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医師による自殺幇助と治療中止

本稿で主眼とするテーマは治療中止であるが、治療を中止することが直接生命短縮を惹 起する場合、わが国では刑法199条ないしは202条との関係が問題となる可能性がある。

これは、生命短縮を伴う治療中止がすべて可罰的とされるということを意味するわけでは ない。問題は、たとえ患者の生命を短縮する結果を伴うとしても許容されるべき場合も存在 するとするならば、たとえば治療の中止はどこまで許容されると解されるべきか等、その範 囲が不明確なことである。生命短縮につながる治療中止とは、生命維持治療や延命治療を中 止することを指すが、直接に患者の生命の短縮を引き起こす生命維持治療の中止・差控えが 患者によって主導的に行われるとき、治療を中止する医師の行為は、自殺に関与するものと 評価することもできるだろう。医師による自殺幇助(Physician-Assisted Suicide/PASと 表記されることも多い。以下、本稿でPASと表記する際は、医師による自殺幇助と同じ意 味で使用する。)は、そのような意味で、治療中止と関連のある問題なのである。そして、

PAS が治療中止とリンクするものであるとするとき、医師が致死薬の処方を行うような形 態でのPASも、はたして治療中止といえるのか、そして許容されるべきなのか、その根拠 や限界づけは、非常に重要な意味を有する。PAS は、積極的安楽死との区別も困難である とされ、――自殺関与一般を処罰対象とする国ではなおさら――原則として許容すべきで はないとする見解も有力に主張される。しかし、近年PASを不可罰とするところも増えて きた。たとえば、オランダ、スイス、そしてアメリカの一部の州(オレゴン州、ワシントン 州、モンタナ州)等で、医師による自殺幇助が合法とされている1

わが国の刑法 202 条のように、自殺に関与することについて規定がある場合、他人が生 命を終わらせるに際し、その他人を幇助することは禁止されており、それゆえ、この規定に よれば、耐え難い痛みを伴う不知の病に苦しむ人々も、死ぬために医師の助けを求めること はできない。

このような自殺幇助禁止規定についてその合憲性が争われた事件として、1997年のアメ リカ合衆国ワシントン州でのGlucksberg判決2がある。これは、自殺幇助禁止規定3さえな ければ苦痛に悩む末期患者の自殺を援助する用意があるとするワシントン州の 4 人の医師 が原告となり、ワシントン州および州法務総裁に対して、自殺幇助禁止規定は、アメリカ合

1 オランダにおける医師による自殺幇助の合法化については、甲斐克則「オランダの安楽 死の現状と課題」理想692号(2014)18頁以下を参照。スイス連邦、アメリカ合衆国におけ る医師による自殺幇助の合法化については、神馬幸一「医師による自殺幇助(医師介助自 殺)」甲斐克則=谷田憲俊編『安楽死・尊厳死(シリーズ生命倫理学第5巻)』丸善(2012)163 頁以下を参照。

2 Washington v. Glucksberg, 521 U.S. 702, 138 L.Ed.2d 772 (1997).

3 ワシントン州は、「自殺しようとすることを促進する」ことにつき、重罪と規定し、5年 以下の拘禁刑かつ1万ドル以下の罰金を定める。また、同州は、1854年以降ずっと、自 殺幇助を犯罪としている。

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衆国憲法修正14条の適正手続条項によって保護される自由利益を侵害するものであると主 張したものである。これについて、合衆国連邦最高裁は、法廷意見に結論的に全員同調する 形で、自殺幇助禁止規定は違憲ではないという判断を下した。

このような自殺幇助禁止規定はカナダにも存在し4、2015 年に、それが憲法5に反する規 定であるという訴えがなされた。Lee Carter を含む三人の患者と、もし自殺幇助が禁止さ れないのならばすすんでその処置を施そうと考える一人の医師、そしてブリティッシュ・コ ロンビアの団体が原告となり、カナダおよびブリティッシュ・コロンビアに対し、「医師に よる自殺幇助」がカナダ刑法241条bで禁止されていることについて、その禁止規定はカ ナダ憲章7条および15条に反すると主張した。この訴えについて、カナダの連邦最高裁判 所は、九人の裁判官全員一致で、医師による自殺幇助は合法であるべきだという判決を下し た。これは、Carter判決6と呼ばれる。カナダの連邦最高裁判所は、このような人々は、そ うなる前に早期に自殺をするか、自然に死ぬときがくるまで苦しみ続けるという選択に立 たされるとし、これは冷酷なことであるとしたのである。

第1節および第2節では、「自殺幇助を全面的に禁止する」という規定が、果たして各国 の憲法上の権利を侵害する性質をもつものなのかどうかについて、異なる結論を導き出し た二つの判例を比較し、論点ごとに検討することで、自殺幇助――とくに医師による自殺幇 助――の合法化について、考察を試みる。もっとも、違憲審査の厳格性や憲法判断回避の妥 当性は、権利の性質によって影響を受けるものであり7、各国の合憲性判断や審査の基準は 一様ではないことには留意する必要がある8

