本年度は,以下の4つの研究テーマ,すなわち①糖尿 病を始めとする生活習慣病対策,②薬剤師の本質的な機 能を活用した地域医療システムの構築,③超高齢社会に おける新しい高齢者のウェルビーイングのあり方,④厚 生労働省の指定研究を中心に行った.
1) 糖尿病を始めとする生活習慣病対策
特定健診保健指導制度は平成20年度の開始から7年間 が経過し,平成26年度末では第二期の2年目を終了した ところである.本年度は全国の自治体における特定健診 保健指導制度の第二期の新規課題の進捗状況を調査した.
その結果,全国の自治体の半数が新規課題の「非肥満者 の対応」および「軽症者(いわゆるオレンジゾーン)の 受診勧奨体制」を十分に実施していないことを明らかに できた.非肥満者の対応および軽症の受診勧奨体制の2 つは,効率的で効果的な生活習慣病対策を実施する上で 必要不可欠であるが,現状では未実施の自治体が少なか らずあり,大きな課題であると考えられた.また,大規 模データを使用した研究も実施した.先行研究により,
特定保健指導には一定の効果があることが認められてき たが,対象者が居住する地域の影響については検討され てこなかった.そこで,特定保健指導の効果に関する地 域差の検証を行った.全国7府県167市町村における,
国保加入者の特定健診データを用いた.分析対象は,平 成22年度に特定健診を受診した727,215人の内,平成22 年度に積極的支援と判定され,平成23年度に継続して受 診した11,076人とした.平成22年度から平成23年度にか けての身体計測値及び検査数値の変化量を目的変数,特 定保健指導の利用の有無を説明変数,対象者が加入する 市町村国保を地域レベルの変数として,マルチレベル分 析を行った.その結果,特定保健指導の積極的支援対象者 における身体計測値及び検査数値の変動のうち,居住地 域の違いによって説明できる割合は小さく,また特定保 健指導の効果には居住地域による違いはみられなか
った.
2) 薬剤師の本質的な機能を活用した地域医療システム の構築
昨年度末で三年間にわたる本研究テーマの研究活動に ひと区切りが付き,本年度から更に薬剤師の介入効果の 評価を目的として厚生労働科学研究費補助金(医薬品・
医療機器等レギュラトリーサイエンス総合研究事業)に よる「地域のチーム医療における薬剤師の本質的な機能 を明らかにする実証研究」(研究代表者:今井博久)が 開始された.本研究班は,地域で実践されるチーム医療 の専門家メンバーとして薬剤師が積極的な役割を果たす ことで,効率的で質の高い医療提供が実現できるという 仮説を立て,そのためには薬剤師の本質的な機能を同定 し,薬剤師の介入による患者アウトカムの改善を明らか にする実証研究を行うことを意図している.医師は患者 の診断と治療を行い,薬物療法では薬剤の処方権を有し て処方設計を行う.その一方で,薬剤師の機能は最初の 医師による処方設計の後に病状の変化や副作用の発現な どに対応した「処方の再設計」という機能があり,薬剤 処方のチェック機能も不可欠な役割である.しかし,現 状では外来患者に対して保険薬局の薬剤師は,患者の病 名,検査値,訴えなどの情報をほとんど得ていない.
従って,薬剤師は「適切な薬物療法管理」を実施するた めの患者情報を有せず,機能をほとんど果たすことがで きない.初年度にあたる本年度は,研究班による方法論 の理論構築に多くの時間が費やされ,その成果を持参し て多くの医療機関,保険薬局と交渉を行い,また患者説 明会を開催し,次年度の介入研究の体制作りを行った.
研究展開の第一ステップとして「患者情報」の共有化を 図る目的で,協力医療施設の医師らの承諾を得て,患者 の検査値が記載された処方箋を発行する体制を構築した.
実施に際しては患者参加型の医療であるコンコーダン ス・モデルを活用した(図1).患者は検査値を得て自
図1 新しい患者参加型の医療
分の状態を把握して疾病の治療に「チーム医療のメン バーのひとり」として医師や薬剤師と共に参加するシス テムを開発した.すなわち,患者は検査値を知り積極的 に薬剤師に薬物治療や副作用等について相談することで 治療方針を正確に理解し合意(コンコーダンス)しなが ら適切な薬物療法が実施される体制を構築した.介入研 究に向けた体制が構築できたため,次年度ではコンコー ダンス・モデルを活用した医師と薬剤師の患者情報共有 の群と従来型の患者情報の共有なし群の比較を実施する 予定である.
