医学部医学科 第 4 学年 ヨット部主将
小川 翔
ヨット部
8月9日、天気は非常によく、風もほとんど無かっ たため、ヨット部員としては物足りませんでしたが、
安全な帆走という点ではちょうどよかったのだと思 います。乗組員は、石川県セーリング連盟の方々を はじめとし、金沢工業大学ヨット部の方々を含む総 勢20名程度で、それぞれに帆の上げ下げ、帆のはり 具合の調節、操舵の役割分担が行われました。さて、
役割分担が終わりそれぞれの仕事の説明をうけ、船 に乗り込むこととなりました。
「みちのく丸」は北前船の一つで、日本海海運の主 力となった商船です。大阪を起点として、日本海沿 岸の湊に寄港しながら北海道まで年一往復で結び、
各地で物資を売り買いして利益をあげていたそうで す。米や海産物などの食料や肥料、日用品等なんで も運び、経済のみならず文化交流に重要な役割を果 たしました。最も活躍した時代は江戸時代後期から 明治40年代で、青森県でも深浦や鰺ヶ沢など北前船 が寄港した地の寺社などに多数の船絵馬やゆかりの 品が残り、当時の繁栄を今
に伝えています。しかし、
現存する船は一隻もなく、
今回乗せていただいたのは そのレプリカです。まず驚 いたのがマストの巨大さで した。自分たちが乗ってい るヨットのマストはせいぜ い6メートル程度ですが、
「みちのく丸」のマストは26 メートルにもなり、その圧 倒的な大きさ、そしてそれ も人が作ったという事実に 言葉を失うばかりでした。
午前10時頃、「みちのく 丸」は金沢港から出港しま した。帆走予定としてはま
ず曳航船に曳航され、沖まで行き、そこで帆をはり、
風上から風下まで帆走したのち、帆を降ろし、再び 曳航船にひかれ風上に行き帆をはって帆走するとい うサイクルを3回行うというものでした。十分に沖 まで出るとまずは帆をあげる作業にかかりました。
帆をあげる仕組みは単純なもので、帆と帆を括り付 けた、これまた巨大な柱にロープを巻き、そのロー プを引っぱることで帆をあげるというものです。帆 の重さは約1トンにもなるそうで、それを人力であ げるのですから、それはもう大変ですし、危険です。
そのため現在はほぼ電動で行えるよう改良されてい ました。しかし、みちのく丸が造られた当時は無論 電気などなかったため完全に人力で行われていたこ とになります。
帆をあげ終わると次は帆についている帆足と呼ば れるロープで帆の形を整えます。帆にしっかりと風 がはらむように帆足をひき、甲板に固定しました。
ここまで終われば、後は操舵をするぐらいで、風任 せに船を進めるだけになりました。この日は風も弱 かったのもあり、操舵に関しても、帆足の調節に関 しても安全におこなえました。しかし、みちのく丸 が運用されていた当時、風が強いと舵が波にもって いかれ、人が吹き飛ばされて海に落とされたり、帆 足も当然コントロールが効かなくなるので、帆足を 持っていた人が海に投げ出されたりしたことがあっ
みちのく丸
たという記録が残っているそう です。今回はそのような危険は まったくなかったのですが、夏 の日差しに容赦なく体力を奪わ れました。
船が風下に向かって帆走して いると、風と同じ方向に帆走し ていることとなるので、船の上 ではまったく風を感じません。
何もせずとも汗が流れ、用意さ れていたペットボトルを何本も 飲み干すこととなりました。当 時は食料、水分に限りがあった はずなのでそれを思うと、やは り当時の人は命がけで航海をし ていたのだと痛感するばかりで した。3サイクルの帆走を終え、
午後4時頃金沢港へ帰港しまし
た。船を降り、乗組員の方々と記念写真を撮ったのち、
解散となりました。
たった6時間程度の航海でしたが、当時の造船技
術、操船技術、そして当時の航海の厳しさを痛感す る非常に密度の濃い6時間でした。このような文化 価値の非常に大きい「みちのく丸」を保存してくだ さった方々、そしてこのような機会を与えてくださっ た方々に、金沢医科大学ヨット部代表として心より お礼申し上げます。
今回の経験は我々にとって非常に貴重な経験とな りました。当時の造船技術、航海術、今は失われて しまったものも多いとお聞きしましたが、自分たち もそれらを後世に残し、伝えることに少しでも貢献 できたのであれば幸いです。
みちのく丸の船尾 舵と舵柄 みちのく丸 帆をあげたところ
帆走中左から金沢工大ヨット部顧問山本先生 金沢医科大学ヨット部福岡、高橋、石井 石川県セーリング連盟本吉理事長
北辰同窓会報
32本学学生のメディカルホームステイ報告
医学部第 4学年西に し だ田 功こういち一
■研 修 先
■研修期間
独立行政法人労働者健康福祉機構 中国労災病院
神経内科部長 片岡 敏 先生(昭和54 年卒業)
〒737-0193
広島県呉市広多賀谷 1-5-1 平成 23年 8月9 日〜 11日
8月9日〜11日の3日間、広島県呉市にある中国 労災病院でメディカルホームステイをしました。呉 市はかつて戦艦大和を建造し、軍港として栄えた町 です。中国労災病院は呉市の南東に位置する急性期 型の地域中核病院で、一次から三次までの救急医療 を積極的に行っています。
