7 .継承とレジリエンス
7.3 再生可能なレジリエンス
27 H,ホワイト(2014)、(2017,10)、上村忠男訳、『実用的な過去』、岩波書店、123 て、その価値の相対的あるいは総合的な分析は可能であろうが、その伝統 が将来においても実用性があるかどうかは、AI(人工知能)自身でも、
判断できない。
28 畑中邦道(2015,1)、『価値を発信する地域は、世界にルールを強制するか?』、国際 経営フォーラムNo25、神奈川大学国際経営研究所、89
口数を増減させる強制が伝統となり、若年層に経済的負担だけが発生する という高齢者社会を創り出してしまい、二人っ子政策に変えた。自国の人 口数を人為的に権力で統制できるという強制力があれば、伝統を強制力で 創り出すことは、容易なことであろう。若者が負担する高齢者への経済的 負担が大きくなるという事態は、日本でも問題は深刻であるが、人口が日 本の 10 倍ほどである中国では、深刻さもその量と同等であると考えられ るため、社会制度の存続まで崩壊させてしまう懸念さえある。
集団内でも都市戸籍と農民戸籍の間で比較優位を人為的に振り分け創り 出し、都市戸籍が農民戸籍を収奪する仕組みを完成させた。しかし、農民 戸籍が都市戸籍の食糧を満たすという比較優位による国内自給はできてお らず、大きく輸入に頼っている。都市戸籍に優位性を持つ共産党一党主義 は、世界的な大富豪を生み出した。制度を伝統化することによって、マイ ナス効果が生み出す「負の外部性」は歴史上には無かったことにして抹殺 し、廉価な農民戸籍の出稼ぎ労働力を使った国家資本主義による「物量」
という輸出品によって、国内の生産性を維持することに取り組んでいる。
「質」によるレジリエンスを、獲得する気は無いようである。
GDP世界第2位になったことで、グローバルにも成功モデルとして、経 済的劣位にある国々に対し、国家資本主義による資金援助を名目に「一帯 一路」を掲げ、インフラ整備を中国企業の資財と労働力によって構築し、
現地に中国村を創り、移民と同じような公共性と市民権を有するディアス ポラ化を実現し、弱小国家の資金債務を増やし、植民地化のような収奪の モデル化を進めている28。革新的な伝統を新たに造り出し、将来的な実用性 を生み出そうとする中国の覇権主義と制度とマナーが、世界の知的水準と 経済的生活水準を上げることに貢献するかどうかは、まだ、誰も予測がつ かない。経済的な弱小諸国の天然資源を奪い文明文化を崩壊させてでも、
経済的な関係性を強制的に維持させ、イデオロギーの新しい世界秩序に よって人類の環境への最適化が生み出せる、という簡単な図式には疑問が
多々あり、答えは見えていない。
「わたしは何をすべきか」という視点では、過去の過ちから学び、賢く なり、摂るべき手段を選択すべきである。人間が持つ本質と歴史的な実存 による伝統が、自己吸収力を維持できていた過去のレジリエンスは、新し い経済国家の力による覇権主義によって、一方的に崩壊させられるのでは ないか、という懸念がある。一旦、「底辺への競争」が起きれば、「わたし は何をすべきか」と行動する前に、人類は向上心をもつ意欲を簡単に放棄 してしまうであろう。どの宗教でも、もはや、それを救うほどの力を持っ ているとも思えない。科学の進化は、既に、人間の吸収能力を超えている 分野も多々出現させている。地球の自然界が維持しているレジリエンスは、
人類が気付いていないだけで、崩壊寸前の時間帯を、いま、過ごしている のかもしれない。
本質を持たない外形だけのイデオロギーによる覇権主義でも、現在の国 家資本主義的な外形の継続性を短期的には継続維持できるかもしれない。
本質について概念化ができていない実存主義的な個人主義の金銭崇拝主義 でも、「量」による外形のコピーを繰り返すことはできるため、自己膨張 することだけは可能である。「共時態」を共有する多様性(Variety)の一 領域を独占する「量(Quantity)」の拡大はできても、継続性を維持する のに不可欠な伝統が持つ本質である「質(Quality)」の創出ができなければ、
「信じられる」という信頼性は生み出されないので、いずれは空洞化を起 こす。「通時態」としての多様性(Diversity)を継続するに不可欠な外部 性からの適切なフィードバックは、「量」にしか掛からず、「量」だけでは 信頼性を相互に維持し共有することは難しい。
伝統を創り出すつもりが「負の外部性」が起きれば、「量」による連鎖 反応は「質」のレジリエンスという吸収能力を持たないため、「量」によ る負の連鎖は新たな「量」による負の連鎖を生み出し、「量」を伝統だと 思い込んでいる集団の仕組みは、ティッピングポイントを簡単に迎えてし まうだろう。「量」の経済学は、「質」という知識(Intelligence)や情報
(Information)の経済性や継続性の関数を持っておらず、「量」による投 資の関数と、「量」の消費の関数を利用した、需要と供給の資本主義の経
済学からしか成り立っていない。「質」のレジリエンスを評価できる経済 学を必要としているが、「わたしは何をすべきか」も加える必要がありそ うだ。