第 3 章 数値例による分析 12
3.4 投資スピルオーバー効果の非対称性
3.4.1 分析結果
図3.4.1は,βj = 0のときの企業別の最適な研究開発投資量xi(図(a)に相当),xj(図 (b)に相当),市場全体の研究開発投資量x=xi+xj(図(c)に相当)である.図の青,赤,
黒,黄のカーブはそれぞれβi = 0,0.25,0.5,0.75の場合を示している.図より,
1. 企業iの最適な研究開発投資量xiは,βiが高くなるほど上昇する 2. 企業jの最適な研究開発投資量xjは,βiが高くなるほど低下する
3. 市場全体の最適な研究開発投資量xは,企業jのようにβiが高くなるほど低下する 傾向が見られる.この結果は,生産コストへの研究開発投資のスピルオーバー効果に差が ある企業が非協力戦略を行う場合,研究開発投資のスピルオーバーが高い企業は研究開発 投資を増加させ,研究開発投資のスピルオーバーが低い企業は研究開発投資を抑制するの が最適であることを示す.
図 3.4.1: 研究開発投資量とλの関係
生産量について
図3.4.2は,βj = 0のときの企業別の最適な生産量qi(図(a)に相当),qj(図(b)に相 当),市場全体の生産量q =qi+qj(図(c)に相当)である.図の青,赤,黒,黄のカー ブはそれぞれβi= 0,0.25,0.5,0.75の場合を示している.図より,
1. 企業iの最適な生産量qiは,βiが高くなるほど上昇する 2. 企業jの最適な生産量qjは,βiが高くなるほど低下する
3. 市場全体の最適な生産量qは,βiの値が高くなるほど上昇または低下すると一概に は言えない
傾向が見られる.この結果は,研究開発投資のスピルオーバー効果に差がある企業が非協 力戦略を行う場合,研究開発投資のスピルオーバー効果が高い企業は生産量を増加させ,
研究開発投資のスピルオーバーが低い企業は生産量を抑制するのが最適であることを示す.
また,市場全体の生産量のβiの値による変化が一概に言えないのは,企業i, jの生産量 はβiが高くなるほど上昇,低下という真逆の変化を同程度に遂げていることによるもの である.
図3.4.2: 生産量とλの関係
価格について
図3.4.3は,βj = 0のときの異なるβiに対する最適価格を示したものである.図の青,
赤,黒,黄のカーブはそれぞれβi = 0,0.25,0.5,0.75の場合を示している.図より,βiと 価格に関する一般的な傾向は見られない.
図3.4.3: 価格とλの関係
単位量当たりの生産コストについて
図3.4.4は,βi = 0.75, βj = 0であるときの最適時の単位量当たりの生産コストである.
図の青いカーブはci( ˆqi,qˆj),赤いカーブはcj( ˆqi,qˆj)を示している.各社の単位量当たりの 生産コストは,企業i, jのどちらもλの上昇につれて上昇する.2
図3.4.4: 単位量当たりの生産コストとλの関係
図3.4.5は,βj = 0の時の異なるβiに対する最適時の単位量当たりの生産コストを示した
もので,(a)はβj = 0である場合の企業iの単位量当たりの生産コスト,(b)は企業jの単位 量当たりの生産コストである.図の青,赤,黒,黄のカーブはそれぞれβi = 0,0.25,0.5,0.75 の場合を示している.これらの図より,研究開発投資のスピルオーバー効果βiが高くな るほど,企業jの単位量当たりの生産コストは高くなるようであるが,企業i, jの単位量 当たりの生産コストに関しては一般的な傾向は見られない.企業iの単位量当たりの生産 コストについては,βiが小さいうちはβiが高くなるにつれて低下するが,βi = 0.5(黒)
とβi = 0.75(黄)は交差しており,その理由は明白ではない.
