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勾配予測を用いたハール変換

我々は,グラデーションの信号に生じたノイズを軽減するため,ハール変換に勾配予測 を適用する.ハール変換は,長さ2の直交変換から回帰的に構成される.長さ2の入力信 号を[f0, f1]としたとき,直交変換の順変換および逆変換は以下の式で与えられる:

順変換:

F0

F1

= 1

√2

1 1

1 −1 f0

f1

, (3.1)

逆変換:

f0

f1

= 1

√2

1 1

1 −1 F0

F1

(3.2) .

(a)原信号

(b) DCTによる圧縮信号

(c)ハール変換による圧縮信号

Fig. 4. グラデーションの特徴を持つ信号の再現

Fig. 5. ハール変換によるグラデーションの再現

順変換における出力F0を直流成分,F1 を勾配(交流)成分と呼ぶ.直流成分は信号の平 均的な情報を表し,交流成分は信号の勾配情報を表す.ギザギザとしたノイズはこの交流 成分が欠落することに起因する.信号圧縮では,長さ2の信号だけが存在しているわけで はないので,Fig. 6に示すように,当該信号の前後にも同様に,長さ2の信号を取ること ができる.Fig. 6を用いて,我々が提案する勾配予測について説明する.説明に長さ6の 信号を用いるのは,中央にある長さ2の信号の交流成分 f0f1 を復元する際に,左右に 存在する信号 f0L, f1L, f0R, f1Rを要するためである.文献3),4)で詳細に述べているよう に,我々が提案する勾配予測とは,局所的な信号の勾配と隣接する成分の勾配の間に相似

性があるという仮定に基づいており,以下の式によって与えられる:

f0f1 Ua := (f0L+ f1L)−(f0R+ f1R)

8 ,

(a)

もしくは, f0f1 Ub := f1Lf0R

3 .

(b)

例えば,勾配予測Uaを用いた長さ2の直交変換は次のようになる:

順変換:

F0

V

= 1

√2

1 1

1 −1 f0

f1

0

Ua

, 逆変換:

f0

f1

= 1

√2

1 1

1 −1 F0

V

+ Ua

−Ua

勾配予測を用いた長さ2の直交変換においては,直流成分と残差成分V := F1Ua が順 変換における出力となる.勾配予測Ub を用いた場合も同様である.

(a)直流成分を利用 (b)信号を利用 Fig. 6. 勾配予測

非可逆圧縮において,提案方式がDCTに比べ,エッジとグラデーションの特徴を持つ 信号の再現に有効であることを両方の特徴を持つFig. 7の原信号によって検証する.圧縮 信号のエントロピーは1.1である.DCTによる圧縮を行った信号には,エッジの右側に 原信号には存在しなかった突出した信号が表れている.Fig. 4で用いた原信号に対して情 報量を多く削減した高圧縮時の再構成信号をFig. 8に示す.エントロピーは0.4である.

DCTに着目すると,低圧縮時にはうまく再現できたグラデーションが,Fig. 8の高圧 縮時においてはノイズが目立つ.特に,信号の左側と右側では,グラデーションに不自然 な段差が生じ,波打ったようなノイズがあらわれている.このノイズは,DCTの適用ブ ロックの境界に表れ,2次元信号,すなわち画像を圧縮した場合はブロックノイズの原因 となる.図中の点線はブロック境界を表している.Fig. 8より,このブロック境界のノイ ズの軽減に対しても提案手法の有効性が確認できる.

(a)原信号

(b) DCTによる圧縮信号

(c)勾配近似を用いたハール変換による圧縮信号

Fig. 7. エッジとグラデーションの特徴を持つ信号の再現

(b) DCTによる圧縮信号

(c)勾配近似を用いたハール変換による圧縮信号

Fig. 8. 高圧縮時のグラデーションの再現

4. DCT とハール変換のテンソル積の利用

Fig. 9は,標準画像(Cameraman)内のエッジ部分から,8×8画素ブロックを2つ切り 出したものである.このようなエッジを含むブロックにおいて,ブロック単位のDCTを 用いた場合には,モスキートノイズが生じてしまう.これは,Fig. 9(a)のブロックでは,

垂直方向にはなめらかであるが,水平方向にはエッジが存在するためである.同様にFig.

9(b)では,垂直方向にのみ存在するエッジがモスキートノイズの原因となる.

