を達成するプローブは、試料に非接触
摩擦力モード 摩擦力 試料の表面状態、表面物性の違いを画像化できる 力変調モード 弾性力 試料の弾性を測定できる
面内方向の空間分解能はプローブ先端径程度を得ることができるため、先端の原子スケールにま で先鋭化することで原理的には原子分解能を達成することが可能となる。ただし、検出する相互 作用の働く距離がナノメートルスケール以下であるため、高空間分解能を実現するには、プロー ブを試料に近接させて走査する技術が必要になる。
原子間力顕微鏡の原理
プローブ先端がナノスケール以下に先鋭化され、そのプローブを試料に近接させていくと、プ ローブ先端の原子と試料の原子間にはレナード・ジョーンズ・ポテンシャル(Lennard-Jones
potential)による力が近似的に働く。プローブが試料に近づいていく場合、付録図2に示すように、
はじめはvan der Waals 力による引力が働き、更に近づくと、パウリの原理に基づく斥力が働く。
原子間力顕微鏡は、このプローブ先端に働く力を、カンチレバーと呼ばれる板ばねにより検出す る。具体的には、力が加わることで板ばねが弾性変形し、その変位量(z)とバネ定数(k)からフック
斥力 引力 ポテンシャル
プローブ試料間距離
付録図2 レナード・ジョーンズ・ポテンシャル
の法則(F=kx)によりその力(F)が求まる。プローブに働く力が一定になるように、プローブ(ある いは試料)の z 方向の位置を、フィードバック回路によって調整しながら、試料(あるいはプロ ーブ)を面内方向に走査することで、試料の表面構造を再構成する。これは、原子間力顕微鏡の 動作原理であり、その基本構成を付録図3に示す。
カンチレバーはシリコンプロセスにより作製され、プローブ先端は主に SiやSi3N4から構成され ている。カンチレバーの変位を検出する代表的な方法である光てこ方式を付録図 4に示す。これ はカンチレバーの背面にレーザー光を照射し、カンチレバーのたわみによる変位で生じる反射光 の偏光位置を分割型フォトディテクターで検出する方式である。
付録図3 原子間力顕微鏡の基本構成図
制御装置
(フォードバック回路含む)
x-yステージ 画面:画像化
zステージ レーザー
ダイオード
位置検出器 (光検出器) カンチレバー 試料
レーザーダイオード
変位有り 4分割検出器
付録図4 カンチレバーの変位検出法(分割型フォトディテクターを用いた方式)
ねじり
たわみ
光てこ方式以外に、光ファイバーをカンチレバー背面に近づけ、カンチレバー背面に反射した光 とファイバーの端面で反射した光を干渉させることで検出する光干渉方式(付録図 5)などもあ る。
タッピングモード(tapping mode)
生体試料を測定する場合はタッピングモードが適しており、本研究でもタッピングモードでの 測定を行った。ここでは、タッピングモードについて記載する。
タッピングモードは、サイクリックコンタクトモードとも呼ばれ、カンチレバーをその共振周 波数で微小振動させ、試料表面にプローブを軽く周期的に接触させることで、斥力を検出する測 定モードである。振幅振動が一定になるようにプローブの z 方向の位置に対してフィードバック をかけることで、試料形状を測定する。コンタクトモードと比べると、弱い斥力を検出すること から、生体試料等の柔らかな試料の形状を測定することにむいている。また、粘性のある試料に 対して、コンタクトモードではプローブ先端が吸着して測定できないことがあるが、タッピング モードでは吸着の影響を受けにくい。これは、タッピングモードでは 5〜40N/m と比較的バネ定 数の大きいカンチレバーを用い、またタッピング動作による慣性があるため、試料表面にプロー ブが接触した時にプローブ−試料間にキャピラリーフォースが生じた場合でも、プローブが試料 に吸着されずに上下振動を続けることができる。周期的にプローブが試料表面から離れることか ら、試料にダメージを与えにくい方法でもある。
タッピングモードにおけるカンチレバーの共振周波数とプローブ振動振幅およびプローブ−試 料間距離の関係を付録図 6に示す。プローブと試料との平均距離が近づくに従って振動振幅は減 少し、共振特性の振幅のピーク周波数も減少していく。
レーザーダイオード
カンチレバー
付録図5 カンチレバーの変位検出法(光干渉方式)
検出器
タッピングモードで設定する動作周波数において、プローブ先端と試料表面の平均距離に対す る振動振幅の変化を付録図 7に示す。プローブが試料に接触し始めると、距離に比例して振動振 幅が減少していく。プローブは試料に衝突するが、カンチレバーは共振状態にあり、プローブと 試料表面には微弱な力しか働かない。
付録の参考文献
[1] 電気化学会 編者: 「電気化学測定マニュアル(基礎編)」, 丸善, 2002.
[2] 藤嶋昭、相澤益男、井上徹 著: 「電気化学測定法(上)」, 技報堂出版, 1985.
プローブ−試料間距離
:接近
周波数 動作周波数
振動振幅
付録図6 プローブ−試料間の距離変化に伴う共振特性の変化
振動振幅
プローブ−試料間の距離 0
付録図7 プローブ−試料間の距離変化に伴う振動振幅の変化