FEATURES
寄稿
閉じてはおらず、本来的に、物理学を始めとする他の様々 な学問分野との関わりのなかで発展してきたのであり、学 際的な学術領域であると言える。にもかかわらず、日本で は、数学に対する認識が限定的なものとなっており、それ が和算の伝統の影響なのか、もっと深い原因があるのか定 かではないが、この認識を変えていかなければと思う。そ れには、現象と直接、向き合っている実証的科学の専門家 が持つ現場力と数学者が持つ俯瞰力をヘテロに結合し、有 機的な協働作業を進めることが必須であると考えている。
バイオミメティクスの普遍性
次に、バイオミメティクスについても数学と同様の分析を 行ってみたい。オンライン辞書によると、バイオミメティ クスとは「生体のもつ優れた機能や形状を模倣し、工学・
医療分野に応用すること。ハスの葉の撥水効果、サメ肌の 流体抵抗の低減効果、ヤモリの指の粘着力などが材料開発 などで実用化されている。」と書かれている。数学に対す る説明に較べると、かなり的確に表現されているように思 われる。しかし、この記述はバイオミメティクスの目的と それが達成された具体例であって、その方法論や意義につ いて何ら触れられていない。まず、生体の優れた機能や形 状は誰が見つけるのだろうか。生体のことだから生物学者 が見つけるのだろう、と言い切れる程ことは単純ではない。
工学や医療分野に応用することが前提であるから、生体の ある機能や形状が優れているか否かを生物学の視点のみか ら判断するのでは不十分であって、工学的視点や医療関係 の視点が欠かせない。その意味で生物学者と応用分野に携 わる人々の協働が本質的に必要である。つまり、バイオミ メティクスも数学同様、一つの閉じた学問体系ではなく、
複数の学問分野にまたがる学際的な学問領域である言えよ う。日本におけるバイオミメティクス研究は新学術領域「生 物多様性を規範とする革新的材料技術」を中心に精力的に 進められているが、そこでも生物学者と工学者が他分野の 研究者をも巻き込んでの材料開発が進められている。まさ にヘテロな集団が新しいものを創ろうとしているのであ る。更には、生物の様々な機能や形状をデータベース化す るという作業も進められている。このデータベースは、応 用家が必要性を感じたときに参考になりそうな生物の形状 を探しに行くことを可能とし、あるいは、そこにあるデー タをヒントに新たな材料開発が始まることを可能にする画 期的な仕掛けである。
また、生体の優れた機能や形状は長い進化の歴史の中で生 物が獲得してきたものであり、そこにはパラダイムがある。
より具体的には、遺伝子情報によるトップダウン型の制御
と自己組織化というボトムアップ型のモノづくりを巧みに 組み合わせることにより、低エネルギー環境下において、
汎用元素のみを用いて生命維持に必要な構造を実現すると いうパラダイムである。一方、人間の技術体系は、必要以 上の性能を持つものを作ってしまう傾向があるように思わ れる。例えば、コンクリート製の橋は木製の橋と較べて強 固で長持ちするとして普及しているが、恒久的に使えるわ けではない。人工的に製造されたものであるが故に自然に 還元されることはなく、最終的には産業廃棄物となってし まう。そうではなく、自然の中で循環していくようなしな やかな設計に基づくモノづくりへのパラダイム・シフトを 促すところに、バイオミメティクス研究の意義があると考 える。加えて、新学術領域では、社会受容に耐えうる科学 技術をバックキャスト思考によって体系化していく試みが なされている点も見逃がせない。
このように、生物や自然に学ぶという価値観に基づいて、
異分野の研究者が直接に、またはデータベースを通して間 接的に協働することが、バイオミメティクスの基本的な方 法論である。そして、バイオミメティクスは生物の技術体 系を解釈し、それを有効活用するという普遍的な意義をも つ学際的な学術領域として特徴付けられるものと理解して いる。
おわりに
例えば、本物のタマムシとバイオミメティクで工学的に模 倣したタマムシは、構造も同じなら発現する機能―構造色
―も同じなので、そこに新鮮な驚きはあっても、その模倣 したタマムシという物体がバイオミメティクスの本質とは 言い難い。むしろ、タマムシの構造を解析して、それが構 造色を発現する本質を捉えた上で、工学的な工夫を凝らし てその構造を再現するというプロセスにこそバイオミメ ティクス研究の醍醐味があるのだと思う。この様に、対象 を限定することなく、汎用的に通用するプロセスなりアル ゴリズムを開発しようとするところに、数学者として魅力 を感じている。