図3.4.5: 単位量当たりの生産コストとλの関係
単位量当たりの利益について
図3.4.6は,βj = 0のときの異なるβiに対する最適時の単位量当たりの利益である.
(a)(b)はそれぞれ企業i, jの単位量当たりの利益の変化を示す.図の青,赤,黒,黄のカー
ブはそれぞれβi= 0,0.25,0.5,0.75の場合を示している.これらの図より,
1. 研究開発投資のスピルオーバーβiが高くなるほど,その企業iの単位量当たりの利 益は上昇する
2. 研究開発投資のスピルオーバーβiが高くなるほど,企業jの単位量当たりの利益は 低下する
傾向が見られる.
図3.4.6: 単位量当たりの利益とλの関係
利潤について
図3.4.7は,βj = 0のときの異なるβiに対する最適時の利潤を示したもので,(a)(b)はそ れぞれに企業i, jの利潤を示す.図の青,赤,黒,黄のカーブはそれぞれβi = 0,0.25,0.5,0.75 の場合を示している.これらの図より
1. 研究開発投資のスピルオーバーβiが高くなるほど,その企業iの利潤は上昇する 2. 研究開発投資のスピルオーバーβiがくなるほど,企業jの利潤は低下する 傾向が見られる.
図3.4.7: 利潤とλの関係
考察
βの非対称性についての分析において,本稿では対称であるβi = 0のときを除き,βi∈ {0.25,0.5,0.75},すなわちβj < βiと仮定している.企業iは企業jの研究開発投資量の βi分の割合が単位量当たりの生産コストの削減に役立つ.一方,βj = 0と固定している ため,企業jは企業iの研究開発によって単位量当たりの生産コストを下げることは出来 ない.
実際に数値計算を行った結果,βiが大きくなるにつれ企業iの研究開発投資量と生産量 は上昇し,企業jの研究開発投資量と生産量は低下している.いずれのβiについても,企 業jは研究開発投資をしており,かつ0 = βj < βiであるため,企業iは企業jが行う研 究開発投資を自社の単位量当たりの生産コストの削減に利用できている.企業iの生産量 がβiの上昇につれ高くなるのも,コストがかからない分生産量が増えていると解釈でき る.一方,企業jは研究開発投資を行えばβiの割合で企業iの単位量当たりの生産コスト の削減に貢献するが,企業iの研究開発投資は自社の単位量当たりの生産コストの削減に は反映されない.企業jの研究開発投資量と生産量が企業iよりも少ないことも納得がい く.実際の数値計算においても,企業iの単位量当たりの生産コストは企業jの単位量当 たりの生産コストより低い傾向が見られる.
生産量はβiが大きくなるにつれ,企業iは上昇,企業jは減少するため,真逆の変化を している.市場全体の生産量は,βiが高くなってもβi =βj = 0の対称時からそれほど変 化していない.これは企業iの生産量の上昇分と,企業jの生産量の減少分が同程度であ ることを意味する.市場全体の生産量がβi=βj = 0の対称時とほとんど変わらないため,
最適時の価格においても同様の変化が見らる.
最適時の単位量当たりの生産コストはβiが高くなるにつれて,企業iはβiが小さいう ちはβiが高くなるにつれ低下するが,βi = 0.5とβi = 0.75の場合を比べるとλが小さい
うちはβ = 0.5の場合が単位量当たりの生産コストは高く,その後逆転している.企業j
の単位量当たりの生産コストは,βiが高くなるにつれ上昇する傾向が見られる.
最適時の単位量当たりの利益はβiが高くなるほど,企業iは上昇し,企業jは減少する 傾向が見られる.単位量当たりの生産コストの結果より,企業jの単位量当たりの利益の 変化については整合性がある.一方,企業iはβi = 0.5とβ = 0.75の場合について,単
位量当たりの生産コストの大小関係は途中で逆転が見られたものの,単位量当たりの利益 については逆転は見られず,βi = 0.5の場合の単位量当たりの利益はβi = 0.75の場合の 単位量当たりの利益よりも低い傾向が見られる.これについて,理由は明白ではない.
