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医薬分業と生涯健康医療電子記録

(EHR:Electronic Health Record)

これまで述べてきたように、医薬分業制度は医と薬が連携することではじめてその 機能を発揮する。連携するためには情報共有する必要があり、現在の日本においてそ の代表的ツールはお薬手帳である。しかしながら、その携帯率が高くないことや[山 浦ほか(2003)]、患者によっては、投薬を受けている保険薬局毎にお薬手帳を持って いるなど、その機能は十分に発揮される状況にはない。さらに、お薬手帳や処方せん などに患者の診断名や検査値などを記載している医療機関は一部に過ぎず[厚生労働 省(2013)]、医薬連携を行うには依然として情報制約がその障害となっている。した がって、近年その情報格差にもとづく医薬連携の不備を補うものとして、第 2章で示 した医療のIT化が推進されている。とりわけ台湾は、国民皆保険制度後発国であり ながら、急速にシステム構築を図り、現在では効率的な医療保険制度を運営している 国として世界的にも注目されている。その台湾が、医療保険制度の設計や医療のIT 化を推し進めるにあたって参考にしたのがカナダのEHR (Electronic Health Record) システム(生涯健康医療電子記録)である。カナダは2000(平成 12)年から政府主 導でEHRシステム構築を推し進め、2016(平成 28)年には全カナダにEHR網を構 築することを目標としている。EHRシステムは患者の全ての医療情報を一元管理すこ とから、地域完結型医療への転換が迫られている日本においては有効なツールであり、

これまで述べてきた医薬連携の不備がもたらす弊害の解決手段としても期待されてい る。本章で紹介するカナダのブリティッシュ・コロンビア州は全カナダにEHR導入 が決定される以前から医薬連携ツールとして独自のPharmaNetと呼ばれるIT化を基 盤としたネットワークが存在し、その便益推定も行われている。

本章では、日本における医薬連携の構築は、中長期的にはEHRシステムの構築が 必要であることを示すだけでなく、カナダと同様なEHRを基盤とした医薬連携シス テムを日本に導入した場合の費用ならびにその便益推計を行い、導入可能性について 検討を加えるものである。

日本において医薬分業制度の導入は、医薬一体制度がもたらす薬漬け医療からの脱 却を図り、医療費の抑制を図るという主目的があった。本来の医薬分業は、高度に専 門化した医と薬の連携・協働によって医療水準や質を高め、患者に適切で安全な薬物

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療法を提供するものである。しかし、日本は医薬分業を政策的に推進するにあたり、

このような連携・協働に必要な情報共有システムを構築するというより、むしろ薬剤 費抑制を第一に医学と薬学を分離することに主眼が置かれていた。医薬分業率(院外 処方率)が62.8% であった2010年においても、総医療費に占める薬剤料の割合は

20.3%であり、1990年代と大きな変化はみられず[OECD(2013)]、医薬分業によ

って薬剤費の逓減にはいたっていない。さらに、診療報酬制度の運用によって医薬分 業へ誘導したため、保険薬局や医療機関での追加的な技術料が医療保険財政に負担と なるなど非常に大きな問題をかかえる制度である。

他方、医学的見地から医薬分業の最大の目的は、薬剤師による適切な薬歴管理、服 薬指導の確立であった。そのためには、患者が複数の医療機関を受診している場合な ど、一つの保険薬局で薬剤を管理し、患者ごとの薬剤服用履歴、医薬品の相互作用、

重複投与等のチェックを行うだけでなく、医療機関とも情報共有を図ることが必要で ある。しかし、日本の保険薬局の多くが、特定の医療機関から処方せんを応需してい る門前薬局の形態であり、また院外処方を受けた多くの患者は、受診した医療機関の 近くの薬局で薬を受け取っていることから[健康保険組合連合会(2002)]、複数の医 療機関で処方された薬剤の相互作用・副作用のチェックを保険薬局薬剤師が行い、服 薬リスクを軽減することや、重複投与にともなう薬剤の無駄を省くなど、医薬分業の メリットが発揮される状況にない。複数の慢性疾患を有する患者などは、複数の門前 薬局に薬剤情報が断片的に格納されているという状況にある。

このような、現状の医薬分業制度がかかえる問題点を解決する有効な手段は、当初 厚生労働省が医薬分業制度を推進するうえで強調していたかかりつけ薬局である。し かし、日本では門前薬局形態であり、かかりつけ薬局での情報共有を期待することは 極めて難しい。そこで、第1章・2章でも触れたようにそれらの問題を解決する有効 なツールとして期待されているのがEHRシステムである。

1 EHRシステムとは何か

EHRの定義について統一されたものはないが、諸定義を総合すると「一つあるいは 複数の医療機関で発生した個人の診療記録を生涯にわたって統合した公式な記録で、

複数の医療機関等で共用されるもの」と定義できる[吉原(2011)]。一般的にEHR システムに含まれる情報は、患者基本情報、家族歴、経過記録、問題点、バイタルサ

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イン、病歴、免疫歴、各種検査データ、画像診断、病理診断、アレルギーなどであり、

それらの情報をオンラインで結び情報共有することで医療の効率化、ならびに安心・

安全な医療を患者に提供しようとするものである(図表3-1)。

図表3-1 EHRシステム

(出所:総務省(2012)より引用)