このようにエッジを含むブロックでは,垂直方向と水平方向にまったく異なった特徴を もつ傾向がある.この点に着目し,我々は垂直方向と水平方向に異なる変換を適用する新 たな周波数変換を提案する.提案する周波数変換では,ブロック毎に,図10に示す4種 類の基底群の中から,ブロック内の画像の特徴に応じた基底群を採用する:

Fig. 9. エッジを含むブロックの例

Fig. 10(a) のDCT は,8× 8画素に対する DCT の基底を表している.Fig. 10(b) の DCT-HTおよびFig. 10(c)のHT-DCTは,それぞれ,8×8画素に対するDCTにおいて,

水平方向のみを1次元ハール変換[11]に,垂直方向のみを1次元ハール変換に置き換え た場合の基底である.Fig. 10(d)のHTは,非標準型ハール変換の基底を表している.

提案方式では,8×8画素ブロック毎にFig. 10に示す 4種類の基底に基づく周波数変 換を適用し,変換係数の1-ノルムが最小になる変換を選択する.Fig. 11(a)は,標準画像

(Airplane)の一部において,ブロック毎にどの周波数変換の1-ノルムが最小となるかを図

示したものである.Fig. 10(b)のDCT-HTが選択されたブロックを縦線で,Fig. 10(c)の HT-DCTが選択されたブロックを横線で表している.Fig. 11(b)はテスト画像から,1方 向のみの置き換えも含め,HTが選択されたブロックを取り除いたものである.Fig. 11(b) より,大部分のエッジを含むブロックにおいて,HTが適用されることで変換係数の1-ノ ルムが小さくなったことがわかる.

次に,我々が導入した新たな基底の有効性をFig. 12に示す種々の特徴をもつ15種類 の標準画像(256×256, 8bits/pixel grayscale)を用いて検証する.Table. 1に,画像全体の ブロック数に対する各基底が選択されたブロック数の比率を示す.表中の CaseAは置き 換える基底の候補がFig. 10(d)のHTのみの場合,CaseBは新たな2つの基底を選択候補 に加えた場合を表している.Table. 1に示すCaseAおよびCaseBにおけるDCTの選択 率の比較より,Fig. 12に示す15種類の標準画像に対しても,テスト画像の場合と同様に 新たな2種類の基底を導入することで,より多くのブロックにおいてHTが適用されるよ うになったことが見て取れる.

(a)DCT (b)DCT-HT

(c)HT-DCT (d)HT

Fig. 10. 8×8画素ブロックに対する基底

(a)DCT-HT,HT-DCT,HT (b)DCT

Fig. 11. 4の画像に対して4種類の基底を用いた場合

5. 議論

本節では,前節での議論に基づき,DCTとHTを選択的に用いた非可逆画像圧縮アル ゴリズムを提案する.以下では,入力された元画像は8×8画素単位にL個のブロックに

Fig. 12. 実験に使用した標準画像

分割されているものとする.

(= 1,2, . . . ,L) 番目のブロック信号に対する順変換のアルゴリズムをFig. 13に示す.

また,逆変換のアルゴリズムをFig. 14に示す.順変換では,まず当該ブロック信号に対 しDCTDCT-HTHT-DCTHTに基づく変換係数が計算され,次に変換係数の1-ノ ルムが最小となる基底が選択される.図中のϕkは4種類の基底に基づく各周波数変換を 意味する.順変換における入力は 番目のブロックにおける画素信号 f() であり,出力は 1-ノルムが最も小さくなるように選択された基底を識別する変数k()(= 0,1,2,3)および量 子化された変換係数 F()Q である.逆変換においては,量子化された変換係数F()Q と選 択された基底の識別変数k()を入力することで,変換に用いたk()番目の基底に対応した 逆周波数変換ϕ−1k() が適用可能となる.提案方式においては,以下に示す3点の新たな課 題が生じる.

1)基底選択アルゴリズムの検討(ノルムの次数の検討)

2)変換係数の効果的な量子化方法および符号化アルゴリズムに関する検討 3)選択された基底を識別する変数A= {ai j}の可逆圧縮方式の検討

課題1)については,縦横方向の組み合わせを含むDCTとハール変換の中から変換係 数のノルムの値が最も小さい組み合わせを選択する.これまでの研究では,ノルムの次数 pについて p=1,いわゆる 1 ノルムを用いて量子化歪を小さくするように基底を選択す ることによって,結果的に,グラデーションや圧縮効率が大幅に低減するであろうテクス チャ部にはDCTが選択され,一方でエッジ部などの不連続的な部分にはハール変換が選 択されることを実験的に確認している.さらに今後はノルムの次数 p0< p<1とする ことによって,演算量の少ないハール変換が選択される割合をより大きくすることが出来