(5)国内研究動向紹介
所 属 班 : 公 募 班
所 属 機 関 : 東 京 農 工 大 学 指 名 : 前 田 義 昌
科 学 研 究 費 「 生 物 規 範 工 学 」 全 体 会 議
/ J A M S T E C 合 同 講 演 会 に 参 加 し て
「 生 物 規 範 工 学 」 全 体 会 議 、 及 び JAMSTEC 合 同 講 演 会 が 平 成 28 年 3 月 3〜 4 日 、沖 縄 県 市 町 村 自 治 会 館 4 階 に て 開 催 さ れ た 。初 日 は 領 域 代 表 下 村 正 嗣 先 生 よ り 開 会 の 挨 拶 が あ り 、 5 年 間 の 研 究 期 間 で バ イ オ ミ メ テ ィ ク ス へ の 注 目 度 が 高 ま っ て き て い る 一 方 、 期 間 内 に 研 究 成 果 を ま と め 説 明 責 任 を 果 た す 必 要 が あ る 点 な ど 、 最 終 年 度 に 向 け た 取 り 組 み に つ い て お 話 し が あ っ た 。
そ の 後 、各 班 に お け る 研 究 成 果 と 進 捗 の 説 明 が あ っ た 。A01 班 か ら は 野 村 周 平 先 生( 生 物 班 )、溝 口 理 一 郎 先 生( 情 報 班 )が 発 表 さ れ 、生 物 班 で は 昆 虫 の モ ス ア イ 構 造 や 構 造 色 に 注 力 し て 画 像 収 集 を 行 い 、 平 成 27 年 度 に 4 千 件 以 上 の 画 像 情 報 を 情 報 班 に 提 供 さ れ た 。 ま た 、 昆 虫 の 羽 の 表 面 を 有 機 溶 媒 処 理 す る こ と で 分 泌 物 を 溶 解 し 、 そ の 下 に 隠 れ た ク チ ク ラ パ タ ー ン を 露 出 さ せ る 技 術 を 開 発 さ れ 、 中 南 米 生 息 す る 蝶 ( ス カ シ ジ ャ ノ メ ) や セ ミ の 羽 の 構 造 を 詳 細 に 解 析 し た 研 究 が 報 告 さ れ た 。 情 報 班 で は オ ン ト ロ ジ ー の 拡 充 と 高 機 能 化 を 手 作 業 、 も し く は 半 自 動 処 理 で 行 っ て お り 、 生 物 班 か ら 提 出 さ れ た テ キ ス ト デ ー タ が 追 加 さ れ て い る 。 詳 細 な 機 能 分 解 を 行 い 、 概 念 と 関 係 を 抽 出 す る こ と で 、 工 学 研 究 者 が バ イ オ ミ メ テ ィ ッ ク ・ デ ー タ ベ ー ス を 用 い て 新 た な 発 想 を 得 る こ と を 支 援 し て い る 。 B01-1 班 か ら は 大 園 拓 哉 先 生 、 野 方 靖 行 先 生 が 発 表 さ れ た 。 大 園 先 生 か ら 、 し わ 構 造 の ト ラ イ ポ ロ ジ ー に つ い て 発 表 が あ り 、 最 近 の 研 究 進 捗 と し て 、 柔 ら か い 凹 凸 構 造 を 作 製 し 、 し わ の な い 平 坦 な 状 態 に 比 べ た 時 の 摩 擦 に つ い て 検 討 し た 結 果 が 報 告 さ れ た 。 野 方 先 生 か ら は 流 水 条 件 化 に お け る 生 物 付 着 評 価 に 向 け た 取 り 組 み が 報 告 さ れ た 。 従 来 の 生 物 付 着 研 究 は 殆 ど 静 水 条 件 下 で 行 わ れ て い た の に 対 し 、 流 水 実 験 用 水 路 を 構 築 し 、 付 着 珪 藻 を 用 い て 生 物 付 着 性 を 評 価 し た 研 究 が 紹 介 さ れ た 。B01-2 班 か ら は 針 山 孝 彦 先 生 が 発 表 さ れ 、 サ ブ セ ル ラ ー サ イ ズ の 生 物 表 面 研 究 の 重 要 性 に つ い て 解 説 が あ っ た 。 特 に 、 昆 虫 の 最 表 面 の 素 材 は ほ ぼ 同 一 に も か か わ ら ず 、 表 面 構 造 を ほ ん の 少 し 変 え る だ け で 様 々 な 機 能 を 生 み 出 し て い る 実 例 が 報 告 さ れ た 。