概要
十三世紀から続くサザーランド家の居城で、北ハイランド最大の町ドー ノホからさらに北に向かって10マイルのところにあり、スコットランドの 北東部の海岸に位置する。インヴァネスInverness駅からウィックWick駅、
またはサーソウThurso駅行きの途中、Dunrobin駅で降りる。アバディー ンに泊まり、そこから行った。それでも片道四時間である。アバディーン
―約2時間20分―インヴァネス―約1時間半―ダンロビン駅:計約4時間。
見所は、海に臨む丘の上の城と、そこから見下ろす広い横長の整形庭園 で、この整形庭園は、1850年にチャールズ・バリー Sir Charles Barry
(1795-1860)が設計したものである。チャールズ・バリーは建築家として、
現在の国会議事堂を設計したことでも有名だが、庭園も手掛け、特にイタ リアの整形庭園を範に取った「新イタリア式」庭園で一時代を画した。イ タリア式とは、ルネサンス期のイタリアで完成されたテラス式(つまり、
ひな壇式)の整形庭園のことである。バリーはこれを元に、洗練された設 計を編みだし、「新イタリア式」とし、貴族・富裕階級の庭の改修(館近 く)で、人気を博した。
ダンロビンでは、バリーの整形庭園の他に、二十世紀になって、公爵夫 人が作った「公爵夫人のボーダー花壇」を見なくてはならない。これは、
斜面の裾近く、整形庭園の上のテラスにある。
海に近い芝生地では、鷹狩りの実演もあるので、これを見てもいい。け っこうな人気で、我々が訪れた時は、五十名は下らない見物人が集まって いた。主役は、訓練された、タカ、ワシ、それからフクロウで、捕らえる の は 、 実 際 の 生 き た 小 動 物 で は な く 、 鷹 匠 が 用 意 し た 肉 片 で あ る
(Cambell,211)。
城と庭が開かれているのは、六月から九月で、スコットランドの厳しい 気候を窺わせる。なお、ダンロビン駅は、無人駅で、客の要望があれば、
列車が止まる。車掌が、客の希望を聞いて廻るところがおもしろい。なに しろ、この路線も含むハイランド鉄道は、第三代侯爵が私財を投じて設け たもの。この駅を降りると、すぐに、城の入り口で、そこからまっすぐの、
木陰の涼しい広い並木が城へ導いてくれる。
城は、スコットランドで最も古くから居住されてきた館とされ、ヴィク トリア時代に改修され、円塔を何本か空に伸ばすフランス風の洒落た建築 に変わった。城の色は明るい灰色で、円塔は、それぞれトンガリ帽子のよ うな屋根を載せている。城内見物の途中で、窓から、はるか崖下、と思わ れるような下方に庭を見下ろすことができる。その向こうに広がる海も美 しい。海は、マリ湾Maray Firthであるが、ここにもメキシコ湾流の恩恵 が及ぶ。ダンロビン城は、前方に海、背後に山地を背負う地形の中に置か れている(Cambell,209-10)。
城の見物を終えると、急斜面の路と階段を下りて、庭を巡ることにな る。
整形庭園
全体は、横長の長方形で、中心軸で左右に分かれる。足は自ずと左手の 庭に向かう。城から見たとき、その鮮やかな姿が、目に焼き付く。それは、
大きな円形のノット・ガーデン(結び目模様の庭)で、ツゲで模様を描き、
隙間を花で埋める形のもの。ノット・ガーデンは一般に、見た目がすっき りし、印象がさわやかである。そして、ここにバリーが作ったものは、大 きいだけに、印象的である。六月、まだ花(苗)は植えられたばかりで、
ツゲ模様の間隙は土の色であったが、ガイドブッックの写真では、赤色の 花が、緑のツゲと対照をなし、鮮やかである。一般に、ヴィクトリア時代 の人々は、鮮やかな色を好んだ。化学染料のアニリンが、ブラウスやワン ピースの色を鮮やかに染め、赤黄青の三原色が、時代に好まれた色であっ たから、その好みは庭園にも及んだ。
円形のツゲ模様は、スコットランドのある楯の模様を利用したもの、と もいわれる(Cambell,210)。
中心に一条の噴水。水盤の廻り、そして四方に、紡錘形の、緑の彫刻の ようなツゲが配されている。それは、空に伸びる垂直方向の飾りとして、
平面のツゲ模様と、よく調和する。円形の模様であるから、廻りを巡って も同じに見える。
中心軸の右手の庭は、縦に二つに分かれている。そのうち、中心軸に近 い方の庭は、城側からみて、まず、高木の区画、次ぎに、クリケット・ロ ーン、次ぎにリンゴとマルメロの区画となっている。リンゴとマルメロの 区画といっても、果樹はまばらな芝生地である。したがって、実用性を求 めた果樹園とはいいがたい。装飾的な果樹園、とでもいうべきか。このよ うな三区画からなる庭は、装飾性、あるいは人工性が低い。それも意図し たことであろう。その右隣りの庭は、ふたたび装飾性、したがって人工性 が高い。
