幹:松
回答者の数が 2 地域と少なく、地域により年齢も大きく異なっているため、十分な気 候的差異や経験的差異を検討できないが、身近な植物に関する人びとの認知の度合を測
7. 俳句季語の国際性
れた目盛りとしての季語であることを読者は体感できないのである。
全体を通してみると、国柄或いは気候柄とでも呼べそうな地域色が今回のデータに現れ てきていた。フィリピンやタイでは色鮮やかな花(「ブーゲンビリア」、「火炎樹」、「タイ桜」
等)が作者の目を引き、ソウルでは葉の変化(「葉桜」、「銀杏黄葉」、「ポプラ落葉」等)を 捉えた句が多かった。また「ねこじゃらし」、「梅の花」、「みそ萩」など比較的地味な植物 が選択されており現地の植物環境を思わせた。
異なる地域で詠まれた句を鑑賞するためには、現地特有の植物、或いは、観葉植物とし て世界中に一般的に見られる植物となったものであっても、各地域ごとにその植物の持つ 季節感と文化的な背景を記した固有の歳時記(写真付き・学名付き)を編むこと、或いは それをインターネット上で公開することが手助けとなるだろう。英語になるが、インター ネットにはワールドキゴ・データベース http://worldkigodatabase.blogspot.com/ が存在し、
地域の季語と歳時記のリストが20程載っており、オーストラリア歳時記、ケニアと熱帯歳 時記、トルコ歳時記などがある。この他にアルファベット順に検索できる季語リストも具 えている。書籍では、故Higginson, W. J. (1996)編のHaiku World: An International Poetry Almanac、が春、夏、秋、冬、新年、雑の目次を持つ英語の世界歳時記として挙げられる。
地域の歳時記では、日本語で書かれ多くのカラー写真を入れた黄霊芝(2003)の『台湾俳句 歳時記』があり、人事、自然・天文地象、自然・植物、自然・動物の項目にそれぞれ年始 年末、暖かい頃、暑い頃、涼しい頃、寒い頃という区分がしてある。また、英国俳句協会 前会長のCobb, D. (2004)のEnglish Seasonal Images: An Almanac of Haiku Season Words
Pertinent to Englandは冬(クリスマス後)、春、夏、秋、冬(クリスマス前)に通年・雑が
加った構成になっている。
花が咲いた、よい香りがする、葉が色づいた、葉が散ったという観察によって共有され る「季」は、その植物がそういう状態である時期の周囲の情景を一句に持ち込むのに有効 である。こういう観察の積み重ねとそれを作品に仕立てていくこと無しには、地域の歳時 記は形をなさない。
各地域で実際に歳時記を編む場合に、日本の歳時記がその時間軸に採用している二十四 節気を取り入れることも考えられる。気候には春夏秋冬の季節だけではなく雨期・乾期と いった分け方もあるので、二十四節気(太陽年を太陽の黄経に従って24等分して季節を示 す)のように一年を規則的な時間の目盛りで刻んでいくのが便利であろうと思われる。太 陽暦の週ごと、月ごとに区切る方法も一案であるが、日本語で作る俳句の場合は伝統的な 俳句の歳時記と同じ目盛りを採用することで俳句の伝統を守りつつの国際性ということで 如何であろうか。但し「立春」や「大寒」など現地の気候と必ずしも合致しない名前が付 いているので、時間軸の目盛りの幅という提案に留めておくことにする。
俳句季語の国際性とは取りも直さず、各地域の季語の充実と情報の相互交換によって織 り成されていく綾を楽しむことであり、日本の伝統的な歳時記に収められている季語の輸 出をもっぱらにすることではない。これからも各地域で季語となる植物を見出し、それを 作品に詠み続けることで、温暖化の進む地球環境の「今」を観察し、愛でつつ、記録して いくという新しい役割を俳句は担っていくことにもなるだろう。
7.1.1世界の植物俳句調査の結果について
植物季語を文芸用語としてのみ扱っている限り、世界各地で異なる名称で呼ばれる植物 の数だけ「姿も形もわからない植物」が増えてゆくことになり、異なる地域間での相互の 俳句作品鑑賞は難しいと言わざるを得ない。今回の調査では学名を記入してもらった。学 名から特定することが出来るので植物図鑑やインターネットを使っての検索が可能となり、
海外の植物季語を詠んだ俳句の鑑賞がより具体的にできるようになった。
「現地の季節」という項目では、熱帯地域の「乾季・乾季の酷暑期、雨季」という回答 があった。「春夏秋冬」という四季の変化のある温帯地域に属する日本の季節の区分とは別 の循環、或いは変化を植物にもたらすサイクルのあることが理解できる。高浜虚子の言葉 に「俳句というものは、時候の変化によって起こる現象を詠う文学であるから、春夏秋冬 の区別は必ずしも重きを為さない。ただ、時候の変化その物が重要なものである。(中略)
ブラジル辺では春夏秋冬の観念の混乱があったところで、その四時の移り変りの現象を詠 うということに変りがなくば、俳句の使命は全いといってよいのである。(中略)地球の回 転によって起こって来る変化と現象を詠えばそれでいいという事になる。いかなる地帯に あろうとも移り変りの現象ということには変りはない。」(星野,2002)とある。それぞれ の地域に固有の循環のサイクルがあることを理解することは大切であろう。また四季のあ る地域であっても、湿度や文化の違いがあるので、時間軸の植物の変化を日本の四季の目 盛りに引き合わせて鑑賞したり作句したりすることの無いように留意することも大切かと 思われた。