そして、アメリカやカナダで自殺幇助につき全面的に禁止するなかで「医師による」場合 をも禁止することの許容性について争いがある一方、ドイツでは全く逆の動きが起こった。

すなわち、ドイツでは、自殺に関与することを一般に処罰する規定がないにもかかわらず、

「医師による」業務的自殺幇助を可罰的とする法律9が成立したのである。第3節では、こ のようなドイツ刑法新217条について、概観する。

4 現在のカナダの刑法では、241条bで、他人の自殺を幇助した者は14年以下の懲役に処 される。また、カナダで自殺自体が犯罪ではないとされたのは1972年である。

5 いわゆる1982年憲法を指す。以下、本稿では、憲章、もしくはカナダ憲章と表記す る。

6 Carter v. Canada (Attorney General), 2015 SCC 5, [2015] 1 SCR 331.

7 司法消極主義の下では、裁判所は法律の違憲審査にはできる限り立ち入らないとされる 一方で、あらゆる事件に消極主義が妥当するわけでもなく、芦部信喜『司法のあり方と人 権』東京大学出版会(1983)93頁は、重要なのは消極主義と積極主義のそれぞれが妥当すべ き場合を明瞭に識別し、現代憲法の下で裁判所に期待される役割に応えることであるす る。

8 芦部信喜『講座憲法訴訟(第二巻)』有斐閣(1987)(1949年に復刊版発行)、土井真一ほか

『憲法適合解釈の比較研究』有斐閣(2018)等を参照されたい。

9 「自殺の業務的促進罪」等とよばれる。「業務的(geschäftsmäßig)」には、「医師によ る」場合も含まれると解される。詳しくは、本文中で検討する。

37 第1節 自殺幇助の「全面的禁止」

ワシントン州は、自殺幇助一般を禁止しているが、そのような自殺幇助禁止規定は合衆国 憲法に反するとして、1997年に州内の医師から訴訟が提起された。これに対し、合衆国連 邦最高裁は、法廷意見に結論的に全員同調する形で、自殺幇助禁止規定は違憲ではないとい う判断を下した。「医師による」場合も含み、自殺幇助を全面的に禁止することについて、

その法的理論を確認するため、本節ではこのGlucksberg判決を概観する。

(1)Glucksberg判決10

①事実の概要

本件は、州内で医療に従事し、自殺幇助禁止法さえなければ苦痛に悩む末期患者の自殺を 援助する用意があるとする Harold Glucksberg を含む四人の医師らが原告となり11、ワシ ントン州および州法務総裁に対し、「合衆国憲法修正 14 条の適正手続条項によって保護さ れる自由の利益(liberty interest)は、疾病末期にある精神の正常な成人の患者が医師の援助 を受けて自殺しようとする個人的な選択まで拡張されるのであるから、医師による自殺介 助をも禁止する州の自殺幇助処罰規定は、同条項に違反する」と主張したものである。

第一審は、原告らの主張を認め、Casey判決12の基準を採用し、自殺幇助の禁止は、憲法 上保護されている自由利益の行使に「相当な負担を課す」ものであり、違憲であると判示し た。

その後、控訴審でも、Casey判決とCruzan判決13に依拠し、適正手続条項の自由利益は

「人がいつどのように死ぬか」に関する決定を含むとし、すなわち、憲法上認められた「死 ぬ権利」というものが存在するとし、それとワシントン州の利益を比較衡量した結果、「州 の自殺幇助の禁止は、自分の医師から処方された薬剤によって自身の死を早めることを望 む、末期状態にある責任能力を有する成人の患者に限り、適用上(applied)違憲となる」と結 論づけた。

これについて、州側が上告受理申立てを行い、受理された。

②判旨

合衆国連邦最高裁は、自殺幇助を禁止するワシントン州法の合憲性を判断する前提とし て、修正14条の適正手続条項によって保護される自由のうちに、医師の援助を受ける権利 を含めた自殺の権利が含まれるかどうかを問題としたうえで、明確にこれを否定し、原判決 を破棄した。

10 Washington v. Glucksberg, 521 U.S. 702, 138 L.Ed.2d 772 (1997). 本判決に関して は、鈴木義男「自殺幇助処罰規定の合憲性――アメリカ合衆国最高裁の二判例をめぐって

――」松尾浩也先生古稀祝賀論集上巻593頁以下を参照されたい。

11 当初は、三人の末期重症患者および医師による自殺介助について相談に応ずる非営利組 織(ComGlucksberg, passion in Dying)が原告として加わっていたが、三人の患者はその後 死亡し、組織も上告には参加していない。

12 Planned Parenthood of Southeastern Pa. v. Casey, 505 U.S. 833, 120 L.Ed.2d 67 (1992).

13 Cruzan v. Director, Mo. Dept. of Health, 497 U.S. 261, 111 L.Ed.2d 224 (1990).