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佐賀県立佐賀農業高等学校の生徒が発明した「蓮根アイスクリーム」

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佐賀農業高校食品化学科(現・食品産業科)の生徒6人は、全国の農業高等学校が加盟する農 業クラブの大会をめざして、平成10(1998)年に地元の特産品の蓮根(れんこん)を活かした新商 品開発に挑みました。そして、さまざまなアイデアの中から、素材の組み合わせの面白さと食感の 新鮮さなどから「蓮根アイスクリーム」の開発に的を絞ることにしました。

6人は、蓮根の味付けや食感を活かす添加法を実現するために、試行錯誤を繰り返しました。そ して、蓮根チップを一粒づつ数えて、カップ当たりの平 均数を出し、蓮根の硬度と調理時間との関係などの品質 検査をおこない、ついに誰にも好まれる「蓮根アイスク リーム」を完成させたのです。

その製造法を、弁理士の先生の助言を受けながら、自 分たちで特許出願書類にまとめて申請し、平成14(2002)

年7月26日に「特許第3331541号」を取得しました。

このことが、地元の生徒が生みだした貴重な「地域興し」

として、テレビや新聞などでも大きく取上げられ、いま では地元の人気商品のひとつになっています。

ヘンリー・フォード Henry Ford

1863-1947

さあ、みんなも 発明家をめざそう!

佐賀県立佐賀農業高等学校の生徒たちと、

発明品の「蓮根アイスクリーム」

資 料 特許制度の歴史年表

1474年 世界最初の特許法(イタリア・ヴェネチア共和国)

1624年 イギリス専売条例(ジェームズ1世)

1710年 イギリス著作権条例(アン女王)

1721年 新規御法度(享保6年)

1790年 アメリカ連邦特許法 1791年 フランス特許法 1815年 プロシア特許法 1867年 イタリア特許法

1871年 専売略規則の布告(明治4年)

1877年 ドイツ統一特許法

1883年 工業所有権の保護に関する パリ条約の締結

1884年 商標条例の制定(明治17年)

1885年 専売特許条例の制定

(明治18年)

1888年 特許条例の公布、

意匠条例の制定(明治21年)

1890年 木製人力織機の特許〔豊田佐吉・特許第1195号〕(明治23年)

1894年 人工真珠の特許〔御木本幸吉・特許第2670号〕(明治27年)

1896年 外国人の特許を認める

1899年 パリ条約加盟(明治32年)

1901年 アドレナリンの特許〔高峰譲吉・特許第4785号〕(明治34年)

鎖国時代の日本では、八代将軍吉宗が享保の改革を 行い、「新規御法度」というお触れを定め、お菓子、

おもちゃ、着物などの新しい工夫が禁止されました。

日本で最初の特許法である「専売略規則」は、申請 された発明の審査をする人材が不足していたため、翌 年執行停止になりました。そして、明治18年の専売 特許条例の公布によって廃止されました。

交通機関の発達や万国博覧会の開催によって国 際貿易が盛んになると、外国で発明を模倣され てしまう問題が頻発するようになりました。そ こで、発明家の権利を国際的に保護しようとい う条約がパリで結ばれました。

明治時代になると、日本でも多くの人々が優れた発明を するようになりましたが、同時にアイデアの盗用に対する 苦情も増えました。そこで、明治18年4月18日に専売特 許条例を定め、ものまねを許さない仕組みを作りました。

専売特許条例は3年後に改正されて特許条例に なりました。この改正で、審査官が特許出願の 審査を行うと法律で定められ、特許の権利は大 臣の権限で特別に与えるのではなく発明者の当 然の権利であると定められました。

条約への加盟にともなって特許法の改正が行われ、

パリ条約加盟国の国内で特許出願された発明につ いて優先権を与えることや、方法の発明も特許と して認めることなどが定められました。

1905年 実用新案法の制定

(明治38年)

1908年 人工調味料の特許〔池田菊苗・特許第14805号〕(明治41年)