調査の結果は都市部で読まれた俳句が多かったので、ブーゲンビリヤ、マンゴーなど都 市部にも育成するものが多く挙げられた。樹木と草木の比率では梅・銀杏・ポプラ・火炎 樹・タイ桜・マンゴー・楢・合歓など樹木の種類が多く目に付いた。バナナ・蓮・鳳仙花・
布袋葵・ねこじゃらし・ススキなどの草木が続き、農作物は少なかった。樹木と草木の頻 度の比率は 76%と 24%である。植物の部位としては、果実として詠まれるマンゴー、花と して詠まれるバナナなどが含まれる。花を詠んだもの 42%、実を詠んだもの 11%、葉をよ んだもの 7%、その他 22%となっている。感覚器官の項目では、視覚に訴える句が圧倒的 に多く 88%、臭覚 6%、聴覚 4%となっている。
今回の調査では、日本の歳時記に挙げられている植物を季節の指標としない熱帯地域や、
同じ温帯地域でも異なる宗教や文化的背景をもつ西洋、それに日本に近い自然・文化環境 にある韓国など、7ヶ国からの 74 通の回答が寄せられた。熱帯地域の俳句では、何ヶ月に も渡って詠まれている開花期の長い植物(例:ブーゲンビリア)があり、そういう句には 他に季語(「西日」、「台風」、「蝉時雨」、「復活祭」等)を入れてある場合が多くみられた。
開花期の長い植物は現地では季語としては扱われておらず、一句の背景を成す句材となっ ているようだ。
地域ごとの植物環境を観察し記録していくための手段として植物「季語」を含んだ俳句 は有用である。また、今回のデータを使い、30 年前、50 年前に出版されている歳時記、或 いは神話や小説を含む記述に載る植物の状況との比較をすることで地球環境の近年の変化 を推察することが可能となるだろう。また未来へ向けての現在の記録としても価値があろ
う。約束事である「季語」は季節を計る目盛りの役割を果たすので「季語」として地域で 認められた植物を多くの俳人が詠み継ぐことによって、開花期の推移など、植物ごとにか なり細かい変化を捉えデータ化することが可能であろうと期待される。
俳句を詠むに当たって「写生」は、広く行われている手法の一つである。作者の生活の 場である地域の環境が句の中に記録されていく。世界中で詠まれる植物季語の俳句を定期 的に集計するシステムとネットワークを整備していくことは今後の植物環境の研究のため にも役立つことと思われる。
7.1.2海外俳句事情報告書
前英国俳句協会会長のCobb, D.の報告書「歳時記を欠く英国の俳句」によると、シェー クスピアの時代には植物が善悪や道徳・邪悪などの象徴として使われ、19世紀にはロマン チックな花言葉の流行が見られたが、英国の俳人は、抽象的な概念を想起するものとして 植物を詠むのではなく、眼前の植物を捉える。季節を特定できる植物のリストの例として 春にはスノードロップや菫、夏はパンジーや立葵、秋はブラックベリーや茸、冬は柊やヤ ドリギを挙げている。スナップショットプレス社が2000年から出している俳句カレンダー には、月毎にふさわしいと思われる句が選ばれて載ることから、今後、日本の歳時記のよ うな季節の植物というコンセンサスが徐々に纏まっていく可能性があるとしている。
インドの俳人、Deodhar, A.の報告書、「インドの植物相」によると、俳句協会が無いイン ドでは各自が好きなように俳句を作っており、季語を用いるという通念は確立されていな い。気候は大きく 4季、冬(1 月、2 月)、夏(3月-5月)、モンスーン(雨期)(6 月-9 月)、モンスーン後(10月-12月)に分けられるが、植物は季語の働きをしていない。イ ンドでは樹木が古くから崇拝の対象とされ、植物は自然の生命に共感する様々な祭事の供 物となり、それぞれに役割や意味を持つ。多くの植物が俳句に詠まれているが、言語や地 域ごとに名前が異なる為、相互の作品鑑賞は困難である。表として、「聖なる植物と樹木」、
「一般的な樹木」、「聖なる種」等を紹介している。
フランス俳句協会の編集長、Duteil, D.の報告書、「フランス俳句の植物」は、「ゴング」
誌より選び出した167句を対象に行った分析結果である。「木」と「花」では「木」の頻度が 高く、樹木を特定している場合よりも単に「木」、「枝」や「枯葉」のような使われ方をす ることが多い。花も同様で「花束」のように使われる。大抵の場合、植物は一句の主題で は無く、しばしば時季を特定する季語(桜の花、茸、栗等)として使われている。俳人は 具象的な世界を観察するので、明らかな象徴としての植物には関心を示さない。以下、野 菜、果物、その他と使用頻度が少なくなっていた。表として「フランス俳句の植物」の出 現頻度を樹木、花、果物、野菜、その他に分けて紹介している。
謝辞
英国での季語について紹介いただいた俳人David COBB氏と、インド、シャンデイガー ルにおける俳句植物について情報をいただいた医師Angelee DEODHAR氏、フランスの植 物俳句を調べていただいたDanièle DUTEIL氏には感謝する。