1日目:午前中は本学卒業生である片岡敏先生の 下、神経内科カンファレンスに出席してから病棟回 診を見学しました。カンファレンスでは入院患者さ んの状態等について、片岡先生に研修医が説明して いました。午後からは多発性筋炎の疑いのある患者 さんに対する筋生検を見学しました。病室で、手術 時のような清潔操作下で片岡先生が筋生検を行いま した。先生と少し話をした後、MR(製薬会社から 各病院に派遣される社員)さんによるアルツハイマー 型認知症治療剤についての説明会に参加し、さらに 神経内科医局での英語論文抄読会に参加しました。
夏休みの時点では大学で神経内科学を未履修なので 大変難しかったのですが、片岡先生に親切に教えて いただきました。最後に、夜勤の救急外来を少しだ
け見学しました。
2日目:午前中は私の希望で耳鼻咽喉科外来を見学 しましたが、本学の耳鼻咽喉科と同様に紹介患者さ んが主でした。顎下腺腫脹の患者さんの組織生検を 見学し、その後、片岡先生の神経内科外来を少し見 学しました。神経内科の受診経験がなくその診療内 容が実感できませんでしたが、脳梗塞や認知症等の 身近な疾患を扱う診療科であることがわかりました。
午後から病理科を見学しました。前日の手術で摘出 された臓器の切り出しが行われており、例えば胃癌 なら癌病変を中心に標本として適切な大きさに切り ます。その後、内視鏡での生検でとれた上部消化管 の病理組織を実際に見ました。病理医の先生に非常 にていねいに教えていただきました。
3日目:午前中は前日と同様に私の希望で検査科を 見学しました。私は以前、大阪労災病院臨床検査科 で勤務していたこともあり、同じ労災病院グループ の中国労災病院検査科にとても興味があったのです。
輸血部の主任臨床検査技師さんに説明していただき ました。ここの検査室はワンフロアで行われており、
輸血部では不規則抗体スクリーニング等が機械で行 われていることに衝撃を受けました。午後からは片 岡先生が呉観光に連れて行ってくださいました。
今回のメディカルホームステイはとても勉強にな りましたし、何よりとても楽しかったです。メディ カルホームステイでは開業の先生の所に参加する学 生が多い中、私は市中病院を選んだので研修医と接 する機会がありました。研修医の先生曰く「片岡先 生はとても教育熱心な先生」だそうです。私から見 ても学生想いの熱心な先生でした。神経内科未履修 だったので把握できないところがありましたが、こ れからの臨床実習で今回の経験が活かされると思い ます。また機会がありましたら中国労災病院で勉強 したいと思います。
最後になりましたが、片岡先生をはじめ神経内科・
耳鼻咽喉科・病理科・検査科のスタッフの皆様、研修 医の先生方、本当にありがとうございました。
神経内科スタッフと右から2人目が片岡先生、4人目が筆者
医学部第3 学年藤ふ じ い井 愛あい
■研 修 先
■研修期間
医療法人社団哺育会 横浜相原病院
院長 吉田勝明 先生(昭和 57年卒業)
〒 946-0026
神奈川県横浜市瀬谷区阿久和南2-3-12 平成23 年 8 月8 日〜 10 日
私は今夏、本学を卒業された吉田勝明先生の下、
横浜相原病院で内科・精神科を中心に学びました。
吉田院長の「最新医療を駆使する名医になるには時 間と努力が必要だが、良医は患者を想う こころ で なれる」という言葉が印象に残っています。実際、
横浜相原病院は 愛し愛される心を持った良病院 を モットーに、徹底された医療従事者間の挨拶、患者 さんのプライバシーに配慮された施設体系が実践さ れていました。
主な実習内容は院長外来と回診の見学、精神デイ ケアの参加でした。診察の際の医師と患者さんとの 信頼関係が医療の質に直結するのは言うまでもあり ません。そのための工夫として、誕生日が近いか誕 生日を迎えた患者さんのカルテには付箋が付いてお り、医療者が患者さんに「おめでとう」と声をかけて いました。何歳になっても祝ってもらうというのは うれしいもので、このような温かい気持ちが患者さ んのこころに届き、より良い医療が提供できるのだ と院長はおっしゃっていました。こういった配慮は 精神科特有の心配りかもしれません。患者さんとの 距離感や会話の間を大切にした握手と声かけは、「あ
なたのそばにいるよ」という医師からのメッセージ になり、患者さんに安心感を与えているようでした。
また精神デイケアでは、社会復帰をめざす方々が 創作活動を通して積極的に他者とかかわり、活発に 自分にできることをなさっていました。精神科は作 業療法や薬物療法が深く関わっており、コメディカ ルスタッフとの連携を学ぶプログラムを受けること ができ、 チーム医療 を肌で感じることができまし た。
患者さんの心理状態が変動しやすい分野であるに も関わらず、幅広い年齢層を受け持つ臨床の場を私 の研修のために提供していただき本当に感謝してお ります。今回の貴重な経験は、吉田院長はじめ横浜 相原病院の方々や患者さんのおかげです。大学では 臨床の勉強が始まったばかりですが、日々学び、本 学の建学の精神である「良医」を目指したいと思いま す。本当にありがとうございました。
吉田院長と筆者