1911年 ビタミンB1(オリザニン)の特許〔鈴木梅太郎・特許第20785号〕(明治44年)

1914年 邦文タイプライターの特許〔杉本京太・特許第27877号〕(大正3年)

1917年 ソ連特許法

1918年 永久磁石KS鋼の特許

〔本多光太郎・特許第32234号〕

(大正7年)

1921年 先願主義、出願公告制度、

拒絶理由通知制度の採用

(大正10年)

1925年 電波指向性アンテナの特許〔八木秀次・特許第69115号〕(大正14年)

1928年 写真電送方式の特許〔丹羽保次郎・特許第84722号〕(昭和3年)

1931年 MK磁石鋼の特許〔三島徳七・特許第96371号〕(昭和6年)

1934年 不正競争防止法の制定(昭和9年)

1959年 特許存続期間の制限

(昭和34年)

1967年 世界知的所有権機関(WIPO)の設立 1970年 特許出願公開制度及び

審査請求制度の導入

(昭和45年)

1978年 特許協力条約に加盟(昭和53年)

1990年 世界初の電子出願受付

(平成2年)

1997年 商標法条約に加盟(平成9年)

1999年 商標出願公開制度の新設(平成11年)

2002年 知的財産基本法の成立(平成14年)

2003年 知的財産推進計画の決定(平成15年)

2004年 知的財産高等裁判所設置法の成立(平成16年)

物品の形状、構造または組合せに係る考案をした人に、実用新 案の登録を受けられるようにするための法律が定められました。

このころの実用新案権の存続期間は3年で、さらに3年の延長を することができました。

これまで最初に発明した人に特許を与えるとい う先発明主義をとっていた日本の特許制度は、

法改正によって、最初に出願した人に特許を与 えるという先願主義をとるようになりました。ま た、特許の成立前に公衆からの異議申立の機会 を与えるという出願公告制度や、拒絶の前に出 願人の意見を述べる機会を与える拒絶理由通知 制度もこのとき導入されました。

何十年も昔に出願された発明に特許が認められる と世の中への影響が大きいため、このときの法改 正によって特許権の存続期間は出願日から20年 以内に制限されました。また、新しい発明であっ ても誰もが容易に思いつくものは特許を受けるこ とができなくなりました。

このころ日本国内の特許出願が激増したため、法 改正によって、出願から1年6カ月後に出願内容 を公開する出願公開制度と、審査負担を軽減する ための審査請求制度が導入されました。

昔は、特許を取るために、発明の内容を 書面にして特許庁に申請していましたが、

この時からコンピュータを使って発明の 内容を電子ファイルにまとめて、電話回 線を通じて出願できるようになりました。

【平成16年度産業財産権副読本の改訂に係る委員会】

委員長 佐々木 勝浩 独立行政法人国立科学博物館 理工学研究部長

委 員 小泉 憲也 東京都北区立滝野川第三小学校 校長

関口 元朗 日本経済新聞社日経産業消費研究所 事務局長 添田 禮子 全国中学校理科教育OB研究会 役員

辻田 幸史 ジーベック国際特許事務所 弁理士 中村 日出夫 東京都台東区立浅草中学校 校長

オブザーバー 嶋野 邦彦 特許庁 前畑 さおり 特許庁 萩原 周治 特許庁

上山 明博 ノンフィクション作家・科学ジャーナリスト

漫画 山口 弓絵

イラスト 山口 弓絵 表紙デザイン 株式会社丸井工文社 本文デザイン 株式会社丸井工文社

編集協力 ディーズラボジャパンカンパニーリミテッド

写真提供(50音順)子ども会社「ハルカファミリー」(丸野勇氏)/

佐賀県立佐賀農業高等学校/社団法人北里研究所/第一三共株式会社/東レ株式会社/

長崎県立大村工業高等学校/日清食品株式会社/日立金属株式会社/

三菱化学フーズ株式会社/八木アンテナ株式会社

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