B01-3 班 か ら は 細 田 奈 麻 絵 先 生 、 松 尾 保 孝 先 生 が 発 表 さ れ た 。 細 田 先 生 か ら は 魚 類 の 吸 盤 構 造 や 、 泡 を と ら え て 水 中 歩 行 を 可 能 と す る ハ ム シ の 脚 の 毛 状 構 造 な ど に つ い て 報 告 が あ っ た 。 松 尾 先 生 か ら は 、 上 記 の ハ ム シ の 脚 を 模 倣 し た 毛 状 構 造 の エ レ ク ト ロ ニ ク ス へ の 実 装 へ の 取 り 組 み と し て 、 気 泡 を 用 い た チ ッ プ 部 品 の セ ル フ ア ラ イ メ ン ト 法 の 開 発 に つ い て 報 告 が あ っ た 。B01-4 班 の 光 野 秀 文 先 生 か ら は 、昆 虫 の 性 フ ェ ロ モ ン セ ン シ ン グ に 関 す る 研 究 が 紹 介 さ れ た 。 大 半 の 昆 虫 種 は 複 数 成 分 か ら 構 成 さ れ る 性 フ ェ ロ モ ン を 利 用 し て い る が 、 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン に は 、 ホ ル モ ン の 化 学 成 分 だ け で は な く 、 そ の 比 率 が 非 常 に 重 要 で あ る こ と が 知 ら れ て い る 。 昆 虫 は ど の よ う に 比 率 を 感 知 し て い る の
か に つ い て 、 性 フ ェ ロ モ ン 受 容 体 の 遺 伝 子 発 現 挙 動 か ら 考 察 さ れ て お り 、 非 常 に 興 味 深 か っ た 。B01-5 班 か ら は 劉 浩 先 生 、木 戸 秋 悟 先 生 か ら 発 表 が あ っ た 。劉 先 生 か ら は 蜂 の 羽 の 構 造 が 受 動 的 に 起 こ す 運 動 に よ り 、 余 計 な エ ネ ル ギ ー を 使 わ ず に 揚 力 を 生 み 出 し て い る こ と が 報 告 さ れ た 。 本 成 果 に よ り 生 物 規 範 飛 行 シ ス テ ム と バ イ オ ミ メ テ ィ ッ ク デ ザ イ ン に 関 す る 研 究 の 発 展 が 期 待 さ れ る 。 木 戸 秋 先 生 か ら は が ん 細 胞 の 運 動 の 表 現 型 の 評 価 に つ い て 報 告 が あ っ た 。 上 皮 領 域 に い る が ん 細 胞 は 、 基 底 膜 に も ぐ り こ ん で い く と い う 通 常 の 上 皮 細 胞 と は 異 な る 3 次 元 的 な 運 動 性 を 獲 得 す る 。 そ こ で 、 弾 性 を 制 御 可 能 な ゲ ル マ ト リ ッ ク ス シ ー ト を 作 成 し 、 細 胞 の 浸 潤 過 程 を 解 析 す る 手 法 が 紹 介 さ れ た 。C01 班 か ら は 石 田 秀 輝 先 生 、小 林 秀 敏 先 生 か ら 、心 豊 か な ラ イ フ ス タ イ ル ・ デ ザ イ ン と テ ク ノ ロ ジ ー と を 繋 ぐ デ ー タ ベ ー ス 構 築 、 標 準 語 彙 に よ る ラ イ フ ス タ イ ル 検 索 な ど に つ い て 発 表 が あ っ た 。
各 班 の 研 究 報 告 の 後 、 特 別 講 演 が 2 題 発 表 さ れ た 。 ま ず は 元 北 海 道 大 学 教 授 辻 井 薫 先 生 よ り 「 超 撥 水 現 象 の 温 故 知 新 -私 の 研 究 と 生 物 の 超 撥 水 -」 と 題 し て ご 講 演 い た だ い た 。「 濡 れ 」を 研 究 す る こ と か ら 始 ま っ た 界 面 化 学 の 歴 史 か ら 、人 工 フ ラ ク タ ル 構 造 や 生 物 表 面 の 超 撥 水 性 な ど 、 界 面 化 学 の 興 味 深 い 話 題 を 幅 広 く ご 紹 介 い た だ い た 。 続 い て 、 水 産 総 合 研 究 セ ン タ ー 赤 松 友 成 先 生 よ り 、「 海 洋 生 物 に 学 ぶ セ ン シ ン グ と コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 」 と 題 し て ご 講 演 い た だ い た 。 