国際的にEHRシステムの導入がはじまったのは1990年代に入ってである。医療技 術の進歩や医療費の高騰に悩む先進諸国で、医療保険制度を維持していくためには医 療の効率化が必要であったことや、高度に専門化し機能分化が進んでいる医療におい て、ITを用いた情報共有システムを構築する必要があったことが導入の背景にある。

EHRシステム導入の意義は、医療・保健分野の社会的課題に対する取り組みとして、

また医療費の抑制と(重複検査、薬剤の重複投与、医療事故に起因する損失など)と 医療の質・安全性の確保という、相反する課題に対してITを戦略的に活用し解決し ていこうという目的で推進されている[尾崎、長谷川(2006)]。

EHRシステムが国および地域で導入されることにより、医療機関間や医療機関と薬 局間などで情報共有が可能となるだけでなく、EHRシステムに含まれる経過記録、検 査データ、処方内容など様々な情報によって重複検査や薬剤の重複投与、手書き処方 せんの読み間違え、誤診断が排除され、医療費の効率化や医療の安全性の向上へとつ

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このように EHR システムの導入は患者安全性の向上を図るものであるが、ただ単 にハード面の整備を行うことで構築される訳ではなく、その基盤には利害関係者のコ ンセンサスを構築することが重要であり、患者の安全と EHR システムの関係性はピ ラミッドで表現されている[Infoway(2007)](図表 3-2)。EHR の基盤があってそ の上にシステム化されていくが、それには中心的な役割を担う組織が必要となる。

図表3-2 EHRと患者安全

(出所:Inforway(2007)より引用)

1.1 医薬分業制度とEHRシステム

EHRシステムによる情報共有が、医薬分業制度にどのような影響をもたらすのか。

医薬分業の場合、必要な薬剤を選択し処方する医師(医療機関)と、薬剤を直接患者 に投与する薬剤師(保険薬局)が分離されている。したがって、薬剤師は患者に対し 適切な服薬指導を行うために、処方医との患者医療情報を共有することが必要となっ てくる。かつて一つの医療機関ですべての治療が完結する病院完結型医療であれば、

薬剤師は必要に応じて患者カルテの閲覧を行い、さらにカンファレンスなどを通して 患者情報を医師と共有することが可能であった。しかしながら、病院完結型医療の維 持が困難となっている現代医療では地域全体を一つの医療機関とみなす地域完結型医 療とならざるを得ない。医薬分業も地域完結型医療の一形態とみなすならば、保険薬 局と医療機関の情報共有は必要不可欠であるが、現状ではそのようなツールや手段は 限定的である。保険薬局薬剤師は患者カルテの閲覧はできず、患者情報を入手する手 段は、患者から直接得られるもの以外は紙ベースの処方せんのみである。

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処方せんの記載事項に関しては、医師法施行規則第 21 条によって「医師は、患者 に交付する処方せんに、患者の氏名、年齢、薬名、分量、用法、用量、発行の年月日、

使用期間及び病院若しくは診療所の名称及び所在地又は医師の住所を記載し、記名押 印又は署名しなければならない」と規定されている。処方せんには服薬指導に必要な 診断名や、検査情報などは記載されていないため、保険薬局薬剤師は薬剤名から患者 の病状を推察して服薬指導を行わなければならない。このような現状で患者に適切な 服薬指導が行うことは困難である。仮に処方内容に疑義がある場合、薬剤師は疑義照 会によって処方医に問い合わせを行うことができる。しかし、疑義照会の割合は発行 処方せん全体の 3.15%[日本薬剤師会(2011)]と少なく、その背景には医師への気 兼ねなどがあり、仮に疑義照会を行っても診断名や検査情報の情報を得ることはでき ない。後述するが、EHRを導入しているカナダのブリティシュ・コロンビア州では年 間処方せん発行枚数の約 60%で薬剤の相互作用の警告が出ていることから考えれば、

日本における疑義照会数は大幅に少ないといえる。

医薬分業であってもかかりつけ薬局形態であれば、複数の医療機関から薬剤の処方 を受けている際でも、少なくとも重複投与による無駄を防ぐことや、飲み合わせによ る有害な薬物相互作用をチェックすることは可能である。しかしながら現状は門前薬 局であり、長野県上田地区のようなかかりつけ薬局機能を有したフェイス・トゥ・フ ェイスによる情報共有ができていない。ゆえにその有効な解決手段として EHR シス テムの構築が注目されるにいたっている。

日本では、1999(平成 11)年に厚生省(現厚生労働省)が「診療録等の電子媒体 による保存について」の通達を出し、EHRシステムによる情報共有の重要な基礎とな る電子カルテ(EMR:Electronic Medical Record)がはじめて認められた。情報共有 の不備によって生じる問題は、特に複数の疾病を有している患者の複数診療科・医療 機関受診で起こることから、e-Japan 戦略のもと厚生労働省は 2001(平成 13)年に

「保健医療分野の情報化にむけてのグランドデザイン」を策定し、ITを活用した医療 情報共有の取り組みを始めた。このような政府の施策により日本の各地で IT を用い た地域医療連携の構築が進められ、現在その数は180を超える[上野(2013)]。その ような医療を取りまく環境変化のなか、日本においてはじめて医療の IT 化の試みた のは、2000(平成 12)年の通商産業省(現経済産業省)の「先進的情報技術活用型 医療機関等ネットワーク化推進事業-電子カルテを中心とした地域医療情報化-」の

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