城側からみて、最初の区画は、ミニのノット・ガーデンで、ツゲ模様と ピンクの花から構成されている。花は、咲き終われば入れ替えられるので、
当然、つぎの出番を待っている花がある。
次の区画は、珍しい作りで、木製のピラミッドが二十並んでおり、小さ な壮観だといえる。そのピラミッドに、バラ、クレマチス、スウィートピ ーなどが這い上がる。ピラミッドは、細い縦型のもので、四本の柱を傾け て頂点で合わせ、柱のあいだに、細い横木をこまかな間隔で渡してある。
地面には、野菜、香草・薬草、花など。刈り込んだ果樹も見られる。これ はバリー当時のデザインではなく、最近、作られたもの。バリーがここに 置いたのは、灌木苑だったとされる(Cambell,210)。最も海に近い区画も
ノット・ガーデンで、ツゲ模様の中を季節の花が順に飾る。チューリップ、
ジェラニウム、ユリ、そしてダリア(GB,44)。こちらの方が、色彩が鮮や か。中心には、単純な噴水。
整形庭園のこのような全体の地割りは、バリー以来ほとんど変わらず、
変わったのは内部のデザイン、そして、植物と花。ここでは常に新しい植 物と花の導入を心がけているという(GB,41)。
バリーの改修は、旧来の庭を一新し、玄人の間で好評であったという
(Cambell,210-11)。
いま、我々が見るのは、このバリーの庭(整形庭園)だけだが、当時、
ダンロビンの庭(広義)といえば、はるかに範囲が広く、野菜園、種苗園 と温室、さらに広いパークランドがあり、パークランドには散策路があっ て、海景を堪能することができた。このパークランドは、いま、大部分が 森woodland になっている(GB,42)。
侯爵夫人のボーダー花壇
1920年代に、バリーの庭に加えられたのが、公爵夫人のボーダーである。
城から見て左手、大きな円形のノット・ガーデンに対応するテラスにあり、
高い擁壁を背にして、低木・灌木類も交えながら作られた多年草のボーダ ー花壇である。高さ・奥行きともにあって、行きつ戻りつしながら見て、
飽きない。擁壁には、バラが這い上がり、花壇には、シャクヤク、ヒエン ソウ、ケシ、ジギタリス、ポテンティラ(低木)など、イギリス人の好む 花や低木が使われている。カリフォルニア・ライラックの紫花やメキシ コ・オレンジ(ショワジア・テルナタ、観賞用)の白花も咲く(GD,44)。 なお、バラは、1920年代に作り出されたティー・ローズの交配種で、現在 では希なものだという。
第二代サザーランド侯爵とバリー
改修の発注者は、第二代サザーランド侯爵(1786-1861)であった。
(GD,48)。母は、ダンロビン城に中世から住んだサザーランド伯爵家(先
祖は1160年までたどることができる)に生まれた。父は、イングランドの スタフォード侯爵家の者で、婚姻によって、父は、第一代サザーランド侯 爵となった。父、ついで母が亡くなり、第二代侯爵がスタフォード家の所
領地estatesも併せて継ぐことになった。大貴族というにふさわしい家門の
二代目である。庭の改修は、したがって、侯爵家が盛んだったその時期に あたる。この時、城の改修もバリーに依頼された。それは、城と庭、一体 の改修事業であった。バリーの手によって、城も庭も、大きく変わった。
おそらく、現代風になったといえよう。
なお、家門の分離がなされるのは1963年で、このとき、二つの爵位と二 つの所領地が、分離相続されることになり(GD,49,52)、サザーランド家 は、元通り、スコットランドの貴族(伯爵)に戻った。
第二代侯爵は、イングランドのスタフォードシャーにある拠点トレンタ
ムTrentham でも、バリーに屋敷と庭の改修を依頼した。改修の依頼は、
こちらの方が先で、バリーは、トレンタムの庭を、新イタリア式の大庭園 に作り替えた。ダンロビンの整形庭園は、この庭の縮小版だとみることも できるという(GD,42)。バリーは、さらに、侯爵家が買い取ったバッキン ガムシャーのクリヴデンCliveden でも、屋敷とテラス(手摺りが有名)を 新しく作った(GD,53)。
スコットランドの北東部にバリーの庭が存在する背景が、このような侯 爵家とバリーの関係である。
バリーの新イタリア式の庭園では、おそらくシュラブランド・パーク
Shrubland Park(サフォーク)が一番有名であろう。斜面を下る長い石段と、
それを下で受ける装飾性とデザインの妙に富んだ広く鮮やかなテラスの庭 である。彫刻と装飾壺で飾られ、変化に富む石段自体が、ひとつの芸術品 といえるほどのもの。この庭は、庭園史の本や庭園の事典では、かならず といっていいほど、カラー写真で紹介される。ほかに、バリーの庭は、ハ ーウッド・ハウス(ヨークシャー)Harewood House、また、ダンカム・パ
ークDuncomb Park(ヨークシャー)などに作られた。いずれも屋敷裏の
整形庭園で、現存している。