3) 超高齢社会における新しい高齢者のウェルビーイン グのあり方
科学研究費助成事業(基盤B)の特設分野研究のネ オ・ジェロントロジーにより「学際アプローチによる高 齢者のセクシュアリティと心身の健康・社会経済状態の 実証研究」(研究代表:今井博久)を開始した.若干難 解なテーマであるためここで背景を説明する.高齢社会 対策基本法に基づき,平成24年9月7日に高齢社会対策 の大綱が閣議決定され,その冒頭に「基本的な考え方」
という章があり『高齢者像に一層の変化が見込まれるこ とから,意識改革の重要性は増している』と述べられて いる.高齢者の生活実態の捉え方についての意識改革を はじめ,高齢者の人間関係,働き方や社会参加の在り方 等を根本的に転換させる必要性が生じてきている.こう した問題意識に基づき,研究の目的はわが国の旧来の ジェロントロジーで捉えられなかった分野を対象に学際 的なアプローチによって高齢者のセクシュアリティと心 身の健康状態および社会経済状態との関係を定量的に明 らかにし,新しい視点から多様で個性的な高齢者の生態 像を正確に分析し,超高齢社会における望ましいウェル ビーイングの在り方を検討することである(図2).本 研究におけるセクシュアリティとは,異性との性的関係 のみならず人間的なつながりや愛情,友情,融和感,思 いやり,包容力など,およそ人間関係における社会的・
心理的側面や,その背景にある生活環境などもすべて含 まれる,と定義した.平成26年度は疫学・社会調査,臨 床心理学,老年学,法学,医学(ヘルスサービス),生 物統計学から成る研究分担者のデスカッションにより質
問票の開発を行った.人間の幸福度を測定する質問紙は,
「PGCモラールスケール(改訂版)」や,イリノイ大学名 誉教授エド・ディーナーの「人生満足尺度」が検討され,
研究成果の国際比較を考慮して後者の採用を決定した.
高齢者の社会経済状態を問う質問紙は,「生活満足度K」
が候補になった.このスケールは9項目で構成されてお り,日本で開発された生活満足度スケールで信頼性,妥 当性も検証されている.もうひとつの候補として橋本ら の「高齢者の社会活動状況」が検討され,研究班でのデ スカッションにより後者を採用することにした.健康関 連QOLでは「SF-36」と「EuroQol-5D」などが検討され た.前者は,米国で開発され日本語訳が出され,詳細に 健康状態を調査できる利点があるが,日本語訳が分かり づらいなどの課題があった.後者は,一般健康状態を調 査する場合に適しており,また換算表が作成されており 質問文も平易であった.研究班で検討した結果EuroQol-5Dが採用となった.今後は,質問票の微調整を行い,
大規模な全国調査の準備を進める.
4) ネット販売等における一般用医薬品の購入販売実態 に係る調査研究
インターネットの普及や流通網の整備などが著しく進 み,一般用医薬品の購入や入手方法を取り巻く環境が大 きく変化してきている.国民が安全安心でかつ個々の生 活スタイルに合った方法で一般用医薬品を購入および使 用できる体制について,さらなる整備の検討が重要な課 題である.こうした背景により本年度は厚生労働省の指 定研究として厚生労働科学研究費補助金(医薬品・医療 機器等レギュラトリーサイエンス総合研究事業)による
「ネット販売等における一般用医薬品の購入販売実態に 係る調査研究」を実施した.研究の目的は,平成26年6 月12日から一般用医薬品のネット販売を可能とする新た なルールが施行され,一般用医薬品等について,国民が どのようなルートで購入しているか,購入する際にどの ような意識(安全性や利便性など)を持っているのか,
購入時の医薬品に対する効能・服用方法・副作用等の理 解度などに関する実態を把握すること並びに要指導医薬 品等を取扱う薬局に関する実態を把握することにした.
消費者としての国民は多種多様な考え方及び行動を取る 統括研究官(疫学統計研究分野)
図2 高齢者のセクシュアリティと心身の健康状態および社会経済状態との関係