各社の生産量及び単位量当たりの利益はβiが高くなるにつれ同様の変化をすることか ら,各社の利潤がβiが高くなるにつれ,企業iは上昇し,企業jが減少することは数式的 にも当たり前である.
また,数値計算より企業jは研究開発投資量をβiが高くなるにつれ減少させることが 分かっているが,これは企業iが自社のコスト削減のため当てにできる他社の研究開発投 資量が減少することを意味すると解釈できる.つまり,企業iはβiの上昇が,常に単位量 当たりの生産コストを減少させることにつながるとは言えず,他社の研究開発に頼りすぎ ない方がコストが低い場合があると解釈できる.
第 4 章 おわりに
本研究では,2つの企業のみ存在する寡占市場において,2段階クルーノーモデルで研 究開発投資にスピルオーバー効果を考慮したときの非協力時と協力時の最適戦略を,企業 の構造が非対称である場合について定式化し,解析解を求め,幾つかの数値例を示した.
多くの既存研究では2企業が同質な場合のみが扱われ,主に市場全体への影響が議論され てきたが.これらに対して,企業の非対称性をモデルに取り入れたことにより,より現実 的な設定のもとで,企業の非対称性による最適戦略の違い,その解釈や示唆について議論 できるようになったことが,本研究の貢献である.ただし,数値例では非協力戦略のみを 扱った.
企業の非対称性としては,企業の研究開発投資前限界費用,研究開発投資コストの非効 率,研究開発投資のスピルオーバーの強さの3点を取り上げた.また,数値例では上述の 3点のうち1つだけを非対称とし,非対称度の拡大が及ぼす影響を比較検討した.
まず,研究開発投資前限界費用が非対称な場合,一方の研究開発投資前限界費用が低く なるほど,その企業の最適時の研究開発量は上昇し,他方の生産コストが高い企業では研 究開発量は低下し,市場全体では上昇していく.最適時の生産量や利潤も同様で,研究開 発投資前限界費用が低い企業では増大し,研究開発投資前限界費用が高い企業では減少し,
市場全体では増大していく.そして,一方の研究開発投資前限界費用が低くなるほど価格 は下落する.また,これらの傾向は,スピルオーバー効果の強さ,および市場の競争の強 さが変わっても変化しないことを示した.
上述の結果は,研究開発投資前限界費用の非対称性は,価格の下落と生産量・利潤の上 昇を招くため市場全体にとって好ましいこと,個々の企業の最適戦略は正反対になるので ますます格差を助長する方向に働きうることを示唆している.
次に,研究開発投資コストの非効率が非対称な場合であるが,この非対称性は相対的に コストの高い企業の最適時の研究開発量・生産量・利潤にあまり影響を及ぼさない.具体 的には,研究開発投資コストが低い方の企業では,コストが低くなるほど最適時の研究開 発量・生産量・利潤は単純に上昇していく.一方,コストが高い方の企業では,スピルオー バー効果が弱ければ最適時の研究開発量・生産量・利潤は低下していくが,スピルオーバー 効果が強くなるとあまり変わらないか,若干上昇していく.しかし,その変化は小さいた め,市場全体の最適時の研究開発量・生産量はコストの低い方の企業と同じ傾向を示すこ とになる.
最後に,投資のスピルオーバー効果に非対称がある場合,一方のスピルオーバー効果が 高くなるほど,その企業の最適時の研究開発量・生産量・利潤は上昇し,他方のスピルオー バー効果が低い企業では低下していく.市場全体の研究開発量も上昇していくが,市場全 体の生産量や価格に関しては,スピルオーバー効果との間に一般的な傾向は見出しにくい.
以上のように,本研究では本章の冒頭に書いた問題を定式化し,各企業の最適戦略を解