赤 松 先 生 は 海 の 中 で は 遠 く に 存 在 す る 物 体 の 情 報 を 光 に よ り 得 る こ と が で き な い た め 、 音 に よ る 情 報 収 集 が な さ れ て い る こ と を 紹 介 さ れ 、 イ ル カ の 超 音 波 エ コ ー に よ る セ ン シ ン グ や ク ジ ラ の コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン に つ い て お 話 し い た だ い た 。 イ ル カ は 体 を 回 転 さ せ な が ら エ コ ー を 発 し 、 そ の 反 射 か ら 遠 方 の 物 体 ま で の 距 離 や 方 角 の み な ら ず 、 形 ま で 識 別 で き る 。 新 た な 魚 群 探 索 手 法 へ の 応 用 も 可 能 で あ る と の こ と で あ る 。
特 別 講 演 後 、 計 画 班 各 班 1 件 ず つ 、 公 募 班 か ら 12 件 、 合 計 19 件 の ポ ス タ ー 発 表 が あ り 、 活 発 な 議 論 が 行 わ れ た 。
二 日 目 は 、公 開 ジ ョ イ ン ト シ ン ポ “海 洋 資 源 メ ッ カ 沖 縄 で 考 え る バ イ オ ミ メ テ ィ ク ス ”と 題 う ち 、第 一 部「 海 洋 資 源 と バ イ オ ミ メ テ ィ ク ス 」に お い て ー ピ ー バ イ オ フ ァ ク ト リ ー 株 式 会 社 金 本 昭 彦 先 生 か ら 海 洋 資 源 ラ イ ブ ラ リ ー の 構 築 と そ れ を 利 用 し た ビ ジ ネ ス 展 開 に つ い て 、海 洋 研 究 開 発 機 構 白 山 義 久 先 生 よ り 胴 甲 動 物 の 多 様 性 に つ い て 、 国 立 科 学 博 物 館 の 松 浦 啓 一 先 生 か ら ア マ ミ ホ シ ゾ ラ フ グ の 美 し い 産 卵 巣 に つ い て 、 琉 球 大 学 西 田 睦 先 生 よ り 国 立 自 然 史 博 物 館 を 沖 縄 に 設 立 す る 提 言 に つ い て 、 沖 縄 美 ら 海 水 族 館 佐 藤 圭 一 先 生 よ り 水 族 館 に お け る 動 物 の 長 期 行 動 観 察 の 利 点 と 生 物 の 機 能 分 析 な ど に つ い て そ れ ぞ れ ご 講 演 い た だ い た 。 ま た 、 第 二 部 「 自 己 組 織 化 と バ イ オ ミ メ テ ィ ク ス − 良 い 加 減 さ の 起 源 」に お い て は 、九 州 大 学 都 甲 潔 先 生 よ り 匂 い と 味 を 定 量 的 に 評 価 す る セ ン サ に つ い て 、神 戸 大 学 尾 崎 ま み こ 先 生 よ り ア リ の 嗅 覚 器 官 の 詳 細 な 構 造 解 析 に つ い て 、旭 川 医 科 大 学 室 崎 喬 之 先 生 よ り フ ジ ツ ボ の 接 着 と 接 着 面 の 表 面 構 造 の 関 係 に つ い て 、東 京 理 科 大 学 吉 岡 伸 也 先 生 よ り モ ル フ ォ チ ョ ウ の 鱗 粉 や ク マ ゼ ミ の 羽 の 規 則 性 の 乱 れ に つ い て 、浜 松 医 科 大 学 山 濱 由 美 先 生 か ら イ ソ ヘ ラ ム シ の 複 眼 構 造 や ハ マ ト ビ ム シ の 曲 が っ た 個 眼 構 造 な ど に つ い て 、 そ れ ぞ れ ご 講 演 い た だ い た 。
筆 者 は 平 成 27 年 度 よ り 本 領 域 ・ 公 募 班 に 採 用 さ れ た た め 、 全 体 会 議 へ の 出 席 は ま だ 2 回 目 で あ っ た が 、毎 回 、生 物 が 進 化 の 過 程 で 獲 得 し た 能 力 を 解 明 し 、そ れ を 工 学 的 に 発 展 さ せ よ う と い う 熱 意 を 強 く 感 じ る 。 班 内 ・ 班 間 連 携 も 活 発 に 行 わ れ て お り 、 学 際 的 な 研 究 協 力 の 重 要 性 に つ い て も 強 調 さ れ て い る 。 平 成 28 年 度 は 本 領 域 の 最 終 年 度 と い う こ と も あ り 、 気 を 引 き 締 め て 研 究 に あ た り 、 成 果 を 発 信 で き る よ う 努 め る 決 意 を 改 め て 固 め る 次 第 で あ っ た 。