Table 1. 15種類の標準画像において各基底が選択された割合

Source of Case A Case B

Variation DCT HT DCT DCT-HT HT-DCT HT

(a)Airplane 74.2% 25.8% 40.9% 20.3% 22.3% 16.5%

(b)Barbara 94.6% 5.4% 77.2% 18.8% 1.7% 2.3%

(c)Boat 73.2% 26.8% 40.8% 36.9% 9.2% 13.1%

(d)Brickhouse 78.4% 21.6% 45.6% 16.5% 26.2% 11.7%

(e)Bridge 53.1% 46.9% 25.4% 22.1% 24.2% 28.3%

(f)Cameraman 58.3% 41.7% 29.4% 20.2% 24.9% 25.5%

(g)Goldhill 66.4% 33.6% 31.1% 24.6% 24.4% 19.9%

(h)Lax 31.2% 68.8% 12.8% 22.6% 15.9% 48.7%

(i)Lena 83.7% 16.3% 61.4% 15.6% 13.3% 9.7%

(j)Mandrill 79.9% 20.1% 49.7% 16.2% 24.6% 9.5%

(k)Parrots 83.5% 16.5% 64.6% 16.4% 10.3% 8.7%

(l)Pepper 82.5% 17.5% 57.3% 14.7% 18.4% 9.6%

(m)Sailboat 86.1% 13.9% 65.9% 11.4% 13.8% 8.9%

(n)Venice 55.4% 44.6% 28.3% 28.1% 15.9% 27.7%

(o)Woman 85.8% 14.2% 63.2% 18.5% 10.2% 8.1%

ないかということについても検討する.

DCTとハール変換を組み合わせた場合の変換係数の統計的性質は,DCTと大きく異な るため,係数の量子化や符号化などの部分にDCTで従来から用いられてきた方法をその まま適用することができない.したがって,課題2)は,提案する周波数変換をデジタル 画像の非可逆圧縮に応用するための重要な研究課題である.

一般に,高精細画像に対して,周波数変換の処理ブロックサイズを大きくとると圧縮効 率が高くなる.この場合,復号時に必要となる選択された基底を識別する変数が出力に占 める割合が相対的に高くなる.課題3)では,この基底を識別する変数をどこまで圧縮で きるかについて検討する.

これらの課題に加え,今後,2節で述べた勾配近似と提案方式をどのように組み合わせ ていくかということも大きな課題であると考えている.これらの課題の解決に向けて,参 加者の意見を聞きたい.

6. おわりに

本講演では,まず,1次元信号を例として,非可逆圧縮におけるハール変換の特徴を整 理した.量子化されたDCT係数を用いて再構成した信号においては,エッジ周辺に信号 のオーバーシュートが観測された.このオーバーシュートは再構成画像におけるモスキー

Fig. 13. 各ブロックに対する順変換方式

Fig. 14. 各ブロックに対する逆変換方式

トノイズの原因となっている.しかしながらDCTは,グラデーションに対しては非常に 有効である.量子化されたハール変換係数によってグラデーションを再現しようとして も,幅の小さな基底が欠落するために再構成画像はガタついてしまう.次に,これらの問 題に対して我々が提案している2つの解決策を紹介した.ハール変換の,グラデーション に弱いというデメリットを補おうと考えだされたのが勾配近似であり,エッジに強いとい うメリットをより活かそうと考えたのが DCGTとハール変換のテンソル積で構成される 新たな基底である.

撮像素子の高画素化や高精細ディスプレイの普及により,我々が目にするディジタル画 像は急速に高精細,大容量化が進んでいる.圧縮効率の観点からは,周波数変換のブロッ クサイズを大きくすることが望ましい.しかし、演算量の観点からDCTのブロックサイ ズを大きくとることは忌避されている.一方,ハール変換は最も単純な離散ウェーブレッ ト変換であり,その演算量は主に画像のピクセル数のみに従い,さらにその仕組みも非常 に単純である.JPEG標準が規定された約20年前には存在しなかった,超高精細画像な どの新しい信号の登場により,極めて演算量の小さいハール変換の利用を再検討する必要 があると考える.研究対象を画像に限ることなく,応用の可能性について参加者からの意 見を聞きたい.

謝辞

本研究は,名城大学の山谷克教授との共同研究である.特に,本稿の前半部分は,

2009年および2010年に小川順司氏(当時,名城大学大学院修士課程在籍)と共に執筆し

た論文[4, 5]の内容を大きく含んでいる.本稿を執筆するにあたり,研究の流れをまとめ

る作業の中で,小川氏との議論が現在の研究の礎となっていることを改めて感じた.この 場をお借りして,心から感謝の意を表したい.